5-6 男は目覚めた
夢を見ていた。悪夢と言ってもいい、酷い夢だ。
目の前に、たくさんの亡骸が転がっていた。どれもこれも見知った顔ばかりだった。
その亡骸の前に、二人の男が立ち尽くしていた。血濡れた武器を力なく下げ、低い唸り声を上げながら背を向けているその姿を、こちらはただ茫然と見ているしかなかった。
皆、死んだ。お前の仲間は、もうどこにもいない。
立ち尽くしていると、そんな声が不意にかけられた。
ハッとして振り返るも、誰もいない。代わりに、前方から低い唸り声が聞こえてきて、また前を向いた。
顔を装甲で覆った男たちが勢いよくこちらに迫っては、武器を振り下ろしてきていた。体に刃が入り込み、血飛沫が舞い上がる。
そこで、夢は途切れた。
ハッとして目を開け、勢いよく起き上がる。途端に体へと痛みが走り、思わず顔を顰めた。
体を見れば、上半身は裸にされ、包帯が丁寧に巻かれていた。ただ、巻いてからそれなりに経っているのか、うっすらと滲んだ血により、純白の包帯は所々が赤黒く汚れてきていた。
何はともあれ、誰かに手当てをされたのは間違いない。その上で、ベッドに寝かされていたようだ。
辺りを見渡すと、見慣れない部屋が視界に映り、少し戸惑った。一度深呼吸して、自分のことを思い返す。解放軍三将星、魔拳のクロウズ。何でもないことのように頭に浮かび、クロウズは安心したように息を吐いた。
自分は一体、何をしていたのか。屑鉄の墓場でケイトとホムラと戦い、手傷を負って退いた。そこまでは、すぐに思い出せる。
問題は、その後だ。
思い返そうとすると、少し頭が痛んだ。別段、記憶が飛んでいるわけではない。だが、思い返すことそのものに抵抗を感じる。
それでも、状況を整理すべく、痛みを堪えながら記憶を呼び起こす。
――確か俺は、墓場から退いて、もう一つの集結場所へと向かった。
万が一に備えて、解放軍が集結するための場所はいくつか作ってある。クロウズが目指したのは、最北の屑鉄の墓場からいくらか西進したところにある、人気のない廃村だった。部下や仲間もそのことは心得ていて、墓場での戦いの後に、そこで再集結を果たすはずだった。
――それで、どうなった?
自分に問いかけて、目を瞑ってさらに記憶を呼び起こそうとする。モノクロながらも、嫌な光景が、瞼の裏に浮かび上がってくる。
それを、不意にかけられた声が邪魔をした。
「あっ、動いちゃダメだよ。まだ傷は癒えてないんだから」
扉の開く音と共に、女の呆れたような声が聞こえてきた。そちらに目を向け、何となくキッと睨む。まだ大人になり切れていないだろう年頃の少女が、緑の葉が山積みになったカゴを抱えながら、こちらを見ていた。
少女が少し怯えたような素振りを見せたが、すぐに困ったような笑みを浮かべた。怯えの色は、もう消えている。
「……元気になったんだね。良かったよ。三日間、一度も目が覚めなかったんだもん」
「三日だと?」
「そう、三日。ここの近くで、血まみれの傷だらけで倒れてるんだもん。びっくりしちゃった」
肩を竦めた少女が、苦笑を浮かべながら言った。
びっくりしたと言う割には、存外落ち着いている。無理をしている風もない。少し不思議に思ったが、ふと鼻が感じた薬草の強いにおいで、クロウズは納得した。少女は多分、手当てをすることに慣れている。カゴ一杯の葉は薬草であるだろうし、何よりも少女とそれらは共鳴し合っている。この少女は、おそらく薬草の道具使いなのだろう。
「おい、ここはどこだ?」
ぶっきらぼうに言って見せても、少女は相変わらず苦笑を浮かべたままだ。
「ジェネレイト山岳の近くにある、村の一つだよ。と言っても、山岳の麓から、ちょっと離れたところにあるけどね」
「……そうか」
思ったよりも遠い場所に来ていて、内心では少し驚いていた。あの戦闘の後、クロウズは一日かけて廃村へと向かった。その廃村からジェネレイト山岳まで、目一杯駆けたとしても二日はかかる。
ちらと部屋に置いてあったカレンダーを見て、日付を確認する。クロウズがケイトたちと戦ってから、七日が過ぎていた。眠っていたのが三日だから、考え得る最短の時間で、一応の辻褄は合う。
思索に耽っていたが、ふと視線に気づいてクロウズはそちらを見る。
少女が大きな赤の瞳に好奇の色を浮かべては、小首を傾げながらクロウズを見つめてきていた。
「ねえ、聞いてもいい?」
クロウズは何も答えずに視線を返していたが、少女は構わず言葉を続ける。
「あなたのお名前は?」
「はっ。人に名を聞く時は、まずは自分から名乗るもんじゃねえのかよ」
棘のある返しをしても、少女が怯んだ様子はない。少し考える素振りを見せるばかりだ。
「んー、それもそうだね。私の名前はメディだよ。はい、あなたは?」
「……聞いて驚いても知らねえからな」
メディの視線に根負けし、一度小さく息を吐いてから、何となく威嚇するようにいつもの笑みを浮かべた。周りがよく言っている、獰猛な笑みって奴だ。
「俺の名はクロウズ。解放軍三将星が一人、魔拳のクロウズだ」
「えっ」
小さな声を上げ、一瞬驚いたような顔をしたメディだったが、すぐに表情は柔らかなものに戻った。
「そっか。お名前を教えてくれてありがと。よろしくね」
にこりと優しく微笑みながら言われて、逆にクロウズの方が戸惑ってしまった。自分でも言うのもなんだが、これまでクロウズの名を聞いて怯えなかった奴は一人としていない。そのはずなのだが、目の前の少女はほとんど動じていないように見えた。
「……お前、俺が怖くないのか?」
無意識の内にそう問いかけてしまい、ハッとする。こんなことをわざわざ聞くなど、自分でも意図が掴めない。
メディの方は、不思議そうにきょとんとしながらクロウズを見ていた。
「どうして?」
「どうしてって、俺は解放軍だぞ。このクロス・ワールドを変えるために、お前たちに暴力を振るっていることぐらい、知っているだろ?」
「あー、うん、そうだね。でも、そのことはあなたを怖がる理由にはならないかな」
「なんでだ?」
クロウズの問いかけに、メディは少し困ったような表情を見せた。
「なんでって、あなたは悪い人に見えないんだもん」
思いがけない言葉に一瞬唖然としたが、すぐに声を上げて笑った。そんなことを言われるとは、正直予想外だ。
どうやら、予想外だったのは自分だけじゃないらしい。メディは、どうして笑われているのかがわからないのか、小首を傾げている。
「おいおい、解放軍である俺が、いい人のわけがないだろ」
一頻り笑ってから、右の口角を吊り上げながら言った。
「お前も、ジェネレイト山岳に住んでいるなら知っているよな? お前たちを力ずくで支配し、無理やり働かせていたのが、解放軍だってことが。俺は、その解放軍を指揮する三将星だ。根っからの悪い奴なんだよ」
「うん、知ってるよ。お父さんや村のみんなも、解放軍に無理やり働かされてたのはちゃんとわかってる。いつも傷だらけになって、疲れ切ってるもん」
「だったら」
「でも、みんなは自業自得って言ってるよ? こうなったのは、自分たちのせいだって。だから、ちょっと恨みたくなるけど、我慢できるんだって」
遮るように紡がれたメディの言葉に、クロウズは続きを口にできなかった。
戸惑い、言い淀むクロウズに対して、メディは何でもないことのように言葉を続ける。
「解放軍に支配されて、村のみんなは自分たちの間違いに気づいたんだって。自分たちばっかりが良い思いをしようとしたから、罰が当たったんだって」
「……そうか」
それだけ言うのが、精一杯だった。
ジェネレイト山岳の麓にあるかつての都市、ヌクリア。そこの奴らは、貴重な鉱石を独り占めにして、莫大な利益を上げていた。他の同業者を蹴落としながらだ。それを許さず、解放軍が手を下したわけだが、どうやら労働力となっている間に改心したらしい。
別段、そうなることを望んだわけではなかった。ただ、自分勝手をすればどうなるかを思い知らせてやろうとしただけだ。他意はない。
「ねえねえ、また聞いてもいい?」
クロウズが黙っていると、メディがまた小首を傾げながら聞いてきた。
「……なんだよ」
大きな瞳に見つめられ、ついそう答えてしまう。この少女と話していると、どうしてか調子が狂う。
「解放軍って、どうして暴れたりしてるの?」
「どうしてってそりゃあ、この世界の在り方を変えるために決まってるだろ」
「そっか。そうだよね。解放軍って言うくらいだもんね。じゃあ、あなたはどうして戦うの?」
「決まってる。モノが、自由に生きられるようにするためだ」
そう口にしてから、またハッとした。
――俺は、何を言おうとしているんだ。
これまで、仲間以外にちゃんと話したことがない思いを、今日会ったばかりの少女に話そうとしている。いくら調子が狂うとはいえ、そこまで口にする必要はないだろう。
そう思っても、言葉は止まることを知らないかのように表へと出て行く。
「この世界は、人の世界と繋がっている。繋がっているがために、自由はないんだ。人が為す影響は、俺たちの世界ではもろに反映される。生き死にが、そのいい例だ。別の世界の誰かの都合で命が消えていくなんて、あっていい訳がねえ。だから俺は、この世界と人の世界を切り離すために、戦っていた」
「はぁー……。すっごく考えてるんだね……」
両の目を大きく見開き、口まで開けながら、メディが心底感心したように言った。
「じゃあ、これからもそのために戦うの?」
「いいや。もう、やめにした」
「えっ、どうして?」
意外そうな顔をしたメディだが、すぐに表情が曇る。多分、クロウズの顔から沈んだものを察したのだろう。
実際、沈んでいる。これから口にしようとしているのは、自身としても信じたくない現実だからだ。
「解放軍は、この世界にはもうないからだ」




