4-3 解放軍二人
無数のガラクタが、辺り一面に広がる。
いつ見ても嫌な光景を、クロウズは少し高い崖の上から見ていた。
大多数が至る部分が壊れ、使い物にならなくなって捨てられたものだが、中にはまだまだ使えるのにゴミ扱いされ、廃棄されたものも多分に混じっている。
これら全ては、元々は人の形を成していた。昨日までは普通に生活し、何気ない日常を送っていたモノも、中にはいるかもしれない。命を失くし、捨てられてしまえば、モノたちは誰もがガラクタになってこの地に集められる。ここが屑鉄の墓場と呼ばれるのは、そう言った所以があるからだ。
モノの突然の死は、世界が繋がっている以上、避けられないことだ。物は人によって扱われ、いずれ捨てられる。大事に長く使われることもあるが、大多数は雑に扱われ、壊されてしまう。そうなった時、こちらで生きるモノは命が削れ、捨てられてしまったら死を迎える。
そして、この墓場に、新たなガラクタの山が築かれる。世界が繋がっているだけで、そんな馬鹿な話が罷り通ってしまっている。クロウズは、それがいつも許せなかった。
ここに来る度に、必ず一度はガラクタを見渡す。お前たちの無念は、きっと晴らしてやる。大量に転がるモノだった彼らを見ては、胸の内で祈るように呟くのは、毎度のことだ。
眼下のガラクタに目をやり、干渉に浸っていると、後ろの方から足音が聞こえてきた。
ゆっくりとした足取りの、小さな音だ。ここでそんな歩き方をするのは、一人しかいない。
「やはり、ここに来ていたのか。お前も律儀だな、クロウズ」
細身ながらも背の高い男が、クロウズの隣で足を止めた。
「当たり前だろ。ここが、俺たちの原点なんだからな」
「ふっ、そうだったな」
口元に笑みを浮かべた男が、顔にかかった銀の前髪を手で払いながら言った。
露になった切れ長の青い目は冴えた光を湛え、溢れんばかりの知性を嫌でも感じさせる。
解放軍三将星、賢将シェルト。それが、この男の名と肩書だ。賢将の異名通り、頭は相当切れる。
「我らは、廃棄されたモノたちの思念が集まった存在。彼らのために起ち上がろうと決めたのは、もうどれほど前になるか」
「はっ、んなことは覚えちゃいねえよ。もう、長い間戦って来てんだからよ」
吐き捨てるように言うと、シェルトが小さく笑みながら「そうだな」と返してきた。
クロウズとシェルト、そしてフーズは、モノの具現体ではない。この世に数多とあるモノの思いが集合し、意識を持った存在だ。とはいえ、全てのというわけではない。クロウズは衣類を、フーズは食物を、そしてシェルトは建物などに使われる資材の意思を束ねている。
衣類のユーザーとして、様々な特性を使えるのはそのためだ。単なる道具の精霊ではないから、他よりも段違いな力を発揮できる。
「それより、俺に何の用だ? わざわざ無駄話をしに来たわけじゃねえだろ」
「ふっ、察しが良いな。さすがはクロウズだ」
「つまらねえ世辞もいらねえよ。で、どうした?」
一向に取り合わないクロウズに一度苦笑を浮かべたシェルトが、表情を真顔に引き締めた。
「囮となっていたフーズが敗れ、敵の手に落ちた。ジェネレイト山岳は、王国の騎士団が今まさに奪い返そうとしているらしい」
「……そうか。やられちまったのか」
自分でも驚くほど、口から出た言葉は落ち着いていた。フーズが負けるかもしれない。いや、負けてほしいと秘かに思ってしまっていたことが、クロウズを驚かせなかったのかもしれない。
端から見れば少し不審な反応のはずだが、不思議とシェルトが疑問に思った風はなかった。シェルトは、洞察力も優れている。この男に限ってクロウズの心理を見逃すとは思えないのだが、表情に変化は現れなかった。
「フーズの奴、撚糸は見つけたのか?」
「そこは、何とかうまくやったようだ。ジェネレイト山岳の封を解き、撚糸までの道を開いたと報告が入っている」
「さすがだな。やられてもただじゃ起きねえとは、あいつらしいぜ」
少し笑って見せてから、クロウズはすぐに顔を引き締める。
「しかし、フーズが捕まっちまったのは誤算だな。大丈夫か?」
クロウズが懸念をぶつけても、シェルトが動じた風はやはりない。
「問題はないな。フーズの捕縛は確かに予定外だが、想定内ではある。クロウズ、お前の副官は出撃してくれたか?」
「ん、ああ。お前の指示通り、スミスとリオネに部隊を率いさせた。今頃、ジェネレイト山岳へと向かっているはずだ」
「よし。これで、奴らは自分たちの思い通りに事が運んでいると思うだろう」
一人納得するシェルトに、クロウズは疑問をぶつける。
「おい、一人で話を進めてんじゃねえ。俺にも説明しろ」
「ああ、すまない。王都の騎士団が、ジェネレイト山岳を奪い返そうとしていることは言ったな。あれは、我々の目を惹くための陽動だ」
「成程な。本命の動きを悟らせないためか」
すぐに理解し、頷きながら答えると、シェルトが嫌な笑みを浮かべた。自分に自信がある時に見せる、少し怪しげな笑みだ。できることならば、あまり見ていたいとは思わない。
「そうだ。奴らは、この場所の存在を突き止めたらしい。急襲し、一気に方をつける腹積もりと見た。そのために陽動部隊を使い、我々の気をジェネレイト山岳に向けるつもりなのだろうが、相手が悪かったな。その策を、我らは逆手に取る」
「ああ。陽動に陽動を当てて、奴らが作戦の成功を信じてまんまとここに攻めて来たところを、迎え撃つ。そして」
続きを言おうとしたが、シェルトが人差し指を自分の口に当てて制してきた。口の外には出すな、ということか。
敵がジェネレイト山岳を奪回しようとしているのに対し、こちらは大隊を派遣してその阻止を狙う。世界を繋ぐ撚糸があるのだから、その場所は重要であり、多くの兵を割いてまで手元に置こうとするのは自然な動きだ。必然、本拠地は手薄になり、大きな隙が生まれる。騎士団は、そこを狙うつもりだ。
既に、ここから少し南下したところにある工場都市ファクトに、見知らぬ人物が入り込んでいるという情報が届いている。騎士団が近々行動を起こすのは明白だろう。
本拠地を奪われることは、戦略上あまり好ましくはない。別段、特別な何かがあるというわけではないが、本拠地を守れなかった事実は、集った同志の士気に関わる。世界に叛逆しようとしているのに弱腰になっていては、目的を果たすなど夢のまた夢だ。
できることならば、本拠地は守り抜きたい。いや、守り抜くしかない。その役目は、自分に託されている。
「ここは俺が何とかするが、お前はどうするんだ? 部隊はいらねえって言ってたが、本当にそれでいいのか?」
この作戦を遂行する際、シェルトは部隊を率いずに事を為すと言っていた。しかし、いくらシェルトが腕利きのユーザーでも、今度の目標が相手では厳しいはずだ。
「案ずるな、クロウズ。私にも、駒はある」
クロウズの疑問を表情から読み取ったのか、シェルトが不意に指を鳴らした。
途端に、後方から禍々しいまでの殺気と低い唸り声、そして重々しい足音が聞こえ始めた。振り返った先には、少し大きめの鉄鬼が何体かいる。
どれも今にも襲い掛かってきそうだが、不思議とシェルトの後ろから動かない。
「成程な。お前には、そいつらがいたよな」
納得しつつも、苦笑を浮かべながら言った。
シェルトがどこから鉄鬼を連れてきたのか、正直クロウズも知らなかった。いつの間にか鉄鬼を従え、操るようになっていて、その点は少し気味が悪い。
とはいえ、戦力になっているのだから、あまり文句は言えなかった。凶暴で凶悪な存在だが、味方として暴れてくれれば、この上ない頼もしさがあるのは事実だ。
事実だが、シェルトからは得も言われぬ不気味さを感じてしまう。
――そういや、撚糸のことを教えてきたのは、シェルトだったな。
この世界と人間の世界を繋ぐ魔法の撚糸の存在を明らかにし、世界を切り離そうと言い始めたのは、シェルトだ。もう結構前のことになるのだが、一体どこでそれを知ったのか、長く一緒にいるクロウズでもわからない。
ただ、シェルトは自身が納得しないことでは動こうとはしない。積極的に世界解放を目指そうとするからには、何かしらの根拠があってのことだろう。いくらかの疑問があっても、それがわかっていれば個人的には問題はなかった。
「懸念があるとすれば、お前の方だぞ、クロウズ」
真顔のまま、シェルトが続ける。
「ここを攻めて来るのは、騎士団の精鋭だ。騎士団長であるキュリオを始め、猛者が揃っている。フーズを破った手練れも、その中にいるはずだ」
「わかってる。それで、フーズを倒したのはどんな奴なんだ?」
その正体を知りつつも、クロウズは敢えて知らないふりをしながら聞いた。
「特殊な技を使う札使いの女と、二刀流の男だそうだ。女の方は自力でフーズを圧倒し、男の方は八人に分身したフーズを、皆倒してしまったと聞く」
「へえ、そりゃ厄介だな……」
口では少し沈み気味に言って見せたが、内心ではひどく高揚していた。女の方は知らないが、男はまず間違いなくケイトだ。ホムラがいないのは少し気になったが、ただ偶然居合わせなかっただけかもしれない。
それにしても、この短期間で随分と能力を伸ばしたようだ。分身とはいえ、八人に増えたフーズを倒し切るなど、少し強いだけの道具使いでは絶対に不可能だ。ケイトの実力は、クロウズと戦った時とは比べ物になっていないはずだ。
――楽しませてくれるじゃねえか。
思わず口元が緩みそうになり、何とか引き締める。シェルトは、人の心を読むのも得意としている男だ。そんな男の前で笑みを浮かべては、いらぬ勘繰りをされかねない。
「まあ、油断はしねえよ。ここを簡単に取られちゃ、面倒だからな」
「わかっていれば良い。だが、警告はするぞ。純粋な力だけで言えば、お前は私を優に超える。お前が敗れることは、解放軍全てが敗れ去るのと同じだと思え」
「ったく、わかってるって。そんなへまはしねえよ」
「うむ。では、私は行くぞ。時をかけ過ぎるわけにもいかぬのでな」
シェルトが背を向け、鉄鬼と共に去って行く。
その背を見送っていると、少し先に行ったところで、不意にシェルトが振り返った。
「クロウズ、闘争を愉しむのも、ほどほどにしておけよ。我らは、こんなところで立ち止まるわけにはいかぬのだ」
釘を刺すような言葉に、思わず苦笑が浮かぶ。どうやら、最初から心理は見抜かれていたらしい。
「わかってるさ。俺たちの願いが叶うかどうかの瀬戸際だ。自分のためだけに戦って、目を曇らせたりはしねえよ」
「そうか。いらぬ老婆心だったな」
口元に小さな笑みを浮かべたシェルトが、右手を軽く上げた。
「武運を祈っているぞ、クロウズ」
「ああ、お互いにな」
頷いたシェルトが、再び背を向けて歩き出す。鉄鬼も倣うように後を着いて行き、その姿はゆっくりと遠ざかり、やがて消えた。
一人になって、またガラクタの山を見た。あちころに積み上げられた悲しいまでのモノたちの成れの果てに、思わず溜息が漏れる。
誰も、こんな最期を望んでいるはずがなかった。もっと生きたい、もっと誰かの役に立ちたい。そう思いながらも、ここに横たわるガラクタたちは命を失くしてしまった。
全ては、撚糸とかいうふざけたものがあるせいだ。その糸があるからこそ、この世界は理不尽な不幸に見舞われる。
「……もうすぐだ。もうすぐ、世界の糸は断ち切られる。そしたら、無駄に死ぬ奴もいなくなるはずだ」
糸が切れれば、それぞれの世界の干渉はなくなる。干渉さえなければ、この世界はもっと平和になれる。
クロウズは、この世界が好きだ。自分が生まれ、シェルトやフーズといった仲間に出会い、色々な奴と一緒に歩いて行けるこの世界が、何よりも大切だ。大切だからこそ、自分たちの目的を邪魔する奴らは、誰であろうが許さない。
この世界を独立した世界にするために、撚糸は全て断ち切る。そのためならば、自分の感情を押し殺すことなど難しいことではない。
ふと、遠くの空を見た。決して見えることはないが、忌々しい王都の騎士団の姿が、不思議と目に見えてきそうな気がした。
それを思うと、胸の内に激情が沸き起こる。この世界を本当に守ろうとしていない王都の奴らなんかに、負けるわけにはいかない。
「かかってきな。全員、俺の手でぶっ潰してやるよ」
右の拳を左の掌に打ちつけ、それから気合を入れるように、クロウズは一度吼え声を上げた。




