4-14 黒幕
突然のことに、誰もが言葉を失う。
貫かれた本人は、今起きている現実が信じられないのか、自身の腹を何度も見るばかりだ。口から血が零れていても、気づいた風はない。
「ケイト!」
ホムラの声が聞こえて、ケイトはそちらへと顔を向けた。傷だらけのホムラとあまり傷を負っていないサラが、息を切らしながら駆け寄ってきていた。
その二人も、目の前の状況に気づいて、言葉を失った。
「な、何故……!?」
シェルトの瞳に、困惑の色が宿る。縋るような眼を少年に向け、震える声で言葉を紡いでいく。
「私は、あなたが教えてくれた理想のために、起ち上がった。それなのに、何故……!?」
「そうだね。お前は、僕のためによく働いてくれた。撚糸を切れば自由になれると信じて、馬鹿みたいに踊ってくれた。忌々しいあの糸を見つけ、断ち切るために言ったデタラメを、真に受けてね」
少年が地上に降り立ち、せせら笑いながら言った。
目を見開いて驚いたシェルトが、すぐに顔を引き締めて少年を睨みつける。異様なほどの殺気が放たれたが、少年が動じた風はない。
少年が頭上に手を掲げ、掌を強く握り締めた。どこからともなく黒い柱が床から伸び、天井を突き破っていく。その柱は止まることを知らないかのように、戦端が見えなくなるくらいに先まで伸びていった。
その様を見た少年が、満足そうに頷いた。
「まずは一つだ。邪魔な撚糸を排除して、二つの世界を再び繋げる。そして人も、人に使われることを受け入れるモノたちも、何もかもを僕が支配する。それが僕の目的さ。お前たちをけしかけたのは、その足掛かりを作るためだ」
「ならば、モノの力だけで世界を形成できるというのは」
「全てうそさ。お前に示したのは、単なる紛い物に過ぎない。朽ちたモノたちを僕が無理やり動かして、蘇ったように見せかけただけさ。お前たちは、体のいい操り人形に過ぎない」
「おのれ……。貴様ぁッ!」
シェルトが叫び、一気に少年へと駆ける。右手に下げられた刀が異様な加護を帯び、シェルトの体さえもそれが包み込み、光を放っている。
しかし、少年は一切動じず、シェルトを冷たく見返している。
その少年が、軽く右手を上げる。龍の化け物が咆哮を上げ、大きな口を開いた。
「お前、もう用済みだよ」
右手が下げられ、化け物が勢いよくシェルトに襲い掛かった。その速さは凄まじく、また受けた傷の場所が悪かったのか、シェルトが逃げることはできなかった。
鋭く尖った巨大な牙が、シェルトの体を貫く。一度、二度と味わうように、化け物が咀嚼する。血飛沫が、高々と上がった。
「無様だね、シェルト。人形には、お似合いの最期だ」
少年が、高々と笑う。
瞬間、城の中が一気に姿を変えた。不自然だった城内の形が、瞬く間に元に戻ったのだ。本当に一瞬の出来事で、一切の違和感もなく作り変えられ、本当ならば驚くところだが、今はそちらにまで思考が向かない。それだけ、目の前で起きたことが衝撃的過ぎた。
あまりにも凄惨な光景に、ケイトたちは何も言えずにいた。これまで対峙していた強敵の唐突な死に、唖然とするしかない。
だが、ケイトたちの中で一人だけ、すぐに動いた。
「やっぱり、あなただったの!? 昔はこの世界を守るために、力を尽くしてくれていたのに!」
ツクノが悲しげな眼をしながら、必死な声で叫んだ。
彼女の言葉に、少し困惑する。今の口振りからすると、ツクノは少年を知っているということになる。
「誰かと思えば、お前か。鬼一法眼の願いを叶えられなかったお前が、今更何を吠えているんだ」
「そんなことない! わたしは二つの世界のために、今頑張ってる! 衝突しそうになる世界を離しながら、繋ぎ続けてる! それこそが、法眼さまの願いなんだから!」
「詭弁だね。あの男が望んだのは、多分そんなことじゃないよ。尤も、今となっては知る由もないし、意味もない。僕は、二つの世界に復讐し、それから支配する。お前の薄っぺらな努力なんか、今すぐにでも否定してあげるよ」
少年が手を上げ、再び床から尖った棘が飛び出し、ツクノ目掛けて勢いよく伸びた。攻撃されたツクノは咄嗟に避けられないのか、目を瞑って自身の体を抱くばかりだ。
「させない!」
ケイトはすぐに駆け出し、その棘を叩き切る。鉄のように硬かったが、太刀鋏の加護を放出している今ならば、それほど苦もなく斬れた。
ホムラとサラもツクノの傍に駆け寄り、それぞれの得物を構えて少年と向き合う。
少年がつまらなそうに溜息を吐き、心底嫌そうな顔をした。
「必死だね。何をそんなに頑張っているんだか。こいつの前じゃ、どんな奴も無力なのに」
体を伏せ、低い唸り声を上げている龍の化け物に手を当てながら、少年が言った。
その顔が、唐突に引き締まる。
「まあ、邪魔立てするなら仕方がないか。お前たちも、ここで始末してやるよ」
少年が龍の化け物から離れ、指を一度鳴らす。乾いた音がこの場に響き、大人しくしていた龍の目が、一度赤く煌めいた。
「グオオオオッ!」
龍の化け物が身を起こし、頭上を仰いではくぐもった低い唸り声を上げた。
「くっ!」
唸り声を上げただけなのに、強い衝撃が襲ってくる。足を踏ん張らないと吹き飛ばされそうだ。
「この、食らえ!」
ホムラが剣を振ってはどろりとした液体を化け物の頭上に降らせ、もう一度振り回して火球を放つ。多分、液体の方は油だ。
龍は頭から油を浴びたが、全く意に介することなく突っ込んでくる。頭に火球を受け、炎が激しく燃え上がっても、一切堪えた風はない。寧ろ、より凶暴そうな声を上げながら大きく口を開き、異様に尖れた牙を見せつけてくる。
このままの勢いで来られたら、シェルトの二の舞になってしまう。勢いを逸らすべく、ケイトは龍の顔の横へと回り込んだ。
いくら龍の化け物とはいえ、鉄鬼に似たようなモノであることに変わりはない。体中を巡る太い糸は、ケイトの目にはしっかりと映っている。
それに、まっすぐ突き進む龍は、咄嗟の反応はできていない。一気に間合いを詰めて跳躍し、両の刀を振るう。狙うは、首に走る太い繋がりの糸だ。
右の刀がまずぶつかり、それからほとんど間を置くことなく、左が叩きつけられる。鈍い音が二度、束の間鳴った。
「なっ……!?」
思わず、声が漏れる。
刀を、振り切れない。龍の首の加護があまりにも硬過ぎて、刃が途中で止まってしまっていた。糸までは、まだまだ距離がある。
横槍が気に入らなかったのか、化け物の赤い目がこちらを睨んだ気がした。瞳がないからはっきりとはわからないが、背筋がぞくりと寒くなる。
「ケイト、下がって!」
サラの言葉にハッとし、ケイトはすぐに後ろへと跳んだ。それとほぼ同時に、四枚のカードが龍の体に張り付く。
「革命!」
張り付いたカードが青い光を放ち、化け物の体を包み込んでいく。
サラの技の一つ、革命だ。この技が決まれば、龍の化け物の力は反転する。そうなれば、勝機は見えてくる。
「グオオアアッ!」
そんな淡い期待を打ち消すように、龍が再び吼え声を上げた。張り付いていたカードが弾け飛び、光がすぐに消えた。
「えっ……?」
サラの表情に、微かにだが動揺に似たものが浮かぶ。それでも、サラはすかさずカードを二枚放った。再び、龍の体に張り付く。
「ゲームスタート、ポーカー!」
ひと際大きな声で言ったサラが、五枚のカードを構える。その顔にはいつもの余裕なものが浮かんでいたが、それもすぐに凍りついた。
龍の化け物の前に浮かんでいる五枚のカードはすぐにめくられ、こちらに見えるようになっていた。スペードの十、ジャック、クイーン、キング、そしてエース。一番強いロイヤルストレートフラッシュだ。
サラの顔色が青くなったのを見て、ポーカーに負けてしまったことを悟った。これまでそんなことがなかったのか、愕然としたサラが動けずにいる。
「ふふっ。少しは粘ったみたいだけど、もうおしまいにしようか」
少年が小馬鹿にしたように笑い、もう一度指を弾いた。
音に呼応するように龍の化け物が大きな口を開けて上を向き、何かを吸い込む素振りを見せた。さっきの役に宿っていたサラの加護を吸収し、エネルギー弾のようなものを口の中で作っていく。
――あれは、まずい。
直感的にそう感じ、ケイトは再び龍へと迫った。
しかし、間に合わない。龍がこちらに顔を向け、それと同時にエネルギー弾を吐き出そうとしている。
――やられる!
それでも駆け続け、刀を振り抜こうと手に力を籠める。エネルギー弾だってモノだ。斬れないはずはない。そう信じて、突っ込む。
龍が、エネルギー弾を吐き出した。いや、吐き出したはずだった。
「やめな、こんなところでさ」
不意に落ち着いた声音の女性の声が聞こえたかと思ったら、龍の真上からフードを被った人が降りてきて、大きく開かれていた口を何かで縛り上げた。
同時に、龍の口の中から激しい爆裂音が鳴り響いた。溜め込まれていたエネルギー弾が行き場を失くし、口の中で破裂したのかもしれない。
龍の化け物は倒れこそしなかったが、苦しそうに呻きながら動きを止めた。
その人物が着地し、すぐに少年へと迫って刀を振るった。
「おっと」
少年がどこからともなく剣を取り出し、防ごうとしたが、それよりも早く刀が体を捉えた。血の霧が、少しだけ宙を舞う。
ただ、少年は咄嗟に半歩下がっていたようで、致命傷には至らなかったようだ。すぐに二歩程度距離を取り、フードの人を睨みつける。
「やっぱり来たね、シルク」
少年の言葉に、ケイトたちはすぐさまフードの人へと目を向けた。ツクノや王様が言っていたハイ・ユーザーの名と同じだ。
その人が、乱暴にフードを取る。眩く光る白銀の髪が揺れ、大人の女性の顔が現れた。
「あんたが出てくるのを、待っていたのさ」
言い終わると同時に、シルクが間合いを詰める。凄まじい速さで、瞬きした時には二人の距離はほとんどなかった。
シルクが刀を振り下ろす。風の唸りがはっきりと聞こえるほどに素早く、それでいて力強い一撃だ。ケイトでは、目で追うのがやっとである。
しかし少年は、その一撃を難なく受け止めていた。得物同士がぶつかり合う、一際高い金属音が辺りに反響する。
このまま押し合うかと思ったが、少年がすかさず後ろの方へと跳び、シルクから距離を取った。
「今、お前とやり合うのは分が悪いね。僕の力は、まだ解放できていない。ここは、一度退かせてもらうよ」
「逃げるのかい?」
シルクが睨みつけながら言ったが、少年は意にも介さない。
「ふふっ、安い挑発だね。でも、乗ってあげないよ。ここにいる意味は、もうないんだから」
龍の頭に乗った少年が、また指を鳴らした。エネルギー弾によるダメージから立ち直ったのか、龍が首を二度横に振ってから大きく吼え声を上げた。
最中、少年が見下したような眼をしながら、ケイトたちに声をかける。
「今は退くけど、決して安心しないことだね。破滅への序曲は、既に奏でられている。すぐにでも、事態は動くだろう」
それだけを言い残し、化け物に乗った少年は破壊した壁から出て行った。
その様を、ケイトは黙って見ているしかなかった。追撃することもせずに、しばらくじっとしていた。
「あれが、本当の敵……」
静寂が広がるこの場に、ぽつりと自分の声が漏れる。
シルクに聞きたいこと、知りたいこと、やるべきことなどは色々とある。それはわかっているのだが、今まで向き合ったことのなかった圧倒的な力を前に、ケイトはしばらく呆然としているしかなかった。




