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モノとの正しい付き合い方  作者: 千変万化
五章 新たな戦い
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5-12 クロウズの意思

 怒声をぶつけられても、クロウズは平然としたままこちらを見ていた。視線は、相変わらず鋭い。

 ただ、いつもと様子が少し違った。前に会った時は、もっと猛々しいものを放ってきて、思わず気圧されそうになったものだ。今は、ただ威嚇するように睨んでいるだけで、大した圧を感じない。

「てめえらか。俺がどこにいようと勝手だろ」

 クロウズが、勝気な笑みを浮かべながら言った。しかし、やはりいつもの迫力はない。

 ケイトは戸惑ったが、警戒心は解かなかった。刀を構え、いつでも斬り合えるように気を高める。クロウズもやる気はあるのか、腰を低く落としてから拳を構え、こちらに向き直った。

 束の間、静寂が流れる。互いの視線が、痛いほどにぶつかり合った。

「やめな、ケイト」

 それを制すように、シルクが割って入った。それでも、クロウズへと視線をぶつけようとしていたら、諭すように拳骨が振り下ろされてしまった。重い一撃が脳天に叩きこまれ、ケイトは頭を押さえて思わず屈みこんだ。痛い。目の前がチカチカするほどの衝撃は、なかなか消えてくれなかった。

 ケイトが痛みに悶絶していても、シルクは構わずクロウズへと話しかけている。

「クロウズだっけか。ここで私たちとやり合う理由はないはずだろう? 解放軍は、もうなくなってしまったんだから」

 その言葉で、ケイトはハッとした。そういえば、解放軍の三将星であるシェルトはオウリュウに殺され、さらにはこのジェネレイトにいた解放軍もいなくなっている。解放軍そのものがなくなっていても、確かにおかしくはない。

 だったら、クロウズはどうしてここにいるのか。痛む頭で少し考えたが、一向に答えは出なかった。

 クロウズが目を瞑って口元で小さく笑み、構えを解いた。

「もう知られているってわけか。いや、てめえらなら知ってて当然か」

 小さく息を吐いたクロウズが、そっと目を開いてケイトたちを見る。相変わらず鋭い双眸だが、やはり圧力は感じられなかった。

「……おい、今何が起きようとしているのか、教えてもらおうか」

 そう口にしたクロウズは、ひどく真剣な顔をしていた。

 ケイトは一瞬戸惑ったが、すぐに答える気になった。少なくとも、今のクロウズからは敵対する意思は感じられない。何よりも、彼もまた被害者の一人であることが、ケイトからためらいを奪っていた。

 だが、状況が状況だけに、あまり時間はかけられない。元守護獣のオウリュウが目論んでいることやケイトたちがしようとしていることを、かいつまんで話した。

 それでも、クロウズにはちゃんと伝わったようだ。腕を組んで目を瞑りながらも、何度か頷いていた。

「状況はわかった。俺たちが、本当に利用されていたこともな」

 そう口にしたクロウズが、一度拳を強く握り締める。拳の擦れた音が、はっきりと鳴った。

「……もう一つ、聞かせろ」

 ケイトの説明に一区切りがついてから、クロウズが静かな声音で言った。

「シェルトは、どう死んだ?」

「それは」

 重い質問に、一瞬言葉が詰まる。脳裏には、シェルトの凄惨な死の光景がすぐに浮かぶ。あまりにも生々しいそれは、思い出して言葉にするのも厳しいものがあった。

 しかし、いつまでも言い淀んではいられない。シェルトの仲間であるクロウズが望んでいるのならば、答えるしかなかった。

「……龍の化け物に、噛み殺されたよ。何度も何度も、強く噛まれてね」

「そうか。だから、あんな亡骸だったのか」

 クロウズが、そっと天を仰いだ。見上げる彼の顔は、少し寂しげなものを宿している。

 その顔を見ていたら、何とも言えない気持ちになった。強敵の今まで見たことのない弱さを目の当たりにし、どうしても気にかかってしまう。

 だからだろうか。

「なあ、クロウズ。僕たちと一緒に来ないか?」

 自然と、その言葉を口にしていた。

 ケイトへと視線を向けたクロウズが、少しだけ驚いたような顔をする。が、すぐに小さく笑うと、何故か勝気な笑みを浮かべた。

「……はっ、お断りだ。誰が、てめえらと仲良くするかよ」

「だけど、敵は強大だ。一人で立ち向かって、どうこうなるものじゃない」

「はっ。だから、てめえらと手を繋いで戦えってか? 冗談じゃねえ。足手纏いはいらねえんだよ」

「何ですって!?」

 ウルが真っ先に反応し、クロウズをキッと睨む。

「あんた、そんなことが言えるくらいに強いわけ!? 包帯だらけの体をしてるくせに!」

 確かに、ちらと見えるクロウズの体は包帯に覆われている。ケイトたちとの戦いの傷は、まだ残っているのだろう。

 それでも、クロウズが怯んだ様子はない。

「だからどうしたよ? 俺は、これでも十分戦える。傷だって、ほとんど癒えているんだぜ。キャンキャン喚くだけのお前とは違うんだよ、このいぬっころが」

「いぬっころ……!?」

 あからさまに馬鹿にされたウルが、顔を真っ赤にしながら今にも飛び掛かろうとする。

 だがその前に、シルクが割って入った。

「待ちな、ウル。お前じゃ、分が悪い」

「どういう意味よ!」

「言葉通りだ。いいから、下がってな」

 ウルの体を無理やり押しのけ、シルクが前に出る。

「あんた、これからどうするつもりだ?」

「別のところに行くに決まってんだろ。ここで、てめえらと一緒にいる意味はねえ」

「へえ。口は悪いが、ちゃんと考えているみたいだね」

 シルクの言葉に、クロウズが微かな反応を示す。眼が、一瞬だけ獰猛な光を帯びた。

「ここで強力な戦力を纏めてしまうのは、確かに下策だ。だったら、別行動をした方が良いに決まっている。そこにすぐ思い至れるなんて、さすがに解放軍を率いていたことだけはあるね」

「……何を勘繰ってるのかは知らねえが、俺はただ、自分がやりたいようにやろうしているだけだ。他意はねえよ」

「そうかい。でも、ケイトが言ったことは本当だよ。これから向かい合う敵は、今まで出会ったこともないような強さを誇っている。一人で勝てるほど、甘くはないよ」

「それこそ知ったこっちゃねえな。相手がどれだけ強かろうと、関係ねえ。俺は、気に入らねえ奴をぶちのめす。それだけだ」

 言い終えたクロウズが、ケイトたちに背を向けて歩き出す。反対方向にも、どうやら道はあるらしい。

 遠ざかる背を、もう誰も呼び止めようとしなかった。いや、ウルだけは文句を言いたそうにしていたが、結局睨みつけるだけに止まった。

 やがて、クロウズの姿は闇の中に消えた。

「……なんで止めたのよ、シルク」

 ウルが、あからさまに不満顔をしながら言った。

「そりゃ、お前じゃ勝てないからに決まってるだろう? いくら実力が高いお前でも、クロウズ相手では手も足も出ないだろうさ」

「そんなの、やってみなきゃわからないじゃない」

 面白くなさそうに頬を膨らませたウルの額を、シルクが指で小突く。

「痛っ!?」

「まったく、この子は。やらなくてもわかるさ。あの男、私ほどとは言わないが、相当強いよ。なあ、ケイト?」

「えっ、あっ、うん」

 いきなり話を振られて戸惑ったが、ケイトはすぐに頷いた。クロウズの強さは、身をもって知っている。

「クロウズの実力は、本物だよ。これまで二度戦ったけど、まだ底が見えない。下手に挑んだら、どうなるかわからないよ」

「うー……。でもでも、ケイトぉ……」

 赤くなった額を押さえながら、ウルが涙目で言ってくる。これまでの凛とした態度はどこへ行ったのか、今はひどく弱々しく見えた。

 ケイトは、思わず苦笑した。甘えん坊なのは、どうやら変わりがないらしい。

 そんな彼女を慰めるように、そっと頭を撫でてやる。さらりとした髪が、妙に心地が良い。

「僕が未熟なのを棚に上げてるわけじゃないよ。ウルを、危険な目に遭わせたくないんだ。だから、言うことを聞いてほしいな」

「……もう、わかったわよ。ケイトがそこまで言うなら、仕方ないわね。無理はしないわ」

 口ではつんつんしたような言い方をしているが、顔はうっとりとしていて、嬉しそうに緩んでいた。

「さて、いちゃいちゃするのもそれくらいにして、先を急ぐとしようか」

 シルクの言葉に、ケイトとウルはハッとする。ツクノやサラがじとっとした視線を向け、ホムラが呆れたような顔をしていた。

 咄嗟に二人して距離を取り、真面目な顔をしたが、それでもみんなからの視線は冷ややかだった。

 そんなケイトたちには構わず、シルクが明かりを頼りに何かを探す素振りを見せる。しかし、炎の強さが足りないのか、辺りはまだ薄暗い。シルクは、探し物を見つけられていないようだった。

「ホムラ、もう少し炎を出せないか?」

「ああ、わかった」

 ホムラが目を瞑って集中し、右手を前に突き出す。少し大きめの炎が途端に現れ、辺りをさらに照らし出す。

「おっ、ここだここ。この先が、封がしてあった頂上へと続く道だよ」

 大太刀鋏を肩に担ぐようにして持ったシルクが、炎にぼんやりと照らされた道を見つけると、指を差しながら軽い口調で言った。

 つられるように、シルクが指差した方へと目を向ける。左右を岩肌に囲まれながらも、少し整備された道がそこにはある。ただ、真っ平というわけではなく、階段のような形になっている。どこまで続いているのかは、先の方が暗いからよくわからない。

「さあ行くよ。頂上までは、結構ある。心の準備は、登っている間に済ませておくんだね」

 ケイトたちは頷き、ホムラが用意したロウソクを持ったシルクの後を着いて行く。

 階段のような段差道を一つ一つ登って行くのだが、これがなかなかきつい。傾斜がかなりついている上に、しっかりと足を上げないと段差に届かない。まるで高いところにある神社の石段を登っているような気分だ。

 それでも、ケイトたちは黙々と段差を登っていった。真剣な顔をしながら、ひたすらに登り続けた。

 時折雷鳴が轟き、暗い空に白い色をつける。その瞬間だけ、辺りははっきりと見えた。ただ、見えたと言っても、左右は岩肌だ。目新しいものは何もない。

 どれだけの間、段差を踏み締めていただろうか。

 長かった段差が途切れて平たい地面が見える。ケイトたちは、ようやく頂上に辿り着いた。

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