6-1 サラの本音
日が暮れる前にジェネレイト山岳を下山したケイトたちは、すぐさま麓の村を探した。
場所はウルが見つけてくれ、そこまでは難なく辿り着くことができた。ケイトたちは村人に事情を話し、宿の一室を借りた。
ベットに寝かせたサラは、静かな寝息を立てて眠っている。顔色は相変わらず青白いが、そっと取った脈は、少しは落ち着いていた。
それでも、さっきまでの彼女の状態は異常であり、ケイトたちは交代しながら、しばらく容態を見守った。
「……ん」
夜更けを過ぎ、辺りがうっすらと白み始めた頃、サラがうっすらと目を開けた。
「ここは……?」
弱弱しげな声が聞こえ、ケイトたちはすぐにサラの傍へと寄った。
「ジェネレイト山岳の麓にある、村の宿屋だよ。サラの体調が悪くなったから、急いで下山したんだ」
「……そっか。ボク、倒れたんだっけ。ごめん、迷惑をかけて。もう、大丈夫だから」
サラが起き上がろうとするが、シルクがすぐさま手を広げて制す。
「ダメだ、まだ寝てな。お前の容態は、明らかにおかしかった。ただ寝て治るようなものとは、到底思えないよ」
「……そんなことないよ。さっきも言ったけど、ちょっと疲れただけ。あんな風にずっと長く戦ったことがなかったから、加護が弱っただけだよ」
「そうかしら? あなたの加護は、それほど弱ってるようには見えないわ。手傷は負ってたけど、加護に関しては問題なかったんじゃないの?」
ウルがじとっとした目でサラを見つめる。それでもサラは、ごまかすように苦笑している。
「もしかしたら、時間切れが近いのかも。だから、調子が悪くなったんだよ。うん、きっとそう」
「ったく、ウソをつくなよ」
ホムラが、呆れたように言った。ただ、顔は真剣そのもので、心配が色濃く張り付いている。
「お前、何か隠してるだろ。ごまかさないで、話してくれよ」
「隠してるって、何をさ? ボクには、何の秘密もないよ」
「そうか。俺たちは、そんなに信用ないか。しょうがないよな。俺は考えなしに物を言うし、ケイトは無茶ばっかりするもんな。心の底から信を置くなんて、できないよな」
「そんなことない!」
必死な顔をしたサラが、少し声を荒げた。
ハッとしたサラがすぐに俯き、寂しそうな表情を見せながら続ける。
「……そんなことないよ。君たちとは会ってそれほど経ってないけど、十分信頼してるよ。ケイトもホムラも、ツクノやシルク、ウルのことだって、ちゃんと信用してる」
「だったら、なんで話そうとしないんだ?」
「それは」
言い淀むサラが、何かを言おうと口を何度か動かす。それでも、なかなか言葉は出て来ない。余程言いにくいことがあるのか、言葉が詰まってしまっているようだ。
ケイトたちは、急かさずに黙って待った。サラの気持ちが落ち着き、言葉が自然に出てくるのをひたすら待ち続けた。
「……隠してることを知ったら、きっとみんなは、ボクを重荷に思う。それが、怖かったんだ」
サラの口からその言葉が出たのは、辺りがすっかり夜闇に包まれるくらいに時が経った頃だった。
既に部屋には、明かりが灯されている。寂しそうなサラの表情は、しっかりと目に映った。
まだ、口にするのはためらわれる。サラはそんな風を見せているが、やがて意を決したように口を開いた。
「……ボクは、向こうの世界では病弱なんだ。ちょっとしたことで体調が大きく崩れてしまうくらいに、体が弱くて。ずっと、病院で暮らしてるんだよ」
「そうだったんだ。そんな風には見えなかったけど」
「それはそうだよ。この世界だと、ボクは健康そのものだから。……ううん、ちょっと違うかな。この世界では、ボクはなりたい自分になれているんだ。健康で、自由に動ける、そんな自分にね」
「そういうことかい。どうりで、ハイ・ユーザーになれていたわけだ」
シルクが一人納得したように頷く。当然ながら、ケイトたちには訳がわからない。
「ねえねえ、シルクさまぁ。どういうことです? 一人で納得してないで、早く教えて下さいよぅ」
ツクノがシルクの袖を何度も引っ張りながら、首を傾げて問いかける。
それを鬱陶しく思ったのか、シルクが重い拳骨をツクノの頭に落とした。痛々しい音と小さな悲鳴が上がる。
痛がるツクノをそのままにし、シルクが言葉を紡ぐ。
「サラはね、自身をこの世界に具現化しているんだよ。なりたい自分を強く想像し、夢見ることでね」
「そんなことが可能なのか?」
「まあ、不可能じゃないね。人だってモノの一つだから、自身の憧れがクロス・ワールドで具現化することもなくはないんだ。ほら、よく夢の中で自分がヒーローになったりしているって話があるだろう? それは、実際にこの世界で、そういう形で具現化したことによるものなんだ。尤も、一時的な夢だから、普通だったらすぐに醒めて、元の世界に戻るんだけどね」
「普通だったら?」
「そう、普通だったらね」
困ったような笑みを浮かべたシルクが、サラへと視線を向けた。
「お前は、余程強く願っていたんだろうね。自由に動ける、自分の姿を。そうでもなけりゃ、こんなに長い時間をここで過ごすことはできないよ」
「……うん。ボクは、ずっと憧れていたんだ。自分が病気に縛られないで、自由に動ける日々を。健康で、自分のしたいことがたくさんできる姿を、ボクはずっと夢見ていたんだ。いつか、そんな日が来てほしい。この世界に来るまで、願わなかった日はないよ」
「それで、本当にクロス・ワールドに来れたってわけかい」
「うん、そうみたい」
サラが懐かしそうに頭上を見上げ、そっと微笑む。
「最初に来た時は驚いたけど、嬉しかったな。だって、体は思った通りに動くし、どれだけ動いても息苦しくないんだもん。自由を手に入れたみたいで、本当に嬉しかった」
「けれど、ずっとじゃない。お前は、目が覚めたらここにいられないんだろう?」
「そうだよ。現実のボクが目を覚ましたら、向こうに帰らなきゃいけない。でも、眠っている時はこっちに来れるって、すぐに気づいたんだ。向こうのボクは、眠っている時間が長いから、ここにいられる時間も長くて。とっても有意義なひと時を、過ごせていたんだ。この世界では、ボクはちゃんと生きていられる。そう、実感できていたからね」
「だからか。解放軍と戦おうとしていたのは」
ケイトが問いかけると、サラが大きく頷いた。
「世界を切り離そうとしているって聞いたら、とてもじゃないけど見過ごせなかった。だって、世界が繋がりを失ったら、ボクはもうここに来れなくなる。そしたら、また辛い病院暮らしに逆戻りだよ。そんなの、もう耐えられないんだ」
サラが表情を曇らせて俯く。悲しそうなものがそこには浮かんでいて、ケイトはどう反応すれば良いのかわからなかった。
「……耐えられないのに、ボクの体は、現実のものに近づいてきてるんだ。一昨日より昨日の方が、昨日より今日の方が、ずっと辛くなっていくんだ。このままだと多分、ボクは満足に動けなくなる。そんな体であることを知られたら、きっとみんなは、ボクを重荷に思うんじゃないかって。ボクを、捨てるんじゃないかって、思っちゃって。だから、言い出せなかったんだ」
瞳にたくさんの涙が浮かび、それでもサラは束の間堪えていた。しかし、それもいつまでも続けられるものではない。堪え切れなくなったのか、大粒の雫が零れ、彼女の頬を伝っていく。
今まで見たことのないサラの弱々しげな姿に、思わず胸が詰まる。こんなにも思い詰めていたなんて知らなくて、ケイトたちもまた、彼女のことをちゃんと知ろうとしていなかったのだと痛感させられた。
ならば、今できることは決まり切っている。
「……そんなこと、思うわけないじゃないか」
声もなく涙するサラに、ケイトは否定の言葉を口にした。
「まだ短い付き合いでも、ここまで一緒に戦ってきたんだ。サラは、大事な仲間だよ。たとえ病弱だろうと、それは変わらないよ」
「そうだぜ、サラ。病弱なことが、仲間じゃなくなる理由にはならないさ。ましてや、捨てるなんて考えも及ばねえよ」
ケイトの言葉に、ホムラがすかさず続けた。ツクノも、言葉こそなかったが大きく頷いている。
だけど、サラは首を横に振った。
「……でも、こんなボクじゃ、みんなに迷惑をかけちゃう。一回だけならともかく、たくさん迷惑をかけたら、きっとみんな、ボクに嫌気が差しちゃうよ」
気持ちが大分沈んでいるのか、サラの言葉は後ろ向きだ。こちらの言葉を、素直に受け取ってくれない。
――どうしたらいいんだろう。
ケイトが考えるよりも先に、ツクノがサラの袖を何度か引っ張った。
動揺したサラが、少し怯えたような眼をツクノに向ける。ツクノはそんな彼女を、泣きそうな顔で見つめていた。
「ねえねえ、サラはわたしたちのことが嫌いなんですか?」
「そ、そんなことないよ。みんなのことは、とても大事に思ってる」
「じゃあ、どうして信じてくれないんですか? どうして、頼ってくれないんですか?」
今にも泣きだしそうな声で言ったツクノに、サラがどうしていいのかわからないような顔をしている。
どうすればいいの。そんな風にしながら縋るように見てきたサラに、ケイトとホムラは顔を見合わせ、一度小さく笑った。
「な、何がおかしいのさ」
動揺しながらも、サラが頬を小さく膨らませる。今まで見たことのない女の子らしい仕草に、ケイトはホムラともう一度短く笑い合った。
「いや、ちゃんと向き合ってくれてるじゃないか、って思ってさ」
「えっ?」
「おいおい、気づいてないのか? だったら、なんで俺たちを見たんだよ。困ったから助けてほしい。そういうことじゃないのか?」
「それは、そうだけど……」
言い淀んだサラに、ケイトはにこりと笑みを浮かべながら言葉を継ぐ。
「じゃあ、何も気にすることなんかないよ。サラは、ちゃんと僕たちを頼ってくれてるんだから。君がそうしてくれるなら、僕たちはちゃんと応えるだけだよ。何があっても、必ずね」
「ああ。嫌な気持ちも辛い思いも、遠慮なくぶつければいいのさ。俺たちは受け止めるし、何だったら一緒に悩んでやる。なんてったって、俺たちは仲間なんだからな」
「あっ……」
サラが言葉を失い、束の間呆然とする。大きく見開かれた両の瞳に、また涙が溜まっていった。
それでも、まだ少し信じるのが怖いのか、確かめるように、サラがケイトたちの顔をゆっくりと見渡す。目が合い、ケイトは大きく頷いた。ケイトだけではない。ホムラとツクノも、同様にしている。
サラの瞳から、大粒の涙が零れた。
「……そう、だよね。ボクたちは、仲間なんだよね。こんなボクでも、一緒にいていいんだよね……?」
「当たり前だよ。だから、自分が重荷だなんて思わないでよ。そんな風に思っていたら、僕だって悲しいからさ」
「……うん。ありがとう、ケイト。ありがとう、みんな」
両手で顔を覆い、サラが声もなく涙する。それでも彼女からは、悲しみはもう感じられなかった。




