4-8 クロウズの本気
刀を構え、睨むように敵を見据える。
しかし、一瞬だ。ケイトが構えた瞬間に、クロウズは一気に間合いを詰めてきていた。
拳を引いたクロウズが、一気に突き出す。糸の色は緑。また、嵐の拳だ。最初の一撃だけでは、まだほとんど見切れていない。見極めるには、一度受けてみるしかないだろう。
咄嗟に両の刀を交差するように構え、迫り来る拳を待ち受ける。
刹那、突き出された拳の後ろで、小さな爆発のようなものが瞬間的に起きた。拳の勢いが、そこから急加速した。
「くっ!」
構えていた刀に、拳が運よくぶつかる。ただ、その勢いはやはり凄まじく、押さえ切ることができなかった。クロウズが拳を思い切り振り抜いたのと同時に、ケイトは後ろの方に吹っ飛ばされた。
地面に叩きつけられそうになったが、何とか受け身を取ってすぐに態勢を整える。体でまともに受けていたら、また地面に転がっていたはずだ。
こちらが受け身を取ったのを見たクロウズが、すかさず距離を詰めようとする。
「行かせるか! くらえッ!」
ホムラが声を上げ、クロウズの動きを遮るように、突如として水が滝のようにクロウズ目掛けて落ちていった。
いや、ただの水ではない。はっきりと湯気が立っているのが見える。それに、強い熱気を離れていても感じた。あれはお湯、いや熱湯だろうか。
気づいたクロウズが、動きを止めて手を頭上にかざす。クロウズの手に触れた途端に、降り注ぐ水がまるで吸い込まれるようにして消えていった。
糸の色は、青く光っている。かつて戦った時も、ホムラの水を掻き消したのはこの色の時だった。
「やっぱり、水の類は効かないか……!」
不意を衝いたのにも拘らず、軽く対応されたことで、ホムラが微かに怯んだ。
その隙を、やはりクロウズは見逃さない。
「気を緩めてんじゃねえよ!」
ホムラへと一気に距離を詰めたクロウズが、糸の色そのままに拳を振るう。丁度、上から振り下ろす形だ。速さはさっきの二つの技より若干遅いが、勢いが違う。低い唸り声のような音が、離れていても聞こえてきた。あれに直撃しては、多分ただじゃ済まない。
「ホムラ!」
「わかってる!」
ケイトが叫ぶように言ったのとほぼ同時に、ホムラが左へと跳ぶ。拳が、間一髪のところで通り過ぎた。勢いのついたそれは、物凄い唸りを上げたまま、ホムラの背後にあったガラクタの山を殴打する。
瞬間、鈍い破砕音が鳴り響き、ガラクタの山が散らばりながら崩れていく。人の背ほどもあった山が、瞬く間にその姿を失くした。
「なっ……!?」
あまりの威力に、ケイトもホムラも驚きを隠せなかった。ただ、気は緩めず、ケイトはクロウズから目を逸らさない。ホムラはさらに左の方へと跳んで距離を取っている。
じっと、クロウズを見る。相変わらず、クロウズの糸の光は青色を示している。
――あの威力の原因は、きっと特性にある。
青色の時にクロウズがしていたことを、咄嗟に思い出す。ホムラの水の攻撃を受けた時。以前も今回も、確かそうだったはずだ。だとすると、青色の特性は吸水性といったところだろうか。
しかし、それだと威力が増す理由がいまいちわからない。水を吸うことで、何故威力を強められるのか。そもそも水は、衣服に何をもたらすのか。
――衣服に、水が含まれれば。
ふと口の中で呟いたことに、ハッとする。
衣服がずぶ濡れになってしまったら、重くなる。水を吸ったことで、乾くまではその分衣服は重い状態になっているはずだ。クロウズは、その事象を能力として具現化しているのだろう。
――だから、重の殴打なのか。
以前の戦いを思い出しながら、納得する。あの時も、ホムラの水による攻撃を掻き消してからの攻撃だった。
何にせよ、凄い男である。ここまで特性を把握し、能力として自在に扱えるとは、伊達にハイ・ユーザーに最も近い男と言われていない。
とはいえ、感心してばかりもいられない。
クロウズが反転し、ケイトの間合いに踏み込もうとしていた。
「閃光の拳撃!」
吼えるように言いながら、クロウズが拳を放つ。糸の色は黄色。間違いなく、閃光の拳撃だ。あれをまともに食らったら、また痺れてしまう。
――だけど、ただ回避するだけじゃダメだ。
避けただけでは、追撃を受ける。その攻撃をまた避けてを繰り返していては、いずれじり貧になる。回避した後に反撃しないことには、状況の打開は難しい。
迫り来る拳を、ギリギリまで待ち構える。雷が迸り、光を放つそれがケイトに届こうとした瞬間を見極め、最小の動きで一撃をかわす。拳が、寸でのところで通り過ぎた。
かわし様、右の刀で胴を薙いだ。刃がしっかりと届く。しかし、何かに弾かれたように刀が跳ね返り、次いで乾いた金属音が鳴った。
「えっ……!?」
完全に加護を斬ったと思ったのに弾かれて、ケイトは少なからず動揺した。体勢も少し崩れていて、いくらか隙を見せてしまっている。
それでも、意識は切らさない。刀を薙いだ場所を、咄嗟に確認する。
黒い糸。今まではなかったはずのそれが増えていた。ただ、今は黄色の糸が光っていて、黒は沈んだ色をしたままである。
――どういうことだ……?
疑問が顔に出てしまったのか、クロウズが嫌な笑みを浮かべながら口を開いた。
「冥途の土産に教えてやるぜ。お前の刀を受け止めたのは、鎧さ。それも、俺の加護で強化された、特別なものだ。こいつをどうにかしない限り、俺を斬ることはできねえなッ!」
言い終わると同時に、クロウズが一撃を放ってくる。閃光の拳撃だ。体勢が崩れている今、反撃はできない。すぐに後ろへと跳んで回避する。
「逃がすかッ!」
すかさずクロウズが前へと跳び、一気に間合いを詰めようとする。
瞬間、クロウズ目掛けて再び水が降り注いだ。
「はっ、また馬鹿の一つ覚えか」
余裕の表情を浮かべたクロウズが右手を上げ、降り注ぐ水を吸収する。水は瞬く間に吸われていくが、クロウズが不意にその行動をやめた。
「こいつは」
ぽつりと呟き、顔を険しくしたクロウズが、未だ降り注ぐ水から避けるように動く。
そこを狙って、ホムラが炎のつぶてを放った。小さく舌打ちしたクロウズが、最小限の動きでかわしていく。
いきなりの行動の変化に驚いたが、その理由は漂ってきたにおいが教えてくれた。
――油のにおいだ。
ホムラが放った水は、油が混ざったものだったようだ。ホムラが、得意そうに口元に笑みを浮かべている。
成程、と思わず頷く。
衣服にとって、油は天敵と言ってもいい。油は水に溶けにくく、洗剤で洗ってもなかなか落ちない。そのため、衣服に油が残ってしまうことは多々あると聞く。乾燥機で乾燥させたら、残っていた油が発火してしまったというのを、ケイトは何かの記事で見たことがあった。
おそらく、衣類の道具使いであるクロウズは、そうなることを嫌ったのだろう。さっき、水と思い込んで油を吸っている。ホムラが放った炎で、乾燥せずとも触れるだけで燃えてしまうはずだ。
料理で油を使うホムラは、そこに考えが至ったのだろう。現に、クロウズを追い詰めるべく、足元から火柱を出しては攻撃を続けている。
火柱の範囲が太い柱くらいはあるため、クロウズは絶えず動いて回避している。さっきのように、攻撃に転じることはできていない。
間違いなく好機だ。やっと訪れた攻めの機会を、逃すわけにはいかない。
即座に待ち針を三本取り出し、すぐにクロウズに投げつける。狙いは、足元の影だ。
「そいつはさっき見たぜ。やらせるかよ!」
ケイトが針を投げたことに気づいたクロウズが、素早く前へと駆ける。影もまた勢いよくクロウズに着いて行き、投げた針は掠りもせずに地面へと突き立った。
だが、避けられるのは想定済みだ。ケイトは今、一人で戦っているわけではない。
「……っと、抜け目がねえな」
前へと進んだクロウズの足元に、いつの間にか油が広がっていた。
少し離れたところでは、ホムラが今にも炎を放とうと構えている。はっきりと舌打ちしたクロウズが、右の方へと方向を変えた。
必然、駆ける速さが落ちる。そこを狙って、ケイトは糸を通した槍を出しては、クロウズ目掛けて思いっ切り投げつけた。
勢いのついた槍が、クロウズに迫る。振り返ったクロウズが、意に介した風もなく拳を一度振り、槍を弾こうとした。
その前に、槍が空間の光を捉えて貫き、さらにまっすぐ飛んでいくことで糸が引っ張られていく。同時に、ケイトの体は思い切り引っ張られ、一気に間合いを詰めることに成功した。
「何だと……!」
唐突に間合いを詰められたことで、クロウズが僅かに動揺した。
その隙を、今度はこちらが逃さない。
即座に刀を手にし、勢いそのままに両方とも振り抜く。狙いは、クロウズが纏う加護そのもの。一番狙いやすい胴を、二つの刃が襲い掛かる。
乾いた金属音が鳴り響き、手に強い衝撃が走った。何か堅いものを打った時のような感覚だ。明らかに、斬れていない。が、強く殴打している感じなのか、クロウズは微かに表情を歪めている。
「はあっ!」
思いっ切り力を籠めて、刀を振り抜いた。クロウズが後ろの方へと吹っ飛ぶ。
だが、それだけだ。そこまで重いダメージにならなかったのか、クロウズが軽い身のこなしで受け身を取り、悠然と立っては再び拳を構えた。
「ダメか……!」
その言葉が思わず口をついて出ると、クロウズが真顔ですぐに反応する。
「悪くない連携だったが、惜しかったな。俺を斬るには、まだ足りねえよ」
「くっ……」
鋭く睨まれ、怯みそうになるのを押さえながら、ケイトはクロウズを見つめ返す。
そうしながら、何故クロウズの加護を斬れないのかを考えていた。
加護も糸も、この目にはしっかり見えている。なのに、こちらの攻撃は届いていない。間違いなく捉えているのに、斬ることができない。一体、どうしてなのか。
――僕が未熟だからか。
道具使いとしての経験値が足りていない。それは当然あるだろう。未熟だからこそ、加護と繋がりが見えるこの特殊な力で不足を補い、これまで戦ってきた。
――待てよ……?
何気なく思ったことにハッとする。
思えば、太刀鋏の力を、ケイトはまだ引き出していない。加護や繋がりの糸を斬るという、裁ち鋏としてはただ当たり前の事象を、そのまま使っているのに過ぎない。
――だったら、しっかりとイメージすれば。
クロウズだって、斬れるかもしれない。
試してみる価値はあった。刀を構え、クロウズを睨みつけながら、頭の中ではイメージを固める。
――もっと、強く斬る。何でも、断ち切る。
頭の中に、そのイメージが湧く。岩でも鉄でも、何であろうと両断できてしまうイメージが、確かに固まっていく。同時に、力が高まっていくのがわかる。
もっと、イメージを鮮明に。目の前のクロウズを斬る姿を、頭の中で強く思い描く。
最中、太刀鋏が鼓動を伝えてきた。どことなく慌てた感じで、何となくだが危険を伝えているような気がした。
それでも、ケイトはイメージをやめない。確かに、少し危険な感があるのは否めない。力が強まったことで、刀を持つ手が焼けるような痛みを発していた。あまりの痛みについ手を離してしまいたくはなるが、高まりつつある力を、今手離すわけにはいかない。
――このままやらせてくれ。クロウズに、勝つために。
ケイトの覚悟を察したのか、太刀鋏は警告するのをやめた。代わりに、力を示すように刀身を加護で覆っていく。
薄い紫色の光が、二本の刀を包み込んだ。刀身が一度、妖しく光る。
「行くよ」
ぽつりと呟き、それから一気にクロウズへと間合いを詰める。
間合いに入ってから、右左と僅かに間隔を置いてから、刀を振った。
余裕の表情のクロウズが、すかさず拳を動かす。右の方は防がれたが、左は僅かの差でクロウズの防御をすり抜けた。
そのまま、胴を捉える。手に、鈍い衝撃が走った。
ほぼ同時に、肉を裂く嫌な音が空を震わす。クロウズの腹から、赤黒い血が噴き出した。




