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モノとの正しい付き合い方  作者: 千変万化
三章 札使いサラ
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3-12 王都の騎士団

 こちらに顔を向けたサラが、右手をひらひらと振りながら笑顔を見せてくる。

 その様を、ケイトは半ば唖然としながら見ていた。

 圧倒的な勝利だった。フーズの分身との戦いで影縫いを何とか会得し、最後の最後に掩護したが、それがなくてもサラは多分勝っていた。

「あれが、ハイ・ユーザー能力……」

 思わず、感嘆の声が漏れる。それほど、サラの能力は超常的なものを感じさせられた。

 だが、いつまでも感心して呆けているわけにもいかない。周りには、まだたくさんの解放軍の兵士がいる。刀を構えたまま素早くサラに近づき、ケイトは警戒心を強めたまま辺りを見回した。

「フーズ様が、負けた……?」

「そんな馬鹿な……。信じられん」

 敵は、目の前で起きたことが信じられないらしく、誰もが唖然としていた。そこに戦意のようなものは一切なく、それでも逃げようとする者は不思議と一人もいない。

「何だろう。変な感じだね」

 違和感を覚えたのか、サラが小首を傾げながら言った。

 ケイトも、それを薄々感じていた。指揮官が倒れたのに、兵士たちは逃げることも敵討ちをすることもなく、ただただ唖然と立ち尽くしている。今日初めて会ったが、フーズの厳粛そうな性格からして、部下に有事の際の行動を示さないのはおかしく思える。フーズならば、こういった状況での行動ぐらい叩き込んでいるはずだ。

 なのに、何もせずに呆然としているのは何故なのだろう。フーズに、絶対の信頼を置いていたからこそ、敗れた衝撃が強かったとでも言うのだろうか。

 考えても、よくわからない。それでも、つい思案を巡らしてしまいそうになる。

 だがそれを、不意に襲った大きな揺れが遮った。

「な、何だ……!?」

「ケイト、身を屈めよう。この揺れ、ちょっと大きいよ」

 言われなくても、咄嗟に身を屈めた。足元の揺れは激しく、とてもではないが立っていられそうもない。

 地鳴りが小さな唸りとなって響く。それは少しの間続き、揺れもなかなか収まらない。

 その最中、少し遠くで何かが崩れるような音が聞こえた気がした。何か、建物のようなものが崩れた音だ。瓦礫の崩れていく音が、しばらく続く。

 やがて、音が聞こえなくなった。それとほぼ同時に、揺れも収まる。足元はまだふわふわとしているが、何とか立っていられるようになった。

「あれは……!」

 辺りを見渡し、崩れたものがなんだったのかに気づき、ケイトは唖然とした。サラも、咄嗟に何も言えないでいる。

 山岳の頂上にそびえ立っていた避雷針が、無残にも崩れ去っていた。

「……どうやら、うまくいったようだ」

 掠れ気味の低い声音が聞こえてきて、呆然としていたケイトたちはハッとしながら振り返った。

 意識を取り戻し、しっかりと目を開いたフーズが、大剣を杖にして立ち上がっているところだった。

 俄かに歓声が上がったが、フーズがすかさず大声を出した。

「皆の者、自分に構わず退くのだ! 他の隊の者にも、撤退命令を告げよ!」

「は、はっ!」

 空を震わすような大音声に、解放軍の兵士たちが慌てて逃げ去って行く。その動きは機敏で、しっかりと隊列が組まれている。追いかけて倒すのは、ちょっと難しいだろう。

 それに、フーズから目を切るわけにもいかない。

 ケイトは咄嗟に刀を構えるが、フーズは逃げようとも、得物を構えることもしなかった。荒い息を吐きながら、こちらを見るばかりだ。

 フーズのダメージは、大分大きい。そのことは間違いないだろうが、油断はせずに気を引き締めた。

「どういうつもりかな? いや、ここは別のことを聞こうか。君たちは、何をしたのさ」

 サラの言葉に、フーズが口元に小さな笑みを浮かべた。

「撚糸への封印を解いたたのだ。この山岳は、山頂へ向かう道に封がされていて、奥へと進むことはできない。それを解除するには、麓の封を全て破壊する必要がある。あと少しで終わるというところだったが、そこに貴殿らが来た。自分はその邪魔をさせぬべく、自ら迎え撃って時間を稼いだのだ」

「何故、僕たちが山を登るってわかった?」

「単純なことだ。刀使いよ、貴殿が義侠心に富んだ若者というのは、クロウズから聞いている。民を虐げた首魁が近くにいると知れば、こちらを優先するだろうことはわかっていた」

「つまり、僕たちと戦うことは、計算ずくだったわけか」

「別のユーザーがいるのは、誤算だったがな。尤も、自分が万が一負けることも、頭の中にはあった」

 強気な笑みを浮かべるフーズに、ケイトは少なからず衝撃を受けた。

 まんまと踊らされた。そういう気持ちが強い。良かれと思ってフーズを狙ったのだが、逆にそれが悪い方へと進んでしまったらしい。封じてあったらしい山頂への道は、ケイトたちが戦っている間に開かれてしまった。

 封じてあるということは、間違いなくその奥に、魔法の撚糸がある。

「ふうん。でも、これからどうするつもりなのかな? 君は敗れ、逃げた解放軍も、はっきり言ってボクの敵じゃないよ。追いかけて、倒すなんて簡単にできる。それでも、まだ何かできるのかな?」

 何でもないことのように、サラが言ってのける。その言葉に思わずぎょっとするが、彼女の顔には一切の油断も慢心もない。客観的に見て、そう判断しているように思えた。

 そしてそれは、どうやらフーズも思っているらしかった。

「わかっている。このまま戦いを続けても、我らに益はない。いや、道が開けただけで十分なのだ。これ以上は、無用な血を流す必要もあるまい」

 フーズが大剣を地面に突き刺し、徐にあぐらを掻いた。

「このフーズ、敗れてなお、無様に抗うつもりはない。大人しく、貴殿らに身を委ねよう。なれど、願わくば我が部下たちは、見逃してもらいたい」

「傲慢だね。色々ひどいことをしたのに、そんな身勝手が許されると思ってるの?」

「思ってはおらぬ。なれど、彼らにもそれぞれの思うところがあるのを、理解してもらいたい。それでも許さぬというのであれば、是非に及ばず。我が捨て身の一撃をもって、貴殿らを止めるとしよう」

 得物に手をかけ、鋭い視線を向けてくるフーズに、ケイトは思わず後ずさった。眼光は鋭いを通り越して、貫いてくるほどで、放たれる殺気は尋常ではないくらいに重い。フーズは、命を懸けてケイトたちを止めようとしている。

 ちらと、サラに視線を送る。ほぼ同時に視線が交わり、サラが困ったように笑んだ。ここは、提案を呑むしかない。ケイトは、力なく頷いた。

「わかった。僕たちは、さっきの解放軍を追わない。その代わり、僕の糸で縛らせてもらう」

「構わぬ。自分が逃げぬよう、しっかりと縛ることだ」

 あまりにも潔くてちょっと面食らうが、ケイトは何とか気持ちを落ち着かせて糸を出し、フーズの手首と体をきつく縛った。フーズは抵抗せずに受け入れているが、仮に暴れたとしてもユーザー能力の糸であるため、簡単には切れない。

「……もう、大丈夫ですかぁ?」

 解放軍がいなくなり、フーズの自由を奪ったのを見計らったかのように、ツクノがそっとやってきた。

「大丈夫だよ。ごめん、心配した?」

「ううー、当たり前ですよぅ。ケイトさまったら、いつも通り危なっかし過ぎます……」

 泣きそうなツクノに、ケイトは苦笑した。確かに、八対一の状況は際どい場面がいくつもあった。力も大分使ってしまい、加護は相当消費してしまったと見ていいだろう。

「えーとえーと、サラも大丈夫そうですね。良かったぁ」

「ふふ、ありがと。これくらいじゃ、どうってことないよ」

 余裕そうに言うサラは、実際余力があるのだろう。あれだけ凄い力を使ったというのに、驚きだ。

 何はともあれ、解放軍のことは無事に片付いた。あとは、フーズが言っていた封のことである。

 そのことを口に出そうとした時、不意にケイトたちが来た方向から、声と足音が聞こえてきた。一つや二つではない。数えるのも億劫になるくらいに無数だ。

「ケイト」

 サラがそっと囁き、ケイトは頷いてから刀を構えた。新手の可能性は、十分ある。

 警戒しながら待ち構え、やがて鎧に身を固めた騎士風の一団が、この場に飛び込むように現れた。

 全員、剣や槍を手にしている。やはり、敵か。足に力を入れ、一気に前へと踏み出そうとする。

「むっ、待ってくれ! 私は、王都の騎士だ!」

 それを思い止まらせるように、先頭の騎士が大声で叫んだ。

 何とか踏ん張り、足を止める。思いがけない言葉に、ケイトは目を丸くしながらその騎士を見た。

 ケイトより少し歳を取ったような、まだ若そうな男だ。しかし、身に纏った白を基調とした鎧は無数の傷がつき、手には古めかしい趣のある剣が握られている。戦闘の経験が豊富なのは、それだけでもわかった。

 その騎士が、ケイトたちの間近に来る。

「鋏を模したような刀を持つユーザー……。成程、あなたがケイト殿ですね。陛下より、お話は聞き及んでおります。こちらにて、戦っているはずだと」

「王様から? いやそもそも、君たちは一体?」

「ああ、申し遅れました。我らは、国王アートに仕える騎士団です。私はその団長の、キュリオと申します。骨董、主に歴史の英雄の武器が具現化したモノが、私となります」

 キュリオと名乗った騎士が照れ笑いを浮かべながら、手を差し出してくる。握手を求められていることに気づき、ケイトは刀をしまってからすぐに握り返した。

 ごつごつした、硬い手である。相当鍛錬を重ねた騎士であることは、それだけで何となくわかった。

 ケイトたちが握手をしていると、他の騎士たちが声を上げた。どうやら、糸で縛られているフーズに気づいたらしい。

「この男、間違いない! 解放軍三将星の一人、暴食のフーズだ!」

「糸で縛られているってことは、まさか捕らえたのか!?」

「信じられん……。三将星の実力は、団長でも苦戦するほどに高いはずだぞ……」

 騎士たちのざわめきが、次第に大きくなってくる。ケイトたちへと向ける眼差しも、自然と興味に満ちたものになっていく。

 それを、すぐさまキュリオが制す。

「静まれ! これから、大事な話をするのだ。私語を叩くことは許さぬ!」

「は、はっ!」

 騎士たちが声を上げ、即座に直立した。私語を交わす者は、もう誰一人としていない。

 失礼した、と言ったキュリオが、再び口を開く。

「フーズを倒したのは、あなたなのですね?」

「正確に言えば、こちらの彼女です。僕は、その露払いをしただけに過ぎません」

「成程。いずれも、相当の手練れのようだ。どうりで、逃げていく解放軍と出くわしたわけだ」

 キュリオが納得したように頷く。

 よくよく見れば、騎士団の武器や鎧には、真新しい傷ができていた。どうやら騎士団は、フーズが撤退を促した解放軍と邂逅し、戦闘を行ったらしい。

「解放軍と、戦ったのですか?」

「ええ。容易く撃破はしましたが、逃げ足が速く、大多数を取り逃してしまいましたがね。今は、配下の半数を哨戒に当て、残党がいないか探らせているところです」

「そうですか……」

 ケイトは、思わず感嘆の声を漏らした。さすがに、王都が誇る攻めの騎士団だ。王様が頼みにするのも頷ける。

「それはそうと、ケイト殿。我らが王都を長らく外していたのは、ご存じですね?」

「あっ、はい。王様が、攻めるための騎士団は任務のために外しているって言ってたのを、覚えています」

 ケイトの答えに、キュリオが安堵した風を見せた。

「良かった。我ら騎士団は、ある任務を遂行するべく、隠密裏にて行動をしておりました」

「その、ある任務とは?」

「少々お待ちを。小隊一から三に命ず。三将星フーズを、王都へ連行せよ!」 

「はっ!」

 十人を超える騎士たちがフーズを取り囲むと、縛っている糸を持ってさっさと連れて行ってしまった。

 あっという間のことに呆気に取られていたら、キュリオが困ったような笑みを浮かべてきた。

「申し訳ない。さすがに、敵の前で任務を口にするわけにもいかないので」

「ああ、そういうことで。それで、何をされていたんです?」

「解放軍の本拠地の場所を突き止める。それが、我らの任務でした」

 少し興奮しているのか、キュリオの顔に赤みが差した。

「これまで、解放軍の拠点はいくつも発見しましたが、肝心な本拠は見つけられずにいました。しかし、この度の任務で、とうとう奴らの本拠を突き止めたのです!」

 キュリオが顔をずいと寄せ、爛々と輝いた瞳をケイトに向けてくる。それが大分熱意に満ち過ぎていて、ケイトは思わず苦笑いを浮かべた。

 自身が興奮していることに気づいたのか、キュリオが一歩引いては、失礼と頭を下げた。

「……解放軍の暴挙に、陛下は日々心を痛めておられます。その憂いを取り除くのは、我ら騎士団の務め。ゆえに我らは、奴らの本拠を見つけた暁には、密やかに急襲すると決めておりました」

「ふうん。本当にできるの?」

 じっと話を聞いていたサラが、口を挟んできた。

「やれる。騎士団の総力をもってすれば、解放軍の本拠地を攻め落とせるはずだ。ただ、確実に事を為したい。故に、私はケイト殿にお願いに参った」

「僕に、お願い?」

「そうです。王都に戻った私は、ケイト殿の話を陛下より伺いました。その尋常ならざる力を聞いた時、私は歓喜に震えましたよ。それほどの特異な力があれば、必ずや私の作戦はうまくいく。そう確信したのです」

 一度言葉を切ったキュリオが、ケイトの手を両手で思い切り握ってくる。熱っぽい眼差しが、また向けられてきた。

「ケイト殿、お願いします! 我らと共に、急襲作戦に参加してください!」

 勢いよく言葉が吐かれ、キュリオが深々と頭を下げた。

 唐突な展開に、頭が追い付かない。どう返事をすればいいのかわからず、ケイトはサラとツクノと顔を見合わせていた。


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