5-8 モノ殺しの報い
鉄鬼がこちらに気づいたのか、両手に備えた銃口のようなものをすぐさま向けてくる。
一拍の間を置いた後、鋭い発砲音が間断なく響いた。まるでマシンガンのような音だが、肝心の弾丸が見えない。
とはいえ、完全に場所がわからないわけではない。弾丸の勢いが強過ぎて、目の前の空間が微かに揺らいでいるのが見える。多分弾丸は、まっすぐ向かって来ている。
右斜め前へと駆け出し、鉄鬼へと距離を詰める。クロウズがいたところを、無数の弾丸だろうものが通り過ぎていった。
避けられても怯む素振りは見せずに、鉄鬼がさらに両手から弾丸を放つ仕草を見せた。無数の砲声が轟き、見えない弾丸が唸り声を上げて迫って来る。
だが、問題ではない。
「軽い靴」
足に加護を集め、それから一気に駆け出す。一歩進む速さが段違いに速くなり、勢いをつけて迫る弾丸は掠りもしない。
軽さを重視した靴の軽い部分を具現化し、足の重量を極限まで減らした。これで、一定時間は相当速く駆けることができる。軽い靴の性質上、長く履き続けられないように効果は長続きしないが、こいつを片づけるには十分だろう。
「グルアアアッ!」
一向に弾丸が当たらないことに、鉄鬼は焦れたようだ。両の手を大きく開き、二度三度と弾丸を放つ。前方の広範囲にかけて、空間が揺らいでいる。その揺らぎ方からして、散弾銃を使ったと見ていいだろう。確かにそれならば、広範囲を攻撃できる。普通ならば、遠くに行けば行くほどに落ちていく散弾の威力も、鉄鬼の力でほぼ減衰することはないはずだ。加えて、相当数の弾丸が放たれている。避けにくいのは否めない。
が、避けられないわけではない。
「はっ。そんなものかよ」
迫り来る空間の揺らぎを最小限の動きで避けながら、前へと進んで行く。どれだけ弾丸が素早く、威力が凄かろうと、この足の前では何の意味もなさない。
余裕ぶって弾丸を回避していたが、後ろの方で破砕音が聞こえ、ちらと目を向けた。立ち並ぶ家々に弾丸が当たったのか、屋根や壁が悲鳴のような音を立てながら傷ついていた。
そしてそれは、メディのいる家にも及んでいる。窓のガラスが流れ弾によって砕かれ、家の扉からそっと覗いていたメディの近くの壁が、音を立てて崩れた。
その様に、クロウズは小さく舌打ちする。回避し続けるのは、どうやら得策ではないらしい。
「だったら、俺に注意を向けるか」
自分に聞こえるくらいの声で呟き、それから挑発するように鉄鬼へと声をかける。
「おい、随分様変わりしたな、ガンナ。少し前はそこそこ悪くねえ顔だったのに、随分厚化粧になったな」
クロウズの言葉に、鉄鬼が確かな反応を示した。こちらを強く睨むように見据え、右手を前に突き出して構えてくる。
どうやら、僅かにながら元々の存在が残っていたらしい。ガンナという、高慢な女の自我が。
あの女は、自分に絶対の自信を持ち過ぎていた。相手の本質を見極められないくらいの、傲慢すぎるほどの自信だ。そこを突いてやれば、まず間違いなく逆上する。
「ご自慢の銃の力は、こんなものか? あれほど大口を叩いていた割には、大したことねえな」
右の口角を吊り上げながら、勝気に笑って見せる。
瞬間、ガンナだった鉄鬼の赤い瞳が、獰猛な光を放った。
「コロス」
くぐもった声ながらもはっきりと言葉にし、ガンナが右手の銃口をこちらに向けては放つ仕草を見せた。
弾丸が放たれる前に、ガンナへと間合いを詰める。距離にして、七か八歩くらいだろうか。軽い靴の効果が続いている今ならば、二秒あれば拳が届く距離に入れる。
一秒が経ち、四歩分進む。刹那、弾丸が放たれた。一発、二発。発砲音は、これまでより低い。放たれたのは空気弾ではなく、目に見える鉛の弾丸だ。鉄鬼となった今でも道具の加護が働いているのか、迫り来る弾丸は炎のようなオーラを纏っている。
このまま進めば、顔面にぶつかる。だが、避けてやることはしない。さらに一歩、前へと進む。
「無駄だぜ」
進み様に手を前に突き出し、迫り来る弾丸を掴む。強い衝撃が手に走ったが、構わず弾丸を思い切り握り潰した。
ガンナが動きを止め、声を上げるのも忘れたかのようにこちらを見つめてくる。弾丸を止められたことが、余程衝撃だったのか。
その隙を、逃しはしない。
「お前、ここの村人を殺したんだってな」
懐に入り、右の拳を引きながら低い声音で言う。
「バカメ」
ガンナが異様な速さで両手を合わせて構え、すぐさま弾丸を放つ。散弾だ。至近距離では絶大な威力を発揮するが、構わず両の拳を払うように振った。
放たれた弾丸が、どこかへ弾け飛ぶ。
再び、ガンナが動きを止めた。動揺しているのか、赤の瞳が揺れているように見える。
戦いでは、その隙は命取りだ。
「解放軍に入るなら、てめえらにはこれだけは守れって言ったんだがな」
右の拳をもう一度引き、道具の加護をそこに集める。使う特性は静電気。集まった電流は青白い光を放ちながら、激しい音を立てる。
「何があっても、モノの命は絶対に奪うな。そう、誓わせたはずだぜ」
キッとガンナを睨み、拳を一息に突き出す。ガンナが何かを感じ取り、一歩飛び退いて逃げようとしたが、そんなことは許さなかった。
「迅雷の拳撃」
距離を取られる前に、右の拳を一気に振り抜く。
ガンナの顔面を拳が捉え、首が鈍い音を立てて変な方向へと曲がる。
瞬間、眩い光が閃いては、雷が落ちたような音が鳴り響いた。
激しい電流が迸り、ガンナの全身を駆け巡っていく。装甲が鉄ということもあって、その体からはいくつも火花が散っている。
本来ならば、殴られ、体に走る電流の激しい痛みに苦しむのだろうが、ガンナの首は既に圧し折れている。瞳は既に色を失い、生気は一切感じられない。
しばらく立ち尽くしていたガンナが、ゆっくりと前に倒れていった。未だ流れる電流によって体は黒焦げになり、徐々に崩れて形を失くしつつあった。
その残骸に背を向け、メディの近くに戻る。
心配そうにクロウズを見つめる視線と、ふと目が合った。
「よう、終わったぜ」
何でもないことのように言ったが、メディの表情は晴れない。
「大丈夫? あんなにいっぱい動いてたけど」
「さあな。別段気にもしてなかったな」
「もう、ダメだよ。傷が開いちゃったら、どうするつもりだったの?」
頬を膨らませながらクロウズを睨んでくるメディに、つい苦笑した。気にしていなかったのは本当だが、傷が開いた場合は一切考えていなかった。確かに一撃で決めればすぐ終わるが、つい思い切りやってしまった。体への負担は、相当あったはずだ。
普通ならばここで非を認めるべきなのだが、生憎性格は少しひねている。素直に頷くことはしない。
「どうもしねえよ。その時はその時だ」
「もう……」
メディが呆れたように息を吐き、それからすぐに薬草の入ったカゴを持ってくる。
「治癒するから、少し待ってね」
メディが薬草を一枚一枚丁寧に手に取っては祈るようにし、それから俺の体に張り付けてきた。
薬草が淡い緑の光を放ったかと思ったら、その姿が瞬時に消えた。同時に、体に残っていた痛みが少し和らぐ。
メディはそれを、何度も繰り返した。祈りを捧げてから薬草を張り付けてくるため、なかなかに時間がかかる。少し焦れるが、わざわざやってくれていることを拒絶するほどにはひねくれてはいない。
少しの間、クロウズはされるがままでいた。




