5-11 再びジェネレイトへ
「ここの守護獣、雷獣白虎が結界を壊そうと動き始めてるわ。今はまだ大丈夫みたいだけど、壊されるのは時間の問題ね。いくらシルクの道具の加護が飛び抜けていても、守護獣の力を受け続けるのは無理よ」
その言葉に、緩んでいた場の空気が急激に引き締められた。
シルクが大きく頷く。
「そうだね。私の力だって、万能じゃない。それで、お前の見立てだと、どれくらい持つと思うんだ?」
「多分、あと一日か二日くらいかしら。あの空を見て」
ウルが、山岳の方の空へと目を向ける。つられてそちらを見ると、真っ黒な分厚い雲が山岳の上に立ち込めていた。
その黒雲は、今までに見たことがない色をしていた。ここらの上空も黒い雲が目立つが、所々灰色が混じったものだ。しかし、山岳の上に立ち込める雲は、星のない夜の闇を思わせるほどに濃い黒をしている。
あの下に行ったら、多分視界は大分制限される。それくらい、深く濃い色をしていた。
「あれは、白虎が集めているこの世界の雨雲よ。その力を束ねて、結界を壊そうとしてるみたい」
「雨雲だって?」
「そうよ。白虎は、この世界の雨を司る道具使いと言われているらしいわ。本当かどうかは知らないけど、雨や雷を自在に操れるのは間違いないそうよ」
驚くべき能力に唖然とし、それからケイトはツクノを見た。視線に気づいたツクノが、苦笑いしながら首を傾げた。多分、記憶が欠落している部分なのだろう。守護獣の能力を、彼女は覚えていない。
何はともあれ、脅威なのは間違いない。これから向かい合うのはただ強いだけの鉄鬼ではなく、自然そのものと見てもいいだろう。
「何か、弱点はないのか?」
ホムラが腕組みしながら言った。さすがに状況が状況だけあって、視線はまっすぐウルの顔に向かっている。
「わからないわ。守護獣と戦うなんてことは、これまでなかったんだから」
「でも、奴らもモノであることに変わりはないよ。加護が弱れば、倒れる。そこは、普通の道具使いと変わらない」
シルクが引き継いで言ったが、事態はそれほど単純ではないだろう。道具の加護を弱らせるには、相応のダメージを与える必要がある。この世界の撚糸を守っていた守護獣の加護となれば、どれほど強いか計り知れない。生半なダメージでは、弱らせることなどできないはずだ。
難しい戦いになる。だが、きっと何とかなる。そう信じて、戦うしかない。
「さて、そろそろ行こうか。状況がまずいのはよくわかったしね。ウル、どこから行った方が、奴に早く近づける?」
「麓から中腹に通じる道を行った方が早いんだけど、鉄鬼がたくさんいるわ。正直、迂回した方が早いかも」
「待って。ボクは、倒して進んだ方が良いと思うけど」
サラが唐突に割って入った。
「どうして? 無駄に戦った方が余計に消耗するじゃない」
「それを言うなら、後ろに敵を残した方が危ないと思うけどね。本命の強敵と戦っている最中に、後ろから襲われたんじゃ厳しいんじゃないかな」
「そうだね。サラの言うことは尤もだ。けれど、いいのかい?」
シルクが、何故か少し心配そうな顔をしながらサラを見ている。見られている本人も、ちょっと困惑気味だ。
「何が?」
「いや、少し顔色が悪いからね。戦闘が増えてもいいのかって思ってさ」
サラが驚いたように目を見開いてから、顔を背けた。言われて見れば、サラの顔色はほんの少し青褪めているように見えた。ただ、この辺りは少し暗めであるため、はっきりとはわからない。
「……大丈夫だよ。ちょっと疲れただけだから。まだ、向こうの世界に帰る時間じゃないし」
顔を背けたまま言ったサラの声は、いつもと変わりはなかった。
シルクは納得していないようだったが、諦めたのか一度息を吐いた。
「じゃあ、決まりだ。鉄鬼を蹴散らしながら、山の中腹へと向かう。でもまあ、お前たちは戦う必要はないよ。私が、全部片づけてやるから」
にやりと強気の笑みを浮かべたシルクが右手を上げ、武器を具現化する。手に光が集い、少し長めの刀が現れた。
「この、大太刀鋏でね」
自信ありげに言ったシルクに、ケイトたちは何も言えなかった。その言葉が誇張でも何でもないのを、誰もが肌で感じ取ったからだ。
大太刀鋏と呼んだ長刀が具現化した途端に、とてつもない力を感じた。それがシルクの道具の加護であるのは明白であり、ケイトたちとの格の差は歴然である。
そして、シルク自身の実力の高さも、すぐに思い知らされた。
ヌクリアを出発し、ジェネレイト山岳の麓を進んでいると、大量の鉄鬼と遭遇した。どれもこれも殺気立っていて、すぐに襲い掛かってきたのだが、そのいずれもがシルクに一刀両断されていった。
シルクが先行し、鉄鬼が真っ二つにされていく。ケイトたちは、その後ろを着いて行くだけだ。
「何だよ、あれ。本当に、同じ道具使いか……?」
ホムラが、冷や汗を流しながら呟いた。ケイトも目の前の光景が信じられず、何度も目を擦ったものだ。
異常な強さである。太刀捌きは鋭く素早く、眼にはほとんど止まらない。身のこなしは異様に軽く、鉄鬼に迫ったかと思えば次の瞬間には通り過ぎている。シルクが通った後では、両断された鉄鬼が一拍遅れてゆっくりと左右に分かれていく。
そんなことが、何度も繰り返された。
やがて、何の苦もなく山岳の中腹に辿り着いた。ここまで阻んでくる鉄鬼は数多くいたが、生き残ったのは一体とていない。
ただ、思った通り、辺りは頭上の黒雲によって真っ暗だった。時折空へと閃く稲光によって、周囲の様子はうっすらと見えるが、それも長くは続かない。
その状況を予想していたのか、ホムラが炎を現出させてはロウソクのようなものに差し、四方に浮かせては辺りを照らす。こういう時は、ユーザー能力は本当に便利だ。
「……あれは?」
ぼんやりと照らされた闇の中に何かを見たのか、ホムラが怪訝そうにしながら言った。
皆で、ホムラの視線の先を追う。少し開けたこの場所の中央に、一つの人影が浮かび上がっていた。
炎に気づいたのか、その人影がこちらを向く。見知った男の顔が現れ、瞬間、鋭い視線がこちらを射抜く。
だが、怯みはしない。それをまっすぐ受け止め、ケイトもまた男を睨む。
「お前がどうしてここにいるんだ、クロウズ!」
怒鳴るようにして、ケイトは宿敵の名を叫んだ。




