4-1 サラの秘密
薄暗い空が、さらに黒ずんでいく。
いつの間にか夕方を過ぎたのか、空は黒くなりつつある。元々雷雲が立ち込めていて暗かったのが、宵闇も加わって尚更辺りの明るさを奪っていく。周囲の光景が見えづらくなってきたため、ケイトたちは急いで下山し、ホムラと別れたところへと向かった。
その道中で、騎士団長のキュリオから、彼の思い描く作戦について延々と説かれた。
――密やかに、かつ速やかに敵の本拠地へと侵攻し、奇襲をかける。
簡単に纏めると、そんな感じの作戦だ。
何でも、解放軍の本拠地は北の最果て、屑鉄の墓場という場所にあるらしい。まずはそこに一番近い北の街、ファクトに人を秘かに集め、集まり次第一気に攻めかかるつもりだそうだ。
それだけではあまりにも単純だが、どうやら陽動部隊を使って、このジェネレイト山岳を守備する動きも見せるらしい。本当は奪取する予定だったそうだが、ケイトたちがフーズを倒して解放軍を撤退させたから、変更になったようだ。魔法の撚糸があることもあって、騎士団の大半を動員し、守りを固めようという姿勢を見せることで、奇襲作戦を悟らせないようにするつもりだという。
その作戦の奇襲隊の方に、キュリオはケイトを参加させたがっていた。鉄鬼を倒せるというのが、何と言っても決め手らしい。
屑鉄の墓場という名の通り、その地には鉄鬼が数え切れないほどいるそうだ。王都最強を誇る騎士団をもってしても、鉄鬼を相手にし続けるのは骨が折れるらしい。ケイトに白羽の矢が立つのも、当然と言えば当然だ。
ケイトは即答を避けたが、内心では参加しても良いと思っていた。とは言っても、決して自身の力を過信したわけではない。解放軍との戦いが少しでも早く終わり、クロス・ワールドに平和がもたらされるならば、と思ったのだ。危険だが、やる価値はある。
ただ、自分だけで決めるわけにもいかず、ホムラと合流してから近くの村へと向かい、そこでみんなで話し合った。
結果として、参加することに決まった。ケイトたちは、元々解放軍を倒すことを目的としている。それほど悩む問題ではなかった。
ケイトたちの決断を聞いたキュリオの喜びようは、この上なかった。これで、陛下の憂い事がなくなる。そう言って、人目も憚らずに涙を流して喜んでいた。
「……では、明日よりファクトへと向かってください。できるだけ目立たないように、徒歩での移動をお願いします。言っておきますが、加護を使っての高速移動は、もっての外ですよ」
しばらくして落ち着いたキュリオが、真面目な雰囲気を醸し出しながら言った。こうしていれば、さすがにちゃんと団長然としている。きりりと引き締まった顔に、空気を張り詰めさせるような威圧感は、嫌でも緊張を強いてきた。
そうしなければならない理由はわかる。作戦を、相手に悟られないためだ。解放軍の数はとても多く、不審な動きをすればどこからでも報告が行ってしまうのは、容易に予想できた。
とにかく、明日からの行動が決まり、ケイトたちは村で一夜を明かすことにした。今日も今日とて戦闘で相当力を使い、大分くたびれてしまった。それはホムラとサラ、そしてツクノも同じだったみたいで、皆してすぐに眠りについた。
翌日になって、キュリオにいくらか指示と情報をもらってから、ケイトたちは村を出発した。
騎士団とは、村で別れた。進む方角は別にし、現地で落ち合うことになっている。ケイトたちは、旅人を装ってゆっくりと時計回りに北を目指した。
西の最果てから北の街まで、地図上から見ても結構距離がある。ゆっくりと歩いてだったら、軽く見積もっても七日以上はかかるかもしれない。
なかなか大変な道のりだが、ケイトたちは会話を楽しみながら行くことにした。専ら、ユーザー能力についてのことばかりであったが、この世界の時勢柄、力を求める道具使いは多いらしく、そういった話をするのは別におかしいことではないようだ。普通の旅人を装う意味も含めて、道中での暇つぶしには最適だった。
「……それにしても、今度の街はちょっと厄介そうだね」
ユーザー能力の話に一区切りがついたところで、ケイトが秘かに気になっていた話題に変えると、ホムラが真っ先に頷いた。
「だな。解放軍と結託した街、ファクトか。一体、どうしてなんだろうな」
溜息交じりの言葉に、ケイトは頷き返した。
解放軍の支配を受け入れ、ばかりか物資を援助供給している街。それが工場都市ファクトだと、キュリオから教えてもらった。都市の民の大半が解放軍の行動に賛意を示し、さらには自ら兵士として志願する者もいるという。そのため、王都の統治が届かなくなって久しくなっている。
何故、解放軍と手を携えているのか、ケイトには理解できなかった。多くの人を虐げ、世界を危機に陥れている解放軍が支持されるなど、訳がわからない。
「簡単な話ですよ」
悩むケイトとホムラに、ツクノが悲しそうな顔をしながら口を挟んだ。
「この世界の在り方に不満を持っている人って、結構いるんです。特に若い人は、自分たちが人に左右されて生きていることに我慢がならないんです。その嫌な気持ちを吐き出させてくれる解放軍って、不満を押さえられない人にとっては都合の良い場所なんですよ」
「そっか……。みんながみんな、解放軍を敵視してるわけじゃないんだね」
「はい。やり方はめちゃくちゃでも、自由を求めるっていうのは、結構魅力的ですからね。先の未来がわからなくても……、いいえ。わからないからこそ、自分たちの理想が叶えられるって信じている人は、なかなか多いんですよ。ファクトには、そういう人が特に多かったんです」
「成程な。だったら、街の中は敵だらけと思った方が良いな。かなり厳しそうだ」
ホムラの言葉に、ケイトは苦笑しながら同意する。
「そうだね。何せ、僕たちは解放軍に喧嘩を売ってる。顔が割れてると見た方がいいね」
「ああ。しかも、ジェネレイト山岳では、派手にやり合ったからな。下手な動きをしたら見つかりかねない。もしかしたら、街に入るのも難しいかもしれないな」
「えー、じゃあどうするんですかぁ?」
「……どうする?」
「えっ、わたしに聞かれても」
ツクノが嫌そうな顔をして言葉を返し、ケイトとホムラは考え込む。しかし、なかなか妙案は浮かばない。
「なあ、サラ。何かいい考えはないか?」
ホムラが助け舟を求めるように、サラへと声をかけた。
しかし、サラは答えない。ぼんやりと頭上を眺めながら、ゆっくりと歩くばかりだ。
――どうしたんだろう。
表情に、少し不安げなものが浮かんでいる。顔色も、心なしか良くないように見えた。
「サラ、どうかしたんですかぁ?」
その様子を不審に思ったツクノが、サラの目の前に来て問いかける。それで、やっと気づいたようだ。
「あっ、ううん。何でもないよ」
「本当に? ぼんやりしてるし、顔色も良くない。もしかして、調子でも悪いんじゃ」
「違うよ!」
ケイトが言うと、サラがすぐに声を張り上げて否定してきた。
いきなりのことにちょっと驚いて、つい目を丸くして彼女を見てしまう。
自分でも強く言うつもりはなかったのか、サラは少しあたふたしていたが、やがて力なく俯いた。
「……違うんだ。調子が悪いわけじゃない。ここにいられる時間が、切れただけなんだ」
「時間が切れた?」
言っている意味がわからず、ケイトたちは首を傾げた。
「そう。この際だから言っておくけど、ボクがここで活動できる時間って、限られてるんだ。この世界にいられるのは、向こうの世界の自分が眠っている間だけ。起きてしまったら、ボクは向こうに帰らなくちゃいけない」
「じゃあ、もしかして」
ケイトが皆を言い切る前にサラが頷き、言葉を引き取る。
「もうすぐ、起きてしまうんだ。その時は、いつもだるくてね。だから、ぼんやりしてたってわけ」
困ったような笑みを浮かべたサラが、次の瞬間には少し苦しそうな顔をし、膝をついた。
「サラ!」
すぐさま駆け寄ろうとしたが、サラに手で制された。
「大丈夫。この世界に来るようになって大分経つから、こんなことは慣れっこだよ。ちょっとだけ、苦しいけどね」
額に大粒の汗を浮かべながらも、サラは気丈に笑った。
その顔が、途端に曇る。サラの体を、不意に白い光が覆い始めた。
「時間、だね」
ぽつりと、サラが呟くように続ける。
「ごめんね。肝心な時に、帰らなきゃいけないなんて。でも」
一度言葉を切ったサラが、余裕ぶった笑みを見せる。
「必ず、戻って来るから。その時は、ちゃんと活躍するからね」
「わ、わかった。またね、サラ」
唐突な状況に面食らい、自分でもよくわからない返しをしたケイトへと、サラが小さく手を振った。
瞬間、光が強くなり、ケイトの視界を覆う。あまりの眩しさに、目を開けていられなかった。
光が消え、視界が開けた時には、サラの姿はこの場になかった。




