2-4 王様の依頼
「早速だが、君たちの力を見込んで頼みたいことがある」
ケイトが思索に長々と耽る暇もなく、王様が言った。
「この王都から南西へとしばらく行ったところに、ローグの森という森林地帯がある。そこに、解放軍の拠点の一つを見つけたという情報がもたらされてね。その真偽を、君たちに確認してきてほしいのだ」
「確認ですか? 僕たちが?」
少し意外な依頼に、ケイトは首を傾げた。
「そうだ。まだ確証もない話なのだが、見過ごすわけにもいかない。真偽を確かめ、早急に手を打つための足掛かりにしなければならぬ。そのためにも、偵察は必要なのだ」
「それはわかりますけど、僕たちでいいんですか? こういう大事なことを、新参にいきなり任せて」
普通ならば、それなりに経験を積んだ人が偵察に出るものである。事の真偽の判断もそうだが、不測の事態や不慮の戦闘などが起きた場合、適切に対処し、あるいは逃げ果せるための実力が必要となる、というのを昔読んだ軍記物で見かけた気がする。
とにかく、偵察はぽっと出の若輩者が軽々しくするものではない。
しかし王様は、ためらいなく首を縦に大きく頷いた。
「大事だからこそ、君たちに頼むのだよ。鉄鬼の出現以来、私の下に人が集まりにくくなっていてね。唯一戦える騎士団も、先に言った通り、留守にしている。情けない話だが、動かせる人材が不足しているのだ」
それに、と王様が続ける。
「ローグの森には、鉄鬼が数多く生息していると聞く。これは、既に確認された事実だ」
「鉄鬼が……!」
ケイトの脳裏に、初めて鉄鬼と出会った時のことが思い返される。
鉄の装甲を纏った、大型の獣のような怪物。あの時は色々なことが起き過ぎて恐怖が吹き飛んでいたが、あの異様な姿は思い返すだけで恐ろしい。そんな怪物がごろごろいると思ったら、少し血の気が引いた。
「そうだ。鉄鬼は凶暴で、装甲は異様に硬い。並の者では、真偽を確かめる前に屍になってしまうだろう。だが、君ならば鉄鬼など問題ないはずだ」
「僕ならば?」
「うむ。斬れるのだろう、鉄鬼を」
王様の言葉に、周囲がざわつく。ケイトへと、一気に視線が集まった。
だが、驚いたのはこちらの方だ。鉄鬼を斬り倒した話は、まだしていない。
「どうしてそれを……!?」
「君に、モノとの繋がりを可視化する能力があるからだよ」
「可視化って、さっきの光が見えることですか?」
聞きそびれたことを、ケイトはここぞとばかりに聞いた。
「そうだ。君が見ている光は、物とモノを繋ぐ糸だ。本来ならば、その繋がりの光は見ることはできず、直接攻撃することは難しい。だが、可視化できるのならば、話は別だ。寸分違わず攻撃し、傷をつけることが可能だと聞く」
「聞く?」
「ああ。私自身、その能力があるわけではないからね。私が知る限り、今の世ではシルクだけがその能力を持っていた。繋がりを可視化し、断ち切る力を」
「だから、僕も同じ力を持っていると?」
「うむ。その様子だと、当たっているのだろう?」
ケイトは、ただ頷くしかなかった。頷きながら、理解した。自分の見ている世界は、特別な力によるものだったのだと。鉄鬼を、いや鉄鬼だけじゃない。あの時、巨人の人形を斬れたのも、その力があったからこそだったのだと。
ただ、理解しても、驚きは隠せない。ホムラもツクノも、予想を上回る事実に驚いたのか、目を丸くしてケイトを見ている。
「鉄鬼を倒せる君ならば、ローグの森の奥へと進めるだろう。事の真偽を確かめられるのは、君しかいないのだ」
「わ、わかりました」
頷いた王様がホムラに目を向ける。唖然とケイトを見ていたホムラが、慌てて居住まいを正した。
「ホムラ君、君にはケイト君の護衛を頼みたい。いくら彼の能力が凄まじくても、一人では危険だからね」
「は、はい!」
ホムラが勢いよく返事をし、顔を強張らせながらケイトを再度見た。無理やり強気な笑みを浮かべようとしているが、引きつって少し変な顔になっていた。
ケイトはただ、苦笑を返した。この世界で戦っていくことは、想像以上の大役らしい。色々と覚悟を決めはしたが、こうまでプレッシャーをかけられると委縮しそうになる。
――こんなことだったら、自分だけで戦ってた方が良かったかも。
そんな無謀なことを思いつつ、ケイトは尚も話す王様に耳を傾けた。
「君たちに、旅の足となるモノを贈ろう。ローグの森までは、なかなか距離があるからね」
王様が後ろに控えている騎士に呼びかけ、「あれを」と言って何かを持ってくるように指示をした。
騎士が駆け出し、それほど立たずに戻ってきた。手には、銀色の小さなブレスレットが握られている。
そっとひざまずいた騎士からブレスレットを受け取った王様が、ケイトに差し出してきた。
「これは?」
「君たちの足となる、鉄の馬車を呼び出すためのものだ。このブレスレットを腕に着け、出て来いと念じてごらん」
ブレスレットを渡され、ケイトは戸惑いながらも言う通りにした。
何かが息づいているような感覚が、途端に腕を通して伝わる。内心驚きながらも、ケイトは王様に言われたとおりに強く念じた。
瞬間、ブレスレットが短く光を放ち、何かが飛び出してきた。目の前に、屋根のついた台車を引いた黒い馬が現れる。鉄の装甲を纏った、大きめの馬だ。
突然現れた馬車に、ケイトは驚きの目を向けた。
「この馬車ならば、旅路もスムーズに済むだろう。足の速さは、相当なものがある。何と言っても、この子は車が具現化したものだからね」
「車が馬に……」
もう、色々とやりたい放題だ。いちいち驚いていたら、気が持たないかもしれない。
「しまいたい時は、戻れと念じるのだ。それで、この子はブレスレットに帰る」
言われたとおりに念じたら、馬が光に包まれ、あっという間に姿を消した。成程、これは便利だ。まだどれくらい速いのかは知らないが、自動車というからにはなかなかのスピードが出そうである。
「おお、そうだ。ケイト君、地図は持っているかな?」
「え、ええ。一応」
さっきより少し早口気味に言う王様に戸惑いながら、ケイトはハーベストでもらった地図を広げて見せた。
「ならば良い。馬車に乗る時は、その地図を台車の中に張り付けておくのだ。そうすれば、地図がカーナビとなり、行きたいところを念じるだけで馬が勝手に走ってくれるようになる」
「えっ。それって、自動操縦ってことですか?」
「ああ。この世界ならではの、だがね」
王様が、少し得意そうに笑みを浮かべた。
もう、感心するのもくたびれた。驚きっぱなしで、本当に気が持たない。
「さて、これで君たちは移動手段を確保できた。いつでも任務に赴けるというわけだ」
唐突な言葉に、ケイトたちは思わず顔を見合わせた。
そんなことはお構いなしと言わんばかりに、王様が続ける。
「出立の時は君たちに任せる。だが、できるだけ早く、真偽を確かめてきてほしい。一日遅れるだけで、打つ手も同じくらい遅れるからね」
「ええとそれって、もしかしなくても今日中に向かえってことで……?」
「いいや、そうは言っていないよ。君たちも長旅で疲れているだろう。休息は必要だ。ただ、今から馬を飛ばせば、一日で森に辿り着けるはずだ。それを忘れないでほしい」
行けって、はっきり言っている。
そんなことを口に出すわけにもいかず、ケイトは困り果てて苦笑を浮かべるしかなかった。自分でも、その笑みが引きつっているのがよくわかる。
「いやでも、やはり無理は良くないな。ここで一日休みを取り、翌早朝でもいいだろう。だが、事が事実だとしたら、その間に解放軍が動くかもしれない」
王様が早口でまくし立てるように言った。どう聞いても、今日行ってこいとしか聞こえない。
「あのぉ、ケイトさまぁ」
ツクノがそっと袖を引いてきて、小声で続ける。
「アートさまは、普段だったらとっても立派で誰にでも優しい王様なんですけど、ちょっと興奮すると無理難題を平気で吹っ掛ける方でして。しかも、自分が折れることなく、相手が折れるまでずぅーと喋り続けるんです」
「つまり、受け入れるしかないと?」
「はい……」
残念そうに俯いたツクノが、弱々しく頷いた。
ケイトも俯いて、溜息でも吐きたかったが、さすがに王様の前でそんなことをするわけにもいかず、諦めて顔を引き締めた。
王様の、爛々と輝く双眸と自分のそれが交わり合った。王様のあまりにも強い目の光に、思わず目を背けたくなる。
「……わかりました。軽い休息を取った後に、すぐさま偵察の任に着きます」
「おお、無理強いしたようですまないね、ケイト君。ならば君たちの住まうところは、その間に準備しておこう。では、一刻も早い吉報を待っているよ」
口元に笑みを浮かべた王様が、満足そうに来た道を戻っていく。
ケイトは呆然と、その背を見送っていた。
「……ケイト、本当に行くのか?」
王様の背が大分遠ざかったところで、少し嫌そうな顔をしたホムラが、口を尖らせながら言った。
「行くしかないよ。もう言っちゃったわけだし。それに」
「それに?」
ケイトは溜め息を一度吐いてから、続ける。
「……あんな風に話し続けられたら、拒否なんてできないだろ」
「ああ……。そうだな」
王様のいつまでも止まらなそうな口を思い出しながら、ケイトたちは溜息を吐いた。
もう、行くしかない。王様だけでなく、ここにいる多くの人たちにも今の会話は聞かれてしまっているのだ。既にこれから行くものだと思っているようで、彼らはこちらにエールを送っている。
「せめて、お昼ごはんを食べてから出発しよう。それでいいかな?」
「賛成ですぅ。わたし、おなかペコペコですもの……」
「でも、すぐ食べ終わる奴じゃないとダメだぞ。のんびりと飯を食ってるところを見られたら、何を言われるかわかったものじゃない」
ホムラの言葉に、ケイトとツクノは力なく頷く。
――ここに来たのは、本当は間違いだったのかもしれない。
胸の内でそっと呟き、もう一度溜息を吐いてから、ケイトはちょっとだけ後悔した。




