5-5 不穏な予感
その顔を見て、ケイトは自分が情けなくなった。自分が怯えているせいで、ツクノに余計な気を遣わせてしまった。本当は世界を救ってほしいはずなのに、思いとは真逆のことを言わせてしまった。
――ああ、そうだ。
ケイトがここに呼ばれたのは、解放軍を倒すためではない。ツクノが大切にしているこの世界を守るために、呼び出されたのだ。
勝てないかもしれない、ではない。たとえ敵わなかったとしても、自身がやれることを最大限やり切る。そうでないと、自分がここにいる意味はない。
一度、声を上げて笑った。情けなさで涙が出てきたが、気にせず流れるままにした。皆がきょとんとしながらケイトを見てくるが、構わず笑い続けた。
惨めになったり、本当に悲しくなった時、不思議と涙を流しながらも笑ってしまうことがある。乱れた情緒は、自分でも不可解な行動を取らせるものだ。
「……大丈夫だよ、ツクノ」
一頻り笑った後に、涙を拭いながらケイトは続ける。
「前に言ったよね。最善を尽くすって。世界の危機を前にして、最善を尽くさないで帰るわけにはいかないよ」
「ケイトさま……!」
大きな瞳にうっすらと涙を浮かべたツクノが、嬉しそうな顔をしながら見つめてくる。
その顔に大きく頷き、それからケイトはシルクを見た。
「シルク、僕たちはこれからどうすればいい?」
「いいのかい、ケイト? ここを逃したら、もう後戻りは許されないよ」
「後戻りなんて、最初から許されていないよ。この世界で戦うと決めた時から、逃げる選択肢は失われていたんだからね」
力強く言い切ると、シルクが口元に笑みを浮かべた。
「わかった。じゃあ、他の二人はどうだい?」
「ケイトと同じだな。戦いに混ざった以上、逃げる気はない」
「ボクは、最初から戦う気だけど。世界の繋がりがなくなったら、本当に困るんだから」
二人の言葉に、シルクが嬉しそうに頷いた。
「よし。だったら、私たちが今取れる選択肢を教えてやる。選択肢は二つ。一つは、撚糸が切れた場所へと向かって、鉄柱が繋がれるのを阻止すること。まあ私としては、こっちはオススメできないが」
「どうして?」
「鉄柱を繋がれた場合、どうしようもないからさ。今は一応、私が結界を張って撚糸があった場所を守っているが、応急処置だからね。いつ破られてもおかしくはない」
「シルクさまの結界は、空間を能力で縫い止めたものですからね。攻撃されたらほつれますし、繋いでいる糸が切れたら、バラバラになっちゃいます」
ツクノが補足するように説明を付け足し、シルクが大きく頷いてから続ける。
「破られてしまったら、すぐに鉄柱を繋がれてしまうだろう。私の断ち切る能力をもってしても、一度繋がった柱は切り離すことは難しい。ケイトでも無理だろう。だったら、後手になった場合は無駄足になる。最悪、敵とただ無意味に戦うだけになるかもしれない」
「成程……」
確かに、シルクの言葉は尤もだ。さっきの戦闘が終わった後に、一度思い切り鉄の柱へと刀を振るったが、びくともしなかった。もしも先に鉄の柱を繋がれてしまい、ケイトたちが遅れてその場所に向かった場合、それは大幅なタイムロスとなる。柱を切り離せるならばともかく、できないのならば、既に糸が切られた場所は後回しにするべきだろう。
だとしたら、残る一つの選択肢は、自ずと想像がつく。
「もう一つは、まだ切れていない撚糸の場所へと向かい、守ること。私としてはこちらを選びたいが、少し面倒事が絡んでくる」
「面倒事?」
「そうだ。撚糸を切るために、オウリュウが手駒を放ってくるのは間違いない。鉄鬼はもちろん、守護獣との戦闘は避けられないと見るべきだろう」
場に、緊張が走る。守護獣との戦いに、嫌でも体が強張っていくのを感じた。
それでも、誰も尻込みなどしていない。緊張しながらも、気持ちはやる気に満ちている。
「鉄柱が繋がれるのを防ぐか、撚糸を守るか。ケイト、どちらを選びたい? どちらを取っても、戦いは避けられないが」
「そんなの、決まってるよ」
皆の顔を一度見回し、大きく頷きながら続きを口にする。
「撚糸を守りに行こう。今は、その方が重要だと思うから」
「決まりだね。だったら、最初にジェネレイト山岳の方へと行こうか。ウォーズ平野の方が距離は近いが、ジェネレイトは人の世界だと発電所だ。あそこが繋げられると、多大な影響は避けられないだろうから」
「全員で行くのか? 二手に分かれた方が効率が良くないか?」
ホムラの言葉に、シルクがすぐさま鋭い視線を向ける。何かを感じ取ったのか、ホムラがすかさず二、三歩下がるが、すぐさま近づいたシルクがその頭に重い拳骨を振り下ろしていた。それも、三度も。
「ぐおぉぉぉ……」
鈍い音が三度鳴り、ホムラが唸りながら頭を抱えてしゃがみ込む。それを、シルクが冷たく睨んでいた。
「守護獣が相手になるかもなんだよ。戦力を分散させられるわけがあるか。もう少し考えてから発言しな、このうすらトンカチ」
「だ、だからって、殴り過ぎだろ。この若作りババア……」
「何だって……?」
怖い顔をしたシルクが、もう一度思い切りホムラの頭に拳骨を落とした。今までで一番鈍い音が鳴り、ホムラが床に突っ伏した。
――いつか言うと思ってたけど……。
さっき、五十年くらい前がどうこう言っていたから、ホムラの中ではシルクがおばあさんだという認識ができているだろうと思っていた。やっぱり案の定で、いつ失言するかひやひやしていたのだ。
不意に、シルクがケイトに鋭い視線を向けてきて、思わずびくりとした。もしかしたら、おばあさんと思ったのを悟られたのかもしれない。女性の勘は鋭い。余計なことを思っただけで、拳骨が飛んできそうだ。
「……そういえば、ジェネレイト山岳の封を解いたってフーズが言っていたし、先に向かうのは僕も賛成だな」
ケイトがごまかすように口を挟むと、シルクが首を傾げた。
「フーズ? ……ああ、解放軍のか。そいつはどうしたんだ?」
「確か、キュリオが部下に命じて、王都に連行するって言ってたけど」
「いや、王都へはそのような話は来ていないな」
王様が、怪訝そうに首を捻りながら口を挟んだ。
その言葉に、キュリオが一番衝撃を受けたような顔をした。
「陛下、それは本当ですか!?」
「ああ。お前たちが戻って来るまで、王都に帰還した騎士団はいない」
「どういうことでしょう……? 私は確かに、小隊一から三に、フーズの護送を命じたはず……」
キュリオの呟くような言葉に、ケイトとサラが頷く。彼がそういう指示を出していたのは、二人でちゃんと耳にしていた。
ケイトたちの反応を見たシルクが、途端に渋い顔をする。
「少し、嫌な予感がするね。これは、早く行動を起こした方が良さそうだ」
「では、出立の準備をすぐに整えよう。この緊急事態に、王であるからと言って座して待つわけにもいくまい」
「いいや、アートと騎士団はここで居残りな。鉄柱が繋がれたこの場所を放っておきたくないし、何よりも私たちが帰る場所を確保していてもらわないと、安心して出かけられない」
「しかしだな」
渋い顔をする王様に、シルクがいきなり刀を抜き払っては、その切っ先を向けた。
突然の行動に場がざわつくが、当の二人は気にした風もない。
「いいから、ここで大人しくしてなって。あんたまで出て行ったら、ここのモノたちを誰が守るって言うんだい」
「……やれやれ、それを言われると弱いな。わかった。ここで、吉報を待つとしよう」
「まったく、最初からそう言えばいいんだよ」
呆れたような笑みを浮かべたシルクが、刀を収めた。
その顔をすぐに引き締め、シルクがケイトたちへと真剣な眼差しを向ける。
「今日はもう日が暮れる。出発は明日の朝にしよう。それまでに、各々しっかりと準備をしておくんだ」
確かに、辺りは宵闇に包まれつつあり、遠くの空には燃えるような夕陽が今にも沈もうとしていた。
ケイトは頷き、明日に備えるべく、この場を解散した。




