2-9 クロウズの能力
「なっ……!?」
ホムラが、驚きの声を上げる。
「はっ、水なら効くってのが安直だな。炎だろうが何だろうが、衣類を完全に扱える俺の前じゃ、無力に等しいんだよ」
「くそっ!」
やけになったのか、ホムラが水の弾を何発も放つ。しかし、クロウズには届かない。軽く手甲で掻き消されるばかりだ。
「効かねえって、言ってんだろ」
クロウズが一足飛びに間合いを詰め、ホムラに右の拳を放つ。放たれた拳が急加速する。最初に見た攻撃だ。
防ぐこともままならず、ホムラがまた吹っ飛ばされた。しかしその軌跡を、今度は追わない。目は、クロウズを捉えたままにする。
ホムラを殴り飛ばした勢いのまま、こちらに体を向けたクロウズが左の拳を振り抜く。拳から、微かに稲光のようなものが迸る。いや、電光だろうか。
――もしかして。
あることに気づき、瞬時にクロウズの糸を見る。糸の光は、黄色。自分の想像通りなら、また雷の拳撃が来るはずだ。
迫り来る拳を、寸でのところで左に避ける。避けた拳は、電光が迸っている。
間違いない。あの糸の色は、クロウズが扱っている衣類の特色だ。だが、どういうことだ。黄色が電気というのは、いまいちピンとこない。他の色もそうだ。赤が燃えない色で青が水を通さないとなると、耐火防水の性能があるということになる。そんな衣服があるだろうか。
――いいや、ある。
消防士の耐火服にレインコート。それらが、頭の中に唐突に閃いた。確かにその特性は、耐火に防水だ。ユーザー能力化したら、さっきみたいな力を発揮できるのは頷ける。
衣服を完全に扱えると、クロウズは言っていた。ならば、衣服に関することならば何でもできるはずだ。数多くの特性の中で、電気が関係するものもきっとある。
攻撃をかわしながら、必死に思考を巡らす。どんな些細なことでもいい。何かないか、片っ端から頭に思い描く。
――そうか、静電気か!
瞬間的に閃いた。
冬場の乾燥した時などは、衣服を脱ぐと静電気がよく起こるものだ。クロウズは、その事象さえも能力として扱っているのだろう。だとしたら、電気を使う色が黄色なのも納得できる。
あとは、あの光の理由だ。
――糸の色が特性を表していて、その一つが用途によって光ることは、つまり。
尚も考えようとした時、より鋭い勢いの拳が飛んできた。糸の色は黄色のまま変わっていない。小さく横に動いて回避する。
「へえ、避け続けるか。何か掴んだらしいな。だが!」
一段と獰猛な笑みを浮かべたクロウズが、左の拳を思い切り引いた。
「そんなんじゃ、俺の雷の拳撃は止められねえな!」
声と共に、拳が振り抜かれる。凄まじい勢いだが、その軌道よりも先に糸の色を確かめる。緑。ならば来るのは、風の拳だ。
今の確認のために一手、挙動が遅れている。あの技は急加速するから、回避するには僅かに足りない。ならば受け止めるしかないが、風の拳ならば防いでも大丈夫なはずだ。
両の刀を交差して前に構え、大地を強く蹴って後ろに飛び退く。瞬間、急加速した拳が刀に撃ち込まれた。激しい衝撃が襲って来るが、後方に跳んでいることが幸いして、威力はいくらか殺せている。
「何……!?」
クロウズの表情が、初めて動いた。追撃するのも忘れて、驚いた顔をしながらこちらを見ている。
地面に着地し、もう一歩後方に跳んでクロウズと間合いを取った。
「ケイト、よく避けたな」
駆け寄ってきたホムラが、口元の血を拭いながら言った。
「クロウズの力が、少し見えてきたんだ。あらゆる衣類の特性を具現化し、身に纏う。多分それが、クロウズのユーザー能力だ。君の炎や水は、耐火服やレインコートみたいなもので防がれたんだと思う」
「そういうことか。じゃあ、俺が食らった攻撃も」
「多分、風通しがいい服とか、そういう感じの特性の応用じゃないかな。僕が食らった痺れる攻撃も、静電気が強くなったものだと思う」
「成程……。しかし、よく見極められたな」
「糸の色だよ。クロウズには四色のたくさんの糸があって、それぞれの能力を使う時に、その糸が光を放つんだ」
ホムラがクロウズに目を向け、凝視する。しかし見えなかったのか、すぐにこちらへと顔を向けた。
「……俺には見えないか。となると、お前が肝だぜ、ケイト」
「そうなるよね。でも、このまま戦い続けたら、絶対に勝てない」
「わかってる。あの野郎、多分本気じゃないからな」
ホムラの言う通り、おそらくクロウズはまだ本気になっていない。攻撃は鋭いが、一気にとどめを刺しには来ないのだ。まるで遊んでいるかのようで、いくらか力を抜いていると見るべきか。もしもこの強敵を倒せる機会があるとしたら、油断している今だけだ。
そして、一発で仕留める必要がある。だがそれが、かなり厳しい。
――どうすれば。
一瞬悩みかけた時、不意に体の中からひと際高い鼓動が聞こえてきた。共鳴道具である裁縫箱の、針の槍と糸。それが、強く息づいているのを感じる。
何か手立てがある。この道具たちは、それを伝えてきている。
――針と糸で、できること。
頭の中でそっと呟き、ふとその方法が朧気にだが見えてきた。それができれば、確かにクロウズを倒せるかもしれない。
「ホムラ、掩護を頼めるかな? ちょっと試したいことがあるんだ」
「試したいこと?」
「そう。試したいこと」
言いながら刀をしまい、針の槍と糸を具現化する。槍を見たホムラが、驚いたような顔をした。
「おい、ケイト。お前、槍で戦ったことは?」
「ないよ。今が初めてだ」
刀同様、これまで槍を扱ったことはない。具現化した針の槍だって、数少ない実戦で使ったことは一度さえもない。だが、妙に手に馴染む。一度頭上で振り回してみたが、全く違和感がない。まるで、長い間使ったような気さえしてくる。
槍の石突に開いた穴に、手早く具現化した糸を通す。途端に、糸が淡い光を放った。
頭の中に、自身のやりたいことのイメージがはっきりと浮かぶ。槍と糸がやり方を示してくれているのが、何となくだがわかった。
ホムラが何か言おうとしていたが、思い止まったように口を閉ざした。ほんの僅かな時だけ顔を顰めていたが、やがて小さく溜息を吐いた。
「……何か考えがあるんだな? わかった、掩護は任せろ」
「ありがとう。じゃあさ、炎と水を、交互に放つことってできる?」
「それくらいは問題ないが。でも、あいつに効くのか?」
「わからない。でも、効かなくてもいいんだ。僕の狙いは、別にあるから」
ホムラが怪訝な顔をしているが、ケイトは説明をしなかった。多分、これ以上話を続ける余裕はない。
「僕が君の名を呼んだら、目一杯の力をこめた火柱をクロウズ目掛けて上げてほしい。それで、多分勝てる」
「……わかった。信じてるぜ、ケイト」
頷き、槍をもう一度頭上で振り回してからクロウズに目を向ける。
構えを取り直したクロウズが、鋭く睨んできた。
「侮れねえな。俺の攻撃を見切るとは、なかなかやるのか、それとも運が良かったのか。どっちにしろ、ぬるい攻撃は通用しねえらしい」
クロウズの表情から、余裕が消えている。ケイトを、少なからず警戒しているということか。
となると、あまり長々とは戦えない。これ以上警戒される前に、一撃で決める必要がある。チャンスは、本当に一度きりだ。
何としても、やるしかない。
「行くよ、ホムラ!」
「おう!」
気合を入れるように声を上げながら、ケイトはクロウズに迫って行った。




