5-10 まさかの出会い
王都を出発し、ケイトたちはジェネレイト山岳へと舞い戻った。
山岳に戻ると、まずは廃都ヌクリアを目指した。どうやら、シルクが仲間を偵察に向かわせていたらしく、そこで落ち合うことになっているらしい。
ヌクリアまでは何の障害もなく、まっすぐ辿り着くことができた。
周囲を見渡したが、誰もいなかった。寂れた廃墟が、変わらず立ち並んでいるばかりだ。
怪訝に思ってシルクを見ると、呆れたような顔をした彼女が右の方へと目を向けた。ケイトたちがつられてそちらを見ると、廃屋の上に誰かがいることに気づいた。
「やっと来たわね。遅いわよ」
ほんの少しだけ高めの女性の声が聞こえ、次いで地面を強く蹴った時のような音が鳴った。何だ、と思った時には廃屋から誰かの姿は消えていて、いつの間にかケイトたちの少し前に降り立っていた。
現れた人物を前に、ケイトとホムラは束の間目が離せなかった。
凛とした美人というのが、女性への第一印象だ。顔立ちは整っていて、特に目尻の鋭い目は意志の強さが如実に表れている気がする。背丈も少し高めで、すらりと長い脚がとても魅力的だ。
だが、何よりも目を惹いたのが、豊かに膨らんだ双丘である。ゆったりめの服の上でもはっきりとわかる大きさのそれに、つい目が釘づけになってしまった。
と言っても、一瞬だけだ。ケイトは何とか、視線を逸らした。仮にもこの場には、四人も女性がいる。ずっとそうしていたら、冷たい視線を投げかけられるのは避けられない。
現に、視線を外せていないホムラが、サラとツクノから軽蔑の眼差しを向けられている。尤も、ホムラはそう言うことには鈍感だから、一向に気づいた風はない。
見られている女性の方はというと、慣れているのか視線を軽く受け流し、落ち着いた色をした灰髪をかき上げながら、シルクへと呆れたような顔を向けていた。
しかしシルクは、女性の態度など意に介さず、真剣な表情をしている。
「遅い早いなんてどうでもいいさ。ここの状況は?」
シルクが軽口に付き合う気がないのがわかったのか、女性も顔を真顔に引き締めた。
「あんまりよくないわね。この山岳の撚糸を狙って、たくさんの鉄鬼が暴れているわ」
「たくさんか。どこから現れたんだい?」
「どこも何も、ここよ。つい最近、この山岳で争ってたモノがたくさんいたでしょ? そいつらが、みんな鉄鬼になっちゃったみたい。きっと、誰かにやられちゃったのね。鉄鬼って、モノの成れの果てって言うし」
さらっと言われたことに、ケイトたちは驚きのあまり声が出なかった。
ジェネレイト山岳で争っていたモノ。それは即ち、騎士団と解放軍に他ならない。彼らの全てが倒れ、鉄鬼になったと言われても、俄かには信じられなかった。
そっと、ツクノに視線を向ける。ケイトの視線に気づいたツクノが、力なく首を横に振った。モノの気配を感じ取れる彼女がそうしたということは、この近くに彼らがいないのを意味する。告げられたことが事実であると裏づけられて、ケイトは信じざるを得なかった。
「そうか。だったら、あまり悠長にはしてられないね。撚糸は、無事なのかい?」
「今のところはね。いくら封が解けていても、シルクの結界まで破られたわけではないわ。ただの鉄鬼じゃ、近づくこともできないわよ。……でも」
一度言葉を切った女性が、少し浮かない顔をした。
「ちょっと前に、やばいのが山岳に戻って行ったわ。シルク、あなたの結界をすり抜けてね」
「……そういうことは最初に言いな。最悪の状況じゃないか」
露骨に舌打ちしたシルクが、一度深く溜息を吐く。
「戻ったそいつは、もう普通の姿をしていなかったんだろう?」
「察しが良いわね。その通りよ。鋼の装甲を纏った鉄鬼、いいえ、鋼鉄鬼かしら? まあどっちでもいいわね。とにかく、あの子は鋼の魔獣となっていたわ。ここの、守り神様はね」
「……シルクの言った通りだね。守護獣は、本当にオウリュウの手に落ちてるんだ」
緊張しながら、ケイトはつい口を挟んだ。
女性がこちらに顔を向けながら、大きく頷きながら言う。
「ええ、そうよ。ここの守護獣だけじゃなく、多分他のところでも同じことが起きてるはずよ。……って、えっ?」
ケイトと視線を交わした途端に、彼女は目を大きく見開いて固まってしまった。それでも、綺麗な青の瞳はケイトを捉えて離さない。
怪訝に思い、ケイトはじっとその顔を見つめる。見れば見るほど整っている顔に、ついつい見惚れてしまう。
その顔が、急激に真っ赤に染まった。頬も額も、耳さえも赤く染めた女性が、驚いたように一度後ろに大きく飛び跳ねる。
「ケ、ケケ、ケイトぉ!? な、なんでここに!?」
あからさまに動揺した女性が、顔を真っ赤にしたままシルクに詰め寄る。
「シルク、どういうことよ!? ケイトが来てるなんて、聞いてないわよ!」
「あー、すまん。そういや話してなかったわ。ツクノが見つけてきた腕利きの道具使いがケイトだよ。今は、私たちと一緒に行動している」
「ちょっとぉ!?」
慌てふためく女性に、シルクが呆れたような顔を向けた。
「まったく、相変わらずな奴だね。まあ、いい機会か。自己紹介でもしな、ウル」
「じ、自己紹介って、何を言えばいいのよ?」
「そんなの私が知るか。お前が自分のことを話すんだよ」
言い様に、ウルと呼ばれた女性の頭に拳骨が落ちた。
「きゃうん!?」
犬のような悲鳴を上げた彼女が、頭を押さえてうずくまる。
それでもすぐに立ち上がると、目にうっすらと涙を浮かべながらも女性は自己紹介を始めた。
「あ、あたしの名前はウル。シルクと一緒に、この世界で戦ってるの」
「君もウルって言うの? 奇遇だね。僕の実家の犬も、ウルって言うんだよ」
ケイトが朗らかに言ったら、何故かウルが頬を赤く染めたまま、びくりと体を震わせた。
あからさまに不自然なそれに、一つの疑念が思い浮かぶ。ただ、確証はないため、ひとまず言葉を続ける。
「家に来てから三年そこらだけど、僕によく懐いてくれてね。僕が実家にいた頃は、いっつも傍にいるんだよ。食事の時ものんびりくつろいでる時も、お風呂の時も着いて来たっけ」
ウルの体が、まだ震える。顔は、さらに赤くなっていた。
――これは、もう決まりかも?
答えは出かけていたが、もうちょっと続けてみたくなった。ウルの反応が面白くて、ケイトはついつい続きを話す。
「すごく懐いてくれて、とってもかわいい子なんだけど、僕にべったり過ぎるのが困りものでね。高校生の頃の修学旅行の時なんて、僕が留守にしている間は、ずっと寂しそうに鳴いてたんだって」
「もうやめてッ! ケイト、お願いだからもう言わないで!」
とうとう堪え切れなくなったのか、ウルが目元に涙を浮かべながら叫んだ。同時に、犬耳が突然ぴょこんと生え、丸まったふさふさの尻尾が急に現れる。見た目は、犬のコスプレをした女の子って感じだ。
突然の変化に戸惑ったが、とりあえずその言葉で、疑念は確信に変わった。しかし、正直なところ、驚きを隠せない。
「……やっぱり、僕が知ってるウルなの?」
「うぅ……。そ、そうよ。ケイトに飼われてるウルで、間違いないわよ」
赤くなった頬を膨らませたウルが、少しだけ恨めしそうに見てくる。
それを受け止めながら、ケイトはまじまじとウルを見た。どこからどう見ても、可愛らしくて綺麗な女の子だ。動物もクロス・ワールドに具現化し、人の形を成すのは知っていたが、身近な存在がこうして現れると、どう反応していいか困る。
というのも、実家のウルからは、これまで過剰なスキンシップを受けていた。ケイトの頬を舐めてくるのは日常茶飯事で、隙あらば抱き着いてもきた。ケイトを含め、家族は彼女のことを甘えん坊ウルと呼んだものだ。
犬ならばそれほど意識しないが、綺麗な女の子にそんなことをされていたのだと思うと、ひどく照れくさくて、恥ずかしくなってしまう。
ウルもきっとそうなのだろう。頭から湯気を出し、顔はこれ以上染まらないくらいに赤くなっている。
「あたしの話はもういいでしょ! 肝心なのは、戻ってきた守護獣のことよ!」
何とかごまかそうと、ウルが必死な顔をしながら話を逸らした。




