5-9 メディの優しさ
「ねえ、クロウズさん。私ね、ちょっと考えてみたんだ」
治癒を続けながら、メディが優しい声音で言った。
「自由を求めるモノって、確かに多いと思うよ。でも、みんながみんな、そうじゃないと思うんだ」
「どういうことだ?」
「えっとね、誰かに使われることで意味を持てる子だって、たくさんいると思うの。私だってそう。私以外の誰かの手を借りることで、毒にもなってしまえば薬にもなれる。誰かに使われるってことは、全部が全部、悪いことじゃないと思うんだ」
だからね、とメディが続ける。
「人との繋がりを求めてもいいと思うんだ。人の世界と繋がってることでたくさんの理不尽はあるけど、それ以上に大切なことだって、いっぱいあるはずだから」
メディが、にこりと笑みを浮かべながら言った。
クロウズは、束の間呆然としていた。彼女の言葉が、耳の奥でずっと反響している。
今まで、理不尽に憤ることしかしてこなかった。人の世界との繋がりが、全て悪だと思ってきた。それが、ほんの僅かに揺らいだ。
もちろん、人の世界との繋がりを肯定しようとは思えない。ただ、全てを否定することはできないのでは、とクロウズは思い始めていた。今日出会ったばかりの少女の言葉に、何故ここまで揺れ動いてしまったのか、クロウズにはよくわからなかった。
「……ひとまず、これでいいかな。でも、まだ無理をしちゃダメだよ」
額にびっしりと汗を浮かべたメディが、息を吐きながら言った。
確かに、体に残っていた痛みはほとんど消えた。腕を回したり、軽く跳んだりしても、体に走る衝撃はあまりない。だが、感覚が少し鈍い感じがする。自分が思ったよりも、一拍は動きが遅れているのだ。
多分だが、メディの治癒力だけでは、激戦の傷は癒し切ることができなかったのだろう。当然だ。体は深々と斬られ、腕は派手に燃やされ、挙句の果てにはどうなったかわからない戦いをこの体に強いたのだ。尋常ではない傷つき方をしていたとしても、なんらおかしくはない。
とはいえ、それはおくびにも出さない。これ以上、下手に心配されるのは何となく嫌だった。
「ああ、わかってるよ」
軽く頷きながら言ったが、メディは信用していないのか、心配そうな顔をしたままだ。
思わず、苦笑が浮かぶ。信用がないことにではない。なんでこうも気にかけてくれるのか、本当に不思議でならなかった。
「……一つ、聞いていいか」
そんなことを思っていたからか、口は自然と動いていた。
「お前は、なんで俺のことをそんなに気にかけるんだ?」
「んーと」
考える素振りを見せたメディが、少し言い辛そうにする。何度かちらとクロウズへと視線を向け、ふと逸らす。それを何度も繰り返している。
じれったくなって、クロウズは続きを促した。メディが、遠慮がちに口を開く。
「……あなたが、とても寂しそうに見えたから」
「俺が?」
「うん。ボロボロの体で歩いてくるあなたと最初に出会った時、とても寂しそうに見えたんだ。涙は流してなかったけど、私にはあなたが泣いているように見えたの。だから、放っておけなかったんだ」
「……そうか」
メディから顔を背けるように、小さく俯く。たったそれだけの理由でこんなにも必死になれるメディが、少し眩しく見えた。
多分、寂しいのは間違っていない。少し前まで隣にいた仲間が、もうどこにもいない。その現実は、どうやら自分が思っている以上に辛いことだったようだ。
それを、こんな少女に見抜かれるとは、どうやら自身もまだまだらしい。
「まあ、そのことがわかっただけ、まだいいか」
「クロウズさん、何か言った?」
メディが首を傾げて、顔を覗き込むようにしてくる。口の中で呟いたつもりが、外へと出てしまったようだ。
何でもないと言ってから、クロウズはメディに背を向ける。メディが、戸惑いの声を上げた。
「俺は行くぜ。やることがあるからな」
「行っちゃうの? もう少し休んだ方が良いと思うけど」
「はっ。俺を柔な奴らと一緒にすんじゃねえよ。もう、十分動ける。これ以上、お前の厄介になる気もねえ」
「そっか。じゃあ、仕方ないか。クロウズさん、止めても全然言うこと聞いてくれないもんね」
寂しそうに言うメディに、何故か気持ちが微かに揺れる。まるで自分が悪いことをしているような気分になり、戸惑ってしまう。
だが、いつまでもここにいるわけにはいかない。今この時だって、あの少年が好き勝手をしているかもしれないのだ。それを、見過ごしてはならない。
「ねえ、クロウズさん」
いつの間にかメディが正面に回り、クロウズに何かを差し出して来ていた。澄んだ色をした、ガラスの小瓶だ。中に、薬のようなものが入っている。
「これは?」
「私が作った塗り薬が入ってるんだ。良かったら、もらってほしいな」
咄嗟に、言葉が出なかった。にこりと笑みを浮かべながら言ったメディが、やはり眩しく見える。
ただ、いつまでもだんまりのままではいられない。両手に乗せたその小瓶を、クロウズはそっと受け取った。
「仕方がねえ。一応、もらっといてやるよ」
小さく頷いたメディが、寂しそうにこちらを見つめてくる。それを振り切るように、クロウズは歩き出した。
背に、ずっと視線を感じる。相変わらず、寂しげなものだ。何がそんな風に思わせるのか、正直よくわからない。わからないが、このまま去ってしまうのだけはいけないことぐらいはわかる。
今、できること。たった一つくらいしか思い浮かばなかったが、クロウズは立ち止まって振り返った。
きょとんとした顔のメディと、すぐに目が合った。
「メディ、ありがとよ」
「……うん! クロウズさん、気をつけてね」
嬉しそうに笑みを浮かべたメディが、小さく手を振ってくる。
一度右手を上げて返し、クロウズはまた前を向いて歩き出した。メディの視線をしばらく背で感じていたが、やがてそれも消えた。
まず、どこへ向かうか。ちゃんとは決めていないが、当てはいくつかあった。魔法の撚糸がある場所。そこに行けば、あの少年に繋がるものを見つけられるかもしれない。
この際、ケイトとの決着はもうどうでも良かった。クロウズの標的は、少年一人だけだ。
あいつが何を企んでいるのかは、正直なところよくわからない。ただ、ろくでもないことなのは間違いないだろう。解放軍を皆殺しにし、鉄鬼化させるくらいだ。この世界を滅ぼすなんてことを考えていてもおかしくはない。
「……させるかよ」
このクロス・ワールドに仇なすというのならば、ぶちのめすだけだ。そして、仲間を殺した落とし前をつけさせる。そうでないと、死んだ奴らが浮かばれない。
「ここから近いのは、ジェネレイト山岳の撚糸だな」
少し前にフーズたちが封を解いたらしいから、山岳の最奥にあるという魔法の撚糸への道は開かれているはずだ。まずは、そこを目指す。
山岳の方へと目を向けると、真っ黒に曇った空が見えた。いつしか四六時中雷雲が立ち込めるようになったあの山岳には、確か雷獣が住まうと噂されている。その雷獣が撚糸と関係し、さらには少年に繋がるかもしれない。
「待っていやがれ。てめえは必ず、俺がぶっ潰してやる」
自身を鼓舞するように、いつもみたいに右の拳を左の掌に打ちつける。
クロウズの気持ちに呼応したのか、遠くの黒い空に光が走り、ひと際大きな雷鳴が鳴り響いた。




