2-8 三将星の実力
視線の先で、クロウズが拳を前に上げて悠然と構える。
一見すれば隙だらけのように見えるのだが、全く斬り込める気がしなかった。ケイトはただ刀を構え直し、敵の動きを窺うことしかできない。
ちらと、一瞬だけホムラに目を向ける。さっきの技を使った影響なのか、肩で息をするほどに呼吸が乱れている。一応剣を構えているものの、素早く斬り込むのは難しいかもしれない。
ここは少し、時間を稼いだ方が良い。
「……一つ、聞かせてほしい。君たちはどうして、クロス・ワールドと僕の世界を切り離そうとするんだ?」
「あー、そうだな。まあ、教えてやってもいいか」
構えを解いたクロウズが、余裕の素振りを見せながら続ける。やはり、隙があるようで全くない。
「俺たちモノは、人間の気紛れに振り回される存在だ。てめえの理由で勝手に生み出され、てめえの都合で身勝手に捨てられ、処分される。俺たちだって生きてるってのに、世界が繋がってるせいで、処分されたモノは死んでいくんだ。俺たちは、それが我慢ならねえ」
クロウズが言葉を切り、キッとケイトを睨みつけて続ける。
「生み出されたモノに自由を与える。それが、俺たち解放軍の目的だ。だから、世界を繋ぐ撚糸を切ろうってわけだ」
「馬鹿な! そんなことをして、本当に自由が得られると思っているのか!?」
「はっ。思ってなきゃ、こんなことはしねえよ。人の世界と繋がっているからこそ、俺たちの命に自由はねえ。そう信じているからこそ、この世界に牙を剥いたんだよ」
にやりと嫌な笑みを浮かべたクロウズが、再び両の拳を上げて構えた。
「さて、お喋りはここまでだ。武器を構えな。さっさと、殺し合おうぜ」
その言葉には応じず、もう一度ホムラに目を向ける。息は、何とか整ったようだ。これなら、すぐに戦いになっても大丈夫なはずだ。
無言のまま、ケイトは二振りの刀を構える。
クロウズは、依然として嫌な笑みを浮かべたままだ。余裕綽々といった風で、まるで舐められているような感じが、ほんの少しだけ癪に障った。
「そうだ、良いことを教えてやるよ」
笑みを浮かべたままのクロウズが、不意にそんなことを言いだした。
「俺は、衣類のユーザー。中途半端な力じゃ、俺に傷をつけることすらできないぜ」
「どうして、わざわざ教える?」
「そんなの決まってんだろ。戦いは、できるだけ対等な条件の方が面白い。そんだけさ」
「ああそうかい!」
ホムラが真っ先に応じ、着火、と叫んではその場で剣を切り上げる。クロウズの足元から立ち昇った炎が、瞬く間にその体を呑み込んでいく。
激しく燃え盛る炎に全身を呑み込まれたクロウズを前に、ホムラが構えを解いて勝気な笑みを浮かべた。
「わざわざ自分の能力をばらすなんて、とんだマヌケだな。能力が衣類だったら、俺の炎の敵じゃないな」
「はっ、そいつはどうかな?」
炎の中から、変わらない声が聞こえる。ホムラがハッとし、剣を構え直そうとする。
だが、遅かった。
激しく燃え盛る炎が一度大きく揺れ、次いで荒々しい風が吹き抜ける。そう見えたのは一瞬で、次の瞬間にはホムラの間近にまで迫り、拳を振り上げているクロウズの姿が視界に映った。
「風の拳」
まっすぐ突き出されたクロウズの拳が、低い唸り声を上げてホムラの顔面に迫る。何とか反応したホムラが、横に跳んで避けようとする。
刹那、拳の動きが急加速した。風を切る音がはっきりと聞こえたのと同時に、クロウズの一撃がホムラを捉える。
「ぐっ……!」
顔面に直撃をもらったホムラが、一気に後ろへと吹き飛ぶ。拳の勢いが、尋常ではない。
「ホムラ!」
「よそ見をしてていいのかよッ!」
クロウズが、間合いを瞬時に詰めてきている。ホムラに一瞬気を取られて、反応が遅れた。拳はもう、振り下ろされつつある。
「雷の拳撃!」
吼えるような声と共に、拳が繰り出される。遅れた反応では、右手の刀を防御に回すのが精一杯だった。
瞬間、乾いた金属音が鳴り響き、火花が散る。それとほぼ同時に、何かが弾けたような激しい音が空を鋭く震わせた。
何だ、と思う余裕はなかった。思考を掻き消すような強い衝撃と痺れが、唐突にケイトの体へと襲い掛かってきていた。
あまりの衝撃に、動きが一瞬止まる。そこを逃さず、クロウズが拳を顔に叩きこんでくる。今度は反応すらできず、まともに食らった。
「ぐあっ……!」
後ろに吹っ飛ばされ、地面に二度三度と叩きつけられる。頬が熱い。ただ思い切り殴られただけではないような感じだ。まるでそう、何かに焼かれた時の、火傷みたいな痛みだ。
体にはまだ痺れが走っていて、動きは鈍い。それでも、振り払うようにして勢いよく起き上がり、前へと駆け出した。
クロウズとの距離が、瞬く間に詰まる。間合いに入ると同時に、両の刀を横薙ぎに振り抜いた。
また、乾いた金属音が響く。クロウズが咄嗟に手甲を上げ、防御している。
「一発じゃ倒れねえか。そうこなくちゃな」
獰猛な笑みを浮かべたクロウズが、思い切り押し返してくる。
その衝撃を利用して後方に跳び、着地と同時に再び前へと出た。クロウズも駆け出し、迫っている。
再び、互いの間合いに入る。
刹那。
「下がれ、ケイト!」
ホムラの声が聞こえて、ケイトは咄嗟に踏み出した足へと力を籠め、後ろに跳んだ。
それとほぼ同時に、クロウズの足元から再び炎が舞い上がった。クロウズの体が飲み込まれ、炎の中に消える。
熱波を、離れていても感じる。さっきよりも、炎は段違いに熱い。
「火力を上げた。今度はどうだ……?」
後ろに退いたケイトの隣に、ホムラが剣を構えながら現れた。右頬の殴られた跡が生々しく残り、ひどく痛々しい。
さっきのことがあるから、一切気は抜いていない。ホムラも、集中を切らさず炎から目を離さない。
「ったく、馬鹿の一つ覚えかよ」
変わらない声音が、炎の中から聞こえる。
今度はゆっくりとした足取りで、クロウズが炎を掻き分けるようにして出てきた。不思議と、体に炎は燃え移っていない。
「どうなってるんだ、本当に……。衣類なのに、燃えないってありかよ……?」
ホムラの驚愕に満ちた声が漏れる。
内心ではケイトも同じ気持ちだったが、口には出さないでじっとクロウズに目を向け続けた。
衣類のユーザーということは、着ている物の力を行使するということだろうか。だが、クロウズが身に纏っているのは、ただの拳法着に見える。身軽に動けそうな薄手のもので、とてもではないが燃えない素材で出来ているようには思えない。
――いや、そんな単純なことじゃない。
ユーザー能力は、その道具に関することを連想し、具現化するものだ。何かもっと、特別な力が働いているはずである。ホムラを打ち倒した攻撃も、自分の体を痺れさせた一撃も、何かを具現化させたものに違いない。それを見極めないことには、クロウズに勝つことはできない。
極限まで集中力を高め、ゆっくりと歩いてくるクロウズを観察し続ける。
――あれは。
クロウズの体に、何本もの糸が走っていることにケイトは気づいた。赤、青、黄、緑の四色の糸が、全身へと無数に張り巡らされている。その中で、赤の糸がひと際眩く光っていた。
あの光は、何か意味があるのだろうか。
「俺に、炎は効かねえ。さっきのでそれがわからなかったのかよ」
「くっ! 炎が効かないなら、これはどうだ!」
ホムラが剣を頭上に構え、すぐさま振り下ろす。大量の水のつぶてが、勢いよくクロウズの頭上を襲った。
つぶてが迫っても、クロウズから余裕は消えない。間近に迫っても、獰猛な笑みを浮かべたまま、手甲を構えてその水を待ち受けるばかりだ。
――いや、違う。
クロウズに張り巡らされた糸のうち、青のそれが光を放ち始めた。赤い糸は、光を失っている。クロウズは、何かをしたのだ。
一体何が。それを思った瞬間、怒濤のような水がクロウズに襲い掛かった。
一瞬、クロウズの姿が水で見えなくなる。だが、ほんの一瞬だ。クロウズが無造作に拳を横に振り、未だに降り注いでいた水のつぶてを全て掻き消してしまった。




