6-2 壊れたモノは戻らない
「さて、いい感じに話が纏まったところで、本題に入ろうか」
少しの間を置いてから、シルクが手を軽く二度叩きつつ言った。
「単刀直入に言うよ。サラの不調の原因は、過干渉が進んでいることにある。二つの世界が再び繋がりを強めたがために、サラに影響を及ぼしたんだ」
「ちょっと待って。ということは」
シルクの言いたいことが何となくわかってしまい、ケイトはつい口を挟んだ。
心臓が早鐘を打つ。思い浮かべたくはないが、悪い想像が嫌でも頭に圧し掛かる。
それを裏付けるように、シルクが真顔のまま頷いた。
「察しが良いね。どこかの鉄柱が、繋がれてしまったのさ。既に断ち切られていた撚糸の跡地を襲い、鉄柱を繋いだんだろうね」
「跡地を襲うって、どういうこと?」
「そのままの意味さ。撚糸が切られたとわかった時、私はその跡地に結界を張ったんだ。私がさっき、ジェネレイト山岳でやったものだよ。それを破壊しないことには、撚糸のある場所には近づけないはずだったからね」
「破壊ってことは、やっぱり守護獣が?」
「もしくは、オウリュウ自身か。いずれにせよ、守護獣クラスの敵が撚糸に近づいているのは間違いないね」
シルクが溜息を吐き、表情を真顔に引き締めてから続ける。
「このままだと、次々と鉄柱を繋がれてしまう恐れがある。そうなっては、過干渉はさらに強まるだろう。互いの世界は危うくなるだろうし、身近な危険で言えば、サラの命が心配だ。それを防ぐには、鉄柱を斬るしかない」
「鉄柱を斬るって、できるの? 確か、シルクでも難しいって言ってなかった?」
シルクと最初に会った時、そんな話をしていたのを思い出す。一度繋がった鉄柱は、シルクの力をもってしても難しい。確か、そう言っていた気がする。
そんなことは、シルクもわかっているのだろう。難しい顔をして、ケイトにまっすぐ視線を向けている。
「できるか、じゃない。やるしかなくなったんだよ。多少無理をしてでも、鉄柱は断ち切らなきゃいけないんだ。私が、目一杯力を使わなきゃダメなくらいにね」
「シルク、それは!」
ウルが慌てて口を挟むが、シルクは右手を大きく開いて前に突き出し、彼女を制した。ウルは何かを言いたそうにしていたが、シルクにキッと睨まれることで俯き、黙ってしまった。
その様に満足そうに頷いたシルクが、ウルに指示を出す。
「ウル、どちらの撚糸の場所に鉄柱が繋げられたのか、探ってきておくれ。お前の足ならば、すぐに見て来られるはずだ」
「……わかったわよ。すぐに、見てきてやるんだから」
ふくれっ面をしながら、ウルが駆け出す。その速さは尋常ではなく、あっという間に姿は見えなくなった。
「さあ、ぼんやり見ている暇はないよ」
ウルの背を見送っていたケイトたちに、シルクが声をかける。
「少しでも早く目的地へと向かえるように、ひとまず王都に戻るよ。サラ、辛いかもしれないが、少し我慢しておくれ」
「大丈夫だよ。今は、少し落ち着いてるから」
「でも、無理は禁物だ。馬車の中で、安静にしているんだよ」
頷いたサラが、小さく笑った。
すぐさま、出発の準備に取り掛かる。王都までは距離があるため、最低限の食糧と水と、サラのための掛布団と何枚かのタオルを調達してから、ケイトたちは村を発った。
馬車のスピードは、いつもより遅くした。事は一刻を争うが、急ぎ過ぎて激しい振動が起きてしまっては、サラに悪影響を及ぼしてしまうかもしれない。道は整備されているとはいえ、土の大地である。デコボコしている場所がないとも限らない。
王都へ向かっている間は、しばらく沈黙が流れた。直面している現実が厳しいものであるからか、誰もが口を閉ざしてしまっている。
ケイトとしては少しでも気を紛らわせたかったのだが、とてもではないが口を開ける雰囲気ではない。仕方がなく、過ぎていく自然の風景を眺めていたが、重過ぎる雰囲気のせいで全然目に入ってこなかった。
それでも一日二日は何とか我慢したが、三日となるともう限界だった。
――どうしたものかな。
困っていると、視線を感じてそちらに目を向ける。ケイトと同様に、困惑したような表情のツクノが、そっと視線を投げかけてきていた。
目が合い、互いに困ったように笑っては、頷く。二人で、話題を作るしかない。
「……そういえば、ツクノやシルクは守護獣と面識があるの?」
意を決して口を開くと、皆の視線がゆっくりとケイトに向けられた。
示し合わせていたこともあり、ツクノがすぐに応じる。
「はい、ありますよ。今の守護獣たちとは、みんなお友達同然でしたから」
「だから、名前を知ってたんだ」
「はい……」
寂しそうな笑みを浮かべたツクノが、そっと頭上を見上げながら続ける。
「わたしたちが戦った白虎のコハクは、血の気の多い子でした。口は悪いし喧嘩っ早くて、危なっかしい子だったんですよ。それでも、根っこは誰よりも正義感に溢れていました」
「そうだね。コハクは、間違ったことが許せない子だった。些細な過ちさえも見逃せないくらいに、融通が利かなくてね。発電機のユーザーで、怒り狂って雷を落とすのなんて、しょっちゅうだったよ。守護獣の中で一番若かったから、妥協するなんてことを知らなかったのさ」
「でもでも、そんなコハクだからこそ、守護獣が務まったんですよ。誰よりもまっすぐだったから、世界を守るために誰よりも力を尽くしていたんです」
「……だから、最後の時に」
白虎と正対した時のことが、脳裏に浮かぶ。わざわざぶつかり合う必要などなかっただろうに、白虎は敢えて真っ向からの決着を望んできた。持てる力の全てを発揮し、互いに刃を交え、そして散っていった。
多分、自分が元に戻ることを、白虎は諦めていたのだろう。最後に見せたあの姿は、せめて自分らしくあろうとする表れだったのかもしれない。
そういうモノを手にかけてしまったのだと思うと、胸が痛む。しかし、後悔するわけにはいかない。後悔しては、消えた白虎に申し訳が立たないだろう。
それよりも、今は別に気にかけることがある。
「二人は、大丈夫なのか? 他の守護獣とも、知り合いなんだろ?」
「まあね。でも、仕方がないさ。鉄鬼となったモノは、もう元には戻らない。諦めるしかないのさ」
シルクの言葉に、ツクノが力なく俯く。わかっていることでも、納得できているわけではないようだ。ツクノは、今にも泣きそうな顔をしている。
――この話は、ここまでにしよう。
これ以上は、また雰囲気を暗くするだけだ。
それを察したのか、シルクもツクノも続きを話すことはなかった。
また、沈黙が流れる。仕方がなく、ケイトは外を眺めることにした。
右手に広がる草原の緑が、吹き抜ける風によって大きく靡いている。風は大分強いらしく、草花は苦しそうにその体を大きく揺らしている。馬車の中にいてもガタガタと大きな音が聞こえるのだから、相当強いのかもしれない。
しばらく外を眺めていたが、少し違和感を覚えた。拭き続ける風は、一切やむ気配を見せない。寧ろ、強く吹き続ける一方だ。草は尚更体を揺らし、花は花びらを宙に舞わせている。それだけに止まらず、勢いに負けて圧し折れ、力なく横たわる草花は決して少なくない。
明らかに異常な光景に、ケイトは咄嗟に見える範囲を見渡していく。しかし、何もない。怪しい影はもちろん、誰かがいるようにも思えない。
――だけど、何かが起きているのは間違いない。
一応警戒を促すべく、皆に声をかけようとした。
刹那、馬の慌てたようないななきが聞こえた。
何が、とは思わなかった。声が聞こえた瞬間に、ケイトは行動を開始していた。
「サラ!」
呼びかけると同時にサラを抱き上げ、ケイトは馬が走っているにも拘らず、馬車の中から飛び出した。風で体勢が崩れかけるも、何とか踏ん張って着地する。
ケイトの行動に気づいたシルクたちが、急いで外に飛び出す。瞬間、馬が横倒しになり、馬車が倒れた。
まさに間一髪だったが、ケイトたちに気を緩めている暇はなかった。
「オオオオッ……」
低い唸り声が、どこからともなく聞こえる。
その場所を探ろうとした辺りを見渡そうとした時、ひと際強い風が吹き荒んだ。
あまりの強さに、思わず目を瞑る。風圧が凄すぎて、とてもではないが目を開けていられない。
何かが飛来する音が、近くに迫ってきた。その正体を確かめるべく何とか目を開けるも、うっすらとしか見えない。
視界に、巨大な何かが迫っていた。まっすぐこちらに向かっている。逃げようにも、風が強過ぎて動けない。
「うわっ!?」
不意に、ホムラの声が聞こえた。近づいて来ていた音が、途端に遠ざかる。
風が、徐々に弱まっていく。やっと、はっきりと目を開けられるようになった。
音の方へと目を向け、思わず息を呑む。巨大な龍が飛んでいくのを、ケイトたちははっきりと見た。
その姿は遠く東の方へと向かい、すぐに見えなくなった。
ケイトは呆然と見送っていたが、あることに気づいて辺りを見渡した。ここに、いるはずの人が、一人いなくなっている。
「ホムラ……?」
確認するように声をかけるも、返る言葉はない。
ホムラの姿は、この場のどこにもなかった。




