5-14 守護獣の力
「……ごめん、ツクノ。もう、大丈夫だ」
「気をつけてくださいね。一瞬の油断が、本当に命取りなんですから」
「わかってる。痛いほどに、身に沁みたから」
白虎に目を向け、再び刀を構えようとする。瞬間、衝撃弾が白虎の口から放たれた。構えをすぐに解き、咄嗟に右へと跳んで回避する。
本当に、一瞬の油断もままならない。敵の攻撃には、切れ目がないようだ。避けたからと言って僅かにでも気を緩めたら、次の攻撃が直撃してしまう。
そのことを、ウルも理解しているのだろう。一人が連続で攻撃を受けないように、既に白虎の後ろへと回り込んでいる。
白虎に迫るウルの動きは、疾風を思わせるほどに素早い。降り注ぐ激しい雨も、彼女はほとんど浴びていないようにさえ見える。
それを可能にしているのは、おそらく全身に纏っている道具の加護なのだろう。狼としての身体能力を具現化し、肉体をより強力なものとして扱っているために、あれ程の身のこなしができるのだと思われた。
懐に入ったウルが、両手の鉄爪を振り抜いた。乾いた音が鳴り、微かな傷が鋼の装甲についた。
動きが軽い分、一撃の重さに欠けるかと思えば、そうでもないようだ。最初の一撃のように勢いを利用したりしているため、強烈な威力を発揮している。白虎も時折、動きを止めては、忌々しげに唸り声を上げていた。
ただ、白虎を倒すには大分足りないようだ。傷こそついたとはいえ、やはり効いているようには見えない。
もっと深く傷をつけなければ。ケイトの力ならば、やり方次第では何とか斬れるはずだ。
――イメージしろ。もっと強く、もっと鋭く斬るって。
自分に言い聞かせながら一息に駆け出し、それから白虎に挑みかかる。
狙いは、さっきの装甲の継ぎ目だ。斬ったのはまだ三分の一にも満たないが、同じところを攻め続ければ、いずれ繋がりの糸に刃が届く。
だが、こちらの目論見通りに動いてくれるほど、敵も甘くはない。
「オオオオッ!」
唐突に頭上を仰いだ白虎が、低い声で雄叫びを上げる。瞬間、雨の勢いがさらに増した。
篠つく雨、とでも言うのだろうが。細い雫が叩きつけるように降り、全身を打ちつけてくる。視界も、霞んでしまうほどに悪い。足は、完全に止められた。
ぶつかる雫は、思いの外痛い。顔や露になっている肌は、雨がぶつかるたびに微かな痛みを発している。
一つの雨のつぶてが、右の頬を掠める。鋭利なものが当たった時のような感覚が走り、頬から雨水とは違う、生温かいものが流れるのを感じた。
――この雨は、普通じゃない。
そっと右頬を触りながら、雨を見つめる。よくよく見れば、降り注ぐ雨粒のいくつかに、道具の加護が宿っているのが目に映った。
「雨を操るって、そういうことか。強弱以外にも、こんな器用な真似をするんだね」
「みたいですね。ケイトさま、どうします?」
ツクノの言いたいことはわかる。この鋭い雨の中を、どう戦うのか。降り注ぐ雨を、いちいち回避することは現実的ではない。かと言って、下手な戦い方をすれば、いたずらに傷が増えてしまうばかりだ。
ならば、どうするか。
考えようとするが、その時間はないらしい。思考を邪魔するかのように、白虎が攻撃を仕掛けてくる。白虎を中心に、丁度左右から半円を描くように雷を落とし、ケイトやウルを狙ってくる。
雷の落ちる速さは結構速く、一つ一つの間隔もあまりない。前か後ろに回避しないと、すぐに黒焦げになってしまう。
後ろには退かない。前へと進むのみだ。ただ、駆けては間に合わない。すぐさま槍を出し、白虎の頭上へと投げつけた。空間の光を捉えた槍が、ケイトの体を勢いよく引っ張る。
その場を離れた瞬間、雷がさっきまでいたところに左右から落ちた。まさに、間一髪だ。
白虎の頭上へと移動し、空を蹴って一気に急降下する。両手の刀は、既に振り被っている。
「グルアアアッ!」
急な動きにも動じることなく、ケイトの動きを目で追っていた白虎が吼え声を上げ、体に雷を纏った。電流が白い光となって白虎の体を激しく駆け巡っているのが、はっきりと見える。
――まずい……!
このまま攻撃したら、雷によって感電しかねない。
内心で焦るが、もう退くことはできない。イチかバチか、纏っている雷ごと斬るしかなかった。一応あれにも、道具の加護が働いている。斬れないことはないはずだ。
覚悟を決め、振り被った刀を振り下ろす。間近にまで迫った白虎の首へと、刃が迫って行く。
しかし、届かない。
「グルアッ!」
短く吼えた白虎が、身に纏った雷を一気に放出した。雷が弾け、散弾銃のように広範囲へと広がって飛んでいく。
その攻撃は想定できなかった。間近に迫っていたケイトに避ける術はなく、放たれた雷の塊をまともに受けてしまった。
「ぐっ、うわあああッ!」
「きゃあああ!」
全身に強い衝撃が走り、次いで激しい痺れが襲い掛かる。体には当然激痛が走り、ケイトもツクノも思わず声を上げた。
刀を振り抜くことなどできずに、ケイトは地面へと落ちた。受け身は取れず、無造作に叩きつけられ、地面に転がる。瞬間、叩きつけられたことによる鈍い衝撃が襲い掛かってきたが、雷をまともに受けたダメージが色濃く残り過ぎている。今の痛みよりも、全身に走る焼けるような痛みと強い痺れが、他の衝撃をあまり感じさせなくしていた。
「ケイト!?」
ケイトに雷が直撃したのを見たウルが驚いたような声を上げ、一瞬動きを止める。そこを逃さず、白虎が一瞬で間合いを詰め、鋼に覆われた右の爪を薙ぎ払うように振り回した。
ウルがハッとして回避するが、少し遅かった。
「きゃあ!?」
爪の先が体を掠り、ウルが吹っ飛ばされる。地面に二度三度と叩きつけられて転がり、勢いが弱まってから跳び上がる。ただ、今の一撃が重かったのか、ウルはすぐに片膝をついていた。
「ウル……!」
痺れる体を無理やり動かし、刀を杖に起き上がる。しかし、そんなケイトなど眼中にないのか、白虎はウルに意識を向けたままだ。
白虎が口を大きく開き、衝撃弾を放とうと力を溜める。ウルは動けないのか、片目を瞑りながらキッと白虎を睨んでいた。
このままでは、ウルがやられてしまう。衝撃弾をまともに受けてしまうウルの姿を想像しそうになり、ケイトはすぐさま否定した。そんなことはさせない。ここで、黙って見ているわけにはいかない。体が痺れていようが、焼けるような痛みに襲われようが関係ない。今、ウルを救えるのは、ケイトだけなのだ。
三本の針を呼び出し、震える手で掴んでから、すぐさま狙いをつけて放つ。
今にも攻撃しそうだった白虎の動きが、俄かに動きを止めた。
「……影縫い」
三本の待ち針が、白虎の影に突き刺さった。常に鳴り響く雷のおかげで、薄暗い中でも影はちゃんと存在していた。その影を、何とか捉えられた。
うまくいったが、おそらく長くはもたないだろう。白虎は煩わしそうにケイトの方へと顔を向け、一度高々と吼える。その衝撃を受けて、待ち針のうちの一本が既に弾け飛んでいた。
怯まず、針を五、六本手にして投げ続ける。半分は影を、残りで白虎そのものを狙う。
影に刺さる針の数が増え、白虎の動きが鈍くなる。そのために、迫り来る針を避けられないでいるようだ。いや、避ける必要がなかったのかもしれない。
白虎は平然としながら、顔面で針を受けた。ケイトの加護を纏った針なのだが、守護獣の力と鋼の装甲の前にはあまりにも脆弱過ぎたらしい。白虎の顔に触れた途端に、針は粉々に砕けた。
「まだだ……!」
ストックは、もう数本しかない。それでも、ケイトは針を投げ続けた。




