5-15 勝つためのイメージ
「グルルルル……」
煩わしそうに唸り声を上げた白虎が、忌々しげにこちらへと鋭い目を向ける。同時に、影を貫く針へと雷を落とし、消し炭にした。体の自由を取り戻した白虎が、自ら嚙み砕こうと言わんばかりにケイトへと向けて駆け出す。
――そうだ、来い。
こちらに注意を引けば、少なくともウルへの攻撃はやむ。その間に、態勢を整えてくれるはずだ。
何よりも、相手からまっすぐこちらに向かって来てくれた方が好都合だ。体の自由が損なわれている今、自分から攻めても攻撃を当てることはできない。ならば、反撃の一撃を狙った方が当たる確率はぐっと上がる。
両の刀を構え、イメージを強く描く。白虎を斬るイメージ。加護を、装甲を断ち割る。それを、頭の中で鮮明に描く。
太刀鋏が鼓動を伝え、刀身に加護が纏われた。今までで一番色濃く、研ぎ澄まされたものだ。力が凝縮されているのが、この手を通してよく伝わる。
その間にも、白虎が迫る。間合いまで、あと三歩くらいか。大口を開き、咆哮を上げながら駆ける白虎が、さらに速度を上げた。距離が、一気に縮まる。
――ここだ!
白虎が間合いに入ったのと同時に右斜め前へと踏み出し、渾身の一撃を放つ。右、やや遅れて左。刀がばってんのような軌跡を描き、低く鈍い音が短く鳴る。次いで聞こえる、何かが落ちる重々しい音。
「グオオオ……」
苦悶とも取れるような低い呻き声が聞こえた。丁度すれ違うような形になっていて、ケイトはちらと後ろを見る。声を上げた白虎が振り返り、途端に目が合った。怒りに満ちた瞳だ。しかし、片方の目だけである。白虎の右目辺りの装甲は深々と切り裂かれていて、瞳は鎖されている。
地面には、大きな牙が二本落ちていた。さっきの攻撃で切り落としたものだろう。
――足りなかった……!
手には、確かに鋼を断ち切った感触があった。加護を寸断した実感もあった。だが、全てを斬ることはできなかった。あまりにも強大な加護を誇る白虎を前に、ケイトは凝縮させた力を維持し続けられなかったのだ。
その結果、片目を潰すので精一杯になってしまった。
「はぁ、はぁ……! ケイトさま、次が来ます!」
息を乱したツクノが、それでもケイトに危険を促す。どうやら、憑依していることで大分消耗しているらしい。
彼女のことは気掛かりだが、今は目の前の現実に集中しなければならない。白虎は既に、次の攻撃に移ろうとしている。
大きく口を開けた白虎が、雷の弾をそこに集めていた。
「させない!」
ウルの声が聞こえたかと思えば、その姿はいつの間にか白虎の頭上に現れていた。今にも雷を吐こうとしている口目掛けて、ウルが思い切り回転しては踵を落とす。
「グアッ!?」
思いがけない不意打ちだったのか、白虎はまともにその攻撃を食らい、思い切り口を閉じた。そこで、初めて動揺したような声を上げた。
瞬間、その口内から爆裂音が響く。雷の衝撃弾が、口の中で破裂したのだ。力なく開かれた口から、黒煙が立ち上る。白虎の動きが、束の間止まった。
「ケイト、一気に攻めるわよ!」
地面に着地したウルが、力強く言った。さっきのダメージは、少し和らいだようだ。
頷き、ウルと共に白虎へと迫った。
その最中、ケイトはちらとシルクたちの方へと目を向ける。二匹の雷獣に苦戦し、ボロボロになっているホムラと、いつもよりは少し傷ついたサラの姿が見えた。シルクは、後ろの方で控えている。どうやらこの二人がメインで戦い、シルクがそのサポートに回っているらしい。強力そうな一撃が来そうな時は、シルクが大太刀鋏を振り回して攻撃を掻き消している。そこを二人が反撃しているが、雷獣を押し切るのは難しいようだ。素早く、激しい攻撃に翻弄されている。
あちらの戦闘は気掛かりだが、状況確認はそこでやめた。
白虎との間合いに入ると、ウルは懐に潜り込んで鉄爪を振りかざし、ケイトはさっき与えた傷を狙って右の刀で刺突を放った。
互いの得物が、白虎の体に迫る。
刹那、白虎の左の赤い瞳が見開かれ、ケイトたちに向けられた。途端に感じる、異様な殺気。
――いけない。
このまま攻めてはやられる。直感がそう告げるも、どうしようもなかった。ケイトもウルも、攻撃態勢に入っている。
「グオオアアッ!」
怒りに満ちた咆哮が轟き、白虎の体から雷が放出された。勢いこそさっきの散弾銃のようなものと同じだが、今度は全方位に向けて雷が放たれている。ケイトもウルも、避けられない。
「きゃあ!」
ケイトより先に雷を受けたウルが悲鳴を上げ、後ろの方へと飛ばされる。それを確認する間もなく、ケイトにも雷が襲い掛かってきた。
せめて、何とか態勢を。迫り来る雷に刺突を放ち、貫く。運よく雷そのものの繋がりの糸を断ち切れ、迫り来る攻撃は、そこで勢いを失った。
だが、無傷であったわけではない。
「ぐっ、あっ……!」
刀を通して、体に電流が走る。ただでさえ、この雨でずぶ濡れなのだ。雷は、この体をよく通ってしまう。
再び襲い掛かる強い痺れに膝をつきそうになるが、ケイトはすぐに自分の体に刀を振るった。
「ケイトさま、何を!?」
ツクノの驚く声が聞こえる。その声を振り払うように、刀を振り抜いた。鈍い痛みが、体に走る。
痺れという事象は、この体を走るモノに等しい。体に痺れが干渉しているならば、それを断ち切ってやればいい。当てつけのような理屈だが、今はそれに賭けるしかなかった。このまま痺れに負けて簡単に吹っ飛ばされて、ウルと一緒に危険に陥るわけにはいかない。
白虎は、何のためらいもなく右の爪を振り回してくる。痺れは、何とか抜けている。代わりに鈍い痛みがあるが、構わず体を動かし、後ろに跳んだ。間一髪、攻撃を回避する。
――このままじゃ、ダメだ。
下がりながら、痛切に思う。
今のまま戦い続けては、いたずらに傷つくばかりだ。時間が経つだけでも降り注ぐ鋭い雨が体を傷つけていくし、白虎の猛攻の前に、それ以上の怪我を負いかねない。ケイトだけがそうなるならば別に構わないが、一緒に戦っている仲間たちも同様の危険に見舞われてしまうのは、正直嫌だった。現に、ホムラは止めどなく血を流すほどに傷つき、サラも珍しく体をふらつかせている。ウルに至っては、再び強烈な一撃を貰って、地面に叩きつけられたままだ。
そんなのは、もう耐えられない。
――戦いを終わらせるには、どうすればいいのか。
答えは、決まり切っている。ケイトが、白虎を今すぐ仕留める。それだけだ。
至難の業であることは、わかっている。しかし、今やらなければならない。これ以上の戦いは、多分皆無理だ。
白虎を斬るにはどうするか。その答えも、頭の中で浮かびつつある。
――イメージを、変える。
白虎を斬る。いいや、白虎だけではない。何であろうが斬る。鋼鉄鬼だろうが守護獣だろうが、その命ごと断ち切る。全てを、斬り伏せる。
頭の中に、そのイメージが湧く。目の前に立つモノ全てが、細切れになる光景。それが、不思議と鮮明に映し出された。
ケイトの想像を察したのか、太刀鋏がひと際大きな鼓動を伝えてきた。本当に、危険だ。そう言っている気がしたが、構わなかった。
――繋がりを断ち切る。それが、僕の能力だろう?
だったら、その力を極限まで引き出してくれ。
胸の内で語りかけた言葉に、それでも太刀鋏は躊躇していたようだが、やがて諦めたのか、弱々しげな鼓動を二度伝えてきた。
「ケイトさま……?」
憑依していることで何か異変でも感じ取ったのか、ツクノが怪訝そうに問いかけてきた。
その問いに答えず、ケイトは自身の加護を太刀鋏に集中する。太刀鋏はそれでも渋っていたが、やがて観念したのか、力を放出した。
二刀に、加護の暗い色の光が纏わりついていく。今まで見たことのない、深く淀んだ黒の光だった。




