5-2 元守護獣・オウリュウ
「また?」
「ああ。あいつとは、一度やり合ったことがある。ずっと前の話だけど、クロス・ワールドをめちゃくちゃにするべく、暴れ回ったことがあったんだ」
「この世界を守るために多くの猛者が立ち向かったが、誰も歯が立たず、当時から最強の名をほしいままにしていたシルクでさえも、苦戦を強いられたよ。それでも、シルクはオウリュウに勝利し、見事この世界に平和を取り戻した」
感慨深げに言った王様に対し、シルクは苦笑を浮かべていた。
「勝ったって言っても、ギリギリだったよ。私だって無傷じゃ済まなかったし、オウリュウの悪しき力は消し去れなかった。私の能力で力を半分縫い付け、オウリュウそのものを封じ込めるのが精一杯だった」
長めの銀色の前髪を、シルクがそっと上げる。額には大きめの切り傷が、痛々しく残っていた。ただ、傷の色が薄いから、大分前だというのはわかる。
「あいつは、守護獣の中でも異端だった。力は飛び抜けて強かったのに、この世界を守ろうという使命感が薄かった。守護獣としての記憶と能力を継承する際には、必ず世界の均衡を守るという意志をも受け継ぐ。だけど、オウリュウにはその意志が弱かった」
「記憶と能力を、受け継ぐ……?」
ケイトが首を傾げていると、ツクノがひょいと前に現れ、口を開いた。
「えーとですね。守護獣って、ずっと一人がやってるわけじゃないんですよ。この世界のモノだって、いつか力尽きて死んでしまいますから、適性のあるモノに代々の力と記憶、そして意志を受け継がせるんです。そうやって、撚糸は今日まで守られて来たんですよ」
「そうなんだ。でも、なんでオウリュウはその意志を受け継がなかったの?」
「それは、わかりません。ただ一つ言えるのは、オウリュウは自身が継承した記憶に常々疑問を抱いていた、ってことです。どうして、人なんかのために世界を守らなきゃいけないのか、モノのために力を尽くさなきゃいけないのか、って」
「そしてその疑問は、あるきっかけによって爆発した。守護獣としての責務を放棄し、世界に牙を剥くという、最悪の形でね」
「あるきっかけ?」
シルクが頷き、難しい顔をしながら続ける。
「オウリュウに、悪しき共鳴道具が憑りついたんだ。それで、あいつは自身の黒い感情を剥き出しにするようになってしまった」
「悪しき共鳴道具って、伝承に出てきた、大昔の……?」
「まあそうなんだけど、実はそいつは、昔だけの存在じゃないんだ。いつの時代にだって、存在しているんだよ。壊れたモノたちの無念が怨霊と化し、集まったのが、悪しき共鳴道具の正体なんだからね」
「怨霊が……。そうか。だから、オウリュウの負の感情が爆発したのか……」
こんがらがりそうになる頭の中を整理しながら、ケイトは言った。
ここまでの話で、オウリュウの心には疑念が渦巻いていたのがわかっている。それは不満とも同義で、少し突けばすぐにでも爆発するものだったのだろう。そこに、負の塊とも言える怨霊が憑りついて、もう抑えることはできなかった、といったところか。
そうなると、大昔の伝承も似たようなものだと言える。モノに怨霊が憑りつき、悪い人と一緒に好き勝手したと見るのが一番しっくりくる。
「ちょっと気になったんだが、あんたは力を半分縫い付けて、オウリュウ自身を封印したって言ったよな。それって、どういうことなんだ?」
ホムラが思案顔で問いかけた。それは、ケイトも気になっていたことだ。
「そりゃ、私のユーザー能力に決まっているだろう? 私の共鳴道具は、裁縫道具。能力は、裁ち鋏で繋がりを断ち、針であらゆるモノを縫い付けること。その縫い付ける能力で、オウリュウの力の動きを止め、抑え込んだんだよ。それで何とか倒し、誰の目にも触れないところにオウリュウを縫い付けて、封印したってわけさ。まあそれも、少しずつ解けてしまっているみたいだけど」
何でもないことのようにシルクは言ったが、こちらは驚きを隠せなかった。
ただそれは、シルクの能力の凄さだけではない。似たような力を、ケイトたちが知っていたからだ。
「ケイトの力に、似てるね」
サラがぽつりと言い、ホムラが頷いた。
ケイトのユーザー能力も、裁縫道具に関することである。ただ、シルクのそれと比べると、一段見劣りするのは否めない。そのことは、ケイトから自信を大分失わせていた。
「似たような力でも、おかしくはないさ。ユーザー能力は、オンリーワンの能力じゃないんだからね。共鳴道具が同じならば、使える能力も似通うものだよ」
ケイトの心の内でも読み取ったのか、シルクがすかさずフォローするように口にした。
「いや、人それぞれの個性があるから、案外そうでもないぞ?」
「……私が折角フォローしてやってんのに、余計なことを言うんじゃないよ」
何気なく言ったホムラの頭に、勢いよく拳骨が振り下ろされる。鈍い音が鳴り響き、ホムラが頭を押さえながらうずくまった。
その様を見ながら苦笑していたが、ケイトの心はさらに虚しくなっていた。フォローされたという事実が、ケイトとシルクの優劣差をさらに感じさせて、ちょっとだけ惨めになる。何と言っても、自分が一切歯が立たなかったあの龍の化け物を、シルクは難なく対処して見せたのだ。
「とにかく」
仕切り直すように咳払いをしてから、シルクが言葉を継いだ。
「オウリュウの封印は解けつつあり、力を取り戻しつつある。だけど、力が戻るのを、あいつは待ちはしないよ。あいつ自身が言っていた通り、すぐに動くだろう」
「シルク、オウリュウはどう動くと思うかね?」
王様が、腕組みしながら問いかけた。
「考えられるのは二つだね。一つは、残っている撚糸を切ろうとすること。もう一つは、既に切った場所から世界を繋ごうとすることだ。どちらで来るかは、ちょっと読めない」
「うむ、私もそう思うよ。個人的には、撚糸を切るべく動くのではないかと思う。守護獣がいないとはいえ、撚糸の力は健在だ。障害になる方から排除するのではないかな」
「守護獣のみんながいれば、撚糸を守るために戦ってくれるのに。みんな、どこに行っちゃったんでしょうね……」
ツクノが溜息交じりに言い、シルクと王様が難しい顔をしながら頷いた。
ホムラやサラも、思案顔で何かを考えている。ケイトも似たようなものだが、関心は別のところにあった。
――これだけ色々なことを知っている人たちがいるのなら、ツクノについて聞くいい機会かもしれない。
ここまで散々はぐらかされた秘密を知る時は、今をおいて他にはない。
そう思うと、口は自然と動いていた。
「ねえ、ずっと気になっていたんだけど、ツクノはどこから知ってるの?」
「えっ!? え、えーと……」
いきなり話を振られたツクノが慌てふためき、それから言い淀む。
その様を見たシルクが、途端に呆れたような顔をした。
「お前まさか、まだ何も話してないのかい? 隠し事をする意味なんてないだろうに」
「で、でもでも、断片的な記憶なんですよ? そんな曖昧なものを伝えてもいいのかなーって」
「いいに決まっているだろ。味方にまで隠し事をする馬鹿がどこにいるんだ。しかも、こんな非常事態なのに」
「ひいっ!?
険しい顔をしたシルクが拳を振り上げる。ツクノが悲鳴を上げ、咄嗟に頭を押さえた。
シルクが、呆れ顔のまま溜息を吐いた。
「殴られたくなかったら、今ちゃんと話すんだ。いいね?」
「わ、わかりましたぁ……」
少し沈んだ顔をしていたツクノが、気合を入れるように自分の頬を何度か叩く。それから二度三度と深呼吸し、ケイトたちに目を向けた。
「ちょっと長くなりますけど、ちゃんと聞いてくださいね。色々なことを、これから話しますから」
ツクノの落ち着いた声音の前に、ケイトはつい黙って頷く。
いつになく真面目な顔をしたツクノが、ゆっくりと口を開いた。




