4-13 予期せぬ結末
「わたしが、ケイトさまに憑依します。そしたら、あの人の気配も掴めると思います」
「……そんなことができるの?」
「憑き物ですからね。前も言いましたけど、人だってモノなんです。自在に操ることはできないですが、憑りつくことは可能です。わたしが望めば、感覚の共有だってできるはずですよ」
ツクノの能力に内心で驚いたが、そうしてばかりいる暇はやはりない。
いつしかシェルトが間近に迫り、刀を振り下ろそうとしていた。
急いで後方に跳び、着地と同時に今度は右へと駆ける。すかさず放たれた四発のネジの弾丸が、ケイトのいた場所に襲い掛かった。
駆けながら、ケイトはツクノの提案に乗るかを考えていた。気配を掴めても、この空間の糸をどうにもできないのならば意味がない。
――せめて、空間に干渉できれば……!
ふと思ったことに対してちらと脳裏に何かが過ぎり、ケイトは唐突にあることを思い出した。焦っていて忘れていたが、槍で空間を貫き、糸を通したことがある。ならば、太刀鋏でも空間に干渉できてもおかしくはない。
そっと、太刀鋏に胸の内で語りかける。
――この空間を、断ち切れるか?
問いの答えであるかのように、太刀鋏が力を解放する。刀身が薄紫の光に包まれ、溢れんばかりの力を放出してくる。だが、クロウズの時とは違って、掌を焼けるような痛みが襲ってくる気配はない。
これならば、いける。
「……やろう、ツクノ」
ケイトから離れずに着いて来ているツクノに、そっと返す。
頷いたツクノがすかさずケイトの背後に回り、背中に飛び込んでくる。ただ、体に衝撃はなく、代わりに何かが入り込んでくるような不思議な感覚を覚えた。
途端に、辺りのモノの気配を強く感じ取れるようになる。シェルトの強い気配や寸断された部屋の弱々しい息遣いが、手に取るようにわかった。
「何かをしようとしているらしいが、無駄だ」
シェルトの姿が視界から消える。ただ、今度は気配を逃さない。ケイトの右隣。そこに気配が移動するのを、確かに感じ取った。
そちらを見ることもなく、刀を振り抜く。瞬間、乾いた金属音が鳴り響いた。
「ほう」
姿を現し、刀を振り下ろしてきたシェルトが、感心したような顔をしている。
「よくわかったな。いやそれよりも、この刀と打ち合うか。成程、大した力のようだ」
にやりと嫌な笑みを浮かべたシェルトに向かって、ケイトは無言のまま刀で振り下ろす。刃が届く前に、シェルトの姿が一瞬で消える。
だが、今度は逃がさない。振り下ろされた刃は、ここに広がる赤い糸を空間ごと断ち切り、光を霧散させる。
そして、消えたはずのシェルトがそこに姿を現し、ケイトの一撃を受け止めた。
「何だと……?」
シェルトの表情に、初めて驚きのようなものが浮かんだ。
ただ、そのまま動揺して動きを止める男ではないらしい。すぐさま刀で押し返して後方に飛び退くと、次のマスに移動してはまたも姿を消した。
「逃がさない!」
一気に距離を詰めて刀を振り回し、手当たり次第に繋がりの糸を断ち切っていく。その度に光があちこちへと散り、一瞬だけ空間にひずみができた。シェルトがはっきりと顔を歪めながら、そこから出てくる。
すかさず、ケイトは両の刀を振り下ろした。
「むっ……!」
小さく呻きながら、シェルトが後ろに飛び退く。その拍子に、血飛沫がいくつか舞った。
ケイトと距離を取ったシェルトが、キッと睨んでくる。
「私の能力に干渉してくるとは、侮れんな。クロウズが後れを取ったのも頷ける」
「これで、お前の能力は封じた。勝負はここからだ」
「ふっ。これで勝った気でいるようだが、まだまだ甘いな」
顔に余裕なものを浮かべたシェルトが、ふと頭上に目を向ける。
つられて、ケイトもそちらを見た。眩い光を放つ何かが、途端に視界へと映る。光によってちゃんとは見えないが、あれは多分、糸だろうか。真横に、まっすぐ伸びている。
「糸……!?」
自分が口にした言葉の意味に気づき、すぐさまシェルトを見る。薄ら笑いを浮かべたシェルトと、目が合った。
「始めに言っただろう。探し物を探す片手間で良ければ、と。お前が私の能力を探っている間に、肝心なものは見つけさせてもらった」
言い終えると同時に、頭上の糸のもとへと移動したシェルトが、刀を一気に振り下ろす。
「やめて!」
ケイトの体から飛び出したツクノが叫ぶも、刀が止められることはない。
何か硬いもので覆われていたのか、ガラスが砕けたような破砕音が鳴り、頭上で光が舞った。糸は、真っ二つに切れている。
地上に戻ったシェルトが、高々と笑った。
「これで三つ目だ。残りの糸の場所も、既に見つけてある。すぐに断ち切り、人の無駄遣いからモノたちを救ってくれよう」
「救う、だと?」
ケイトの言葉に、シェルトが大きく頷いた。
「そうだ。お前たち人間は、限りある資源を無駄に使っている。それがどれほどの命を犠牲にしているか、全く考えようともせずにな。私は、それが許せん。人の身勝手によって我らモノが翻弄されるのを、黙って見過ごせん。ゆえに、私はこの世界を独立させると決めた」
「本当に、そんなことができると思っているのか? 撚糸を切ってしまったら、どうなるかわからないんだぞ」
「できるさ。この世界は、自分たちの力だけでも立ち行かせられる。私はその可能性を、あの方に教えて頂いたのだ」
「あの方……?」
ケイトが問いかけた時、どこからともなく咆哮のようなものが聞こえた。一体何だと思った瞬間、突如として左の方の壁が突き破られ、巨大な何かが飛び込んできた。
その衝撃による風圧は凄まじく、とてもではないが目を開けていられない。ばかりか、油断すれば吹っ飛びそうになり、ケイトは刀を床に突き刺して何とか堪えた。
少しして、風がやむ。だが、依然として壁が崩れているのか、崩落音は続いている。
流れてきた土煙のにおいを感じ、土埃を手で払いながらうっすらと目を開けた。鉄鬼とは比べ物にならないほどの巨大な鉄の化け物が、低い唸り声を上げながら崩れた壁の向こうからこちらを見ていた。
その異様な存在に、ケイトは唖然として見ているしかなかった。その化け物は、姿だけ見れば巨大な龍を思わせる。ただ、鉄鬼のように装甲を身に纏い、それらは外の光を反射するように眩く光っている。
「よくやったね、シェルト」
崩落音に紛れて、少年の少し高めの声が聞こえてきた。
巨大な龍の化け物の頭上に、白髪の小柄な少年が立っていた。見かけだけならば、まだ十をいくつか超えたくらいだろうか。顔は右半分が髪で隠れているが、見える部分だけでもまだまだあどけなさを残しているように思える。
シェルトが口元を緩めながら、そちらに顔を向けた。
「はっ。これで、全ての撚糸の居場所を掴みました。断ち切ったのは三つ。残りの二つは、すぐにでも」
嬉しそうに紡がれた言葉が、唐突に途切れる。いやに生々しい音が、シェルトの声を遮った。
床から突き出した黒色の尖れた棘のようなものが、シェルトの腹を貫いていた。




