2-5 解放軍クロウズ
気分を滅入らせそうな薄暗さが、辺りに広がっている。
いくらか深い森の奥だ。頭上は木々の葉が鬱蒼と茂り、空を覆い隠してしまっている。差し込む木漏れ日もほんの僅かで、日が昇って久しい頃だというのに、ここらはいつも宵闇のような暗さに包まれている。
森の奥だが、獣たちの声は聞こえない。気配もない。時折耳に届くのは、地の底から聞こえてくるような不気味な唸り声と、鉄の重々しい足音ばかりだ。
解放軍の拠点を森の奥に置いて以来、ここから動物の姿は消えた。今この森を支配しているのは、無数の鉄鬼だ。
この世界にとって脅威でしかない鉄鬼がいるというだけで、森に近づく者はいなかった。だから、森の奥に拠点を作って活動していても、邪魔されることはなかった。そもそも、気づかれてもいない。解放軍にとって、ここはこれ以上ない隠れ蓑だった。
それが、王都の連中にばれたような節がある。
きっかけは、些細なことだった。同志の一人が森から安全に出られる秘密の道から出たところを、道に迷っていた行商人に見られたという話だ。その同志は武装していたために、十分怪しまれたのだ。
この拠点を王都の騎士団に襲われるのは、少し面白くない。この森の近辺には魔法の撚糸があるはずで、今は捜索の最中にある。糸を見つける前に放棄するわけにはいかなかった。
いくら鉄鬼が森を徘徊しているとはいえ、王直属の騎士団が出向いてきたらどうなるかはわからない。騎士団は、直属だけあって手練れ揃いで、王から加護まで受けている。鉄鬼を倒せる道具使いがいてもおかしくない。それに、王都にはスピードに長けた馬車があり、ここには来ようと思えば一日で来れるはずだ。森を突破され、こちらの拠点を強襲しないとも限らない。
そうなるのは、何としても防がなくてはならない。どうすべきかを部下と話し合い、早急に対処策を考える必要がある。
部下のリオネが部隊と共にほうほうの体で帰ってきたのは、まさにそんな時だった。
「クロウズ様!」
息を切らしたリオネが、クロウズに呼び掛けてくる。相当急いできたのか、顔は汗に塗れ、火照ったようになっている。
「どうした、リオネ。そんなに慌てて、お前らしくもねえ」
苦笑気味に言うが、リオネがその言葉に応じた風はない。
「申し訳ありません! 昨日、村の制圧に失敗し、恥ずかしながら逃げ帰ってきました!」
「何だと?」
思いがけない言葉に、苦笑いの浮かんだ顔が凍りついた。目元が吊り上がっていくのが、自分でもわかる。
それでも、湧き上がりそうになる激情は何とか抑えた。
「リオネ、俺は言ったはずだぜ? つまらねえ欲を出して、村を制圧するのはやめておけってな。王都の奴らに、余計な勘繰りを入れられるのは面白くねえんだからよ」
「は、はい。仰る通りです……」
「ったく、制圧できてりゃ何も言わねえつもりだったが、失敗して逃げ帰っただと?」
リオネに近づき、顔を寄せる。緊張で顔を強張らせたリオネが、ごくりと生唾を呑み込んだ。
自分では抑えているつもりだったが、どうやら顔には感情が滲み出しているらしい。
「おい、どういうことだ?」
「そ、それが、その……」
リオネが言い淀み、目を逸らす。
その目を追いかけ、睨むように見据えた。一瞬怯えたリオネが、目を伏せながらも観念したように口を開く。
「……一人の道具使いによって、私の巨人人形が敗れました。その、腕と足を、切り落とされまして」
「おいおい、冗談にしても笑えねえな」
少し軽い口調で言ってみたが、リオネは目を伏せたままだ。
「……マジなのか?」
「は、はい……。まるで紙でも切ったかのように、すっぱりと」
「馬鹿野郎が。だからいつも言ってやっただろうが。人形のでかさと頑丈さにかまけて、加護を鍛えるのを疎かにするなってよ。そんなんだから、こんな無様を晒すんだ」
リオネが声もなく俯く。自慢の巨人人形がやられたことで、その自覚はちゃんとあるらしい。
ああは言ったが、内心では驚きを隠せなかった。リオネの巨人人形は、そう簡単に斬り落とせるほど柔らかくはない。並の道具使いの攻撃程度では、良くて微かな傷がつく程度だし、鉄鬼とぶつかり合っても壊れはしないほど頑丈だ。
――それが、容易く斬り落とされるなんてな。
厄介な奴が現れたと思わざるを得ない。それほどの腕前を持つ道具使いが解放軍に楯突いたとなれば、そいつの行き先は一つしかない。
「本当に余計なことをしてくれたな、リオネ。その道具使いは、まず間違いなく王都に向かうぞ。そして、王からこの森に行くよう命ぜられる」
「えっ? な、何故です?」
「ここの拠点がばれたかもしれねえんだ。解放軍がこの森を拠点に使っていると知ったら、奴らはまず潰しに来るだろうよ。奴らにとって、俺たちは世界を乱す邪魔者でしかないんだからな」
「そんなことに……。も、申し訳ありません!」
深々と頭を下げるリオネに、間髪入れずに一発拳骨を食らわせた。鈍い音と、リオネの呻き声が聞こえる。それでも、頭は下げたままだ。
一発ぶん殴ったことで、少しだけ気が晴れた。熱くなりかけて狭まっていた視界が、いくらか開けてくる。
「仕方がねえ。こうなったら、奴らが来る前に糸を見つけるしかねえな。俺の見立てだと、あと一歩のところまで来ている。死ぬ気で探せば、見つけられるかもしれねえ」
「で、では、すぐに捜索を開始します!」
顔を上げて早口で言ったリオネに、もう一発拳骨を食らわせる。リオネがまた、小さく呻いた。
「逸ってんじゃねえ。全員を捜索にあてられるわけがねえだろ。この拠点を引き払う部隊も編成するんだよ」
「えっ、引き払うのですか?」
「奴らに目をつけられてるんじゃ、仕方がねえさ。この拠点は放棄して、フーズのところにでも行こうかと思っている。奴らの今後の動き次第では、連携も必要かもしれねえからな。まあ、三将星のうちの二人が揃ってちゃ、奴らもおいそれと手出しはできねえだろ」
クロウズの決定に、口を挟む者はいない。伊達に、三将星の一角を担ってはいないつもりだ。これまで多くの敵を、力で潰してきたのだ。実力は、じかに見てきたこいつらがよく知っている。
「ただ、奴らが来るのを黙って見てるのも面白くねえな。捜索と撤収作業の邪魔をされるわけにもいかねえ。誰かが、足止めしねえとな」
同意を求めるように言っても、やはり誰も答えようとしない。いつものことでもう慣れたが、それはそれで面白くない。
が、そんなことでへそを曲げている暇はない。
「リオネ、巨人人形は動かせるか?」
「しばらくは無理ですね。繋がりが、完全に断たれています。直すのに、どれだけ時間がかかるかわかりません」
「そうか。だったら、お前は捜索の指揮を執れ。自分の部隊と、人形部隊くらいなら動かせんだろ?」
「できます! お任せを!」
リオネが頭を上げてから、勢いよく一礼した。それからすぐに、部隊と共にこの場を離れる。
その背を見送ることもせず、クロウズは別の部下に声をかけた。
「スミスはいるか?」
「ここに」
後ろの方から低い声が返り、その主がクロウズの前に来るとひざまずいた。
浅黒い肌をした、筋骨逞しい男だ。名を、スミスと言う。忠誠心が厚い上に腕が立つ、クロウズの片腕のような存在だ。
「鉄鬼だけじゃ、多分突破されるだろう。だから、お前と俺でその道具使いを迎え撃つ。だが、同時にじゃねえ。お前が先行し、まずその道具使いと戦え。俺は後ろで、そいつの力量を確かめる」
「お任せを。何なら、わしが倒してしまってもよろしいのですかな?」
「はっ、構わねえよ。潰せるに越したことはねえんだからな。だが、油断すんじゃねえぞ。野郎共が撤収できたら、今回は勝ちなんだからな」
「わかっておりますわい。武人にとって、油断とは死を手繰り寄せるようなものですからな」
一度腰に差した刀を軽く叩き、それから長く伸びた顎髭を撫でながら言ったスミスが、力強い笑みを浮かべた。
口元だけで笑みを返し、それから近くにいる同志には撤収準備を命じた。
十人そこらの同志たちが、大慌てで拠点の後始末を始める。この拠点の部下の数は二、三十人だから、武具や食料、生活必需品など、運び出すものは多くある。一日そこらでは終わらないだろう。
糸の捜索も、あと一歩が遠い。これまで時間をかけて探していたが、最早猶予はなくなった。
予想では、王都からの刺客は早くて明日、遅くても二日後には姿を見せると思われる。タイミングとしては、少し際どい。
「……まあ、たまにはこういうのも悪かねえか」
誰にも聞こえないように、ぽつりと呟く。
弱い者いじめをしてもつまらないし、順調に事が運びすぎるのも物足りない。やはり、高い目標を為すためには、それなりの障害があった方が燃えるというものだ。
何よりも、ここ最近は、強い敵と戦ってなくて飢えている。
「はっ、せいぜい楽しませてくれよ。王の犬っころがよ」
右の拳で左の掌を叩き、自分でもわかるほどの獰猛な笑みを、クロウズは浮かべた。




