11-16 守り抜けたモノ
「オウリュウ!」
叫ぶも、どうしようもない。ケイトもツクノも、遠ざかっていくその光景を、ただ見ているしかなかった。
「くそっ……」
やり切れない思いを抱くも、何とか抑え込んだ。今は、脱出することが先決だ。
「ウル、目一杯飛ばして!」
「わかってる! 振り下ろされないでよ!」
ウルがさらに速さを上げ、長く続く廊下を駆け抜けていく。崩れ落ちてくる瓦礫の雨を一切触れることなくかわし、ウルは僅かな無駄もない動きで前へと進む。
やがて、遠くに微かな光が見えてきた。それは、どんどん近づいてくる。
出口だ。城へと入った時に通った扉が、大きく開け放たれている。
そこで待ち受ける、何人かの影。
「急げ、ケイト!」
「もう城がもたないよ!」
「早く早く!」
ホムラとサラ、そしてメディが、大きな声で促してくる。その少し先で、朱雀の姿をしたヒバリが、いつでも飛べる体勢で待っているようだ。
「はあっ、はあっ……! もう少し……!」
辛そうに喘ぎながらも、ウルは駆け続ける。ただ、疲労が色濃いのか、動きに切れがなくなってきた。速さも、徐々に落ちている。
不意に破砕音が聞こえ、ケイトはハッとして音の方へと目を向けた。天井が崩れ、瓦礫が勢いよくこちらへと落ちてくる。
ウルがかわそうとするが、間に合いそうもなかった。駆け抜けようとするので、精一杯のように見える。
「ケイト!」
仲間たちの、悲鳴に似た声が重なって聞こえる。
「はあっ!」
それを掻き消すように、ケイトは右の刀を思い切り振るった。瓦礫が真っ二つに切り裂かれ、左右へと勢いよく落ちていく。そこを、ウルが駆け抜けた。瓦礫の崩落はまだ続いているが、ウルはそのまま、出口まで突っ走る。
ひと際、激しい崩落音が響いた。背後の道が、瓦礫によって鎖されていく。それに巻き込まれまいと、ウルが前へ跳ぶようにして外へと出た。ほぼ同時に、入り口の辺りが崩れていく。
何とか外に出て、呆然と城が崩れる様を眺めていると、ヒバリがのんびりした口調ながらも、すぐさま促してくる。
「ほらほら、ぼんやりしない。早く離れないと、巻き込まれちゃうよ。さあ、早く乗って」
「あ、ああ。みんな、急ごう!」
促されるままにヒバリの背へと急ぎ、皆が乗ったところでヒバリが空高く飛び上がる。そしてすぐに、城から離れていく。
外は、一日が過ぎ去ったのか、朝日によって薄明るくなり始めていた。
城からある程度の距離が開いてから、ケイトは振り返った。他の皆も同様にしている。
視線の先には、完全に崩れ去り、瓦礫の山と化した城の残骸が見える。
「……終わった、のかな」
言いながら、ケイトは脱力したように座り込んだ。終わった。それを確かに感じるのだが、気持ちは妙に沈んでいる。オウリュウを救えなかったことが、心にずっと引っ掛かっていた。
シルクと約束したのに。そう思うと、無意識のうちに俯き、唇を強く噛んでしまっていた。悔しさが強いのか、噛み締めた唇からは、鉄の臭いをしっかりと感じた。
その様を見てか、誰も何も言おうとはしない。視線を逸らし、浮かない顔をするばかりだ。
「……約束、守れなかったな」
「そんなこと、ありませんよ」
自嘲気味に呟くと、すぐに言葉が返ってきて、ケイトはゆっくりと声の方へと顔を向けた。
優しい笑みを浮かべたツクノが、ほら、とある一点を指差している。
ケイトは、つられるようにしてその方へと視線を向けた。城がある方だ。
そちらに目を向けて、ケイトは思わず息を呑んだ。他の皆も、声を上げずに驚いている。
城の残骸の中から、黄色の龍が天へと向かって勢いよく飛び出していた。
天を駆けるように昇っていく龍が、ひと際眩い光を全身から放つ。あまりにも眩しくて、ケイトは思わず手で庇を作った。
放たれた光が、辺りへと広がっていく。瞬間、頭上を覆っていた闇が弾き飛ばされる。ガラスが砕けたようにバラバラに砕かれた闇は、次第に溶けるように姿を消し、清々しいまでの青空が顔を覗かせた。
「あれは……?」
「あの龍は、ですね」
答えようとしたツクノが、言葉に詰まる。感極まったのか、大きな双眸からは涙が流れ、すすり泣くような声が漏れるばかりだ。
「オウリュウだよ。あの子の、守護獣としての姿」
見かねたヒバリが、感慨深そうに言った。
「オウリュウだって?」
「そう。あの姿を見るのは、本当に久しぶり。だって、シルクと戦ったあの日から、オウリュウは守護獣であることをやめてたから」
「それって、悪意に憑りつかれたから?」
「かもね。でも一番は、自身の役割を放棄して、忘れちゃったからじゃないかな。オウリュウは、生命を司る守護獣なのにね」
思いがけない言葉に、ケイトはつい首を傾げてしまう。
「生命……?」
「……ああ、そうでした」
ようやく泣きやんだツクノが、嬉しそうな顔をしながら言った。
「オウリュウの守護獣の名は、黄龍。役割は、この世界の全ての命を司り、守ること。あの子が生きてるからこそ、この世界のモノはちゃんと生きてられる」
「うん。それを忘れちゃったから、黄龍である自分を、オウリュウは棄てちゃってたんだろうね。自身の死こそが世界の破滅とも気づかずに、悪意と一緒に全てを壊そうとしたんだと思う。役割なんて、覚えてもなかったはずだよ」
「でも、あの姿をわたしたちに見せたってことは、自分の使命を思い出したんでしょう。あの子は、もう一度役割を果たしてくれる気になったんだと思います。きっと、人とモノが繋がる未来を信じてくれたんだと思います。ケイトさま、あなたのおかげで」
ツクノが前に来て、その小さな両手でケイトの手を握り締めてくる。
「ケイトさま、本当に、本当にありがとうございます……! ケイトさまに出会えたから、大事なこの世界を守れました。救ってあげなきゃいけない子を、救ってあげられました」
頭を深々と下げてくるツクノに面食らったが、ケイトはすぐに落ち着きを取り戻した。
「……僕だけのおかげじゃないよ。ここにいるみんながいるからこそ、今の結果があるんだ」
それに、とケイトは一度言葉を切った。それを聞き咎めたのか、ツクノがゆっくりと顔を上げる。
「まだ、これからだよ。僕たちは、オウリュウの信頼にちゃんと応えなきゃ。じゃないと、全然意味がないだろ?」
周囲に目を向け、笑みを見せながら言うと、ツクノを除く周りの皆が力強く頷いた。辺りをきょろきょろと見渡したツクノがそれに気づき、少しだけ困ったような顔をしてから笑顔を浮かべる。
「……そうですね。これからが、本当の勝負ですよね」
「ああ。モノと人がちゃんと繋がっていられる未来を、僕たちが示して、守っていくんだ。きっと、何かと戦うよりも大変なことだよ」
「でも、やるんですよね?」
「当たり前だろ」
力強く頷きながら、空へと視線を向ける。ツクノも、ケイトに倣ってそちらに目を向けてきた。
視線の先で天高く昇っていく黄龍が、光と共に消えていく。
ほとんど姿を失くした龍が、不意に目を向けてきた。いや、実際はそうではないかもしれないが、少なくともケイトは、そう感じてならなかった。
――お前の言葉を聞かせろ。
そんな声が聞こえてきた気がして驚いたが、ケイトはすぐに気を取り直し、力強い声で胸の内の思いを口にする。
「僕たちは、モノとの繋がりを大切にする。何があっても、切れない絆を紡ぐことで」
だから、とケイトは力強い声でさらに続ける。
「二度と悪意の好きにはさせない。人とモノが信頼し合える未来を、いつまでも守ってみせる」
誓いを胸に、ケイトは刀を空へと掲げる。
太刀鋏が頷いたのか、朝日に照らされた刀が、ひと際眩い光を放った。




