3-7 サラ登場
不意に返された声に、ケイトたちは戸惑って辺りを見渡した。
しかし、それっぽい人はいない。いるのは、敵意を向けてくる解放軍の兵士ばかりだ。
尚も辺りを見渡していると、その兵士たちの近くに、いきなり何かが落ちてきた。
岩ばかりの地面に、薄っぺらい札のようなものが突き立つ。辛うじて見える絵柄は、トランプの模様だろうか。何にせよ、岩に札が突き立つという不思議なことが起きている。
「よっ、と」
札に気を取られていると、ケイトたちの少し前方に、人影が一つ降り立った。どうやら、さっきの岩山の上にいたらしい。
その姿を、ケイトは呆気に取られながら見つめる。
赤茶けた帽子と、それと同じ色のジャケットのようなものが、まず目に入る。髪色は少し短めの黒で、顔は大分整っているが、少し幼さを感じさせるだろうか。多分、ケイトより二つ三つは若い。性別は、顔からだけじゃちょっとわからない。
その人の羽織っている赤茶けたジャケットのようなものが、降りた拍子にふわりと風に靡く。服の上からでもわかる、少し華奢な体だ。だったら、この人は多分女の子だろうか。でも、まだよくわからない。
それに気を取られていると、不意に風切り音が四つ聞こえた。
カードが四枚、放たれていた。やはり柄は、トランプだ。左右の離れたところに一枚ずつ、右斜め前と左斜め前へと大分行ったところに一枚ずつだ。それぞれの位置を繋ぐと、丁度長方形に見えるだろうか。
「革命」
不意に少し高めの声が聞こえたかと思ったら、地面に刺さったトランプが光を発した。長方形の範囲内が、道具の加護のような青白い光を放ち始める。瞬く間に、その場は加護に満たされた。それだけでは終わらない。そこにいる人たちとその空間が、無数の細い糸で結ばれ始めた。多分、モノの繋がりだ。
――あれは、何だ……!?
範囲内にいるのは、解放軍の兵士と無理やり働かされていた人たちだ。しかし、そこにいる誰もが気にした風はない。唐突に現れた人物の行動を訝り、呆然と見つめてくるばかりだ。
その人が口元でくすりと笑い、傷だらけの人たちを指差して呼びかける。
「さあ、立ち上がってごらんよ。今の君たちなら、こんな奴らなんか目じゃないよ」
「な、何だと!?」
解放軍の兵士の一人が憤り、手に持った剣を振りかぶりながら、その人へと迫って行く。
しかし、動きが遅い。見れば、走るのに一苦労し、得物を持つのも辛いといったような顔をしている。
捕まっている人の中から、老人が一人、試しに動き出していた。見てくれはよぼよぼで、着ているものもボロボロだ。
その老人が、凄まじい速さで動き出すと、風が唸るほどの拳を繰り出し、迫っていた解放軍の兵士目掛けて撃ち抜いた。
兵士が吹き飛び、あっという間に気を失う。不可解な光景に、誰もが唖然としていた。拳を放った老人も、何が何だかわからず、自分の拳と倒した兵士を何度も見比べている。
その中で、さっきの人だけが楽しそうに口元で笑っていた。
「さあみんな、もたもたしちゃいけないよ。時間は、限られているんだからね」
「お、おう! みんな、やっちまおう!」
かけられた声に応じ、人々が一斉に解放軍へと襲い掛かった。誰もがボロボロで、とても戦えそうにないのに、驚くべき身体能力で解放軍を倒していく。逆に解放軍は動きが緩慢で、一撃を避けることもままならない有様だ。
一体、何が起こっているのか。訳がわからないまま、ケイトは成行きを見守っているしかなかった。
「おのれ! 貴様、一体何をした!」
ケイトたちの近くにいた兵士が、トランプの人へと何人も迫って行く。その動きは素早い。どうやら、あのトランプの範囲内にだけ、何かの効果が及んでいるらしい。
トランプの人は気づいているようだが、手に持つトランプを構えるだけで何もしない。いや、何もできないのだろうか。不思議な技を使っている間、攻撃できないというのもあるかもしれない。もしもではあるが、仮にそうだとしたら、あの人が危ない。
「ホムラ!」
「ああ!」
咄嗟に動き出し、トランプの人と兵士の間に入っては、得物を振るう。一人二人、三人四人と薙ぎ倒していく。
「へえ、結構やるね。ボクだけでも十分だったけど、まあ感謝するよ」
にこりと笑みを浮かべながら、トランプの人が礼を言った。やはり顔は、男の子とも女の子とも取れる、中性的なものだ。どっちとも言えない。
とりあえず、そのことは頭の片隅に追いやった。今は、目の前の敵だ。
解放軍が元々動揺していたこともあって、勢いのついているケイトたちの敵ではなかった。範囲外の敵は、あっという間に蹴散らした。
「くっ、一旦退くぞ! フーズ様に、このことをお知らせするのだ!」
兵士の一人が叫ぶように言い、解放軍は我先にとこの場を去って行った。
解放軍が逃げて行ったことに、捕らわれていた人たちは安心したように座り込んでいた。誰も彼も疲れ切っているのか、顔にはくたびれた笑みを浮かべている。
そんな彼らを見て、ケイトは安心して気が抜けた。結構際どい状況になってしまったが、結果的に捕らわれていた人たちを救出できた。そのことは、素直に喜びたい。
そんな中、ツクノだけが難しい顔をしながら小さく唸り、さっきの人に視線を注いでいた。
「どうしたの、ツクノ?」
その様があまりにも普通じゃなくて、ケイトは思わず声をかけていた。
「……間違いありません。あの人、ハイ・ユーザーです。それも、人間ですよ」
「えっ」
「本当か?」
ツクノの言葉に、ケイトもホムラも二の句が継げなかった。
自分が言うのもあれだが、あんな若い子がハイ・ユーザーだなんて、俄かに信じられなかった。だが、さっきの不思議な力は確かに尋常なものではない。自身ではなく、他者に干渉する力が並なもののはずはない。
呆然と視線を向けていると、気づいたのかトランプの人がケイトたちに近づいてきた。
「どうしたの? そんなに不思議そうな顔をしちゃってさ」
「君の力に、驚いたんだよ。君、ハイ・ユーザーなんだろ?」
「へえ、驚いたな。それを見抜いちゃうんだ。君たち、結構やる方なんだ」
感心したような顔をしたトランプの人が、逆にケイトたちをまじまじと見てきた。
好奇心に満ちた大きな黒の瞳に見つめられ、何故だかどぎまぎした。理由はよくわからないが、この子が少し女の子っぽく見えるのが原因かもしれない。いや、多分この子は女の子だ。間違いない。
「いやでも、君の方が実力は上かな。ええと」
視線を外し、ついでに話題も逸らそうとしたが、名前がわからず言葉に詰まってしまう。
それを察したのか、トランプの人が思い出したように言葉を継いだ。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。ボクはサラ。札使いのサラだよ。よろしくね」
にこりと笑んだサラに、ケイトは頷いてから自己紹介を返した。とはいえ、単に名前を名乗っただけだ。
「しっかし、女っぽい名前だな、お前。見た目は、ちゃんと男みたいなのにさ」
ホムラが、物珍しげな顔をしながら口を開く。
「えっ」
ホムラ以外の声が重なり、視線もまた一斉に注がれる。その内の二つは、とても冷たいものだ。
当のホムラは、自分がまずいことを言ったとは気づいていないようだ。なんでそんな風に見られているのか、不思議がっているように見える。
にしても、ここでその失言は、普通にやっちゃいけない。
ツクノが、少し引いたような嫌な顔をした。
「うっわー……。ホムラ、サイッテー」
「な、何がだよ。何か悪いことを言ったか?」
「気づいてないのが、尚更ダメダメでーす」
じとっとした目をしていたツクノが、何かよからぬことでも思いついたのか、いきなりいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「だったらぁ、自分で確かめてみたらどうですかぁ?」
「お、おい!?」
指を動かしたツクノが、ホムラの右手の袖を操る。ホムラが暴れて抵抗するが、袖に引っ張られて、右手が言うことを聞いていない。そのまま、サラの方に手が伸びていってそして、思い切り胸の辺りを触った。
その動向を目で追っていたから、ケイトは見てしまった。サラに、控えめながらも確かな二つのふくらみがあるのを。
それを、ホムラがしっかりと触ってしまっていた。
サラが咄嗟に一歩下がり、胸を隠すように腕で覆ってからホムラを睨んだ。
「……あっ」
ホムラが、真っ先に声を上げた。現実に気づいたのか、顔が真っ青になっている。
ゆっくりとサラに顔を向けたホムラが、ぎこちない笑みを浮かべる。サラは睨んだままだ。
「ちょっと待ってくれ、俺が悪かった。それとこれは、俺のせいじゃない」
「……ヘンタイ」
一歩歩み寄ったサラが、ホムラを思い切り平手打ちした。乾いた音が鳴り、ホムラは力なく崩れ落ちた。
その様を、ツクノが楽しそうに見ている。何と言うか、むごい。ホムラの失言も悪いとは思うが、これはちょっとかわいそうだ。
「と、とにかく、よろしくね」
話を元に戻せたかはわからないが、自己紹介を終わらせた。
なかなかこじれたことになったが、優先すべきことは別にある。気を取り直して、捕らえられていた人たちの話を聞くことにした。
どうやらここにいる人たちは、かつてヌクリアで暮らしていたことがある住民たちらしい。ヌクリアが人の住めないところになっても、故郷を捨てることができず、ジェネレイト山岳から少し離れた安全な場所で村を作って過ごしていたそうだ。
ただ、その村も解放軍に接収され、村人は全て労働力として使われた。食糧こそ与えられているが、日々過酷な労働を強いられ、誰もが疲労困憊しているらしい。使者だけが出ていないのが、せめてもの救いだそうだ。
ホムラは憤り、サラやツクノは辛そうな顔をしている。ただケイトは、少し引っ掛かりを覚えていた。
事情を話してくれた時、彼らは気落ちしたような顔をしていた。一見すればそれは、ひどい仕打ちを受けたことによる苦しさに思えるのだが、何故かケイトには、後ろめたいものを隠しているように見えてならなかったのだ。
もちろん、解放軍がしたことは許せない。彼らがボロボロで、瘦せ細っているのは事実である。今ここで追及するべきものでもないと思い、そのことについては敢えて触れなかった。
「ここ以外でも、他の村から連れて来られた者達が大勢おります。どうか、彼らのことも救ってやってください」
一番年嵩の老人が、苦しそうな顔をしながら頭を深々と下げた。
「頭を上げてください。僕たちは、そのために王都から来たんです。必ず、みんなを助けます」
「そういうことなら、ボクも手を貸すよ。元々、ここに解放軍がたくさんいるって聞いたから、倒しに来たわけだし」
「ありがとうございます……! おお、そうだ。この地では、解放軍三将星のフーズが指揮を執っております。ここよりさらに北西へと進んだところに、山の中腹へと通じる道があるとか。その先に、奴らの拠点があるそうなので、どうかお気をつけを」
頭を下げたままの老人に、ケイトたちは大きく頷いた。
すぐさま出発しようと思ったが、ホムラが足を止めたまま動かない。真剣な表情で、何かを考えているような素振りを見せている。
「ホムラ、どうかした?」
「ん、ああ。ちょっとな」
気づいたホムラが歩き出すが、すぐにまた足を止めた。顔は真剣なままで、ツクノが傍に寄って先に行くことを促しても、動こうとしない。
さすがに不審に思って、ケイトは改めて聞いてみた。
「……悪い、ケイト。俺は、ここで待っていることにする」
「えっ。どうしたんだ?」
「もしかして、怖気づいたのかな?」
サラが冷たい目を向けながら、揶揄するように言った。どうやら、さっきのことはまだ根に持っているらしい。
だが、ホムラは気にした素振りを見せず、首を大きく横に振った。
「違う。ここにいる人たちを、そのままにしておけないんだ。この人たちは、多分もう何日も満足に食べていない。そんなのは辛すぎるだろ。だったら、せめて今この時だけでも、空腹を満たしてほしいんだ」
「どうやってさ? 見たところ、解放軍の食糧はあるみたいだけど、それを配るのは君じゃなくてもできるよね?」
確かに、ここは拠点の一つだったようで、食糧の入った箱がいくつか置いてある。それは保存食が大半だが、栄養補給のための果実や肉などの食材も混じっていた。
「いいや、配るんじゃない。料理するのさ」
ホムラが徐に食糧の箱に近づき、肉と野菜を手に取ってはあっという間に調理する。どこからか皿を出し、その上に乗せた時には、出来立ての肉料理が姿を見せていた。
その光景に、どよめきが起こる。ケイトたちは声こそ上げなかったが、驚きのあまりホムラを見つめることしかできなかった。
ホムラがケイトを見て、呆れたように笑った。
「ケイト、忘れたのか? 俺は、調理器具の精霊。食材さえあれば、どこでだって調理ができるんだぜ?」
「……そっか。ユーザー能力の、戦闘以外の使い方か」
「そういうことだ。これでわかってくれたか、サラ?」
「うん。さすがに、ちょっとびっくりしたよ。このことに関しては、ボクが悪かったね。ごめん」
「いいさ。気にすることはねえよ」
頷いたホムラが、ケイトに再度目を向ける。
「というわけだ。頼んだぜ、ケイト」
「うん、任せて」
互いに顔を見合わせてから頷き合い、そしてハイタッチする。一度笑みを浮かべたホムラがくるりと背を向け、解放された人たちの方へと歩いて行った。




