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モノとの正しい付き合い方  作者: 千変万化
三章 札使いサラ
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3-4 ジェネレイト山岳へ

 王様と別れてからすぐに支度を整え、ケイトたちはすぐに王都を出発した。

 西へと繋がる街道を、馬車が駆け抜ける。相変わらず風のように速く走っているが、三日が経っても目的地はまだまだ遠い。地図上で見ても、あと半分くらいの行程はある。

 ツクノもホムラも気持ちが急いてそわそわしているが、焦っても仕方がないとたしなめると、何とか落ち着いてくれた。それでも、やはり少しは気になるらしく、目的地に着くまでの間にしっかりと状況の把握をしようということになった。

 ツクノが言うには、解放軍は西の最果て、ジェネレイトという山岳地帯で魔法の撚糸を捜索しているらしい。解放軍の数は結構多く、それ以上に連れて来られただろうたくさんの人たちが、毎日のように無理やり働かされているそうだ。

 そのジェネレイト山岳は、ケイトの世界で言う発電所らしい。その場所がめちゃくちゃにされてしまったら、あちらの世界の発電所が機能しなくなる恐れがあるそうだ。状況はかなり厄介で、ここの住民と自分の世界の危機を救うために、できるだけ迅速に解放軍を何とかしなくてはならない。

「おい、ツクノ。ジェネレイト山岳って、確か雷獣伝説がある場所だよな?」

「そうですよ。雷を纏った獣が、悪いモノからみんなを守るために雷を落としているとか、特別な力でこの世界の均衡を保っているとか、とにかくいろんな話が伝わってますねぇ。でも、それがどうかしました?」

「いや、本当に雷獣がいたのかって思ってな。話が伝わっていると言っても、誰かが見たわけじゃないんだろ? なんでそんな話が伝わっているのか、気になってさ」

「へえー、意外。ホムラって、そういうこと気にするんですねぇ」

「意外とは何だ。俺は料理人だぞ? 多くの料理を知るみたいに、色々なことを知りたいっていう知識欲は、人並み以上にあるつもりなんだが」

「うぐぅ!?」

 呆れ気味に言ったホムラが、ツクノの額を指で思い切り弾く。案外鈍い音が鳴り、ツクノが声にもならない悲鳴を上げて額を押さえた。

 そんな二人を横目に、ケイトは自分に意識を向ける。二人には悪いが、今はイメージトレーニングに没頭したかった。

 頭の中で、自身の力でできることをイメージする。言葉にすれば簡単だが、実際にやってみるとなかなか難しい。頭の中の自分が鮮明に動く姿は、結構想像しづらいものだ。うっすらとならば浮かぶのだが、しっかりと、それでいて鮮明にとなると、どうしても思い描き切れない。

 ただ、時間が経つにつれて、少しずつイメージはできてきている。鮮明にとはいかないが、輪郭くらいならば何とか描けている。あともう少しで、何かが掴めそうだ。

 ――もう少し、集中しようか。

 意識をさらに自分へと持っていこうとしたが、隣の二人がそうさせてはくれなかった。

 ツクノが真っ赤になった額を擦りながら、ホムラを涙目で睨んだ。

「もーう、痛いじゃないですかー! おでこが腫れちゃったら、どうしてくれるんですかー!」

「お前が茶化すからだろ。話の腰も折ったし、少しは反省しろ」

「何ですと―!」

「はい、ストップ」

 今にも暴れ出しそうなツクノを、溜息交じりに押さえる。ツクノが、ケイトを恨めしそうに見た。

「ホムラもちょっとやり過ぎだけど、ツクノも一言余計だよ? 大切な話も進まないし、ちゃんと謝らないと」

「でもでも、思いっきりデコピンをしたんですよ? とっても痛かったんですからぁ」 

「そりゃ悪かった。あんなに強くやるつもりはなかったよ」

「うぐ……」

 あっさり謝るホムラに、ツクノが言い淀む。不満そうな表情を浮かべたまま、何かを言いたそうに口を動かしているが、結局言葉になって出てくることはなかった。

 場が収まったことに一安心し、ケイトは流し気味に聞いていた話の続きを聞いてみた。

「雷獣の話って、何か元になった話でもあるの?」

「んー? ケイトさま、どうしてそう思うんです?」

「王都で読ませてもらった本が、鬼一法眼って人の伝承に基づいて描かれたものだって聞いたからさ。もしかしたら、雷獣の話もそうなのかなって」

「えっ」

 小さな声を上げたツクノが、一瞬表情を曇らせた。ただそれは、瞬きする程度の短さで、表情にはすぐに少し難しそうなものが浮かんだ。

「……あんまり、公にしたくはないんですけど、二人ならいいかな。雷獣の伝説は、実在する守護獣を基にして作られました。決して、作り話じゃないんですよ」

「守護獣?」

 聞き慣れない言葉に首を傾げると、ツクノが神妙な顔をしながら答えた。

「この世界の撚糸をずっと守ってくれていた、とっても重要な存在ですよ」

「待って。守ってくれていたってことは」

 引っ掛かる物言いに、ケイトは少し嫌な予感がした。

 ツクノが、力なく頷く。

「はい、ケイトさまの想像通りです。守護獣はみんな、行方がわからなくなっちゃいました」

「どうして?」

「それは、わかりません。いきなり、いなくなってしまったんです。誰かに、忘れられたわけでもないのに」

「どういう意味?」

 ケイトが聞き返すと、ツクノがそっと顔を上げて、頭上を見つめながら続ける。

「クロス・ワールドには、色々な伝承があるんです。雷獣伝説や火の鳥伝承、神龍秘話に霊亀伝などなど、守護獣については本当にたくさんの話が伝わっています。どれも本当にあったか疑わしいくらいの眉唾な話になってますけど、ちゃんと実在した事柄をモチーフにしているんですよ」

「ちょっと待ってくれ」

 ホムラが、割って入るように言った。

「お前、あまり公にしたくないって言ったよな? だったら、なんで伝承を残しているんだ? 知られたくないんだったら、伝えなけりゃいいだろ」

「それじゃ、ダメなんですよ」

 静かな声音で、ツクノが続ける。

「どんな形であっても、存在だけは知っていてもらわないといけないんです。そうじゃないと、守護獣は力を失ってしまうから」

「どういうことだ?」

「守護獣だって、モノなんですよ。モノの力って、言い換えれば存在の力なんです。たくさんの人に知られていたら力は大きくなりますし、誰も知らなかったら、逆に小さくなっちゃうんです。魔法の撚糸を守るには、弱い力じゃいけないんですよ」

「成程な。理屈はわかったが、なんでそんなことを知っているんだ?」

 何気なく言ったホムラを、ツクノがじとっとした目で見る。

「なんでって、ホムラよりずぅっと長く生きてるからですけど? 他に何か?」

「あ、ああ。そうだったな」

 さすがにこの前のことで懲りたのか、ホムラは顔を逸らしただけで、それ以上余計なことを言わなかった。しかし、ツクノは不満なのか、ホムラに冷たい視線を注いだままだ。もう、続きを口にしようとしない。

 どうやら、この話はここで終わりになってしまったらしい。うまくはぐらかされた感じで、ちょっと物足りない。

 何故、守護獣を知っているのか。そもそも、ツクノはどこまで知っているのか。本当は、そのことを聞いてみたかった。

 長く生きているというだけでは納得できないくらいに、ツクノはあまりにも知り過ぎている。思えば、最初に出会った時も、彼女は何かを隠していた。

 ――それに、あの顔。

 鬼一法眼の名を出した時に一瞬見せた、悲しそうな顔。あれが、妙に引っ掛かる。

 ツクノは、何を知っているのか。いや、少し違うか。どこから知っているのだろうか。

 ――聞いてみようか。

 今ならば、まだ話を続けられるかもしれない。ただ、微かな抵抗がある。彼女が隠そうとしているのは、きっと理由があるからだろう。それに容易く触れて、いいのだろうか。

「まあ、この話はこれくらいにしようか。今は、目の前の状況だ」

 ケイトが躊躇している間に、ホムラが別の話題を切り出してしまった。こうなっては、さっきの話はもう続けられない。

「俺たちの目的は、ジェネレイト山岳にいる解放軍を倒し、無理やり働かされている人たちを救出することだ。当然だが、戦闘は避けられない」

「うん、そうだね。それも、相当の数を相手にしなきゃいけないと思う」

「だな。まあ、そいつらが並のユーザーなら何とかできる。この前戦ったスミスみたいな、近接系の武器のユーザーでも、ある程度は行けるだろう。だが、遠距離系の、特に銃のユーザーが出て来たら厄介だ」

「うーん。でも、いるんでしょうか? 銃のユーザーって、あんまり聞きませんけど」

「そうなの?」

 ツクノの言葉に、ケイトは首を傾げた。

 スミスのような刀の具現体がいるならば、他の武器も同様のはずである。少し怖いことだが、ケイトの世界では銃がたくさん出回っている。その数だけ具現体がこの世界にいても、なんらおかしくはないだろう。それなのに、どうして聞かないのか。

「まあ、いるっちゃいるんだけどな。使いこなせる奴が、あまりいないんだ。特性があり過ぎて、使いこなすのが難しいのと、暴発しやすい力らしくて、好んで使おうとするやつは殆どいないらしい」

「成程ね。じゃあ、もしも使いこなせる人が解放軍にいたら」

「結構厳しいことになるな」

 そう言いつつも、ホムラの表情には深刻なものは浮かんでいなかった。

 それを見たツクノが、不満そうな顔をする。

「ホムラ―、なんでそんなに余裕そうなんですかー?」

「いいや、楽観視はしてないさ。厳しい戦闘は、ちゃんと覚悟してるって」

「そうは見えませんけどぉ? それに、ケイトさまも」

「えっ、僕?」

 いきなりじとっとした目を向けられて、思わず苦笑いした。自分も、そんなに楽観してはいないつもりだ。

 しかし、ツクノにはそれは伝わらなかったみたいだ。不満を詰め込んだように、頬が大きく膨らんでいる。

「もう、危険だってことを本当にわかってるんですか? この前の戦いだって、一歩間違えば死んじゃってたかもしれないんですよ?」

「大丈夫だ、ちゃんとわかってる。前のままじゃどうしようもないことくらい、ちゃんとな」

 口元に小さな笑みを浮かべたホムラが、ツクノの頭を軽く叩きながら続ける。

「休んでいる間、何もしていなかったわけじゃない。俺は、自分の力と向き合っていたんだ。クロウズの戦い方を見て、あんな使い方ができるって知ったからな」

「そうなんです?」

「ああ。そのおかげで、やれることの幅が広がった。この前よりは、もう少しちゃんと戦えると思うぜ」

「じゃあ、ケイトさまも?」

 不安にさせないように、ケイトは力強く頷いた。

 尤も、ケイトの方はホムラほどうまくイメージはできていない。できていないが、イメージしようとしていることで、力が増しているのを何となくだが感じる。クロウズと戦った時よりも、ずっと動けるような気がするのだ。もしかしたらそのことが、自身を必要以上に緊張させていないのかもしれない。

 目元にうっすらと涙を浮かべていたツクノが、不安そうにケイトとホムラの顔を交互に見ていたが、やがて溜息を吐きながら俯いた。

「……もう、わかりましたよぉ。でも」

 すぐに顔を上げたツクノが、心配そうに続ける。

「本当に、無理だけはしないでくださいね。絶対ですよ?」

 ケイトはホムラと一度顔を見合わせ、それから大きく頷いた。

 少し安心したのか、ツクノが笑顔を見せてくる。ただ、やはり不安なのか、その顔はぎこちないものだ。

 もうちょっとだけ落ち着かせようかと思い、ケイトはツクノの頭にそっと手を伸ばした。さらさらの黒髪に、手が届きそうな、その時。

「あっ、ジェネレイト山岳が見えてきましたよ!」

 前方の目的地に気づいたツクノがパッと飛び上がり、ケイトの手は虚しく空を撫でた。

 体勢が崩れ、かっこ悪くてちょっと無様だが、そんなことは気にしていられない。ツクノに倣うように、ケイトもまた前方へと目を向けた。

 茶色の山肌が目立つ、ごつごつした感じの山岳だ。その頭上一面に、分厚い黒雲が広がっている。日の光など一切通さないのか、山岳地帯は遠目からでもひどく暗く見える。

「あれが、ジェネレイト山岳……」

 ケイトの言葉に反応したかのように、遠くで雷鳴が低い声を上げる。

「ひとまず、麓にあるかつての都市、ヌクリアに行きましょうか。あそこは、山の入り口でもありますし」

「わかった。そうしよう」

 頷き、馬に一声かける。馬車が、さらに速度を上げた。

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