5-4 抱く不安
長く話し疲れたのか、ツクノが言葉を止めて一度小さく息を吐いた。
話に一区切りがついたことで、ケイトたちは思い出したかのように顔を見合わせた。ケイトやホムラ、サラはもちろん、王様でさえも知らない話があったのか、一様に驚いたような顔をしていた。
いや、少なくともケイトは、実際驚いている。ツクノが何かを隠しているとは思っていたが、まさか本当に大昔の少女であるとは俄かに信じられなかったし、もっと言ってしまえば、鬼一法眼や魔法の撚糸に深く関わっていたというのも驚かされた。ケイトが思っていたよりも、ツクノの秘密はとんでもないものだった。
「……なあ、守護獣ってのは、魔法の撚糸を守る存在なんだよな? それも、代替わりするんだろ?」
ホムラが顎に手を当て、考える素振りを見せながら続ける。
「代替わりする時って、どんな奴が選ばれるんだ? あんなに強い力を受け継ぐからには、普通の奴じゃないとは思うが」
「そうですね。基本的には、その時の守護獣が器と見定めた道具使いを、後継としました。まあ、ここ近年はその選定のために、わたしや王様が人材を探すってことはありましたけどね」
「私もツクノ君も、モノの気配や力を見極めるのには長けているからね。撚糸を守るべく自由な動きを抑制されている守護獣のために、人探しをすることはあったのだよ」
「じゃあさ」
ツクノが言い、王様が補足してから間髪入れずに、サラが言葉を挟む。
「どうしてオウリュウみたいなのが選ばれたのさ。あいつに、この世界を守ろうという意志はなかったんでしょ?」
「それはですね、オウリュウが先代の守護獣にとても懐いていて、自分から跡を継ぎたいって言ったからなんですよ。先代は、オウリュウが異常に強い力を持っていることを知っていましたから、迷うことなく決めたんです」
「ふうん。じゃあ、結果的にその判断は間違っていたってわけだね」
一切の遠慮もなく言い放ったサラに、ツクノが苦笑を浮かべる。
「結果的にはそうなりますね。当時は、オウリュウは疑問を抱きつつもちゃんと頑張っていましたから、信じちゃったんですよね。でも、わたしたちは彼の気持ちの深さに気づけなかった。悪しき共鳴道具が憑りつき、気持ちを暴発させるまで、本当には理解できていなかったんです」
「成程……。それで、暴走したオウリュウをシルクが倒したってわけか。……あれ、ちょっと待って」
少し気になったことがあり、ケイトはすぐに問いかける。
「その出来事って、一体いつ起きたの?」
ケイトの問いには、シルクが答えてきた。
「確か、五十年くらい前だったかね。確か、そんなくらいだと思う」
「そうでしたねぇ。なんだかちょっと、懐かしいな。シルクさま、初めて会った時からハイ・ユーザーだったんですよね。わたしも王様も、びっくりしちゃって。大分若かった王様が力試しをしたんですが、あっさり負けちゃったんですよね」
「あの時は、若気の至りと言わざるを得ないね。王であったことと、周りに自分より強いモノがいなかったこともあって、恥ずかしながらいささか増長していたのだ」
「そんなこともあったね。威勢よく私に挑んできた若造の鼻っ柱を、一撃で圧し折ってやったのを今でも思い出せるよ」
シルクが勝気な笑みを浮かべ、王様が困ったように笑う。その隣で、ツクノが楽しそうにしている。直前までの真剣な顔が、嘘のようだ。
さっきまでは張り詰めていた空気が、嘘のように緩み、和やかになる。ケイトたちもつられて気を抜いてしまいそうになったが、それを不意に起きたことが押し止めた。
地面が、突如として揺れ出したのだ。
始めは小さなものだったが、それは瞬く間に大きな横揺れとなる。建物がみしりと軋んだ音を立て、地面が唸るような低い声を上げた。
「地震か!? みんな、伏せろ!」
ホムラが咄嗟に叫び、この場にいる全員がその声に従う。言われなくても、とてもではないが立ってはいられない。
しばらくそのままの体勢でいると、ようやく揺れが収まってきた。
立ち上がり、辺りを見渡す。大きな地震ではあったが、幸い建物が崩れたりとかはしていないようだ。
ホッと息を吐くも、安心していられたのは束の間だった。
獣の咆哮のような声が、突如としてどこか遠くからはっきりと聞こえた。ただそれは、獣というにはあまりにもくぐもっていて、空を震わせる低い声はいやに不気味なものを感じさせた。
「……もう動き出したのか。本当に、気が早い奴だね」
シルクが舌打ちしてから、吐き捨てるように言った。
ツクノがハッとし、顔を蒼褪めさせながらシルクを見る。
「シルクさま、今のって」
「ああ。お探しの守護獣の声だね。あいつら、揃いも揃ってオウリュウの手先になってしまったみたいだ」
顔を真っ青にしたツクノが、力なくよろめく。危うくケイトにぶつかりそうになり、慌てて彼女の体をそっと受け止めた。
「大丈夫?」
声をかけるも、ツクノは返事をしない。今の言葉に気が動転しているのか、不安に揺れる瞳でシルクを見るばかりだ。
「ねえ、シルク。今の言葉って、どういう意味?」
ツクノの状態は気掛かりだが、ケイトは気になったことを口にした。
「そのままの意味さ。守護獣がいなくなったのは、お前達も知っているだろう? あれは、オウリュウの仕業だったんだ」
「シルクは、それを知っていたの?」
「確証はなかったけれどね。守護獣のような力が大きい存在をどうにかできる奴なんて、そうそういるわけがない。可能性があるならば、封印していたオウリュウぐらいと踏んでいたんだよ」
「でも、オウリュウは封印されていたんだよね? 一体、どうやって」
「さあね。封印が弱くなって動き出せたからか、他の要素があるのかはわからない。ただ言えるのは、守護獣が敵となり、オウリュウの命令を忠実に聞くということだけだよ」
シルクの言葉に、思わず生唾を呑み込む。守護獣だったオウリュウは、これまでの敵とは段違いに強かった。ならば、他の守護獣も同様に、強大な力を持っていると見ておかしくはない。
そんな敵に、太刀打ちできるのだろうか。その不安が、強く付き纏う。ケイトの攻撃は、ほとんど効いていなかったのだ。このまま戦っても、勝てる見込みは薄い。それどころか、何もできずに負けて、そのまま死んでしまうかもしれない。それは、想像するだけでも恐ろしい。
「どうしたんだい、ケイト。怖気づいたのか?」
シルクに声をかけられて、自分が俯いていることに気づき、ケイトは慌てて顔を上げて首を横に振った。
自分でも情けない姿だと思って、ちょっと恥ずかしかったが、シルクに馬鹿にしたような素振りはなく、真顔のままケイトを見ていた。
「無理をしなくたっていい。相手が強過ぎて、恐ろしくて逃げたくなるのは、当たり前のことだ。無理に立ち向かえなんて言わないよ」
「……僕は」
言葉の続きが出て来なくて、ケイトは困惑した。否定するつもりなのに、その言葉が出ない。まるで、言葉が喉の奥に張り付いてしまったかのようだ。
ホムラたちが心配そうに見ているのを感じるが、ケイトには何もできなかった。声を出そうと何とか頑張るも、一向に出せない。
待ちかねたのか、シルクの方が先に口を開いてしまった。
「今ならば、後戻りはできるよ。お前にかかった呪いは、解けている。ツクノに願えば、お前の世界に帰れるはずだよ」
その言葉に、ケイトはすぐさまツクノを見る。驚いたようなツクノと、目が合った。
「え、ええと、確かにそうですね。わたしがケイトさまに願ったのは、解放軍を打ち破って魔法の撚糸を守ってほしいということ。一応、解放軍は倒しましたから、呪いは解けているんですよね。ですから、ケイトさまを帰すことはできるんですよ。もちろん、お望みならば帰しますから」
少し寂しそうな顔をしながら、ツクノが言った。




