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モノとの正しい付き合い方  作者: 千変万化
三章 札使いサラ
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3-2 現実から生まれた空想

「ケイト君。さっきの本の話だが、君は何か感じたかな?」

 王様が、不意にそんなことを言った。

 質問の意味はよくわからなかったが、ケイトは思ったことをそのまま口にする。

「よくある創作物だな、と思いました。でも、何故か何かが引っ掛かった気がします」

「そうか。君は、いい勘をしているみたいだね」

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味さ。あの物語は、単なる創作ではないのだよ」

 思いがけない言葉に、少したじろいだ。

 そんなケイトに構わず、王様が言葉を続ける。

「あの物語はね、この世界に語られている伝承に基づいて描かれたものなのだ」

「伝承……?」

「そうだ。大昔にあったと言われている世界の存亡の危機を、とある道具使いが救ったという伝承だ。尤も、物語にするために、大分形は歪めてあるがね」

「えっ、どうしてです?」

 何気なく聞いたケイトを、王様が真剣な面持ちで見つめてくる。厳しい表情の王様に、ケイトは思わず身を固くした。

「伝わる話が、それほど優しいものではなかったからだ」

「優しくない……?」

「うむ。ケイト君、この世界が元々一つに繋がっていたらしいというのは、聞いたことはあるかね?」

「い、いえ、初耳です」

 新たに耳にする事実に戸惑いながら、ケイトは答えた。

「そうか。では、よく聞いてほしい。人間の世界とクロス・ワールドは元々表裏一体で、片方で事が起きればもう一方でも何かが起きるという、過干渉が常に起きてしまう間柄だったそうだ。人間の世界では大事を起こすのは難しいが、クロス・ワールドではユーザー能力によって可能だ。今も昔も、そのことは変わらない。それを、ある人間が利用したのだ」

「利用、ですか?」

「そうだ。その人間は呪術や天の御業を扱える、当代随一の術使いだと謳っていたらしい。誰もがその力を目の当たりにしたし、術の種も見破れなかったから、本物だと信じたそうだ。しかし、現実は違った」

「……もしかして」

 言いかけたケイトを手で制し、頷きながら王様が続ける。

「君の想像の通りだろう。その人間は、どうやら道具使いだったらしくてね。共鳴道具と共に好き勝手をしたそうだよ。人間は栄耀栄華を求めたが、それだけでは満たされることはなく、自身の思い描く世界を望むようになったらしい。共鳴道具も破壊と殺戮に憑りつかれていたのか、平然と力を悪用した。そのせいで、多くの人が命を落とし、数多のモノが壊れ、姿を失くした」

 なのに、と王様が表情を歪めながら続ける。

「たくさんの犠牲など、彼らは顧みなかった。人の世界もモノの世界も自身の思い通りにするために、過干渉を引き起こしてさらにめちゃくちゃにしようとしたらしい。実際、世界は危ないところまで来ていたそうだ」

 だが、と王様が一度言葉を切り、表情を少し和らげてから言葉を紡ぐ。

「世界の危機は救われた。その悪の道具使いと共鳴道具を倒し、強い過干渉が起きないように世界を切り離した、伝説の道具使いによってね」

「伝説の、道具使い」

「そうだ。名は、鬼一法眼と伝わっている」

 鬼一法眼。その名を聞いた時、不思議と胸が高鳴ったような気がした。

 早く、その人の話が聞きたい。そんな風にケイトは目で訴えていたのだろうか。

 王様が、苦笑を浮かべながらもすぐに言葉を紡いでくれた。

「期待しているところすまないが、鬼一法眼について、あまり多くは伝わっていないのだ。伝わっているのは先の伝承と、彼が人間でありながらもモノの精霊が見えたこと、そして能力ぐらいだ」

「どんな能力なんですか?」

「ふむ、そうだな……。ケイト君、聞いて驚かないでほしいが、大丈夫かね?」

 王様の意味深な言葉に、緊張しながらも大きく頷いた。

「伝わっている彼の能力。それは、モノの魂を可視化し、悪しき繋がりを断つ力だ」

「えっ、それって」

 僕の能力に似ているじゃないか。

 口の外に出かけた言葉は、王様が先に口を開いたことで制されてしまった。

「ふふ、やはり驚いたね。そう、君のユーザー能力によく似ている。ただ、鬼一法眼の使役する力は、桁違いに大きかった。君とは、比べ物にならないくらいにね」

 王様が、ふと空を見上げる。つられて見た頭上は、雲一つない青空が広がっていた。

「あの空を超えた先には、一つの隔たりを置いて、君たちの世界がある。だが昔は、そんなものはなかったそうだ。世界は磁石のようにくっついていて、互いに影響を及ぼし合っていた。ゆえに、世界に強く干渉しようとする者は多かったらしい。それが、一歩間違えば滅びをもたらすと知っていてもだ」

「どうしてです?」

「欲望に負けたからだ。邪な気持ちは、人もモノも等しく抱く。自身の望みのためならば、誰もが卑しい獣になるのだよ。そこに、理屈などないのだ」

 だからこそ、と王様は難しい顔をしながら続ける。

「世界は離れなければならないと、鬼一法眼は考えたのだろう。このまま放っておいたら、過干渉が起こされてしまう。世界を滅ぼしてしまう過干渉がある限り、いつかまた同じことが起こる。そうなることを危惧した彼は、一つだった世界を二つに切り分けて異常な過干渉が起きないようにし、それから魔法の撚糸で繋いだそうだ。切り離したままだと、どちらの世界も立ち行かなくなるからね」

「魔法の撚糸って、鬼一法眼が紡いだんですか!?」

「うむ、そう伝わっているよ」

 ケイトは驚いた。世界を切り分けたのも突拍子もない話だが、それらを再び繋げたというのも途方もないものだ。それが本当ならば、伝説の道具使いと謳われるのも当然だろう。

 そんなとてつもない人物の能力が自分と似ているなんて、何だか恐れ多かった。

 色々なことを聞いたが、まだ気になることはある。物語に出てきた少女のことを、教えてもらっていない。

「そういえば、少女について何か語られていることはあるんですか? それとも、単なる創作なのでしょうか?」

「いいや、少女のモチーフになった人物はいるそうだよ。ただ、彼女については鬼一法眼以上に伝わっていない。辛うじてわかっているのは、彼女が鬼一法眼に付き従っていたことくらいだよ」

「そうなんですか……」

 少し物足りない答えだったが、これ以上聞いても仕方がないだろう。少女の話は、そこで切り上げた。

「それにしても、君の力には何かの因果を感じるよ。つい、期待をしてしまう」

 王様の言葉に、ケイトはただ苦笑を返すだけでとどめた。

 期待されるのは嬉しい。特別な力だと見られているのも、面映ゆいものがある。

 だからこそ、感じる重圧は苦しいものがある。

 ――僕なんかに、この世界を救えるのだろうか。

 伝説の道具使いと似たような能力を持っているのに、自身の力はあまりにもちっぽけだ。他者に見えないものが見えるとはいえ、たった一人の強敵すら倒せない、あまりにも脆弱な力だ。

 そんなことで、世界を救えるわけがない。もっと強くならなければ、何も守れない。

「どうすれば、強くなれるのかな」

「強くなりたいのかね?」

 口の中で呟いたつもりが、表に出ていたらしい。ただ、そのことは否定せずに、ケイトは大きく頷いた。

 王様が、少しだけ困ったような笑みを浮かべた。

「焦らなくてもいい、と言っても、君は聞かなさそうだね。仕方がない。能力を扱い切るために、一つのコツを教えてあげよう」

「コツ、ですか?」

 そんなものがあるなど思いも寄らず、ケイトは縋るように王様を見た。

 王様は相変わらず苦笑を浮かべていたが、その顔が少しだけ引き締まった。

「ああ。ユーザー能力は、いわば想像の力。扱う道具でできる事柄を想像し、具現する力だ。力を真に使いこなすには、頭の中にしっかりとイメージすることが大切である。ただ、そこに固定概念を残してはいけない」

「固定概念?」

「そうだ。例えば、ハサミでは固いものは切れない、針では硬いものは貫けないといったことは、君の世界の常識だろう。まずは、それを捨てるのだ。そうして初めて、具現の力を本当に扱えるようになる」

「成程……」

 つまりは、できる事柄だけを認識しておくということか。ケイトの太刀鋏だったら、できることは斬るか突くかだ。ただ、「何を」を限定してはならない。その対象を決めてしまったら、力を最大限に発揮することはできない、ということだ。

 それを前提として、やれそうなことをイメージしきる。なかなか難しそうだ。

「それこそ、焦らなくていい。イメージを固め、具現化するのは、コツを掴むまではなかなか難しいのだ。具現化には、道具と息を合わせることも必要になってくるからね」

 王様の言葉に、思わず苦笑が浮かぶ。難しそう、ではない。大分に難しいものだ。思い描いたことを相手に伝え、その上で呼吸を合わせる必要があるとなると、並の努力では追いつかない。

 それでも、光明は見えた。自分はこれから、強くなれる。頑張って努力すれば、すぐにでも。

「本当に、焦ってはいけないよ」

 逸るケイトを制すように、王様が低い声音で言った。

「君が力を望む気持ちはわかる。だが、焦って求め過ぎないことだ。過ぎた力は、いつか己が身を滅ぼす。それは、肝に銘じていてほしい」

 気迫の籠った声に、思わず緊張が走る。

 どうしてそんな風に言ったのかはわからない。ただ、真剣な面持ちの王様に、ケイトは体を固くしながら頷くしかなかった。

 王様がすぐに表情を和らげ、ケイトの肩に優しく手を置いた。

「さて、堅苦しい話はこれくらいにして、一緒に城下を見て回らないか? 君とは、じっくり話をしたいと思っていたのだ」

 王様の誘いに、ケイトは迷った。色々な話をもっと聞きたいという気持ちは、もちろんある。しかし、力を使いこなすために特訓したい思いも、同じくらい強い。

 ――どうしようか。

 ほんの少しだけ迷い、王様と一緒に行くことに決めた。早く強くはなりたいが、王様と一緒に歩く機会など、そうそうあるものではない。

 ケイトは頷き、その誘いに応じようとした。

 その時。

「あー、やっと見つけましたぁ! 王さま、探しましたよー!」

 文字通り勢いよく飛んできたツクノの叫ぶような声が、ケイトの動きを遮った。

 いきなりのことに面食らったが、ツクノの表情を見てすぐに気を引き締めた。はっきりと浮かんでいる焦りの色が、只事ではないことが起きたのを告げていた。

「ツクノ君、どうしたのだ? 確か、シルクからの使いが来たと聞いていたが」

「そうなんです! シルクさまから、緊急のお知らせが来たんですよー!」

 あたふたしながら言ったツクノが、こちらの反応を待たずに続ける。

「解放軍が西の最果てで、大規模な撚糸探しを始めたみたいなんです! 辺り一帯を占領して、そこの人たちを無理やり働かせてるらしいんですよー!」

 ツクノの言葉に、ケイトは声を出すのも忘れて驚いた。同時に、微かな怒りを覚えた。何の罪もない人を虐げるなど、あってはならないことだ。

 王様も怒っているかと思いきや、深刻そうな顔をしていた。

「何だと? しかし、西の最果ては雷鳴の絶えぬ場所で、落雷も多い。そこに住まう者は、いないはず」

「そこのところはよくわからないんですけど、とにかくシルクさまが言ってることに間違いはないです! あの方の情報が間違ってたことは、今までないんですもの!」

「そうだね、私もそう思うよ。しかし、まずいことになったな。あの場所を荒らされては、多大な影響が出るのは間違いない。しかし、人を割こうにも、まだ騎士団は任務の最中で戻っていない。かと言って、手を拱いているわけにはいかぬ」

 唸る王様が、ふとケイトを見た。王様は一瞬ハッとした顔をしたが、思い直したように首を横に振った。

「……いや、君に頼むのは良くないな。まだ、傷は完全には癒えていないだろう。みすみす死なせるようなものだ」

 そう言われて、ちょっとだけむっとした。確かにまだ傷はあるが、もうそこまで酷くはない。自信だって失いかけていたが、たくさんの人が虐げられていると聞いて、黙って見ているわけにはいかない。

「王様、僕たちが行きます」

 気づけば、ケイトの口からはその言葉が出ていた。

 王様が一瞬顔に明るいものを浮かべたが、すぐさま否定するように首をまた横に振る。

「ケイト君、さすがにそれは無謀だ。ツクノ君の話を聞いただろう? 大規模な捜索を始めたということは、それを指揮する者がいるはずだ。もしかしたら、三将星自らが出張っているかもしれん。今のままでは、危険でしかない」

「でも、誰も動かせないのでしょう? だったら、僕たちが行くべきです。ケガはある程度は治っていますし、ホムラだってもう十分動けます」

「しかしだな」

 渋る王様に、ケイトは大きく頭を下げた。

「僕は、このまま苦しんでいる人を見過ごしたくないんです。だから、お願いします!」

 少しの間、頭を下げたままでいる。王様が無言のまま見つめてきているのを感じるが、そのままでいた。

 どれくらいそうしていたのか。

 やがて、王様から小さなため息が漏れた。

「まったく、困った子だ。そこまで言うのならば、君に任せることにしよう」

「あ、ありがとうございます!」

「ただし」

 勢いよく顔を上げたケイトに、王様がすかさず釘を刺してくる。

「決して、無理はしないことだ。必ず無事に戻って来るように。わかったね?」

「はい!」

 困ったような笑みを浮かべる王様に大きく頷き、それからすぐにツクノを見る。

「ツクノ、ホムラに声をかけておいてくれる? 準備ができ次第、すぐに出発するって」

「わ、わかりました!」

 ツクノが勢いよく飛び出し、ケイトも準備を整えるべく、王様に一礼してから駆け出した。

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