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モノとの正しい付き合い方  作者: 千変万化
終章 これから
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12-2 未来へ進む

「いたたたっ!? ご、ごめんなさい! だから離して、ウル!」

「もう、反省なさい? 次はこんなんじゃ済まさないわよ」

「本当だよ。まったく、あんまり人の秘密を口にしない方が良いよ。じゃないと、こんな風に痛い目に遭うんだから」

 狼の背に乗っていた少女が、勝気な笑みを浮かべながら言葉を引き継いだ。

「あっ、サラ」

 そっと狼から降りたサラが、ケイトに笑みを向けながら小さく手を振ってくる。その姿が可愛らしくて、ケイトはついどぎまぎとしてしまった。何となく気恥ずかしくて、振り返した手の動きはどこかぎこちない。

「ちょっと! あたしもいるのよ!」

「いだだだっ!? やめてやめて! ウル、力を入れないでぇ!」

 狼の姿のままのウルが、気持ちが昂ったのか思い切り口に力を入れてしまったらしい。噛みつかれたままのツクノが、涙目になりながら悲鳴を上げている。

 あっ、と気づいたウルが大きく口を開き、ツクノが逃げるようにそこから離れていく。

「……こほん」

 一瞬沈黙が流れ、一度咳払いしたウルが、人の姿になる。端麗な顔にぎこちない笑みを浮かべながら、サラと一緒にウルが近づいて来た。

「ウル、もう少し落ち着かないと。君の悪い癖だよ」

「だ、だってぇ……。ケイトったら、サラばっかり構うんだもの……」

「ご、ごめん。で、でも、実家に帰る回数は増やしただろ?」

 クロス・ワールドから元の世界に戻ってから、ケイトはこれまで月一回くらいだった実家への帰宅を、週に二回に増やしていた。一応、ウルと触れ合う時間を増やすためだが、本音としては少しの後ろめたさがあってのことだ。サラとたくさん会っていることで、ウルの機嫌を損ねているのではないか、とつい思ってしまうのだ。

 多分、ウルはそのことに気づいている。ケイトの言葉を聞いた途端に頬を膨らませ、泣きそうな顔をして吼えるように言葉を紡いでくる。

「そうだけど、足りないの! ずるいじゃない、サラばっかり気にかけて。あたしだって、ケイトともっといたいのに!」

「そ、それは、その……」

 つい、言い淀んでしまう。自分が悪いことをしているような感じになってしまい、ケイトは物凄く居たたまれない。 

「おいおい、二人の女にいい顔してるのか? はっ、人は見かけによらねえな」

「ケイトさんって、そんな人だったの……?」 

 クロウズが意地悪そうに嫌な笑みを浮かべ、メディがほんの少し軽蔑したような目を向けてくる。

「ち、違う! 僕はそんなつもりじゃ!」

 慌てて否定すると、余計にそれっぽい感じになってしまい、ケイトは内心で後悔した。メディの冷たい眼差しが、痛いほど突き刺さってくる。助け船を求めようにも、当事者以外の皆はにやにやと笑ってばかりで頼りになりそうもない。

「そ、そういえば、調子はどう、サラ?」

 全てから目を背け、ケイトはサラに顔を向けて言った。ただ、動揺し過ぎているのか、やはり声は上擦っている。

 それがおかしかったのか、サラが小さく笑った。

「ふふっ、全然問題ないよ。体の調子が良い方向に向かっているのは、ケイトにも話したでしょ?」

「あっ、うん。そうだったね」

 頭を掻きながら、ケイトは苦笑した。その話は、向こうの世界で昨日聞いたはずだ。

 実際に会ったサラは、彼女が言った通り、とてもきれいな長い黒髪を持つ少女だった。髪の毛以外の見た目はここにいるサラと大差ないが、強いて挙げるならば、現実の彼女の方が少し瘦せ気味だっただろうか。病気のせいで食事も運動も満足にできないらしいから、当然と言えば当然だろう。

 そんなサラの病気も、回復の兆しが見えたそうだ。元々、原因もよくわからない病気で、ずっと気怠さが付き纏っていたらしいのだが、徐々にそれはなくなりつつあるという。さらには、眠っている時間も若干短くなったとサラは言っていた。それは即ち、クロス・ワールドに来られる時間が減ったことを意味するのだが、代わりにケイトと過ごす時間が増えたということでもある。

 もしかしたら、塞ぎ込んだ気持ちが原因だったのかもしれない。ある日、サラはそんなことを言っていた。現実を生きるのが苦痛で、ただそこにいるだけでも息苦しくて、辛かったと、会いに行った時に話してくれた。しかし、ケイトがお見舞いに行くようになってからはそんなことはなくなり、体調も良くなっていった気がするらしい。

 それが本当ならば、ケイトとしてはとても嬉しかった。サラが病気で苦しんだままなのは、自分としても心苦しい。

 サラともっと話そうと思ったが、嫌な気配を感じて、ケイトは咄嗟に身構えた。他の皆も気づいたのか、俄かに気を張り詰める。

「ねえ、クロウズ。倒した鉄鬼って、一体だけなんですか?」

 顔を強張らせたツクノが、首を傾げながら言った。

「引っ掛かる言い方だな。暴れ回ってるのは、一体だったが」

「じゃあ、この気配は……!」

「ゴオオオッ!」

 ツクノが咄嗟に頭上へと目を向けたのと同時に、禍々しい咆哮が耳に届いた。

 ケイトも、すぐにそちらを見る。鉄の装甲を身に纏った巨大な猛禽の鉄鬼が、勢いよく急降下してきているところだった。

「やっぱりいた! って、ケイトさま!?」

 ツクノの驚くような声が聞こえてくる。

 顔を向けたのと同時に、ケイトは高く跳び上がっていた。手には、長く戦ってきた相棒が既に握られている。

「行くぞ、太刀鋏!」

「おう!」

 勇ましい声がどこからともなく返り、両の刀が眩い光を放つ。

 鉄鬼の姿が瞬く間に迫り、間合いに入った瞬間、ケイトは刀を振り抜いた。斬撃音が二度響き、耳障りな咆哮がぴたりとやむ。

 縦に横にと断ち割られた鉄鬼が四つに分かれ、力なく地上へと落ちていった。

「まあ、こんなところかな」

 地上に降り立ち、ケイトは皆に顔を向ける。

 感心したような呆れたような、そんな感じの顔がケイトを出迎えた。

「相変わらず、凄まじい太刀捌きだよなぁ。一瞬で終わっちまった」

 ホムラが、真っ先に口を開いた。

「まだまだだよ。今の僕の力じゃ、まだ足りないんだってさ」

「足りないって、どういうことだ?」

「それはわたしが説明しまーす!」

 ここぞとばかりにツクノが声を張り上げ、割って入ってきた。

「ケイトさまはとってもお強いですけど、この世界を元に戻すにはまだまだ足りないんです!」

「元に戻すって……。ああ、そうか。そういや、一つ終わってないことがあったっけな」

 言いかけたホムラが、何かを思い出したように納得する。他の皆も思い出したのか、ハッとしたような顔をしていた。

「そうですよ。魔法の撚糸は、まだほとんどが切れたままですからねー。あれを紡ぎ直せる可能性があるのは、現状ケイトさまだけなのです!」

 ツクノが、何故か胸を張って偉そうに言った。

 モノの悪意を打ち破っても、切れた魔法の撚糸が元に戻ることはなかった。そもそも、悪意が撚糸をどうこうしたわけではなかったから、倒しても元に戻ることはなかったのだ。

 糸が切れたままだと、この世界が不安定になってしまう。過干渉が起きるくらいに世界を繋いでいた鉄の柱は、オウリュウが悪意から解き放たれたことで、今では影も形もなくなっていた。今は守護獣のヒバリが残った糸を守ってはいるが、放っておいたら、この世界にどんな影響があるかもわからない。

 古の道具使い、鬼一法眼の願いは二つの世界を切り離すことだが、今ではないだろう。今切り離しても、世界が独立できるとは思えない。安全な方法がわからない以上、ひとまず撚糸で世界を繋ぎ、守っていくしかない。

「そのために、僕はもっと強くならないといけない、ってことだね」

「はい! 言っちゃあれですけど、ケイトさまじゃあ、まだまだ法眼さまの足元には及びませんからねぇ。わたしの力を使って、魔法の撚糸を紡ぐには、もっともっと能力を強めてもらわないと!」

 だから、とツクノが一度言葉を切り、満面の笑みを浮かべながら続ける。

「これからも一緒に頑張っていきましょうね、ケイトさま!」

「あはは……。うん、頑張ろう」

 向けられた眩しい笑顔に、ケイトは笑みを浮かべながら返す。

 当てにされている。それは嬉しくはあるが、この双肩に乗せられた役割は、結構重い。プレッシャーも、相当かかってくる。

 ――けれど、大丈夫だ。

 周りを見れば、何の心配もなくそう思える。

 ケイトに向いている仲間たちの表情が強い意志に満ちていて、とても頼もしい。

 ホムラやサラ、ウルにクロウズ、メディなど、他にもたくさんの仲間と一緒に頑張っていけば、いつだって何とかできる。そのための力が、自分たちにはある。だから、何も恐れることはない。

 ――しばらく、僕の戦いは終わりそうにないな。

 だけど、それも悪くはない。胸の内で呟き、ケイトは遥か彼方を見据える。

 そこには、どこまでも続いていそうな草原が広がっている。

「さあ、行こうか」

「えっ、どこへ?」

 ツクノが問いかけてきて、ケイトはもう一度笑みを浮かべた。

「どこへでも。僕たちは、立ち止まっているわけにはいかないからさ」

「……はい! 行きましょう、みんな!」

 ツクノが言い、皆が思い思いの表情を浮かべながら頷いた。

 ――この先には、何が待っているのだろうか。

 遠くを見つめながら、ふと思う。思うが、何と出会うかは考えない。出会ったからのお楽しみ。その方が、わくわくする。

 ケイトは一度、手元の刀を見つめた。最後の戦いでひびこそ入ったが、その傷はもう修繕してある。まだまだ一緒に、戦っていける。

「まだしばらくはよろしく頼むよ、太刀鋏。お前も、僕の仲間なんだから」

 天高く掲げた二本の刀が、頷いたように眩く輝く。

 ケイトは頷き、それから前を向く。

 まだまだ続いていくだろうこの世界での日常に思いを馳せながら、ケイトは一歩前へと踏み出した。


(了)

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