4-5 シルクとわたし
騎士団が、屑鉄の墓場に向かって行く。
その様を、少し離れたところでツクノは一人の女性と一緒に見ていた。
隣にいる女性が、堂々とした佇まいで騎士団を見送っている。今の時代でツクノが知る最強のユーザー、シルクその人だ。彼女とは、少し長めの付き合いをしている。
シルクに唐突に呼び出されたのが、夜が白む前のことだ。いきなりのことで戸惑ったが、シルクの呼び出しとあらば応じないわけにはいかない。何と言っても、シルクはこの世界を守るためにずっと動いてくれている。それに、ツクノと長い付き合いもあって、ケイトたちには悪いが黙って会いに行くことにしたのだった。
「行ってしまいましたね。キヌさま、本当に止めなくてよかったんですか? ……って、あっ」
「ふん」
つい口を滑らせたと気づいたが、遅かった。シルクが不満そうな顔をしながら、ツクノの頭に思い切りゲンコツを振り下ろした。
「ぎゃん!?」
鈍い音と共に、激しい痛みが頭を襲う。たんこぶができてそうな痛みに頭を押さえようとするも、それよりも早くシルクが、ツクノのこめかみを両方の拳で思いっ切りぐりぐりしてきた。
「あだだだだっ!?」
あまりの痛みに、つい叫んでしまう。頭が割れそうで凄く痛いのに、シルクは全然やめてくれない。
「この世界では、シルクと呼べって言ってるだろ?」
物凄く怒ったような声に、ツクノはごめんなさいとしか言えなかった。痛過ぎて、それ以上何も考えられない。
ツクノが反省したのを見たのか、シルクはようやくやめてくれた。しかし、痛みの余韻が残り過ぎていて、手が離れたのにまだぐりぐりされているような錯覚を覚えてしまう。
「……止めなくてよかったんですか、シルクさま?」
物凄く痛むこめかみの辺りを押さえながら、ツクノは涙声で言った。
「お前はどうしてそう思うんだい、ツクノ?」
「ええっ? わたしが先に聞いてるのに」
「何だ、何か文句でもあるのかい?」
拳を振り上げたシルクに、ツクノは咄嗟に頭を押さえて首を何度も横に振った。あんなゲンコツを何度も頭に受けてしまったら、いつかへこんでしまう。
仕方なく、ツクノは自分の考えを口にした。
「だって、何だか危ない気がするんですもん。この先のモノの気配、大きいのが一つしかないんですよ?」
ツクノは、モノの気配がわかる。それも、大分広範囲にだ。人間だった頃からモノの気配や姿を掴むのは得意だったが、付喪神として生まれ変わった時から、その能力はさらに強いものになっていた。
「そうだね、お前の考えは正しいよ。解放軍は、わざと本拠地を攻めさせようとしている。わざわざ、騎士団の陽動に引っかかったふりをしてまでね」
苦笑を浮かべたシルクが、静かな声音で続ける。
「王都の騎士団は、陽動を使って解放軍を釣り出したつもりだろうが、現実は逆さ。釣り出された解放軍もまた陽動で、本命は別のところにある。シェルトとかいう解放軍の大将が、既に墓場から出て行ったからね」
「じゃ、じゃあ、結構まずくありません? それって、解放軍はどこか別のところを攻めるってことでしょう? シルクさま、どうしてただ見てるだけなんです?」
ツクノはいつも、この質問をする。
シルクは屈指の実力者なのだが、解放軍の情報を集めるばかりで、表立って戦いに参加することはあまりなかった。寧ろ、誰にも見つからないように身を隠していた。
あんなに強いのに、どうして見ているだけなのか。ツクノが聞いても、シルクはいつもはぐらかしてばかりだ。
今回も、ツクノは答えが返ってくることに期待していなかった。どうせ、さあねと言って話を逸らすのだろうと思っていた。
しかし。
「私の敵は、あいつらじゃないからさ」
思いがけない答えが、今回は返ってきた。
「ど、どういう意味です?」
意外に思いながらシルクの顔を覗き込むと、彼女は真剣な表情をして見つめ返してきた。
「解放軍の裏には、黒幕がいる。奴らに間違った理想を植えつけた、張本人がね。私は、そいつが出てくるのを待っているんだ」
「黒幕って、そんなのがいるんですか!?」
「いるんですかって、気づいてなかったのか? ……いや、気づかないか。私も、奴の気配は掴めない。世界にうまく紛れ込んでいて、どれほどあちこちを回って見ても、僅かな片鱗しか掴めなかったし」
シルクの苦笑気味に言った言葉に、ツクノは軽く衝撃を受けた。解放軍は結構強力な加護を持つモノがたくさん集まっていて、その気配はそれなりに離れていても掴める。掴めるはずなのだが、その黒幕に関しては、今まで感じ取った気がしない。モノの気配を察知するのに自信を持っていただけに、少し落ち込みそうな気分だ。
「うー……。それで、誰なんですかぁ……?」
「まだ、確信はないから言えない。だが、私の想像が正しければ、多分あいつだ。あの危険な奴が、世界に牙を剥こうとしている」
シルクが、銀色に輝く前髪に隠れた額を、そっと撫でる。その下には、切り傷が痕になって痛々しく残っている。かつて、シルクが強敵と戦った時に作った傷だ。
その強敵ならば、ツクノも知っている。しかし、かつてシルクが倒し、封じ込めたはずだ。再び表に出てくるとは、思えなかった。
ふと目が合ったシルクが、静かに首を横に振る。ツクノが思っていることを察し、すぐに否定してきたという感じだ。
「解放軍は、既に四つの撚糸を見つけるか、破壊するかしている。残るは一つだ。奴らがそこを見つけ、手中に収めた時こそ、あいつはきっと姿を現す。私は、そこを狙いたい」
シルクがぎりっと歯軋りをし、虚空を見つめる。
「シェルトは、多分見つけてしまったのだろうね。あの場所に、最後の撚糸があるのを。あそこはたくさんのモノがいるから、できれば見つかってほしくなかったけど、仕方がないね」
「仕方がないって、そこが襲われても見捨てるってことですか!?」
「そうなるね。私にとって大事なのは、この世界を守ることだ。多少の犠牲は、やむを得ないよ」
冷たく言い放ったシルクが、ツクノから顔を背ける。
何も知らない人が端から聞けば、ひどく冷淡のように思えるだろう。
しかし、本心からシルクがそう言っているわけではないのを、ツクノはちゃんと知っている。
シルクの力は、徐々に衰えてきている。今はまだ、他者の追随を許さない実力を維持しているが、力を使えば使うだけ、シルクは衰えてしまう。完全に衰えてしまったら、もう世界を守ることはできない。強大な敵を見据えている彼女からしたら、それは何よりも辛いことなのだろう。
とはいえ、自身の限界を認めないシルクではない。いつか来てしまう日に備えて、強力な助っ人を呼んできてほしい、とツクノに命じた。
そうして見つけたのが、ケイトだった。
「さてと。事態に備えて、私は先行するよ。何か起こっていたら、すぐに報せを寄越す。お前は、私の使いから指示を受け次第、召喚した助っ人に事の仔細を伝えるんだ」
「すぐにって、そう簡単に行きますか? この先にいるのって、多分クロウズですよ?」
「うん、まあ大丈夫だろう。だって、お前の気配を感じ取れる奴なんだぞ? 柔な道具使いなわけがないじゃないか」
「確かに、ケイトさまはすんごく強いですけどぉ……。それでも、クロウズが相手じゃ怖いんですよぅ」
道具使いとして卓抜な才能を発揮するケイトは、正直驚くほど早く成長し、どんどん実力をつけている。それでも、クロウズと渡り合えるほどかと問われたら、よくわからない。クロウズの実力は、まだまだ底が見えていないのだ。
不安の目を向けていたら、シルクの表情が微かに動いた。
「ケイト?」
呟くように小さな声で言ったシルクが、ほんの一瞬だけ驚いたような顔を見せた。
どうしてそんな顔をしたのかよくわからなかったが、ツクノはとりあえず頷き、ケイトがどんな人かを説明した。
話を聞いているシルクは、どことなく感慨深そうにしていた。
「……不思議な人間だね。私と同じの、モノの繋がりが見えて、断ち切れる力、か」
「はい……」
ケイトが持つ力は、まさしく特殊な力だ。ツクノが知る限り、その力を持ち合わせた道具使いは、シルクを除いたらたった一人しかいない。大昔にこの世界を救おうとした、一人の道具使い。その人の能力だった。
――懐かしいな。
遠い昔を少しだけ思い出して、寂しい気持ちになる。楽しいことも嬉しいことも、辛いことさえも、断片的にしか覚えていないのが、無性に悲しい。
「間違いなく、当てにしてもいいかもしれないね。その道具使いが、クロウズを倒すことを」
シルクが口を開き、ツクノはハッとして頷いた。
「とにかく、私はその場所へと向かう。ツクノ、私がさっき言ったことを忘れんじゃないよ」
「わかってますよぅ。おしらせが来たら、すぐにケイトさまにも教えますって」
「よし。じゃあ、さっさと墓場に行きな。ぐずぐずしてたら、もう一発頭にお見舞いするよ」
右手を軽く上げ、拳を強く握ったシルクが怖い笑みを浮かべる。
冗談とも思えない素振りに、思わず頭を押さえた。まだじんじんしている頭をこれ以上殴られたら、膨れ上がって二段目ができてしまう。
「い、行ってきまーす!」
逃げるように宙を飛び、ツクノはこの場を離れる。
「……まさか、あの子が来るなんてね。数奇なこともあるもんだ」
最中、シルクがぽつりと呟いた気がしたが、あまりにも声が小さくて、聞き取ることができなかった。




