2-11 一時の決着
「やった……」
ゆっくりと体を起こし、未だ燃え盛る炎に目をやる。少し離れているのに、物凄い熱波が顔に届く。こんな炎を直接食らったら、とてもではないが無事ではすまない。
「ああ、やったな……」
傍に来たホムラが、途端に膝をついた。肩で息をするほどに呼吸は荒く、額に浮かぶ脂汗も尋常ではない。おそらく、相当力を使ったのだろう。
「それにしても、お前は一体何をやったんだ?」
「クロウズの道具の加護を、糸で縛ったんだ」
「糸って、お前の共鳴道具の一つの、あの糸か?」
「うん。どうやらあの糸は、道具の加護や繋がりに干渉できる力があるみたいなんだ。今回は、槍を振るって伸ばしに伸ばした糸を思いっ切り引っ張って、クロウズの道具の加護を縛りつけたんだ。そうすることで、炎が直撃する時に火の特性を使えなくさせた、ってところかな」
「……そういうことかよ」
不意にケイトでもホムラでもない声が聞こえて、ハッとしながらその方へと顔を向ける。
炎の柱を重い扉をこじ開けるようにしたクロウズが、中からゆっくりと出てきているところだった。
「やってくれたな、てめえら。さすがに、今のは効いたぜ」
ある程度前に進んだところで立ち止まったクロウズが、キッと睨んでくる。
顔は煤けて汚れ、上半身の衣服は未だ炎が燃え広がったままである。焼け落ちたのか、所々露になっている肌にも炎が乗り移っているが、それでもクロウズは意に介した風はない。
――まずい。
今の攻撃で、大分力を使ってしまった。太刀鋏を使うよりも、圧倒的に疲労感が強い。正直、まともに戦える気はしない。
「お前、なんで……!」
ホムラが、顔を引きつらせながら言った。何とか立ち上がり、剣を構えているが、ホムラも限界なのは傍目からもよくわかった。
「確かに、俺の力は糸で封じられた。だが、火力が強過ぎたな。俺にとどめを刺す前に、糸の方が先に焼き切れたんだよ。縛るものがなくなりゃ、炎を防ぐのなんざ訳がねえ」
クロウズの言う通り、加護を縛っていた糸は既になく、糸の光は赤色を示している。炎はもう、効いていない。
「尤も、てめえらを甘く見過ぎたのは、俺のミスだ。こっからは、そうはいかねえ」
両の拳を前に構え、クロウズが殺気を放ってくる。胸を締め付けるほどの、異様な圧が襲い掛かる。本気だ。クロウズは、ここから本気で来る。
「行くぜ」
クロウズが体を低く構え、前へと踏み出す。
瞬間。
「クロウズ様、撚糸を発見しました! この森を抜けた先の、ウォーズ平野です!」
突然かけられた言葉に、クロウズの動きが止まった。
声の方へと、視線が一斉に集まる。その顔に、ケイトは見覚えがあった。巨人人形を操っていた、リオネという男だ。
クロウズが構えを解き、リオネへと向き直った。
「……見つけたか。で、切れたのか?」
「い、いえ、それが……」
言い淀むリオネに、クロウズが苦笑を浮かべた。
「切れなかったか。まあ、仕方ねえか。前に俺がやっても切れなかったし、ぶった切るには、やっぱシェルトの力を借りねえとダメだな」
納得したように頷いたクロウズが、リオネを睨むようにして見る。
「それで、撤収準備はどうなってる?」
「万事完了したとの報告が入っております!」
「そうか。なら、ここらが潮時だな」
クロウズがケイトたちに背を向け、とどめを刺すこともしないで去ろうとする。いきなりの展開に着いて行けず、こちらは得物を構えたまま見ていることしかできない。
「おっと、そうだ」
不意にクロウズが、何かを思い出したように振り返った。
「てめえら、名は?」
いきなりの言葉に戸惑い、思わずホムラと顔を見合わせる。ただそれも、束の間だけだ。身を貫くような鋭い視線を感じ、ケイトもホムラも警戒しながら口を開く。
「……ケイト」
「俺は、ホムラだ」
「そうか。てめえらの名、覚えたぜ。次に会う時は、こうはいかねえからな」
勝気な笑みを一度浮かべてから、クロウズは背を向け、リオネと共にこの場から去って行った。
少しの間そのままでいたが、やがて彼らの姿が完全に見えなくなると、力が抜けたように腰から座り込んだ。
緊張の糸が切れて、二人して大きく息をする。それほど、クロウズが放つ圧は強かったのだ。
「ケイトさま、ホムラ、大丈夫ですかぁ!?」
今までずっとどこかに隠れていたツクノが、半べそを掻きながら飛び出してきた。
「……大丈夫じゃあ」
「……ないかもな」
二人して、苦笑いを浮かべる。
未だ整わない息もそうだが、体の至るところが痛い。息をするだけでも、地味に響くレベルだ。
「もう、無茶ですよぅ。いきなり三将星に挑むなんてぇ……。なんで逃げようと思わなかったんですかぁ!?」
「だって、ねえ?」
「どう考えても、逃げられる状況じゃなかっただろ」
さも当然そうに言ったら、ツクノが目一杯頬を膨らませて睨んできた。
「うー、二人のばかー! 無謀だったのを、ちゃんと自覚してくださいよー!」
目に涙を浮かべながら喚いたツクノが、大きな声を上げて泣き始めてしまった。
いきなりのことに面食らったが、ツクノが凄く心配してくれたことをすぐに察して、ケイトもホムラも謝った。戦えない彼女は、自分たちが死んでしまうかもしれない状況をずっと見ていて、きっと心配で仕方がなかったのだろう。
大粒の涙を流すツクノの頭を、そっと撫でる。ホムラも、その頭を軽く叩いている。
そうしながら、さっきの戦いを思い返した。特殊な能力を持ち合わせていたからこそ、何とか切り抜けられた。もしも、ケイトが普通の道具使い立ったら、今頃命を失っていたことだろう。そう思うくらいに、クロウズはあまりにも強過ぎた。
「確かに、無謀だったね。結局、わからない能力もあったし」
「ああ。あいつ、尋常じゃないくらいに強かった。ユーザーとしての格も、段違いだ」
「こんなことじゃ、ダメだよね」
「そうだな。今のままじゃ、自分さえも守れない」
ホムラの顔に、自嘲気味な笑みが浮かぶ。それはきっと、自分にも浮かんでいるだろう。
本当ならば、負けていた。いや、最初から同じ土俵にすら立てていなかった。クロウズが本気じゃなかったのは、戦い終わった今、ちゃんと理解している。ケイトたちは、相手の都合によって運よく生き延びただけに過ぎない。
それは、堪らなく悔しい。
「……ねえ、ホムラ。僕たち、もっと強くならなきゃね」
「ああ、そうだな」
苦々しい思いを胸に抱きながら、ホムラと一緒に頷き合った。




