3-9 暴食の力
目を怒らせて睨んでくるフーズが、ひと際強い圧を放ってくる。凄まじい殺気だ。肌を刺してくるそれに、空気さえも震えているかのようだ。
これは、一時も油断できない。
得物を構えながら視線を向けていたが、不意にフーズが懐に手を突っ込み、そこから果実を取り出しては食らい始めた。
いきなりのことに面食らい、呆気に取られそうになったが、次の瞬間にはその気持ちは驚愕に変わった。
「何だ、あれは……?」
思わず、言葉が漏れる。
果実を食べたフーズが淡い光を放ったかと思えば、いきなり二人になった。その二人が再び果実を食べると、今度は四人に増えた。
驚愕して思考が止まりかけるも、何とか無理やり動かす。あれは、間違いなくユーザー能力だろう。果実を食べて、分身する能力。いや、それではいまいちピンとこない。ならば、何なのか。
――何にせよ、倒すしかない。
幸い、どれが本物なのかは、ケイトの目には見当がついている。
「ふうん。君一人で戦うって言ってなかったっけ?」
サラが苦い笑みを浮かべながら、少し蔑んだような声で言った。
「そう言った覚えはないな。自分のみが戦うとは、言ったがな」
言い終わり様に二人のフーズが駆け出し、一気に間合いを詰めてきた。
サラが咄嗟にトランプを構え、投げつけようとする。
その前に、ケイトは前へと飛び出し、迫り来るフーズへと向かって行った。
「待って、ケイト!」
サラの制止の声を振り切り、ケイトはフーズの間合いに入る。
「参る!」
二人のフーズが、それぞれ左右に下げた大剣を切り上げる。凄まじい勢いだ。大剣を使っているというのに、普通の剣を振っているかのような速さで、受けたらひとたまりもないかもしれない。
ただそれは、受けたらの話だ。
「はあっ!」
地面を強く蹴り、前へと跳んでは迫り来る攻撃をかわす。丁度二人のフーズの間を抜け、通り過ぎ様に両手の刀を二度振るった。
叩きつけたような鈍い音が鳴り響き、小さな呻き声が二つ洩れる。そして、他の人には聞こえていないだろうが、糸の断ち切れる音がケイトには聞こえた。
迫っていたフーズが力なく倒れ、その体が淡い光に包まれると、瞬く間に消えた。
前に跳んだ勢いのまま、さらにケイトは駆けていく。
「何だと?」
「何が起きている?」
一番奥のフーズが呟き、その隣にいる彼が言い様に突っ込んで来た。
大剣を振りかぶり、間合いに入ると同時に振り下ろしてくる。やはり、斬撃は速い。
だが、勢いは自分の方が速い。
大剣がケイトの頭を捉えるよりも早くフーズの隣を駆け抜け、刀を振り抜いた。もう一度鈍い音が鳴り、フーズが膝をついて倒れる。
その姿を横目で一瞬確認し、それから最後に残ったフーズに迫る。険しい顔をしたフーズが、大剣を構えながら待ち構えていた。
間合いに入り様、右、左と刀を振るう。フーズが、大剣を小刻みに動かした。右の一撃は防がれたが、左の方はフーズの胴へと攻撃が届いた。
「くっ!」
刃がフーズに届いた瞬間、強い衝撃が手を襲った。まるで、何か堅いものを打った時のようで、手が微かに痺れる。
刀を振り抜くことができず、攻撃はフーズの胴で止まっていた。纏っている加護を幾筋か断ち切り、胴の鎧を斬りつけたが、まったく堪えた風には見えない。あまりにも分厚い加護であるために、糸を少し切っただけでは掠り傷ですらないということだろう。
一度押し返し、後方へと二度三度と跳んで、フーズと距離を取る。
「もう、無茶するね」
傍に寄ってきたサラが、苦笑しながら呆れたように言った。
その顔が、すぐに引き締まる。
「でも、どうやったのさ? 一気に三人も倒すなんて」
「うまくは口にできない。とりあえず言えることは、僕には本物と分身の見分けがつくってことかな」
ケイトの言葉に、サラが小さく首を傾げる。
フーズの分身には驚かされたが、決定的な欠点がある。それは、分身は本物のような道具の加護を持ち合わせていないことだ。本物は装甲のような分厚い赤い光を纏っているのに対し、分身は薄っぺらな光に包まれている程度である。大剣を振るう物理的な力こそ近しいものはあるのだろうが、加護の強さの違いは自分が相手では致命的だ。薄っぺらい加護ならば、糸を切るように容易く断てる。
尤も、そのことは口には出さない。敵の前で余計な情報を口にしないのは、クロウズとの戦いで学んだことだ。
「ふむ。どうやら、聞いていた通り、並ではないようだな。クロウズが警戒を促すのも頷ける」
フーズが再び果実を口にし、分身する。二人三人四人と数を増し、その数はさらに増えていく。ただ、相変わらず加護の強さの違いは、はっきりと見える。
「まったく、どういう能力なのさ、あれ」
サラが呆れ気味に言う。しかし、表情は真剣そのもので、気は一切抜いていない。
「まだ、ちゃんとはわからない。ただ、何かを食べることで力を増しているのは、間違いないと思う」
果実を食べ、分身した時、元のフーズの加護の色が増したのを、ケイトは見逃さなかった。赤色の加護の光がより濃い色になって、フーズを覆っている。多分、また硬くなったに違いない。今のケイトでは、フーズの加護を断ち切るのは難しい。
――だったら、彼女に賭けるしかない。
ハイ・ユーザーであるサラの能力ならば、フーズを倒せるかもしれない。まだ力の全貌を知っているわけではないが、少なくともケイトよりは可能性がある。
本当は、女の子に強敵を押しつけるのは凄く気が引ける。しかし、そうも言ってはいられない。
「サラ、本物のフーズをお願いしてもいいかな」
「別に構わないけど、どうしたの?」
「今の僕じゃ、あの人の加護を断ち切るのは難しい。情けないけど、君の力に任せた方が勝算がある。その代わり!」
分身するのを一区切りつけたフーズが、一気に三人も間合いを詰めてきては、大剣を振り下ろしてくる。
それぞれの一撃を最小限の動きでかわし、すれ違い様に両の刀を流れるように右、左と振るう。寸分違わず加護の糸を断ち切り、分身が倒れては消えていく。
「分身は僕が引き受ける。サラは、本物に集中して」
「本物……。あの、鎧に傷がついた奴だね。任せて」
自信ありげに頷いたサラが、咄嗟に左に跳ぶ。いつのまにか迫って来ていた分身のフーズが、サラがいた場所に大剣を振り下ろした。大振りの一撃に、分身には一拍以上の隙ができている。刀を振るい、加護を断ち切るのは造作もなかった。
軽やかに受け身を取ったサラが、前へ前へと駆けていく。二体のフーズが、すかさず立ち塞がった。
ケイトは待ち針を二本呼び出し、二体のフーズへと即座に投げた。狙いは、足元の影。
瞬間、頭の中で、待ち針で縫い止めることを強くイメージする。投げた針が、淡くも赤い光を発した。
風を切るように飛んだ待ち針が、サラに迫るフーズたちの足元にそれぞれ突き刺さる。フーズの動きが、途端に鈍くなる。
「何だ、これは?」
分身が微かに困惑し、呟いた時には、サラは既に二人を突破していた。他のフーズが気づき、迫ろうとするが、すかさずケイトが割って入った。
――まだ、イメージには遠いか。
切り結びながら口の中で呟き、内心で苦笑する。影を待ち針で縫いつけることで、相手の自由を奪う。名付けるとすれば、影縫いか。頭の中ではそれなりにイメージできていたつもりだったが、そうそううまくはいかないらしい。
だが、この戦いの中で、会得しなければならない。敵が無尽蔵に増えていくからには、その動きを止めなければ勝機はない。
刀を押し合っている時、背後から迫る気配を感じて、咄嗟に横へと跳んだ。瞬間、大剣が僕のいたところを勢いよく通り過ぎる。
地面に片手をついて跳び上がり、着地してからさらに二歩分飛び退く。飛び退き様に、また二本針を投げる。八人に増えたフーズのうち、さらに二人が動きを鈍らせた。残りの四人が、得物を構えながら一斉にこちらへと鋭い視線を向けた。
「あの娘よりも、貴殿の方が厄介だな。我らが相手を致そう」
「いいや、逆だよ」
右の刀を前に突き出し、挑戦的な笑みを浮かべてから、言葉を継ぐ。
「君たちの相手は、僕がさせてもらうよ。君たちの方が、大分弱そうだからね」
「見え透いた挑発だな。だが、敢えて乗らせてもらおうか!」
四人のフーズが、一斉に襲い掛かってくる。ケイトもまた一気に前へと出て、フーズを迎え撃った。
大剣の豪風のごとき一撃を避けながら、刀を振るう。右で薙いで、左で切り上げる。さすがに学習したのか、どのフーズもケイトの攻撃が見えた途端に後方へと跳び退いていった。
フーズが着地し、その拍子で大地が微かに揺れる。だが、誰も気に留めた風もなく、それぞれの相手から視線を逸らさない。
束の間、睨み合う形になった。
最中、ちらとサラに目を向ける。本物のフーズと睨み合っている状態だ。偽物の姿は、サラの近くにはない。みんな、ケイトの方へと集まっている。まだ戦闘は始まっていないようだが、二人がぶつかり合うのはそう遠くはないだろう。
――頼んだよ、サラ。
たった一度だけ祈るような思いを胸に抱いてから、前へと駆け出す。目の前で待ち構える敵たちに、ケイトは全神経を集中させた。




