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モノとの正しい付き合い方  作者: 千変万化
三章 札使いサラ
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3-1 不思議なお話

 クロウズとの激戦を終え、ケイトたちはローグの森を後にした。

 入り口に戻る途中、鉄鬼に遭遇しかけるなど際どい場面が何度かあったが、さすがにボロボロの状態ではまともに戦うこともできないし、奇襲することなど思いも寄らない。うまいことやり過ごして、森を出た。

 馬車に乗ると、ケイトとホムラはすぐに睡魔の虜になった。振り返るべきことや報告事項など、考えなければならないことはいくつもあるのだが、それら全てを頭の片隅に追いやって、束の間の休息にありついた。

 目が覚めた時には、王都に辿り着いていた。辺りは既に真っ暗で、人通りは絶えている。

 疲労が濃くて重い体を引きずりながらも、ケイトたちは王城へと向かった。夜に訪ねるのも失礼だと思うが、任務の報告は早めに済ませた方が良い。

 王様に謁見をお願いすると、すんなり通された。

 丁度夕食を終え、一息ついていたらしい王様は、ケイトたちの姿を見て驚きを隠さなかった。戦闘後の状態のまま直行したため、衣服や体はボロボロである。

「ケイト君、ホムラ君、一体どうしたのだ? まさか、偵察の際に不測の事態でも起きたのかね?」

「……実は」

 ケイトは、起きたことを包み隠さず話した。ローグの森の奥に解放軍がいたこと、三将星の一人であるクロウズと戦闘になったこと、魔法の撚糸が森の先のウォーズ平野にあるらしいこと。

 話を聞いていた王様は、ケイトが言い終えると一度深く息を吐いた。

「まったく、無茶をする子たちだね、君たちは。ツクノ君、どうして止めなかったんだ?」

「そんな暇はなかったんですよぅ。急に襲われましたし、クロウズとの戦いもすぐに始まっちゃいましたし」

「ふうむ、そうか」

 頷いた王様が、こちらに苦笑を向ける。

「君たちが戦ったクロウズはね、このクロス・ワールドでも屈指の実力者と噂される逸材なのだ。この世界に多くのユーザーがいる中、ハイ・ユーザーに最も近い男だと言われている。そんな実力者と戦って、よく生きて帰って来られたね」

「僕たちも、不思議に思います。多分、いつ死んでもおかしくなかった」

「本当に、運が良かったのだろう。何はともあれ、ご苦労だったね。君たちは危険な目に遭ったが、得られた収穫は大きい。偵察どころか解放軍の拠点を潰せたし、あの森の奥には守るべき撚糸があることがわかった。君たちの成果は、私の想像を遥かに上回るほどの、素晴らしいものだよ」

 手放しで褒められているが、素直に喜ぶ気にはなれなかった。多分、ホムラもそうだろう。顔こそ少し照れたような笑みを浮かべているが、それが無理して表に出したものであるのはケイトにはわかった。

 完全に負けた。その思いは、ケイトたちの心に暗い影を落としている。

 それを見透かしたのか、王様が優しい声をかけてきた。

「少しの間は、ゆっくりと静養するのが良いだろう。傷も、軽いわけではないのだろうからね」

「あっ、はい。では、そうさせて頂きます」

「うむ。……ああ、そうだ。君たちの住まいは、ちゃんと完成しているよ。城下の外れの方に作らせておいたから、そこに住まうといい」

「はい。ありがとうございます」

 深々と頭を下げて頷き、ケイトたちは王様の前を後にした。

 城を出ると、騎士の一人が住まいまで案内してくれた。

 案内されたところは、驚くことに一戸建ての家だった。中はそこそこの数の部屋と広さがあり、必要な家具まで揃っているという大盤振る舞いの有様だ。

 本当ならば、破格の待遇に驚いて言葉を失うところだっただろうが、生憎ケイトたちは疲れ切っていた。感動もそこそこにすぐさま寝室へと向かい、そのままベッドに飛び込んで意識を手放した。

 目が覚めたのは、それから二日後のことだった。

 戦闘による疲労と蓄積されたダメージは、思いの外深いものだったらしい。ツクノによると、ケイトもホムラも、二日の間は一度も起きなかったそうだ。

 目が覚めてからも、ケイトたちはしばらくは大人しく過ごした。クロウズからもらった攻撃によるケガは、何もしなくても大分痛んだからだ。

 せめて、体がなまらないように城下町を散歩するだけの日々が続いた。

 十日程度が過ぎて、何とか痛みも和らいできた。ケイトもホムラも、ある程度は動ける。

 しかし、これと言ってすることはなかった。王様からの依頼は今はないらしく、束の間の休息を愉しむが良いと言われた。この前の戦いで気が逸っていたケイトたちにとっては肩透かしもいいところだが、ないものはどうしようもない。

 仕方がなく、各々自由に過ごすことにした。

 ホムラは久しぶりの料理に勤しみ、ツクノは誰かに呼ばれたとかで、朝早くにどこかへ行った。

 ケイトはというと、城下町を散策していた。思い返せば、この世界に召喚されてから、すぐに戦いに放り込まれた。のんびりと町や村を見て回ることなど、殆どなかったのだ。折角未知の世界に来たのだから、色々なものを見て回ってみたい。

 とはいえ、ここへと最初に来た時、街並み自体は既に見ている。だから今は、何か珍しいものがないか見て歩いていた。

 見れば見るほど、西洋チックなところである。やや高めの家々が並び、それに目をやるたびに視線が上にばかり行く。いささか、首が疲れてきた。

 そう思っていたら、不意に体に何かがぶつかった。上ばかり見ていたせいで、前方が疎かになっていた。不幸中の幸いか、ケイトへの衝撃はあまり強くはない。

「おっと」

 ぶつかっただろう少女が尻餅をつきそうになっているのを見て、すぐにその体を支えた。少女は倒れずに済み、ほっと息を小さく吐いている。

「ごめんなさい、おにいちゃん。ご本に夢中で、前を見てなかったの」

「ううん、大丈夫。僕も、前をちゃんと見てなかったから」

「そうなんだ。おにいちゃん、しっかり前を見なきゃダメだよ?」

 さっきの自分の言葉を忘れたかのように、少女が小さい子をたしなめるように言った。少女らしく、少し背伸びした物言いが愛らしく、ケイトは小さく笑みを浮かべながら頷いた。

 ちらと、少女が持っている本に目が行く。世界を救った勇者様。本の真ん中に、その題目が大きく書かれていた。

「君が読んでるその本は、そんなに面白いのかな?」

 何となく気持ちに引っかかって、ケイトは少女に聞いてみた。

「うん! わたしのお気に入りのお話なんだー」

「そうなんだね。ねえ、どんなお話なのかな?」

「ええとね」

 少女が楽しそうに顔を綻ばせながら、よく通る声で教えてくれる。

「困ってる精霊さんと女の子のために、勇者様が悪者を倒してあげるっていうお話なんだよー」

「そうなんだ。僕に、ちょっと見せてはくれないかな?」

「うん、いいよー。でも、破いちゃダメだからね?」

 相変わらずの子どもに言い聞かせるような物言いに、思わず笑みが零れる。まるでお姉さんみたいに背伸びしているこの子は、やっぱりどこか愛らしかった。

 そっと本を受け取り、中身をパラパラとめくる。


 ――昔々あるところに、人間と精霊が住む世界がありました。

 人間たちは毎日を楽しそうに過ごしていましたが、精霊たちはとても寂しそうにしていました。何故ならば、人間には精霊の姿を見ることはできませんし、声を聞くこともできなかったからです。人間の代わりに世界を守っている精霊としては、その大変さを知ってもらえなくて、とても寂しい思いをしていました。

 そんな時、精霊たちは一人の少女と出会いました。

 驚くことに、少女には精霊の姿がちゃんと見えていました。もちろん、声も聞こえます。精霊たちは、とても驚きました。

 少女もまた驚きましたが、それ以上にとても嬉しそうにしました。少女はずっと一人ぼっちで、寂しかったからです。

 精霊と少女はすぐに仲良くなり、いつも一緒にいるようになりました。そして、少女は精霊のお手伝いを始めました。いつも一緒にいてくれる精霊に、何か恩返しがしたかったのでした。

 時々、精霊と一緒に人間にいたずらをしたりもしましたが、少女は世界を守るためにしっかりと頑張りました。もちろん、特別なことができたわけではありません。精霊と一緒に、色々なところを歩き回ったり探し物をしたりしただけです。それでも、精霊たちには少女の頑張りは嬉しいものでした。

 ところが、少女を快く思わない精霊もいました。それもそのはず。その精霊は、世界を壊したいと思っていたのです。自分たちが頑張って守っているのに、人間たちはその苦労にさえ気づかない。そのことがとても気に入らず、こんな世界などなくなればいい、といつも考えていました。

 そんな時、悪い精霊は一人の人間に出会いました。その人間も、精霊の姿が見えて、声が聞こえていました。ただ、少女と違ったのは、その人間がとても悪い人だったことでした。

 悪い人間は、この世界が嫌いでした。誰かの苦労を踏みつけにしながら、のうのうと笑って暮らしている人間の世界が、堪らなく嫌いでした。自分にもっと力があれば、こんな世界をなくしてやるのに、とも思っていました。

 似たような考えを持っていた二人はすぐに仲良くなり、この世界を滅ぼすために行動を始めました。

 世界を守っているのは精霊です。精霊がいなくなってしまったら、この世界は成り立たない。そのことを悪い精霊は知っていたため、悪い人間と一緒に精霊たちにひどいことをして動けなくさせていきました。悪い二人はとても凶暴で、力を合わせられたら精霊たちにはなす術もありません。世界は、少しずつ弱っていきました。

 そのことを知った少女は、とても悲しみました。世界が弱ってしまっているのもそうですが、何よりも精霊たちが苦しめられているのが嫌でした。

 しかし、ひ弱な少女には二人を止められません。できるのは、精霊と一緒に逃げることだけです。誰か助けて。少女は、精霊と一緒にそう願わずにはいられませんでした。

 願いが通じたのか、そこに一人の勇者様が現れました。勇者様もまた精霊が見えていて、彼らの苦しんでいる姿を見過ごすことができなかったのです。

 その時には既に、たくさんの精霊が動けなくなり、世界はひどく弱っていました。最早、一刻の猶予もありません。

 少女が助けを求めると、勇者様はすぐに応じてくれました。

 勇者様は悪い二人に立ち向かい、ボロボロになりながらも何とか勝利を収めました。悪い二人は反省し、二度とひどいことはしないと改心しました。

 勇者様の活躍によって、世界は救われました。喜んだ少女と精霊たちは、勇者様にこれからも一緒にいてほしいと願いました。とても強い勇者様がいることは、少女たちには心強かったのです。

 最初からそのつもりだった勇者様は、すぐに受け入れてくれました。それからは二人で協力して、精霊たちと世界を守っていきましたとさ。


 大まかに纏めると、こんな感じの話だ。

 一見すれば、単なる物語に過ぎない。しかし、何かが引っ掛かった。

「おにいちゃん、どうしたのー?」

 少女の言葉にハッとし、「何でもないよ」と本を返しながら笑って見せる。それが少し不自然だったのか、少女が不思議そうに首を傾げていた。

 ケイトが対応に困っていると、不意に助け舟が出された。

「おや、こんなところで会うとは奇遇だね」

 前方からかけられた声に顔を向けると、朗らかな笑みを浮かべた王様が、片手を上げながら近づいて来ていた。

「あっ、おうさまだー」

 少女が満面に笑みを浮かべて、王様に駆け寄っていく。王様は少女の頭を優しく撫で、ケイトに微笑を向けた。

「王様、どうしてここに?」

「なに、城下を回るのが、私の日課でね。民の暮らしぶりをこの目で確かめるのも、王としての務めだよ」

 さも当然のことのように言う王様に、ケイトは思わず感じ入っていた。立派な考えである。王様が人々に慕われているのが、何となくだがわかる気がした。

「あっ、もう帰らなきゃ。おうさま、おにいちゃん、さよーならー」

 少女が手を振りながら駆け去って行く。ケイトは王様と、その姿が見えなくなるまで手を振り返した。

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