3-10 札使いの戦い方
目の前の巨漢が大剣を構えたまま、サラを微動だにせず睨んでくる。
その視線をまっすぐ受け止めて睨み返しているのだが、実は少し困っている。ここからどう戦いに持っていけばいいのか、正直わからない。これまで、鉄鬼や解放軍の兵士とのたくさんの戦いに身を投じはしたが、こうやって一対一で向き合うことはなかったのだ。開戦のきっかけが、サラにはいまいち掴めない。
――話を振って、きっかけを作ろうかな。
咄嗟に考えつく方法では、これが一番だろう。それに、話次第では、もしかしたら相手の心を揺さぶれるかもしれない。自身の能力を最大限に活かすには、相手の心を大いに乱した方が良い。
「ねえ、ちょっと聞いてもいいかな?」
サラが何気ない口調で言っても、フーズは何も言わずに睨んだままだ。痛いくらいの殺気を向け、僅かさえも気を緩めずにこちらの様子を窺っている。
あまりの堅物に肩を竦めて苦笑したが、構わず言葉を続ける。
「君は、何のためにこんなことをするの? そもそも、君は何に憤っているのさ?」
「……憤っている、だと?」
得物を構えたまま、フーズが重い口を開いた。
「そうだよ。じゃないと、こんなに人を集めて、大それたことをしようなんて思わないでしょ? 何が、君の気持ちを乱しているのさ」
「……答える義理はない」
「そっか。まあ、別にどうだっていいんだ。暴れてばかりの人の抱くものなんて、たかが知れてるからね」
「何だと?」
フーズのこめかみに、青筋が浮く。大剣を握る手に必要以上の力が入っているのか、一度強く握ったような音が聞こえた。
いい感じに押せている。フーズの反応に、その確信があった。
「だってそうでしょ? 撚糸を切ったら、世界はどうなるかわからない。そのことがわかっているのに敢えてするなんて、自分に都合の良いように考えているってことなんだからさ。そんな人が抱く思いなんて、往々にしてちっぽけなものだよ」
「黙れ。貴様に、何がわかる」
眼光鋭く睨んでくるフーズが、低い声音で言った。
「人の世界と繋がっているがゆえに、無駄にされて消えていく資源の気持ちを、貴様は考えたことがあるのか? 命を捧げる運命にありながらも懸命に生き、それでも食されることなく捨てられる食物たちの無念を、貴様は知っているのか? 知るわけがあるまいッ!」
声を荒げたフーズが、目尻を吊り上げながら続ける。
「このフーズは、食物の思いが集合し、具現化したモノである。彼らの抱いた思いは、全て自分の中にある。誰にも食べられず、無造作に捨てられて朽ち果てていくしかない無念の声は、常に聞こえている。そして、無念の死を遂げていく精霊たちの姿も、この目に映っている」
「精霊だって?」
「そうだ。世界さえ繋がっていなければ、少なくとも彼らは、この世界だけの食物として天命を全うできたはずなのだ。望まぬ死を、手繰り寄せることもなかったのだ。そんな不幸が起こる繋がりなど、失われた方が我らが世界のためになるではないかッ!」
怒気の籠った声で、フーズが言い放った。
その言葉に、少し同情のようなものは湧いた。フーズの言っていることは、強ち間違いだとも言い切れない。無駄にされた食物が、この世界では死んでいく。そんなことは考えたこともなかったし、確かに世界の繋がりを断つことでそれを防げるのならば、悪くないかもしれないと思わなくもない。
しかし、そのことを認めてあげるわけにはいかない。
「君の言いたいことはわかったよ。けどね、繋がりを断たれちゃ困るんだよね。ボクが、この世界に来られなくなっちゃうからさ」
それにね、と言いかけたが、言葉が喉につっかえってしまい、やめた。
でも、胸の内では、言いたい言葉が反響して聞こえる。
――だって、私がこの世界に来られることは、ちゃんと生きてるのと同じなのだから。
口の中で呟いた言葉に、思わず苦笑する。折角ここでは、なりたい自分でいられるのだ。現実の自分と、向き合う必要はない。
二度首を横に振り、サラは勝気な笑みを浮かべて見せる。
「ボクは、ボクのために君たちを止めるよ。君たちの思いを踏みにじることになっても、正直構わない」
「おのれ……!」
フーズの口から、低い声音が漏れる。
心は、十分に乱せたようだ。フーズの顔に、怒りの色がより濃く浮かんでいる。
ならばもう一押し、してみようか。
「さあ、戦おうか。ボクに対して、分身は出さないのかな?」
「貴様ごとき、自分一人で十分よ。早々に葬り、残り一人もすぐに後を追わせてくれる」
「ふうん。できるといいね」
自信ありげに笑みを返すと、フーズがさらに顔を険しくした。
大剣を強く握り締めたフーズが、それを右に下げるようにして構える。
――来る。
戦闘の開始を予感し、トランプの札を五枚手に持った。
瞬間、フーズが動き出す。
「おおうッ!」
裂帛の気合と共に大地を強く踏み込み、フーズは恐るべき速さで間合いを詰めてきた。瞬く間に、大剣が届く距離になる。
咄嗟に左へと跳び、避けながら五枚のうちから一枚を選んで、フーズに投げつけた。絵柄はハートのクイーン。これだけでは、意味はない。
「無駄だ!」
フーズがトランプを弾き飛ばし、さらにこちらへと迫ろうとする。
だがそれは、誘いだ。
「受けたね?」
弾かれたカードが瞬間的に眩い光を発し、それから糸状になってサラとフーズを繋ぐ。これで、ゲームの準備は整った。
フーズが、気にすることもなく突っ込んでくる。その勢いは、やはり凄まじい。だが、怒りに身を任せた、あまりにも単調なものでしかない。
「行くよ。ブラックジャック」
唱えた途端に、サラとフーズの目の前に、カードが二枚ずつ現れた。それでも、フーズは気にした風もなく突っ込んでくる。
一度間合いに入られそうになって、サラは右の方へと三歩分横に跳んだ。さっきまでいたところに、フーズが大剣を振り下ろしている。
「何だ、これは」
カードに気づいたのか、フーズが重々しい声で言った。怒りがまだくすぶっているのか、言葉はどこか刺々しい。
その感情を逆撫でするように、サラは挑戦的な笑みを浮かべた。
「ちょっとしたゲームだよ。今、君のカードの合計はいくつかな?」
「ふざけているのか……!」
「いいや、大真面目さ。ブラックジャックなんだよ? その合計が、勝敗を分けるんだから。少ない数だったら、もう一枚引かないとね」
尤も、と一度言葉を切ってからカードを口元に運び、片目を閉じてまた笑って見せる。
「自分でカードを選ぶことはできないよ。選ぶのは、ボクたちの心さ。心が三秒以内に判断し、次にどうするかを決める。もしも、数が危ないんだったら、ここで退くと思うのをおすすめするよ」
「戯言を!」
フーズが、再び突撃してくる。途端に、どこからともなくカードが一枚現れ、フーズの前に増えた。
カードがめくられるように、こちらに数を見せる。ダイヤとクラブの十が一枚ずつと、追加で引いたダイヤのジャック。合計は、三十一だ。
「残念。バースト、だよ」
三枚のカードがフーズに張り付き、瞬間、赤い光を放つ。カードが激しい爆裂音を立てて破裂し、フーズの体を巻き込んだ。




