6-3 攫われたホムラ
突然のことに、ケイトたちは束の間呆然としていた。
それでも、何とか頭の中で状況を整理する。異常な風が吹き、巨大な龍が現れ、そしてホムラが消えた。こんがらがる思考の中では、これらを思い浮かべるのが精一杯だった。
「ケイト、もう大丈夫だから。早く、下ろしてほしいな」
サラが頬を赤く染めながら、遠慮がちに言った。そういえば、咄嗟に抱きかかえたままだった。
「ご、ごめん」
一度謝ってから、そっとサラを下ろす。地面に立ったサラは少しふらついたが、何とか支えなしでいられるようだった。
ほっとしたが、それも少しの間だ。今は、直面している現実と向き合わなければならない。
「……やられたね。今飛び去って行ったのは、青龍だよ。青龍のセイラが、私たちを襲ったんだ」
一度舌打ちしてから、シルクが続ける。
「あいつ、多分ホムラを連れ去ったね。得意の風を操る能力に、してやられたよ」
「連れ去ったって、何のために!?」
思わずシルクに詰め寄ったが、彼女は困ったような顔をしながらケイトを押しのけた。
「私に聞いたって、わかるわけがないだろう? 何故あいつがホムラに狙いをつけたのか。考えようにも情報が足りないさ」
「それは、そうだけど」
シルクの言っていることはわかる。何故青龍がホムラを狙い、連れ去ったのか。そのことを考えるには、判断材料があまりにもなかった。
だが、嫌な予感がした。肌に鳥肌が立ち、頬の辺りがぞわぞわする。すぐにでも何とかしなければ、取り返しのつかないことになる。そんな気がしてならなかった。
自然と、拳に力が入る。気づけばケイトは、シルクにもう一歩詰め寄っていた。
「シルク、青龍は東の方に行ったよね?」
「そうだけど、ケイトお前、すぐに追いかけると言うんじゃないだろうね?」
「そのつもりだよ。ホムラを、このままにしておけない」
シルクを押しのけて前に進もうとしたが、その前に肩を強く掴まれた。異常に強い力で、ケイトは体の動きを無理やり止められた。
反対された形に少し苛立ち、ケイトはシルクを思い切り睨んだ。
瞬間、思い切り拳骨が振り下ろされる。凄まじい痛みが頭に襲い掛かってきたが、それでもシルクを睨んだままだ。
溜息を吐きながらも、シルクもまた睨み返してくる。
「お前が焦るのもわかる。だけど、無茶をしてどうにかなるものじゃないよ。お前は白虎と戦い、満身創痍だったんだ。このままホムラを追いかけても、どうにかできるわけがない」
「やってみなきゃ、わからないだろ」
「わかるさ。少なくとも、頭に血が昇っているお前じゃ、何にもできやしないよ」
「何だって……!?」
思わず、シルクに掴みかかる。だが、すぐに振り解かれ、ケイトが体勢を崩した際に思い切り頬を殴られた。
「ぐっ……!」
倒れはしなかったが、凄まじい衝撃に思わずよろめく。口の中に鉄の味が広がり、気持ちが悪くて一度赤いものが混じった唾を吐き出した。
そのケイトに、シルクがすかさずもう一度拳骨を振り下ろした。鈍い音が、また響く。
さすがに痛みがひどくて、ケイトは頭を押さえて片膝をついた。
「まったく。少しは頭は冷えたかい?」
「……うん」
座り込み、一度大きく息を吐く。
確かに、カッとしたものは鳴りを潜め、少しは落ち着いた気がする。シルクを押しのけようという気は、もう起きてこない。
気持ちが落ち着けば、今の状況はちゃんと理解できた。ケイトたちは満足に戦える状態ではなく、焦って行動しても仕方がない。ホムラのことは気掛かりだが、しっかり準備を整えなければ、シルクの言う通り、何もできないだろう。
「……ごめん、シルク。僕が間違ってた」
「ちゃんと謝れるのなら、それでいいさ。まったく、世話のかかる子だ」
シルクが苦笑し、ツクノやサラがほっとしたような表情を浮かべる。いきなりの険悪な雰囲気は、二人にいらぬ気を遣わせてしまったらしい。
何となく居心地が悪く、ケイトは頭を掻きながら困ったように笑う。束の間、妙な空気が流れた。
それを乱すように、どこからともなく誰かが駆けて来ては、シルクの前で止まった。情報収集に向かわせていたはずのウルだ。
「お待たせ。……って、あら? 何かあったの?」
微妙な空気を嗅ぎ取ったのか、ウルが首を傾げながら言った。
ケイトは一度苦笑し、それから表情を改めてから、シルクとの喧嘩を除いて今の状況を説明した。
ウルが神妙な顔をして頷いていたが、シルクに呼ばれて表情を改めた。
「ウル、どうだった?」
「いろんなところがきな臭くなってるけれど、今一番異常を感じるのは、王都から南東にある平原ね。あそこ、鉄のにおいが強いわ」
「南東って言うと、ブリズ平原か。あそこなら、王都から行くよりハーベストから向かった方が早いね」
「ハーベスト? あれ、どこかで……」
聞いたことのある名称に首を傾げていると、ツクノがくすくすと小さく笑い出した。
「もう、忘れちゃったんですかぁ? わたしとケイトさまが、最初に立ち寄った村ですよぅ」
「……あっ」
言われて、思い出した。ツクノと出会い、一番最初に立ち寄った村。それが確か、ハーベストだったはずだ。
あそこでは、色々なことがあった。ユーザー能力について知り、鉄鬼に襲われ、道具使いとして目覚めた。衝撃的な出来事だったはずなのに、ここまでの旅路が負けず劣らず濃密だったせいで、頭の中からすっぽ抜けてしまっていた。
「そういや、そうだったね。確か、僕が遅いからって、ツクノがたくさんのお団子を食べて待っていたんだっけ。口の周りを、お団子のたれでべったりしにしてさ」
「うぐっ……。そ、それは忘れてていいですよー!」
慌てるツクノに小さく苦笑を向けてから、それからシルクに向き直る。
「一旦王都で準備を整えてから、ハーベストに向かおうと思うんだけど、どうかな?」
「まあ、いいんじゃないかい。襲われたとはいえ、王都の方が物が集まるしね」
「じゃあ、決まりだ。あっでも、もう一つ決めておかないと」
少し思うことがあって、サラを見る。不意に視線を向けられたことで、サラが怪訝そうにケイトを見てきた。
「王都に着いたら、サラは大事を取って休んでいた方が良いと思う。ただ、一人じゃ何かあった時に対応できないから、ウルにも残ってもらいたいんだけど」
「えっ」
二つの声が重なり、ケイトへと驚きの視線が集まる。特に、何故かウルのほうが物凄く驚いている。
「な、なんで、ケイト!?」
「なんでって、サラには無理をさせられないし、だからと言って一人残すわけにもいかない。だったら、付き添いを一人つけるのが妥当だよ。ウルはこの中で一番移動力があるから、有事の際に僕たちへ知らせられるだろ?」
「そ、それはそうだけどぉ……」
口ではそう言うが、ウルは泣きそうな顔をしながらケイトを見てくる。
正直、そんな反応をされるなんて思っても見なかったから、どう対応すればいいのか困ってしまう。結構しっかりしていると思っても、やはり甘えん坊ウルは健在なのかもしれない。
「まったく、わがままを言うんじゃないよ。ケイトの言うことは尤もだろ」
「きゃうん!?」
溜息交じりに言ったシルクが、ウルの頭に拳骨を振り下ろした。頭を押さえながら屈み込み、それでも恨めしそうにシルクを見上げている。
シルクが、もう一度溜息を吐いた。
「サラは本調子じゃないし、いつまた倒れてもおかしくないんだ。それを見る奴が必要だろ? やっぱり、お前が妥当だよ、ウル」
「でもぉ……」
「この甘えん坊め。ケイトの傍にいられないからって、わがまま言うんじゃないよ」
「なっ!? そ、そんなことないわよ! また一緒にいられるのに離れ離れになるのがいやだなんて、全然思ってないんだから!」
早口でしっかりと本心を暴露するウルに、ケイトとシルクは困ったように笑うしかなかった。やっぱり、甘えん坊だ。
――さて、どうやって納得させようか。
ケイトが考えていると、サラが遠慮がちに声をかけてきた。
「……あの。ボクも同行させてもらえないかな?」
「何を言っているんだい。お前は、いつまた倒れるかわからないんだ。大人しくしていた方が良い」
「わかってるよ。でも、じっとしてられないんだ。みんなが大変な目に遭ってるのに、一人だけベッドの上だなんて、そんなのやだよ。ボクも、みんなの仲間として、一緒に苦労を分かち合いたい」
サラの強い眼差しが、皆に注がれる。何を言っても曲げない意志が、そこからはっきりと感じ取れる。
――これは、折れるしかない。
少なくともケイトは、そう思った。何よりも、さっき一緒にいていいと言ったのだ。一番つらいはずのサラが同行したいと言っているならば、受け入れて上げるべきだ。
恐る恐る、ケイトはシルクを窺うようにして見た。ほぼ同じタイミングで、彼女と目が合う。ケイトの出した結論を悟ったのか、シルクがまた溜息を吐き、それからゆっくりと頷いた。
「もう、困った子たちだね。いいよ、サラ。着いて来な。ただし、無理は禁物だからね?」
「うん。ありがとう、シルク」
頷いたサラが、安心したように胸を撫で下ろした。
これで、とりあえず話は決まった。王都に戻って準備を整えた後、全員でハーベストへと向かう。
王都に向かうために、横転した馬車を元に戻す。ブレスレットに一度戻して再度出せばいいだけだから、それほど苦労はなかった。
馬車に乗り込み、馬に合図を送る。高々といなないた馬が、勢いよく駆け始めた。
「……無事でいてくれ、ホムラ」
あっという間に通り過ぎていく周囲の風景に目をやりながら、ケイトは祈るようにそっと呟いた。




