4-10 痛み分け
決まった。そう思ったが、少し早かった。
「まだだッ!」
吼えるように言い、しっかりと大地を踏み締めたクロウズが、まっすぐケイトへ向かって跳んだ。その勢いは凄まじく、瞬く間に間合いに入ってくる。
虚を衝かれたが、ケイトは何とか反応し、右の刀を振るう。刹那、手に激痛が走ったが、構わず振り抜いた。
こちらの攻撃とほぼ同時に、クロウズの左の手甲が突き出される。
手甲と刀が交錯し、乾いた金属音が一度響いてから、やや遅れて鈍い音が鳴った。
すれ違う形になり、少しの間は互いに立ち尽くしていたが、先に膝をついたのはケイトの方だった。
「はぁ、はぁ……!」
右手の刀を杖にしながら、肩で息をする。左の方は、痛みに耐えられなくなり、既に手離していた。
背後のクロウズは、左の拳を突き出したままの体勢でいるようだ。右腕は相変わらず燃えているのに、微動だにしない。
どれほど、そのままでいただろうか。
「……なかなか、やるじゃねえかよ」
クロウズから小さな声が漏れ、次いで何かを吐き出すような音が聞こえた。
地面に、たちまち赤黒いシミが作られる。
顔を少し後ろへと向けると、口から血を流したクロウズが、勝気な笑みを浮かべながらこちらを見ていた。
ただ、体には深い切り傷が刻まれていて、止めどなく血が流れている。最後の一撃は、刀の方が先にクロウズを捉えていたのだ。手応えはあり、相当の深手のはずだ。
なのに、クロウズからは、一切闘志が衰えていない。
「ここまでやるとは、思わなかったぜ。俺がまさか、追い詰められるなんてな」
だが、と言ったクロウズが、カッと目を見開く。
「俺は、負けるわけにはいかねえ。この世界のモノのために、絶対に負けるわけにはいかねえんだ……!」
再び拳を振り上げ、クロウズが構えを取る。ふらつき、無理をしているのは明白なのに、まだ戦う気でいる。
あまりの気迫に、ケイトはただ圧倒されるしかなかった。そもそも、もう限界だ。ケイトの手は痛みを通り越して、既に感覚がない。これ以上の戦いは、必然的に無理だろう。
それを察したホムラが、すぐに駆け寄って来る。クロウズと正対するように向き合うと、剣を構えて戦う姿勢を見せた。
クロウズが血の塊を吐き出し、それからにやりと獰猛な笑みを見せる。
「いいぜ、来いよ。どちらかが死ぬまで、やり合おうぜ」
クロウズが、一歩踏み出そうとする。ホムラが剣を握り直し、迎え撃つべく低く構えを取った。
刹那。
「二人とも、大変ですぅ! 王都が、王都が襲われてますよー!」
この場に不似合いな高い声が、間に割って入った。
視線が、一斉に声の主へと向く。大慌てといった風で飛んでくるツクノの姿が、そこにはあった。
今までどこに行っていたのか気になるところだが、そんなことが些事に思える出来事を、彼女は確かに口にした。
「王都が……!?」
驚きのあまり、続きを口にすることはできなかった。
王都が襲われている。その理由が、ケイトにはわからなかった。なんと言っても、王都には王様がいるのだ。王様がいる限り、王都に危険が及ぶことはない。ツクノはそう言っていたし、圧倒的な加護の力を見たケイトとしても、王都が襲われるとは夢にも思わなかった。
「……さすがだな。あっちは、うまくいったみたいだな」
クロウズが拳を下ろし、苦笑を浮かべながら言った。
聞き咎めたケイトは、すぐさまクロウズに目を向けた。
「どういう意味だ?」
「わからねえか? 俺は、囮だ。お前たちは罠にかかったんだよ。シェルトが王都を急襲するためのな」
尤も、とクロウズが苦いものを顔に浮かべながら続ける。
「俺は、本気でてめえら全員を潰すつもりでいた。てめえらをここで仕留め、シェルトが王都を落とす。そのつもりだったのさ。俺の方は、無様を晒したがな」
言い終えたクロウズが、前へ前へと跳躍する。その動きは手負いとは思えないほどに身軽で、ケイトたちはただ見ているしかなかった。
少し離れたところのガラクタの山の上に立つと、クロウズがこちらを見下ろしながら言葉を継いだ。
「ここは、退かせてもらうぜ。俺の役目は、一応は果たしたからな」
背を見せたクロウズが去ろうとする。
ケイトたちはそれを黙って見送っていたが、不意にクロウズが立ち止まり、一度右腕を振りかざした。炎はようやく消えたのか、黒く焦げた腕がそこにはある。
「この腕の借りは、次の時に返すぜ。それまで、精々生き延びるんだな」
捨て台詞を残したクロウズが、再びゆっくりと歩み始める。
やがて、その背は見えなくなった。
「ボーっとしてる場合じゃないですよー! 二人とも、早く早くー!」
唖然としながらその背を見送っていたが、ツクノが騒いだことで我に返った。
確かに、王都が襲われているのではのんびりしてはいられない。
「ケイト、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。何とか動けるよ」
ホムラに手を貸してもらいながら立ち上がるも、思わず顔を顰めた。掌に、激痛が走る。見れば、掌はズタズタのボロボロになっていて、火傷した時のような痕がたくさん残っていた。
「その手、本当に大丈夫なのか?」
手の惨状に気づいたホムラに、大丈夫とだけ返し、ケイトはすぐさま駆け出した。ひとまずガラクタが転がるこの場から抜け出ないことには、馬車を呼び出しても満足に走らせられない。
――無事でいて、王様!
逸る気持ちを抑えながら、ケイトたちは急いで屑鉄の墓場を抜け出した。
平原にまで戻り、ケイトたちはまず騎士団と合流した。
騎士団と解放軍の戦闘は、ほぼ終結していた。結果として、騎士団が圧倒した形で、半数の解放軍を捕縛したようだ。
ただ、残りの半数はある程度戦った後に、西へと逃れていったらしい。その動きがあまりにも機敏で、気づいた時には既に逃げられていたそうだ。
あまりの手際の良さが気になったが、今はそれどころではない。ケイトは、ツクノが持ってきた情報をキュリオにも話した。
王都が攻められていると聞いたキュリオは、顔面を蒼白にしながら驚いていた。しかし、それもほんの束の間で、すぐに騎士団を纏めると王都へ急行した。誰も彼もがユーザz-能力を用いて、人の足とは思えないほどの異常な速さで駆けている。ケイトたちも遅れないように、馬車を呼び出して王都を目指す。
とはいえ、馬車を走らせても、すぐに王都へ辿り着くわけではない。ここが北の最果てということもあって、目一杯飛ばしても何日もかかるのは避けられようもない。消耗した体力を回復させるには少しだけありがたいが、王都の危険を思うと素直には喜べなかった。
ただ、やきもきしていても仕方がないのは事実だ。こういう時は少しでも休み、体力を回復させるよう努めた方が良い。
それに、この手の傷のこともある。
馬車で移動中に、ズタズタになった掌を、ケイトは針と糸を使って縫っていった。とは言っても、掌そのものではない。自身の道具の加護をだ。加護はケイトの体を包んでいるが、掌は破けてしまったかのようにボロボロになっている。どれだけ道具の加護を纏ってみても、そこだけはちゃんとした形にならなかったのだ。
その加護を針で縫おうと思ったのは、手術などの際に切開したら縫合するということを思いついたからだ。
傷を治すために、開いてしまったものを閉じる。そうイメージしたら、掌の加護は能力の糸で縫うことで、徐々にだが回復していった。同時に、掌の傷も治っていく。痛みこそあるが、痛々しいほどの傷は少しずつ消えていった。
こういった事象を見ると、改めてユーザー能力の凄さが身に沁みた。この想像を具現化する力は、あまりにも万能過ぎる。
ひとまずの応急処置を終え、それから今の状況を把握する。
「王都は今、どうなってるの?」
「えーとですね、王都の近くにいきなり鉄鬼がたくさん現れたと思ったら、一気に襲い掛かってきたんですって。王都はパニックになっていたそうですけど、王様が残っている騎士団と一緒に、鉄鬼を食い止めているそうです」
「それは、いつの話だ? 王都から北の最果てまで、結構な距離がある。そう簡単に情報が届くとは思えないんだが」
首を傾げながら、ホムラが言った。
確かにそのとおりである。どんなに頑張っても、一日二日で情報が届けられる距離ではない。ツクノが持ってきたものは、少し古めの情報と見るのが妥当だ。
しかし、ツクノは首を横に振った。
「昨日の、ですよ。シルクさまの使いの方が、目一杯飛ばして北の最果てまで来ましたから」
「昨日って、一日で着くわけがないだろ?」
「それが着いちゃうんですよねぇ。シルクさまに仕えているあの子なら、この国ぐらいなら二日で踏破できちゃいますよ」
自分のことではないのに、何故か自信たっぷりに言ったツクノに、ケイトは少なからず驚いた。手元にある地図を見ても、この国は結構広く思える。恐ろしい健脚だ。
ただ、ケイトの関心はすぐにその人物から逸れた。今は、ツクノのことの方が気になる。
「ということは、勝手にどこかへと行ったのも、その使いの人に会うためだったってわけだ」
「え、えーと……」
何故か歯切れが悪いツクノに、ケイトもホムラもじっと視線を向ける。
その視線にたじろいだツクノが、一度溜息を吐いてから観念したように口を開いた。
「……実は、シルクさまに呼ばれまして。解放軍が何かを企んでいるっていうのを、教えてもらったんです。きっと別のところで何かが起きるから、確かめたらすぐに報せをくれるって言っていまして」
ばつが悪そうに言ったツクノが、苦笑いを浮かべている。
「まったく、黙ってするようなことじゃないな」
ホムラがいつものように呆れ顔になり、その頬を引っ張ろうとしたが、今は事態が事態だけにケイトが止めた。さすがにホムラも弁えているのか、すぐに手を引っ込め、ツクノも悪いことをした自覚があるらしく、頭を深々と下げた。
ケイトは苦い笑みを浮かべたが、それ以上追求はしなかった。ツクノを突いても、これ以上有益なものは多分出て来ない。言葉の端々からは本心が感じ取れ、何かを隠しているようには思えなかった。
「とにかく」
話を戻すべく、口を挟む。
「王都が大変になっているのは、間違いないことだ。だけど、馬車は目一杯走ってる。これ以上急がせることはできないよ」
「ああ。できることは、今の間に休んで、少しでも体力を回復させる。それだけだな」
ホムラの言葉に、ケイトもツクノも頷いた。




