5-7 たった一人の解放軍
思いがけない言葉だったからか、メディが目を大きく見開いて驚いている。
それを見ながら、クロウズは頭の中の記憶を呼び起こす。先に見た、夢という名の現実を思い返す。抵抗するように頭に痛みが走ったが、一切構わなかった。
ただ、言葉には出さなかった。起きた出来事は、メディに聞かせるにはあまりにも凄惨過ぎる。
クロウズが集結地点の廃村に辿り着いた時、待ち受けていたのは大勢の解放軍の同志だった。ただ、そのいずれもが息絶えていて、地に横たわっていた。
何故そうなったのか。答えはすぐにわかった。同志の亡骸の近くには、多くの鉄鬼がいたからだ。どいつもこいつも全身を返り血に塗れさせ、殺戮を繰り返していたのは容易に予想がついた。
ただ、事態はそう単純なものではなかった。鉄鬼の群れの中に、見知った姿を見つけた。直属の部下であるリオネとスミスだ。だが、様子が違った。二人とも、体に鉄の装甲を纏い、異形の姿になっていた。
突然のことに、さすがのクロウズも気が動転した。気づいた時には、二人に声をかけてしまっていた。
それが間違いだったのは、すぐに気づいた。
まずリオネが振り返り、雄叫びを上げてから手を動かした。その動きに呼応するかのように、あちこちに転がっていた同志の屍たちが立ち上がり、クロウズに襲い掛かってきた。
いきなりのことに動揺し、さらには元々傷だらけだったことも相まって、対処もろくにできなかった。辛うじて判断できたのは、リオネが屍を操っているだろうことだけだった。
逃げ回り、奴らから距離を取ったところで、後ろから声をかけられた。
――皆、死んだ。お前の仲間は、もうどこにもいない。
振り返るも、誰もいない。だが、その言葉に気を取られたのは、命取りだった。
リオネとスミス、いや、二人だったモノがクロウズに迫り、それぞれの得物を振り下ろしてきた。虚を衝かれたクロウズは避けることができず、まともに攻撃を受けた。
それでも、その時はまだ意識はあった。何とかもう一度距離を取り、豹変した二人を睨みつけていたら、そいつは姿を現した。
白髪の、小柄な少年だ。ただ、眼には狂気にも似た光を帯びていて、普通じゃないのはすぐにわかった。
目が合うなり、そいつは口元に笑みを浮かべると、こう言いった。
――たくさんの鉄鬼がいるだろう。こいつらが、お前のお仲間さ。
あちこちにいたのを捕まえて殺して、ガラクタになったモノたちを、鉄鬼に変えてやったんだよ。
その言葉で、鉄鬼が何なのかを唐突に理解した。モノの成れの果て。それが、鉄鬼の正体だ。
だとしたら、疑問が浮かんでくる。シェルトは、何故鉄鬼を操れたのか。その時は、すぐにそう思った。
答えは、少年が教えてくれた。クロウズにシェルトの亡骸を見せつけ、その事実を告げることで。
シェルトが利用されていたことに気づいたのは、その時だ。いや、利用されていたのは解放軍そのものだ。こいつが何かを企み、実行に移すために、解放軍は手駒として良いように使われていたのだ。シェルトに鉄鬼を操らせたり、理想を植えつけたりしたのも、その一環に過ぎなかったはずだ。
それらに気づき、怒りで我を忘れたのを、今唐突に思い出した。その後どうしたのかは、正直よくわからない。あの少年に突っ込んでいった気もするし、全力で逃げ出したような気もする。
「ねえ、どうしたの? さっきから、怖い顔をして黙っちゃったけど」
メディが、心配そうに顔を覗き込んでくる。それに気づき、クロウズは一歩下がって苦笑を浮かべた。
「いや、何でもねえよ」
「うそ。解放軍がないって言った時、とても辛そうにしてたもん。そのことを思い出してたんじゃないの?」
図星を突かれ、苦笑が凍りつく。鋭い少女だ。実際そうだったから、うまくはぐらかすことができない。ここは、正直に答えるしかなかった。
「……ったく。ああそうだ。嫌な現実を、思い出していたんだよ」
「やっぱり、そうなんだ。……それって、聞いてもいいのかな?」
できれば話したくない。それが本音だが、何故だかメディには話してもいい気がしていた。
「本当に、嫌な話だ。後悔するなよ」
「う、うん」
緊張したメディが、まっすぐ見つめてくる。その赤い瞳を見据えながら、クロウズは言葉を紡いだ。
「解放軍の仲間が、皆死んだんだ。……いいや、違うな。殺されたんだ。大切な部下も、理想を語り合った同志も、一人残らずな。俺は、どうしてか生き残っちまったんだよ」
正確には、まだ安否がわからない奴はいる。このジェネレイトにいるはずの解放軍や敗北したフーズがどうなったかは、あの時少年は言わなかった。ただ、既に普通ではないのは覚悟しておいた方が良い。
メディが手で口を押さえ、大きな目をまた見開く。何を思ったのかはわからないが、うっすらと涙が滲んでいる。
「……だから、もう戦わないんだ」
メディの声は、悲しげな響きを持っていた。
その言葉を、クロウズは首を横に振ってすぐに否定する。
「どういうこと?」
零れた涙を指で拭いながら、メディが問いかけてきた。
「俺は、戦いはやめない。解放軍の理想のためにはもう戦わないが、これからも戦わなきゃならねえ」
「どうして?」
「俺たちの思いを踏みにじったあの野郎を、このままにはしておけねえからだ」
少年の冷たい目を思い返すだけで、腸が煮えくり返る。拳には自然と力が入り、小刻みに震えた。
この世界のモノのために戦っていた仲間を無残にも殺され、あろうことか化け物にされた。そんなことを平然とする奴を、野放しにするわけにはいかない。
そう思ったら、体は自然と動いていた。
「あっ、動いちゃダメだよ」
ベッドから降りたクロウズを、慌てた素振りでメディが制してくる。
「もう動ける。これ以上、休んでいるつもりはねえ」
「ダメったらダメ。まだボロボロなのに、今外に出たら、今度は死んじゃうよ。そんなの、いやだよ」
泣きそうな顔をして止めようとするメディに、クロウズは面食らってしまった。見ず知らずの自分のために、なんでここまで必死になれるのかが、いまいち理解できない。そのせいか、無理やり押し通る気にもなれなくて、尚更戸惑った。
「……今外に出たらって言ったな。どういう意味だ?」
戸惑いを隠すように目を逸らしながら、少し気になったことを聞いた。
「ちょっと前から、この近くでたくさんの鉄鬼が出てくるようになったんだ。山岳の近くを歩き回ってるみたいで、村の外に出たらすぐに見つかっちゃう」
「はっ。鉄鬼ごときにビビる俺かよ。そんな奴ら、蹴散らして進むまでだ」
「無理だよ。普通じゃない鉄鬼も混ざってるんだから。今のあなたじゃ、死んじゃうよ」
メディが震えている自分の体を抱きながら、辛そうな顔をして言った。
どうやら、何かあったらしい。その普通じゃない鉄鬼が、メディの心に暗い影を落としている。
「普通じゃない、か。どう違う?」
何故だか気にかかって、クロウズは問いかけていた。
言いたくないことだろうに、メディはためらうことなく答えてくれる。
「普通の鉄鬼と違って、人の形をしているんだ。女の人みたいな姿なんだけど、分厚い装甲を全身に纏ってて。その人型の鉄鬼は、銃弾を放ってくるんだ。それも、見えない弾なんだよ。音はするのに、弾は全然見えなくて。狙われたら、避けられないんだ」
「銃弾……」
思い当たる節があり、つい苦笑した。以前会ったあの女が負けただろう場所は、そういえばこのジェネレイトだ。銃弾と言い、見えない弾丸と言い、そいつの能力の特徴と一致する。
そいつが何らかの理由で鉄鬼になったのならば、このジェネレイトにいたはずの解放軍も、鉄鬼になってしまっているかもしれない。いや、間違いなくそうだ。山岳に鉄鬼が増えたというのは、つまりはそういうことだ。
ここで、一体何があったのか。メディならば、何か知っているかもしれない。
ただ、その疑問は。
「グルウアアアッ!」
不意に聞こえてきたくぐもった咆哮によって、掻き消された。
その声を耳にしたメディが、ハッとして家の扉に駆け寄り、勢いよく開ける。
瞬間、目に映る、阿鼻叫喚の世界。先に異変に気づいただろう何人もの村人が、喚きながら逃げ惑っている。それらを、少し離れた場所にいる人型の鉄の化け物が、じっと視線を送る。
その化け物が村人へと指で狙いをつけ、何かを放つ素振りを素早い動きで見せた。
何かが飛び、空が唸る。しかし、その姿は見えない。
次の瞬間には、逃げ惑う村人が血飛沫を上げながら吹き飛んだ。地面に横たわった村人は、苦しそうに呻くことすらせず、動きを止めたままだ。
「また、襲いに来たんだ……」
血の気の失せた顔をしたメディが言い、よろめいた。
その体を、咄嗟に受け止める。力を入れたら壊れてしまいそうな華奢なそれに、少し戸惑う。
だが、今はそんなことを気にしている時ではない。
「おい。またってことは、前も襲われたのか?」
「うん。あなたを助けるちょっと前に、あの鉄鬼に村が襲われたの。最初は何とかしようと、みんな頑張ってたんだけど、結局どうにもならなくて。村の人や私の友達は、何もできないまま殺されちゃったんだ」
クロウズを見上げてくる瞳から、大粒の涙が零れる。それは止まることなく流れ、メディの頬を濡らし続けている。
胸の内で、何かがかっと燃え上がった。自分でもよくわからない激情が沸き起こり、体を動かそうとする。
「そうか」
低く呟き、メディの体をそっと離して、クロウズは前へと進み出した。
気づいたメディが、すぐに制止を促してくる。
「ダメだってば! まだ、ちゃんと回復できてないんだから!」
「でも、少しは回復してんだろ?」
振り返り、右の口角を吊り上げて笑みを見せる。戸惑った顔をしたメディが、少し困ったような素振りを見せている。
「わかるの?」
「まあな。お前が薬草の道具使いだってことは、何となくわかる。で、回復はしてんだろ?」
「う、うん。でも、薬草が足りなくて、あんまり回復させられなかったんだ。ちょっと無理をしたら、傷が開いちゃう」
「はっ。だったらよ」
言いながら手甲を具現化し、両の手にはめては、右の拳を左の掌に打ちつける。乾いた音が、小気味よく響いた。
「一撃で仕留めれば、問題ねえよな?」
「えっ」
何を言われたのかを咄嗟に理解できなかったのか、メディがきょとんとしながらクロウズを見つめてくる。
その顔に強気の笑みを向けてから、クロウズは暴れている鉄鬼目掛けて駆け出した。




