2-7 刀使いを打ち破れ!
真っ先に迎え撃ったのは、ホムラだ。
剣を地面に突き刺し、着火と唱える。スミスの足元が赤く光り、瞬間、激しく燃え盛る火柱が立った。
「遅い!」
火がその体を捉える前に、スミスが前へと駆け抜ける。速い。相当筋肉質な体をしているのに、驚くべき速さで距離を詰めてくる。
互いの距離は、七、八歩くらい開いているだろうか。まだ、武器が届く間合いじゃない。
そう思っていたが、スミスが距離があるのに刀を勢いよく振り抜いた。
何をやっているんだ。そう思いかけた思考が、すぐに吹き飛ぶ。
スミスの振り抜かれた刀の刀身が異様に長く伸び、間近に迫っていた。
「くっ!」
咄嗟に前へと出て、受け止める。やはり、重い一撃だ。それでも、受け切れないほどではない。
それよりも気掛かりなのは、この長い刀身だ。
「これは……!」
右の刀で一撃を受け止めながら、刀身らしきものが見当たらないことに気づいた。しかし、そんなはずはない。今尚受け止めている攻撃からは、しっかりと刀を交えている感覚がある。ないはずがない。
――そうだ、よく見ろ……!
道具使いの力を使っている時、この目には映るものがある。神経を集中し、力を高めていく。刀身からケイトの方へと伸びる青白い光と、刀全体とスミスが繋がる赤い光の糸。それらが、はっきり見えた。
その青白い光は、まさしく刀の形を成している。ケイトが受け止めているのは、多分この光の刃だ。
現に、スミスは少し離れた位置で、ケイトと押し合いをしているような素振りを見せている。
「この!」
ホムラが横合いからスミスに迫る。接近を嫌ったのか、スミスが二歩後ろに飛び退いた。
瞬間、この手にかかる圧力がなくなる。
飛び退き様に、スミスが刀を縦に振った。光の刃はホムラにも見えているのか、何とか横に跳ぶことで回避している。
「……面倒だな。あいつ、多分刀のユーザーだ」
ケイトの隣へと戻り様に、ホムラが小声で囁くように言った。
「刀の?」
「ああ。刀みたいな武器のユーザーは、自身の扱う得物と同化することで真価を発揮するってのを聞いたことがある。あの光の刃は、多分あいつ自身だ」
「だからか。あの光と刀が、糸で繋がっているのは」
「糸……。ダメだ、やっぱ俺には見えない」
目を凝らして一生懸命見ようとしていたが、ホムラはすぐに断念したようだ。
「それで、その糸とやらは斬れそうか?」
「どうかな。少なくとも、この前みたいにはいかないかも」
スミスとぶつかった時、刃は光とぶつかるだけで糸まで届かなかった。まるで、普通の刀と打ち合っているような感じだった気がする。
「何とか隙を作れても、難しいか?」
答える前に、ちらとスミスを、扱う武器を見る。刀と光の繋ぎ目。ほんの僅かではあるが、それがはっきり見えた。
「……いや、大丈夫だ。行けると思う。でも、隙なんて作れるの?」
「確かに、あいつの加護は相当強い。光の刃も、お前が切れないくらい硬い。加えて、リーチも長い。この上なく厄介だ」
けどな、とホムラが自信ありげに続ける。
「やりようによっては、どうにかできる。加護の力そのものは俺の方が劣っているかもしれないが、相性が悪かったらしいぜ。俺の力で、あいつに最大の隙を作ってやる」
「本当?」
「ああ。だが、そのためには時間が必要だ。少しでいいんだ。俺に集中するための時間を、何とか稼いでほしい」
「うん、わかった」
ホムラが何をしようとしているのかはわからない。それでも、何か手があるというのならば、それに乗らない理由はない。
「何をごちゃごちゃ話しておるか、小童どもがッ!」
スミスが怒号を上げ、一気に間合いを詰めてくる。刀が、勢いよく振られた。ケイトの間合いより、大分遠い。
両方の刀で受け止めるべく、構えを取る。しかし、手には何の衝撃もなかった。スミスの刀から、光が消えている。
どういうことだ。そう思った時には、次の一撃が放たれていた。
「甘いわ、小童!」
下から、切り上げが迫る。今度は、光の刃がしっかり見えている。どうやら、その刃は自在に出し入れができるらしい。防御しようにも、少し間に合いそうもない。
咄嗟に右に跳んで避けてから、すかさずスミスの方へと跳躍した。生身の刀身の間合いに、何とか入り込む。
「むっ」
小さく呻いたスミスが光を消し、刀そのもので斬りつけてくる。
間合いが同じならば、戦いようはある。斬撃を右の刀で防ぎ、一拍さえ置くこともなく残った左で胴を薙ぐ。切っ先が、僅かに肉体を捉えた。
赤い鮮血が、掠めた衣服のぼろと一緒に微かに舞い上がる。浅い。手応えは、あまりにも弱い。
「おのれいッ!」
傷をつけられたことで激高したのか、満面を朱に染めたスミスががむしゃらに刀を振り回してくる。動きは単調だが、何分勢いが鋭い。元々の威力が重いこともあり、迂闊に受けるわけにはいかない。
最小限の動きでかわし、どうしても避けられない攻撃は刀で防いだ。今のところ、何とかかわし切っている。
それがさらに頭に血を上らせたのか、スミスの攻勢は激しくなってくる。これでは、隙を狙うところではない。
――まだなのか?
ちらと、ホムラの方に目を向ける。剣を地面に突き刺し、目を瞑って何かを集中している姿が映った。相当気持ちを入れているのか、額にびっしりと汗が浮かんでいるのが見える。
その目が、かっと見開かれた。
「行くぞ! 水洗い!」
吼えるように叫んだホムラが剣を引き抜き、頭上に掲げてからすぐに振り下ろした。
瞬間、どこからともなく大量の水が降ってきた。雨かと思ったが、少し違う。まるでバケツをひっくり返したかのように、勢いよく水が落ちてくる。
その水を、誰彼区別なく被っていく。ケイトも、頭から被ってずぶ濡れになる。ばかりか、目が少し痛く、肌が妙にべたつき始めた。
何よりも、口に入った水がしょっぱい。
――これは、塩水?
そのことに気づいてハッとし、咄嗟にスミスの方へと顔を向けた。
「ぐっ……。お、おのれ……!」
苦しそうに呻いたスミスが、膝をつきながらこちらを睨みつけている。しかし、その眼光には先程のような獰猛な光はなく、威圧感も全くない。寧ろ、息も絶え絶えと言った感じだ。
突然のことに驚いたが、ケイトはあることに気づいた。
スミスの光の刃が、錆びたような赤茶けた色に変わりつつあった。
「そうか、刀の具現化だから……!」
自身が刀そのものならば、受けるダメージもそのまま返るということか。普通の水や塩水だったら何でもなかったかもしれないが、今のは道具使いであるホムラのユーザー能力だ。刀が錆びてしまい、しっかりとダメージが通ったに違いない。
「ケイト、今だ!」
ホムラの言葉が聞こえたのとほぼ同時に、ケイトは一息に間合いを詰めた。
スミスが何とか受けようとしているが、錆が一気に回ったのか、動きはぎこちない。刀を構えるのもままならない有様だ。
間合いに入り、容赦することなく刀を振り下ろす。狙いは、刀と光を繋いでいる、赤い糸だ。
刀が唸りを上げ、糸を捉える。
まさに、その時。
「そこまでだぜ」
若い男の声が割って入り、次いで、何かを殴打する鈍い音が響いた。
「ぐはっ……!?」
腹に、強い衝撃が走る。それが何によるものかもわからないまま、ケイトは後ろに吹っ飛んでいた。
地面に、二度三度と叩きつけられる。三度目の衝撃の時に受け身を取り、何とか態勢を整えた。
だが、体が激痛を発して思わず膝をついた。腹に与えられた衝撃が、今も響いているかのようだ。
喉から何かが込み上げてきて一度咳き込み、口元を押さえる。そっと見ると、赤黒い血が、掌に色を付けていた。
痛みに顔を顰めながらも、ケイトは眼前の声の主へと目をやる。銀の短髪の見慣れない男が、大きめの手甲をつけた拳を前に突き出していた。
男が拳を引き、首に手をやって左右に動かす。骨の鳴る音が、二度聞こえた。
「油断したな、スミス。熱くなった時に前しか見えないのが、お前の悪い癖だぜ」
「も、申し訳ありませぬ……!」
スミスが頭を下げ、項垂れる。それを、男が睨むように見据えていた。
「先に下がってろ。今のお前じゃ、ただの足手纏いだ」
「は、はっ!」
スミスが体を引きずるようにして、この場から離れていく。
それを見送っていた男の顔に、真剣過ぎるものが浮かぶ。
空気が、一瞬で張り詰める。異様な感じだ。この男から発せられる威圧感と、異常に膨れ上がっている道具の加護の力にあてられ、ケイトの体は緊張し、強張っていく。
――この人、強い。
それも、段違いに。
「君は、誰だ……!」
「はっ、これから死ぬ奴に名乗っても仕方がねえが、冥途の土産に教えてやるよ」
男がこちらを見ては口角を吊り上げ、その顔に凶暴そうな笑みが浮かぶ。
「俺の名は、クロウズ。解放軍三将星が一人、魔拳のクロウズだ」
少し低い声音で言ったクロウズが、獰猛な光を湛えた双眸でこちらを見る。あまりにも鋭く、荒々しい眼差しから、ケイトは目が逸らせなかった。




