5-1 シルクが知る事実
王都が落ち着いたのは、その日の夕刻になる少し前のことだった。
謎の少年が王都を去ったのと同時に、襲い掛かってきた鉄鬼も姿を消していた。それでも騎士団はしばらく警戒していたが、再び王都に脅威が迫ることはなかった。
今、あちこちを比較的元気な人が駆け回っている。ある人は瓦礫の山を片づけ、またある人は負傷者の救護をするなど、誰もがこの緊急事態に立ち向かっていた。
本当ならば、ケイトたちもその手伝いをしたいところだが、王様が話があるらしく、王城に留め置かれたままだった。
とはいえ、すぐに話ができるわけではなかった。王城では王様を始め、多くの人が傷ついている。まずはその手当が先決だ。尤もそれは、騎士団が行ってくれている。
王様たちが手当てを受けている間は、シルクと話をすることにした。
「さて、自己紹介をしようか。私はシルク。アートのところで厄介になっている道具使いさ。あんたたちは?」
促され、ケイトたちは簡単な自己紹介をした。時々、能力について聞かれたが、そこまで突っ込んだ質問はなかった。
「成程ね。ケイトにホムラ、そしてサラか。なかなか面白い力を持っているみたいだね」
満足そうに頷いたシルクが、真剣な表情を浮かべる。
「ここまで巻き込まれた以上、あんたたちは知らなきゃいけないね。今、この世界で何が起きようとしているのかを」
「シルクさん、何を知っているんですか?」
「シルクでいいよ、ケイト。あと、敬語はダメな。堅っ苦しいのは嫌いなんだ」
「で、でも」
明らかに年上と思われるシルクを前に、ついつい言い淀む。初対面ということもあって、やはり委縮してしまう。
だが、それは失敗だった。
「あだっ!?」
鈍い音が鳴り、頭にいきなり強い衝撃が走る。
シルクが一切の躊躇いもなく、ケイトの頭に拳骨を振り下ろしていた。
頭が割れそうなくらいに痛いが、何故だか不思議と懐かしい気がした。ただその思いも、激しい痛みがすぐに掻き消し、さらには睨むように見てくるシルクを前に、余計なことを思う余裕はなかった。
「返事は?」
「わ、わかった……」
圧のある言葉に、ケイトはそう言うしかなかった。
シルクが満足そうに笑い、それから話が元に戻された。
「話を戻すよ。端的に言うと、この世界は大昔と同じ形に戻されようとしている。人の世界とクロス・ワールドが密接していた時代にね」
「それって、悪の道具使いと共鳴道具が、好き勝手していた頃の話?」
少し前に王様が教えてくれた話が、頭に思い浮かぶ。二人が自分の欲望に従って人やモノにひどいことをし、さらには過干渉を起こして世界をめちゃくちゃにしようとしたという伝承だ。
ホムラやサラは初耳だったのか、驚いたような顔をしているが、シルクはさも当然と言わんばかりに大きく頷いた。
「そうだ。まあ実際は、もっと多くの道具使いと共鳴道具が過干渉を悪用しようとしていたらしいが、そこは置いておく。今お前たちが知らないといけないのは、過干渉そのものについてだからね」
「過干渉って、俺たちの世界で起きたことが人の世界でも起きてしまう現象だろう? 今更新しい事実なんてあるのか?」
首を傾げながら口を挟んだホムラに、シルクが呆れたような顔をする。
「お前の指摘は、半分は合ってるよ。だけど、まだ足りないね。世界が繋がっていたら、起きる事象が一方通行なわけがないだろう? この世界で起きたことがあちらの世界で現実化するならば、あちらの世界で起きたことも同様に、クロス・ワールドで具現化するんだ。世界が完全に繋がってしまえば、タイムラグはない。何かが起きれば、すぐにでも影響は出るだろう」
「あー、そりゃそうか……。じゃあ、修繕とかしても、間に合わないのか」
「そんな優しいことじゃないよ。世界が繋がり、過干渉が起きてしまったら、もう別世界ではいられないんだ。栄えるのも滅ぶのも常に一緒だし、もっと言ってしまえば命だって繋がる。いきなり突然死が起きても、何らおかしくなくなる世界ができあがるよ」
「そんなことが……!?」
ケイトは、思わず驚きの声を上げた。そんなことが起きるなんて、正直信じられない。
「私自身も、疑いたくはなる。だけど、事実そうらしいし、間違ってはいないと感じている。何と言っても、人の命だってモノなんだ。眼には見えないだけで、この世界にはちゃんと存在しているんだよ」
「ふうん。命まで繋がるなんて、笑えない冗談だね。過干渉が起きたら、自由なんてないじゃんか」
少し面白くなさそうに言ったサラに、シルクが苦い顔をする。
「それが、あいつの目的さ。さっき言っていただろ? 人とモノを支配するって。生殺与奪を思いのままにして散々弄び、終いには世界を滅ぼすつもりなのさ」
「まるでそう、伝承に出てくる悪しき共鳴道具のようにね」
不意に低い声が割って入ってきて、一斉に視線が向く。王様がキュリオに支えられながら、こちらへとゆっくり歩いて来ていた。
「王様、大丈夫なんですか!?」
歩くだけで顔を顰めている王様は、見るからにまだ大丈夫そうではなかった。しかし、彼は大丈夫と言わんばかりに笑みを浮かべて見せ、軽く手を振った。
「話がしたいと言っておきながら、いつまでも待たせるわけにはいかないからね。キュリオに無理を言って、ここに来させてもらったのだ」
「陛下、お連れした上でこのように申し上げるのは恐縮ではありますが、やはり長時間話されるのは看過できません。騎士たちの治療が済みつつあるとは申せ、陛下自身も相当の深手を負っておられます。くれぐれも、ご自愛くださいますよう」
「わかっているよ、キュリオ。お前に、これ以上いらぬ心配はかけたくないしな」
朗らかに笑って見せる王様に対し、キュリオの表情は心配で曇っていた。
その様に苦笑した王様が、次の瞬間には表情を真顔に引き締め、シルクを見た。シルクが頷き、続きを話す。
「このまま奴を放置していたら、間違いなく世界は繋がれ、いずれどちらも滅ぼされる。あいつの力は、本物だよ。なんたって、魔法の撚糸を守っていた守護獣の一人だったんだからね」
「ええっ!?」
ケイトとホムラ、そしてサラの驚きに満ちた声が、ほぼ同時に重なる。
それがあまりにも大きかったからか、シルクが苦笑を浮かべた。
「そんなに驚くことはないだろう? お前たちも目の当たりにしたはずだ。あいつの、オウリュウの異様な力と、巨大な龍の鉄鬼を。あれだけでも、普通じゃないってことは想像つくと思うけれどね」
「そ、それはそうだけど……」
戸惑い交じりにケイトは頷いたが、頭の中はいまいち整理し切れていない。二人もそうなのか、困惑しっ放しだ。
それでも、何とか疑問を絞り出した。
「異様に強い理由はわかったけど、どうして世界を滅ぼそうとするの? 元々は、守護獣だったんだよね?」
「理由は簡単だよ。あいつは、この世の全てを恨んでいる。物を使い捨てにする人の身勝手さと、それを受け入れるモノの生き方を、特に憎んでいる。それが許せなくて、また世界に牙を剥いたんだ」




