6-6 信じたくない現実
どうしてこうなったのか。
自分の中に問いかけても、答えなんて出るわけがない。それでも、ケイトは考えた。向き合っている現実から目を逸らしたくて、無意味な問いを考え続けた。
それを掻き乱すように、ホムラが思い切り剣で押し返してくる。物凄い力に、思わず体がよろめく。そこを逃さず、ホムラが一気に剣を振り下ろした。
唸りを上げる風の音に、ケイトは咄嗟に飛び退いた。刹那、寸でのところで、刃が目の前を通り過ぎていく。空を裂く音は異様に低く、振り抜かれた刃はこちらに鋭い風圧を飛ばしてくる。その圧が頬を掠め、ひりひりと痛んだ。
着地し、すぐに刀を構えたが、攻撃に移ることができない。自分でもわかるくらいに激しく動揺し、足が前に出ないのだ。ただ形だけの構えを見せ、すがるような眼をホムラに向けるしかない。
対するホムラは、剣を振り下ろした体勢のまま、こちらに冷たい視線を投げかけている。殺意は変わらず強く、向けられる眼光は悲しくなるほどに冷たい。
――どうして、こうなってしまったんだ……。
もう一度、口の中で同じ問いを繰り返した。今度は、はっきりと絶望を胸に抱きながら。
鉄鬼となったモノは、もう元には戻らない。シルクが少し前に言った言葉が、唐突に頭の中で響くように聞こえた。それはつまり、ホムラがもう、元には戻らないことを意味する。
「そんな……」
体が思わずよろめきそうになり、何とか抑えた。だが、心の動揺を止めることはできない。湧き出した涙は、虚しく零れてしまった。
「うふふ。ちゃんと理解してくれて、何よりですこと」
セイラの嘲りの混じった言葉にカチンときて、ケイトはキッと睨んだ。涙で滲む視界だが、口元に歪んだ笑みを浮かべる女の姿を捉えて離さない。
そのセイラが、一度手を叩いた。ホムラが剣を収め、ゆっくりと彼女の傍に向かう。
やがて、ホムラが付き従うように後ろにつくと、セイラが「いい子ね」と呟き、満足そうに頷いた。
「今回は、単なる顔合わせに過ぎませんわ。次にお会いする時に、刃を交えるとしましょう」
こちらへと挑戦的な笑みを向け、セイラが背を向ける。
「おい、私が逃がすとでも思っているのか?」
シルクが怒りに満ちた声を上げ、大太刀鋏を突き出すように向けるも、セイラが動じた風はない。寧ろ、余裕そうなものを表情の端に浮かべている。
「そう焦らなくても、後程ちゃんと相手はしてあげますわ」
ただし、と一度言葉を切り、セイラが二度手を叩いた。
瞬間、ケイトたちとセイラの間に、巨大な何かが降り立つ。重量があるのか重々しい着地音を響かせ、束の間地面が揺れた。
現れたのは、大型の熊のような形をした鉄鬼だ。全身を赤茶けた色をした鉄の装甲に身を固め、腕にはそれぞれ噴射孔のようなものが付いている。まるでジェット機のエンジンのような形だ。
「この子を倒せれば、ですけどね」
セイラが一度喉を鳴らして笑い、それから歩み始める。その背を、ホムラもゆっくりと着いて行く。
「ま、待て!」
ケイトが叫ぶように制止をかけるも、それを遮るように急激に風が吹き荒れ始めた。さらには、目の前の鉄鬼が大きな前脚のような腕を掲げるように広げ、雄叫びを上げながら立ち塞がる。
「ゴオオオオッ!」
その咆哮のあまりの圧に、ケイトは少しだけ怯んだ。その間にもセイラたちは歩み続け、あっという間に姿が見えなくなってしまった。
「……先に進むには、こいつを倒すしかないみたいだね」
舌打ちしてから、シルクが忌々しげに吐き捨てた。顔は、今まで見たことがないくらいに怒りで満ちている。
今にも飛び出しそうなシルクだが、ウルがすぐに止めに入った。
「待って、シルク。怒りに任せて力を使っちゃったら、後が大変になるわ。ここは堪えて、あたしたちに任せて」
その言葉に、シルクが眼光鋭くウルを睨んだ。凄まじい怒りに満ちた目だからか、ウルがほんの少したじろいだが、それでも視線は逸らさない。
シルクが、もう一度舌打ちし、息を吐いて瞳を伏せた。
「……わかった。お前たちに任せる」
「ありがと」
ほっと胸を撫で下ろしたウルが、勢いよくケイトに顔を向けてきた。
「ということだから、行くわよ、ケイト!」
「う、うん。わかってる」
若干戸惑ったが、ウルの言っていることはわかる。
シルクが戦いを控えるとなると、今まともに戦えるのはケイトとウルだけだ。サラは本調子ではないし、ツクノには単体で戦う力はない。
ツクノに視線を向け、気づいた彼女がサラと共に下がる。いつもだったら前に出てくるサラは、さすがに今の状態では戦いには消極的だ。
二刀を構え、ケイトは鉄鬼を見る。繋がりの糸の淡い光が、しっかりと目に映った。どれほど分厚い装甲を纏っていようと、その光が覆い隠されることはない。
前へと跳び、一気に間合いを詰める。鉄器は待ち構えていたのか、ケイトが間近に迫ったのと同時に右腕を突き出してきた。
瞬間、噴射孔から小さな炸裂音が鳴り、青白い火を噴いた。突き出された鉄鬼の右腕が、急加速する。
「くっ!」
体を逸らし、辛うじてかわす。ジェットエンジンのような形から、多分そんな動きをしてくるのだろうことは、何となく予想ができていた。
かわしながら、左の刀で鉄鬼に反撃の一撃を見舞う。刃が、装甲を捉える。
「えっ」
手に強い衝撃が走り、鉄の弾かれた音が鳴る。
刃が、まったく装甲を通らなかった。見たところ、これまで戦ってきた鉄鬼と大して変わらないのに、傷一つついていない。白虎と戦った時でさえ、こんなことはなかった。
思いがけないことに、ケイトは手元の太刀鋏をちらと見た。その身に纏う道具の加護が、あまりにも弱々しいことに気づいた。力を出そうにも、うまく刀に伝えられないようだ。
「ケイト、ぼんやりしないで!」
ウルの必死な声に、ハッとして前を見る。鉄鬼が、次の一撃を放とうとしている。
咄嗟に刀を構えたが、放たれた攻撃を防ぐことはできなかった。ジェットエンジンを利用した異様に重い一撃の前に、ケイトは弾き飛ばされるように吹っ飛ばされてしまった。何とか受け身を取るも、もらったダメージは存外大きく、無意識の内に片膝をついた。
「ケイト!」
ウルが叫ぶも、こちらにばかり気を留めている暇はないようだ。すぐさま鉄鬼に向かって、攻撃を仕掛けている。
ただ、ウルの攻撃も、あまりダメージが通っているようには見えなかった。勢いを利用した殴打が、分厚い装甲に阻まれている。
――いや、違う。
ウルの攻撃は、いささか精彩を欠いていた。前に白虎と戦った時のようなキレはなく、もっと言ってしまえば、道具の加護がいささか弱々しく見える。
多分、ウルも動揺している。突然の事態に、平静を保てていないのだ。
「ウル、ケイト、何をやっているんだい! こんな体たらくじゃ、私が出るよ!」
「わ、わかってるわよ! ちょっと油断しただけなんだから!」
シルクの怒号に、ウルが焦りながら言葉を返す。ケイトも急いで立ち上がり、できる限り気持ちを集中してから鉄鬼へと突っ込んだ。
間合いに入ってから、すぐに刀を振り抜く。胴を掠めた刃が、微かに装甲を削った。さっきよりは、切れ味は増したようだ。
ただそれは、火に油を注いだようなものに過ぎない。
「オオオオッ!」
鉄鬼が咆哮を上げ、禍々しいまでの狂気が垣間見える赤い瞳をこちらに向けてきては、右腕を思い切り突き出してくる。その勢いは、さっきまでの比ではない。ケイトが刀を交差させて防ごうとしても、とてもではないが勢いを殺すことはできなかった。刀を弾き飛ばされ、それでも勢いを保った攻撃が、ケイトの胸元を打ち抜いた。
「がはっ……!」
喉の奥から込み上げてくるものを堪え切れず、思わず吐き出す。赤い血の霧が宙を舞ったのを視界の端に捉えながら、ケイトは二度三度と地面に叩きつけられた。
「このっ!」
ウルが声を上げて目一杯攻撃し、鉄を打った鈍い音が響いた。相当の威力だったのか、破砕音と鉄の散らばる音が聞こえる。鉄鬼が一度、苦しそうな呻き声を上げた。
しかし、その声音もすぐに変わる。攻撃されて苛立ったのか、鉄鬼の獰猛な声がすぐに聞こえてきた。
「グルアアアッ!」
「きゃあ!?」
鉄鬼の巨大な腕を振り回す音が聞こえ、ウルの悲鳴が、次いで地面に叩きつけられる音が二度聞こえた。
地面にうつぶせのままだったケイトは何とか立ち上がろうとしたが、うまく力が入らず、また倒れてしまった。どうやら、打ち所が悪かったらしい。それでも、何とか顔を上げる。
視線の先のウルは受け身を取り、迎撃の体勢を取っているが、ダメージはそれなりにあるようだ。額からはどろりとした赤黒い血が流れ、口の右端からも同様に滴り落ちている。
そのウルに追い打ちをかけようと、鉄鬼がゆっくりと迫っていく。鉄鬼の右肩が砕け、だらりとぶら下げるようにしているが、痛みがあるようには見えない。
ウルはそれを、キッと睨みつけている。ただ、咄嗟には動けないらしい。
――助けないと。
思っても、体が言うことを聞かない。何度も立ち上がろうとするが、体に走る激痛が邪魔をして、すぐに倒れてしまう。
「やれやれ。ウル、これ以上は見ていられないみたいだ。待ってな。すぐに、助ける」
シルクが大太刀鋏を構え、一足飛びに間合いを詰めようとする。
それを察したのか、鉄鬼がシルクの方へと顔を向け、小さく吼えた。
瞬間、無数の飛来物が、鉄鬼の背から放たれる。あれは小さなミサイル、だろうか。狙いはシルク、いや、その近くにいるサラもだ。
「チッ……!」
はっきりと舌打ちしたシルクが、ミサイルを次々と切り落とす。小規模な爆発が起き、爆風がシルクを襲うが、構わずミサイルを切り落としていく。
この鉄鬼は、元は戦闘機の道具使いだったのかもしれない。唐突にだが、そう思った。だとしたら今の攻撃も、腕のジェットエンジンも説明がつく。
シルクに横槍を入れさせないためか、ミサイルはどんどん放たれる。その対応に追われ、シルクは鉄鬼に接近できずにいた。
それを逃さず、鉄鬼がウルにとどめを刺すべく、瞬く間に間合いを詰めた。左腕は既に後ろへと引かれ、ジェットエンジンは今にも青い火を噴こうとしている。
「ウル……!」
ケイトは、そう叫ぶのが精一杯だった。影縫いをするべく針を投げようにも、肝心の針が具現化できない。ケイトにできることは、何もなかった。
ウルが鉄鬼を睨み、体勢を低くしている。反撃しようとしているようだが、体がふらついているのは少し離れていても見える。
「グオアァッ!」
鉄鬼が吼え、左腕のエンジンが火を噴いた。突き出された腕が、急加速する。
巨大な腕がウルに迫り、今にも顔を打ち砕こうとした。
刹那。
「何やってんだ、てめえら。こんな雑魚相手によ」
冷めた声が放たれ、次いで激しい殴打の音が鳴っては、大きな破砕音が辺りに響き渡った。




