4-12 最後の三将星
城の中は、めちゃくちゃになっていた。
それは荒らされているとか破壊されているとか、そういう類のものではない。部屋の一つ一つがバラバラに分断され、間取りがおかしくなっているという、文字通りめちゃくちゃなものだ。天井にさかさまになった部屋の入口があったり、床に穴が開いているかと思えば、そこから道が続いていたり、扉の先に壁が現れたりと、訳がわからなくなる。
これが多分、シェルトの能力なのだろう。はっきりとはまだわからないが、とりあえず建物の内部をいじれる能力だというのは、何となく想像ができた。
ただ、厄介である。中がこうもめちゃくちゃだと、シェルトを追おうにも満足に追えない。せめて足取りを掴もうにも、バラバラにされた部屋から得られるものは少ない。
ユーザー能力で分解されたことで、あちこちの部屋は赤い糸と光をその身に帯びている。それは見えるのだが、そこから辿れるものが何もなかった。
どうすればいいのか、つい悩んでしまう。とはいえ、いつまでも立ち止まっているわけにもいかない。こうしている間にも、シェルトは何かをしようとしているのだ。
「ツクノ、何かを察知したら教えて」
「はい! ……って、あれ?」
勢いよく返事をしたツクノが、不意に小首を傾げ、表情を曇らせた。何かを感じ取ったのか、首を左右に動かし、あちこちを見ている。
ふと、ツクノが上を見た。瞬間、顔に驚愕の色が張りつく。
「ケイトさま、上ッ!」
ハッとしてその方へと視線を向けてから、ケイトは咄嗟に左へと跳んだ。
刹那、頭上から現れた男が、ケイトがいたところに勢いよく刀を振り下ろす。空を裂く鋭い音が、束の間響いた。
「ほう、今のを避けるか。なかなか勘が良いようだな」
男がこちらに顔を向けながら、感心したように言った。シェルトだ。
ケイトは何も答えず、刀を構えて睨みつける。ただ、怒りで目を曇らせることはしない。湧き上がる激情は何とか抑え込み、できる限り平静を保つ。
――この人、強い。
目に見える加護の光は、尋常ではない。分厚く、それでいて濃い赤色をしている。感じる強さも、クロウズとほぼ同等だ。怒りに身を任せていたら、まず勝てない。
気を引き締め、シェルトから視線を切らさない。しかし、シェルトは一向に構える気配はなく、苦笑を浮かべるばかりだ。
「先も言ったが、お前の相手をしている暇はない。だが、そうもいかぬのだろう。お前は、私を執拗に追うはずだ。それはそれで、集中できそうもない。よし、私の探し物を探す片手間で良ければ、相手をしてやろう」
溜息交じりの言葉に、ケイトは少しむっとした。あからさまな挑発だ。そんなことはわかっている。それでも、ざわつく気持ちはなかなか抑えられない。
こちらのそんな気持ちを見透かしたのか、シェルトが嫌な笑みを浮かべた。人を小馬鹿にしたような、本当に嫌なものだ。
「ケイトさま、落ち着いて」
ケイトの気持ちを読み取ったのか、ツクノが心配そうに呟く。それでも、一度波立った心は収まらない。
――斬ってやる。
自分でも驚くようなどす黒い気持ちを抱きながら、ケイトは一気に前へと跳んだ。
いや、跳んだはずだった。
「やれやれ。血気盛んだな、小僧」
「……えっ」
驚きの声が、口から洩れる。
シェルトの姿が視界から消えたかと思えば、声が後ろから聞こえてきた。ハッとして振り返ると、いつの間にか少し後ろの方へと回り込まれている。
――何が起きたんだ……!?
今確かに、前へと跳んでシェルトに迫ったはずだ。なのに、シェルトは動いた素振りも見せずに後ろへと回り込んだ。ケイトは、見たところ一歩も前に進んでいない。
一体、何がどうなっているのか。
しかし、考える暇は与えられない。
シェルトが腰の刀を引き抜き、ケイトに向けてきた。その刀も、強い加護に包まれている。シェルトがようやく戦う気を見せてきたことに、嫌でも緊張が高まる。
同時に、違和感を覚えた。刀身が、少しぶれているように見えるのだ。加護の光によってぼやけているのかとも思ったが、何故だかしっくりこない。
「考え事とは、余裕だな」
声が間近で聞こえて、ケイトは目を見開くほど驚いた。シェルトが動作もなく間合いを詰めてきていて、既に右手の刀を振り下ろしている。
咄嗟に受けようとしたが、何故だか背筋が寒くなった。受けたらまずい。直感が、そう囁きかけている。
「くっ!」
右へと跳び、一撃を回避する。唸りを上げながら振り下ろされた刀が、空を斬った。
――何だ?
唸りの低い音に紛れて、微かな物音が聞こえた気がした。うまく形容できないが、言うならばそう、何かが高速回転している時のような音だ。
――刃が、そうなっているのか?
確信はない。だが、もしもそうだったら、攻撃を受けるのは本当にまずいかもしれない。普通の刀で斬るよりも、多分段違いに威力が増しているはずだ。
ケイトが観察をしている間にも、次の攻撃が来る。左下から切り上げ、右から薙ぎ、左上から振り下ろしてくる。そのいずれも、ケイトは何とか避けた。どの一撃も素早く鋭いが、回避に徹していれば、何とか避けられる。
「ふむ、いい判断だな。この刀の一撃の危険性を、咄嗟に見切ったか」
一度距離を取ったシェルトが、感心したように言った。
「教えてやろう。この刀は、チェーンソーを具現化したものでな。刃が常に高速回転している。さらに、その回転数は私の加護で底上げしてあってな。ほとんど音が聞こえないのはそのためだ」
「……何故、武器の秘密を教える?」
「お前ごときに教えても、負ける要素にはなり得ない。ただそれだけだ」
にやりと、シェルトが嫌な笑みを浮かべた。その顔は、本当に癪に障る。ただ、挑発であることはわかっているから、気持ちは何とか抑え込めた。
シェルトも、ケイトが挑発に乗らないのはわかっていたのだろう。すぐに真顔になり、懐から徐に何かを取り出した。
拳銃だ。それも、大型のものである。当然ながら、その銃も加護を纏っている。
その銃口を、シェルトは徐にケイトへと向けた。
「ついでに教えてやろう。こいつは、ネイルガンだ。小僧、インパクトドライバーを知っているか?」
「……いや、知らない」
あまり聞かない言葉に、ケイトは正直に答えた。
シェルトが苦笑する。
「衝撃を利用する、電動のネジ回しのことだ。こいつは、その具現化でな。引き鉄を引けば」
言葉の途中でシェルトが引き鉄を引き、拳銃が咆哮を上げる。同時に、何か尖ったものがケイト目掛けて勢いよく飛んできた。
額を目指して飛んでくる何かを、咄嗟に刀で弾き飛ばす。金属がぶつかり合う乾いた音が一度鳴っては、その何かが床に勢いよく叩きつけられた。
叩きつけられた何かは、回転しながら床にめり込んでいた。少し大型のネジだ。物凄い勢いで回転しているようで、堅そうな石畳の床を瞬く間に削っていく。
「このように、ネジを放つことができる。ユーザー能力によるものだから、リロードも容易く済む。実に便利な代物だ」
また、シェルトが笑みを浮かべた。相変わらず、気持ちを逆撫でするような嫌なものだ。
「さて、解説はこれまでにしよう。いい加減、君には倒れてもらわねば困る。探し物に、集中できないからな」
表情を引き締めたシェルトが、左手の銃を構える。
いつ攻撃されてもいいように、瞬きするのを忘れてしまうほどに集中を高めた。シェルトの一挙手一投足を、何としても見逃さないようにする。
しかし、見失った。瞬きしていなかったのに、シェルトの姿が忽然と消えてしまった。咄嗟に左右を見るも、その姿は見つけられない。
「また上です、ケイトさまッ!」
ツクノの叫んだような声に、確認もせずにすぐさま右へと跳ぶ。瞬間、銃声の低い音が三度鳴り、ケイトがいたところに三つのネジが勢いよく放たれた。
――まただ。
シェルトの動きに、翻弄されている。動作もなく動ける理由が、まったくわからない。
右へと跳んでからさらに三歩程度離れ、刀を構える。しかし、構えるだけだ。今斬り込んでも、当てられる気がしない。
「ケイトさま、ちょっといいですか?」
ケイトを追ってきたツクノが、耳元でそっと囁くように言う。ケイトは、小さく頷いた。
「この場所全部、あの人と同じ気配がします。もしかしたら、ここそのものを能力で操っているのかも」
「どういうこと?」
「あの人が移動するたびに、モノの気配が動くんです。それも、一部分だけ」
「一部分だけ……」
言われてハッとし、ケイトはこの場を目を凝らしてよく見た。
うっすらとしているが、この空間の全てが、ある一定間隔で区切られているのが見えた。丁度、マス目の形だ。さらに見ていると、散らばる部屋の赤い糸と光が繋がっていないことに気づいた。まるで、パズルのようにバラバラにされている。
「……そういうことか」
シェルトの能力の一端が、微かにだが掴めた気がする。
ツクノが首を傾げながらケイトを見てくるが、口には出さない。敵の前では、やはり言葉にするのは憚られる。
――この空間の一部を、入れ替えているのか。
そう考えると、最初の攻撃の説明がつく。
区切られた空間を自分の好きなように入れ替えることで、動作もなく移動したのだろう。いや、それぞれのマスを組み替えてしまえば、そもそも移動する必要はない。どんな事象の応用なのかはわからないが、厄介な能力には違いない。
――さて、どうしようか。
対処法が見つからない。いつもみたいに繋がりの糸を切ろうにも、どこを切ればいいのかがわからない。何よりもまず、シェルトが移動した時の気配を、ケイトは掴むことができていなかった。必然的に、難しい戦いになっている。
一体、どうすればいいのか。
「ケイトさま、一つ提案があります」
シェルトから視線を切らずに悩んでいたケイトに、ツクノがそっと囁いた。




