12-1 戦い終わって
眩い日差しを感じる。
それを眩しく思いながらも、ケイトはうっすらと目を開けた。
視界には、見慣れた自分の部屋の天井が映っている。
「……見慣れた、ね」
思わず、苦笑してしまう。最近まで、この部屋とは随分ご無沙汰だった。
オウリュウとの戦いを終えて、ケイトは一度、自分がいた世界へと戻っていた。
世界から脅威が消えたとはいえ、まだまだ問題は山のようにあり、やるべきことはたくさんあったのだが、ひとまずは一旦帰ることにした。長く向こうの家をほったらかしにしているのと、本当に帰れるのかが気になったからだ。
結果として、問題なく帰ることができた。ツクノに手を引かれ、ひとっ飛びで時空を飛び越えたのだ。ただ、行きのように風に吹き飛ばされた感じではなく、ちゃんと移動しているといった風で、今度は顔面から地面に突っ込むことはなかった。
尤も、飛び越えた時の記憶は曖昧で、気づいた時には自分の部屋にいた、という感じだ。
元の世界に戻ってから、とりあえずひと月は過ごした。
過ごしていたのだが、ケイトが前の日常に戻ることはなかなかなかった。久しぶりにのんびりと過ごせた時間も、そう長くは続かなかった。
そうなのるも、仕方がない。非現実の日常が何日か置きに、ケイトを呼んだからだ。
それは、目が覚めたばっかりの今も、うるさいくらいに聞こえてくる。
「ケイトさまー、早く向かいましょうよー!」
元気いっぱいの声が、耳元で聞こえる。
そちらに顔を向けて、ケイトは一度苦笑した。はっきりと見える付喪神が、満面の笑みを浮かべながら手を大きく振っている。
「わかってるよ。それで、今日は何があったの、ツクノ?」
起き上がりながら、ケイトはツクノに問いかけた。
「また、鉄鬼が暴れてるんだそうです! 今回のは結構凶暴で、すっごく強いらしいですよ!」
ツクノの言葉に、ケイトは少しだけ険しい顔をした。
オウリュウを倒し、悪意を切り払ったとはいえ、全てのモノの怨霊が消え去ったわけではなかった。クロス・ワールドに広がった悪意はほんの僅かずつだが確かに残り、何かに憑りついて鉄鬼となって暴れたりしているという。
鉄鬼が暴れ出す度に、ツクノは時空を超えてケイトを呼びに来ていた。呼ばれたケイトは、すぐに応じてクロス・ワールドへと向かい、鉄鬼討伐へと赴いた。そんな日がひと月の間に何回もあり、ケイトは元の日常から今も遠ざかったままというわけだ。
しかしケイトは、悪い気はしなかった。また、あの世界でみんなと会える。モノのために戦える。そう思うと、いつも気持ちが昂ってくる。
「……それは見過ごせないね。わかった、すぐに行こう」
鉄鬼が暴れていると聞いては、黙ってはいられない。すぐに身支度を整え、ケイトはツクノへと手を差し伸べる。
「じゃあ、行きますよー!」
小さな両手に手を引かれ、体がふわりと浮き上がる。妙な浮遊感が途端に襲ってきたかと思えば、次の瞬間には体が勢いよく前へと引っ張られていた。
一息に空間を飛び越え、視界に映る光景が、都会の様相から自然豊かな異世界のそれへと変貌する。
引っ張られる力が俄かに弱まり、ケイトはゆっくりと地面へと降り立った。
「やっぱりいいなぁ、ここは」
辺りを見渡しながら、つい感慨に耽ってしまう。この世界に来る度に、たくさんの出会いと思い出が頭の中に蘇る。良いことも悪いことも、全てが鮮明に映し出されていく。それを思い返していると、何となくだが満たされる気持ちになっていった。
ただ、いつまでもそうはしていられないようだ。
思い出に浸っていたら、不意に激しい破砕音が思考を遮ってきた。
「この音って」
「もしかして?」
不審に思ってツクノと顔を見合わせ、それから音の方へと目を向ける。
そこには、バラバラに砕かれた鉄鬼と、拳を振り抜いた姿勢で制止している男の姿があった。
クロウズだ。相変わらず、凄まじい力を持っている。砕かれた鉄鬼を見るからに、たったの一撃で木っ端微塵にしたようだ。
ケイトたちが唖然としていると、こちらに気づいたクロウズが顔を向け、にやりと獰猛な笑みを浮かべた。
「よう、遅かったじゃねえか。てめえがもたもたしている間に、鉄鬼はやらせてもらったぜ」
「ああー! やっぱり暴れてる! ダメだよ、クロウズさん!」
また別の声が割って入るように聞こえてきて、ケイトはそちらに目を向けた。
薬草がたくさん入ったかごを両手に持った少女、メディが、呆れたような顔をしながら小走りでクロウズに駆け寄っていた。
「どうした、メディ。別に、何も心配はいらねえが」
「どうしたじゃないよ。まだ傷が癒えてないんだから、無茶したらダメだよ」
「はっ。だから、一撃でぶっ倒したんじゃねえか。これなら文句ねえだろ?」
「もー、あるに決まってるでしょ! ちゃんと治ってないのに危ないことをするなんて、ダメったらダメなの!」
頬を膨らませて抗議するメディに、クロウズは余裕そうな笑みを口元に浮かべるばかりだ。それを見たメディがさらに頬を膨らませ、不満をぶつけるように言葉を矢継ぎ早に繰り出す。
端から見れば鬱陶しそうなくらいのお小言なのだが、クロウズにはうんざりした風がない。寧ろ、どこか楽しそうだ。メディも怒りながらも、どこか嬉しそうにしているように見える。
まるで痴話喧嘩を見ているようで、こちらが恥ずかしくなってしまう。ツクノも照れたように頬をほんのりと赤く染めながら、ちらちらと二人を見ている。
「仲が良いって言うか、何と言うか……。二人って、もしかして?」
「多分、そうなんじゃない?」
二人で囁くように呟き、ケイトは二人に目を向けた。
そういえば、最後の戦いから奇跡的に生還したクロウズは、今は療養も兼ねてメディの家に厄介になっていると聞いた気がする。王様が腕前を買って騎士団へと勧誘したが、その話を蹴ってメディのところへ行ったという。メディは身寄りがないらしいから、当然クロウズと二人っきりということになる。何もないとは、正直思えない。
「おい、何見てやがる。見世物じゃねえぞ」
「ひっ!?」
低い声音で言ったクロウズが、鋭い双眸を向けてきた。存外、圧のある眼力で、ツクノが引きつったような声を上げた。
ケイトは苦笑いし、何も言わずにいた。クロウズが不機嫌そうな顔をし、メディが途端に恥ずかしそうに顔を伏せる。
そこに、別の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「鉄鬼が暴れてるって聞いて来てみたら、もう終わってるじゃないか。もっと早く来ればよかったな」
ケイトは、逃げるように声の方へと顔を向けた。ホムラが、ゆっくりとこちらに向かって来ている。
ホムラがケイトに気づいたのか、ぱっと表情を明るくした。
「おっ、ケイトじゃないか! 久しぶりだな」
「ホムラこそ。元気そうで何よりだよ」
「ははっ、お互いにな」
一度笑みを向け合ってから、右手を上げてハイタッチする。
あの戦いの後、ホムラはまた流浪の旅に戻ったらしい。尤も、王都ミュゼムを拠点にしているそうで、根無し草ってわけではないと聞いた。王都に時々帰ってきては、そこの人々に料理を振舞って感想を求めたりしているという。
それでも、ホムラと会うのは本当に久しぶりだ。ケイトがこの世界に呼ばれた時は、大体すれ違ってばかりで会えなかったのだ。
「そういや、サラとはどうなったんだ?」
「ど、どうって? いきなりなんだよ」
唐突な質問に動揺し、ケイトはつい声が上擦ってしまった。
ホムラが、にやにやといたずらっぽい笑みを浮かべている。
「いや、お前は向こうの世界でサラに会いに行ったんだろ? しかも、頻繁に。だったら、何かしらの進展があったんじゃないかと思ってな」
「なっ!?」
つい叫ぶように言ってしまい、すぐにツクノを睨むように見る。
「やばっ……」
ツクノが目を逸らし、へたくそな口笛を吹いてごまかそうとする。
ケイトがサラのいる病院を訪ねたのは、本当のことである。会いに行くと約束していたし、何よりも向こうの世界でも彼女に会いたかった。幸運にも、ケイトの住まいから病院まではそれほど距離はなく、暇さえあればケイトはサラのお見舞いに行っていた。
そのことは、一応自分だけが知っていることのはずである。それなのに、知られているということは、見てしまった誰かがばらしたとしか考えられない。
そんなことができて、かつクロス・ワールドに行ける人物となると、もう限られてくる。
「あ、あはは……。そ、それじゃあ、そういうことでー」
「あっ、こら! 逃げるな!」
そっと逃げようとするツクノを捕まえようとするが、ひらりとかわされてしまう。そのまま遠くへと逃げようと、ツクノが飛び始める。
「逃がさないわよ」
「ぎゃあ!?」
そこを、急に現れた狼が、大きな口で噛みついて捕らえた。




