9-7 私が足になる
「さてさて、そっちの要件が終わったところで、私の話も聞いて?」
抑揚のない声で、ヒバリが何でもないことのように割って入ってくる。ケイトたちはハッとし、すぐにそちらへと顔を向けた。
「過干渉が強くなってきてるのは、さっき言ったよね? 多分、世界に強い影響を及ぼすまで、もう遠くはないと思う。どうしてか、オウリュウの封印が解けてるみたいだから」
「……それはきっと、シルクが死んだからだと思う」
沈んだ声でケイトが言うと、ヒバリがほんの少しだけ表情を曇らせた。
「んー、やっぱりか。あんまり思いたくなかったけど、いなくなっちゃったんだ。うーん、残念残念」
相変わらず抑揚のない声では、本当にそう思っているのかはわからない。それでも、ヒバリがふざけたりしているわけではないのだけは、何となくだがわかった。
ヒバリが、目元を微かに吊り上げ、少し怖い顔をする。その時ばかりは表情がはっきりと浮かび、緊迫感に似たものを嫌でも感じさせてきた。
「だったら、本当に時間はないかも。あの子、悪いモノにたくさん憑りつかれてるみたいだから。力を取り戻したら、すぐにでも世界をめちゃくちゃにするかもしれない」
「えっ、わかるの?」
「何となくだけど。元々、同じ守護獣だから、波動のようなもので互いの存在は認識できるの。オウリュウが黒く染まったのも、私たちはすぐに気づけたし。まあ強過ぎて、当時は束になっても勝てなくて、どうにもできなかったけど」
さらっと答えるヒバリに、つい苦笑を禁じ得ない。そんなとんでもない事実を何でもないことのように言われては、どう反応すればいいのかこちらが困ってしまう。ケイトは勿論、ホムラもサラも苦い笑みを浮かべ、ウルは呆れ顔だ。ツクノとメディに至っては、ぽかんと口を開けながら呆然としている。
そんな反応を受けても、ヒバリの方はまったく気にしていないようだ。そのまま、話を続けてくる。
「君たちは、屑鉄の墓場を目指してるんだよね? 私が、足になってあげる」
「……って言うと?」
意図が掴めず、ケイトはつい聞いてしまった。
「私が神獣化して、君たちを乗せてあげるってこと。そしたら、少しは早く着けると思う」
「神獣化って、さっきの朱雀の姿ってこと? 乗れるの?」
ケイトは、激しく燃え盛っていた朱雀の姿を思い返していた。見るからに熱そうな炎の体の上に乗れるとは、到底思えない。
その懸念を察したのか、ヒバリが口元にうっすらと笑みを浮かべた。
「大丈夫。私が意識すれば、みんなに影響はないから。熱くもないよ」
「そ、そうなんだ。じゃあ、お言葉に甘えようと思うんだけど、君が守っていた撚糸はいいの? まだ、ウォーズ平野ってところにあるんだよね。あそこは、鉄鬼がたくさんいるって聞いたけど」
「ええと、平野は燃やしてきた」
また平然ととんでもないことを言ってきて、ケイトはすぐに言葉を返せなかった。
「……えっ?」
「だから、燃やしてきた。私の炎に包まれてるから、しばらく撚糸には、誰も近づけないと思う」
何でもないことのように言われ、ケイトは言葉を失ったままでいた。なんて返せばいいのか、わからない。他の皆も、同様に呆然としている。
それを見ても、ヒバリは何でもないことのように言葉を続ける。
「仮に糸が切られても、私が生きている限りはしばらく大丈夫。だから、撚糸の方は心配いらない。ということで、早くあの子を何とかしに行こ?」
「そ、それでいいなら、僕は何も言うことがないけれど……」
困惑しながら言ったケイトに、ヒバリは大きく頷いた。
「じゃあ、早速行こ? 屑鉄の墓場まで、すぐに連れてってあげる」
「あっ、ちょっと待ってくれ」
何かを思ったのか、ホムラが割って入ってきた。
「いきなり乗り込むんじゃなくて、どこかで一日準備をさせてくれないか? 気持ちの整理とかも必要だろうしさ」
「へえ、ホムラにしてはまともなことを言うじゃんか。ボクも賛成。どこか近くの街か村で休んでから向かう方が良いと思う」
「そっかそっか。うん、いいよ。じゃあ、どこに行く?」
「どこに。うーん……」
考えてみようにも、この世界の地理に疎いためにさっぱりわからない。ちらとホムラやサラを見るが、北の方面には詳しくないようで、首を横に振った。ウルとツクノに視線を向けると、二人は少しだけ思案顔をしながら口を開いた。
「そうですねぇ。ファクトは、さすがに厳しいかなぁ」
「うん。あそこは、今一番モノが暴れてる。鉄鬼も多いし、もっと言っちゃえば、鉄鬼になっちゃってる子も増えてるから。元々、解放軍に賛同するくらいに、人との決別を望んでたからね」
「じゃあ、そこ以外の村になるわね。あの方面にはいくつか点在してたと思うけど、どこかいいところはあるかしら?」
ウルが地図を広げながら言うと、ひょっこりと覗き込むようにして見たヒバリが、どこかを指差した。
「だったら、北西にある小さな村が良いかな。ファクトとも墓場とも少し距離はあるし、過干渉の影響もまだ小さい。一日くらいなら、落ち着けると思う」
「決まりね。ヒバリさん、そこまでお願いするわ」
「うん、任せてー」
ヒバリが右手を頭上に上げながら、間延びした声で言った。
それとほぼ同時に、ヒバリの体が一度眩く光る。だが、光は一瞬で消え、次の瞬間には大型のトラックほどの大きさはあるだろう巨大な炎の鳥が、目の前に現れていた。
ヒバリが翼を大きく広げ、一度二度とゆっくりはばたく。青白いものが混じった炎が鱗粉のように舞い、陽光を浴びてきらきらと輝く。
「さあさあ乗って。早く早く」
あまりの綺麗さに思わず見とれていたケイトは、その声で我に返った。皆は、既にヒバリへと近づいていて、一人残された状況だ。
ただ、皆はその背に乗ろうとする素振りこそ見せているが、少し躊躇った様子だった。どうやら、燃え盛る炎を前に、本当に乗っても大丈夫なのかが不安らしい。
「……なあ、本当に大丈夫なのか?」
ホムラが、満面に不安を張り付けながら言った。
「大丈夫大丈夫。燃えないから、安心して」
「でもなぁ……」
「もう、炎の使い手なのに、なんで怖がってるのさ。早く乗って見せてよ」
「おい、サラ! 押すんじゃない!」
サラに背中を無理やり押され、ホムラが慌てて何とか止めようとする。その様がおかしいからか、ウルもツクノも止めようとはしない。ただ、この雰囲気に慣れていないのか、メディだけが困ったようにハラハラしている。
ケイトもおかしく思っていたが、さすがに長々とふざけている場合ではない。ケイトの目には、ヒバリの体の炎に道具の加護が働いていないのが見えている。何にも起きないのがわかっているから、ケイトはホムラよりも先に彼女の背に乗った。
「おお……」
背中に乗った途端に、ついつい声が漏れる。鳥に初めて乗る感覚をどう形容していいかわからず、ただただ感じ入るしかない。
ケイトが乗っても平気だったことで、ようやく皆は安心したようだ。続々とヒバリの背を登り、やがて全員がそこに集った。
「いいよ。さあ行こう」
「うん。じゃあ、出発ゴーゴー」
やはり抑揚のない声で言い、ヒバリが翼をゆっくりと動かし始めた。羽ばたく音が大きく聞こえ、次第に間隔が短くなっていく。
足元が、妙な浮遊感に包まれた。ヒバリが飛び上がり、地上からは既に大分離れている。彼女の背中に乗っているはずなのに、何か変な感じだ。言うなればそう、水面に浮かんだ大きなマットに乗っている時のような感覚だろうか。とにかく、不思議な気分である。
ただ、それを長々と感じる余裕を、ヒバリは与えてくれる気はないらしい。彼女が翼を勢いよく羽ばたかせ、空を駆けるように一気に進んでいく。
「うわあっ!?」
凄まじい風圧が体を襲い、飛ばされそうになる。誰も彼もが必死にヒバリの背中にしがみつき、何とか堪えているという有様だ。
「少し飛ばすからねー」
「さ、先に言ってくれ!」
のんびりとした口調で言ったヒバリに、ホムラが声を荒げた。
しかし、そんな抗議などお構いなしのようで、ヒバリはどんどん空を進んでいった。ただ、風圧が強くて目を開けられないため、どこをどう進んでいるのかはわからない。
しばらくは、強い風の圧力を感じながら過ごした。
やがて、風の抵抗が弱くなる。羽ばたきの音もゆっくり聞こえるようになり、ケイトは恐る恐る目を開けた。
途端に、橙色の光が視界を遮る。日は、いつの間にか傾きかけているようだ。
手で庇を作り、ケイトは眼下に目をやった。少し広めの畑と、ぽつりぽつりと建っている家々が見える。人の姿はまばらで、ここが小規模のささやかな村であることが、それだけでも見て取れた。
その村の近くに、ヒバリがゆっくりと降りる。すぐさま地面が近づき、ケイトはヒバリの背から滑るように降りていった。
地上に降り立つと、足元が変な感じがした。未だに浮いているような、ふわふわとした感覚である。地面に立っているのに、そんな気がしない。
「ケイトさま、ぼんやりしてる場合じゃないですよ」
ツクノが近づいてきて、耳元で囁く。ただ、視線は別の方向を向いている。
その方へと目を向けて、ケイトは納得した。ここの村人だろう人たちが、不思議そうにこちらを見ている。
「はーい、ちょっといいかな。私たち、休みたいんだけど、宿屋ってある?」
人の姿に戻ったヒバリが、何も気にした風もなく手を上げながら言った。
あまりにも自然に話しかけてくるからか、村人たちは戸惑っているようだった。いきなり現れた珍客に、どう接すればいいのかわからないといった感じだ。
それでも何とか対応してくれようと、一人の老人が一歩前に進み出てきた。顎から長く伸びた白髭が目立つ、大分歳のいったおじいさんだ。多分、この村の長だろう。
「はあ、まああるがの。ちと聞きたいのじゃが、お前さん方は何か変わったことはあるかい?」
「変わったこと?」
「例えば、そうじゃのう。心が妙にざわつくとか、不満が抑えきれないとか、そんな穏やかじゃない変化じゃ」
その言葉に、ケイトはすぐに閃いた。多分、過干渉による影響のことを言っている。この村でも、何かしらのことがあったからこそ、少し警戒しているのかもしれない。
ケイト自身は、それほど異常を感じてはいなかった。もしも感じるとしたら、皆の方だろう。よくよく考えてみれば、皆はモノなのである。サラは人間であるが、今の姿は具現化されたモノであるし、ウルだって動物が人の姿をしたモノだ。何かしら変化があってもおかしくはない。
そっと、ケイトは皆に視線をやった。ただ、予想に反して、彼らは首を傾げていた。
「いや、俺は特に何ともないが。サラはどうだ?」
「ボクも、そんなには。まだ、シルクの加護が働いてるのかも。ウルは?」
「あたしも別に。というか、ホムラが大丈夫なら、みんな大丈夫じゃない? ホムラが一番、モノとして年数が短そうだし」
「どういう意味だよ!」
「ほらほら抑えて」
ホムラが怒鳴り、今にも喚きそうだったのを、ケイトは抑えた。このまま放っておいたら、話が一向に進まない気がする。
「ふうむ、本当に大丈夫そうじゃのう。いやはや、すまんかった」
ケイトたちのやり取りを見ていた長が、眩く光る頭を掻きながら言った。
「最近、若いもんは皆荒れてしまい、村を出て行ってしまってな。他の村でもそうじゃと聞いておったから、少し過敏になってしまったのじゃ。許しておくれ」
「い、いえ、仕方がないことだと思います。僕たちの現れ方も、相当不自然でしたから」
「ほほ、そうじゃのう。まあ、そこは置いておくとしよう。ここは小さな村じゃが、宿は一応ある。若者がほとんどおらなくなって、部屋も空き放題じゃ。休みたいのならば、自由に使ってくれても構わんぞ」
「あ、ありがとうございます!」
深々と頭を下げると、長が笑みを浮かべながら頷いた。それから宿まで案内するように、長が前を歩いていく。
その後を、ケイトたちは着いて行った。と言っても、宿屋は村の入り口付近にあったから、すぐに辿り着いた。
宿に辿り着くと、一度解散し、各々準備を整えることにした。出発は明後日の朝にし、宿屋の前で合流と決めた。
宛がわれた部屋に入ると、ケイトは真っ先にベッドに背を預けた。布団の柔らかな感覚が心地よく、このまま眠りに落ちそうである。
「……色々、あったな」
寝そべりながら、ケイトはぽつりと呟いた。
深い眠りから目覚めてすぐに、怒濤の出来事が次々と襲い掛かってきた。その衝撃はどれも強過ぎるもので、身も心も大分擦り減った気がする。
それでも、折れてしまうほどに疲れ切ったわけではない。寧ろ、ここからもっと頑張らなければいけない、と気負ってさえいる。何よりも、折れてしまえばシルクの思いを踏みにじることになる。そんなのは嫌だ。
「……シルクに、もっと甘えておけば良かったかな」
急に寂しさが胸に去来し、目から涙がそっと零れる。
何故、もっと早くに気づけなかったのか。自分の鈍感さが、この時ばかりは恨めしく思った。気づけるタイミングはいくらでもあったのに、少し前みたいに過ごせる可能性だってあったのに、自分で棒に振ってしまったのが、何よりも悔しく、悲しい。
「折角、また会えたのにな……」
寂しさを胸に抱きながら呟き、ケイトは涙を堪えるように目を瞑った。それでも目の端からは零れ落ちているようだが、拭うこともせずにそのままでいた。
やがて、意識が半分遠くなっていく。押し寄せる感情の波は確かに感じるのだが、どこか曖昧だ。その曖昧さも徐々に溶けていき、意識はふっと途切れた。
ハッとし、ケイトは目を開いた。つい、眠ってしまったらしい。窓の外から差し込んでいたはずの橙色の光は見る影もなく、代わりに眩いまでの月影が落ちている。いつの間にか、夜も大分更けてしまったようだ。
「……どうしようかなぁ」
寝そべりながら、これからどうしようかを考える。食べ損ねた夕食を取ろうにも遅い時間だろうし、かと言ってケイト自身に用意するものはない。心の整理だって、さっきの弱音だけで十分だろう。もうこれ以上、後ろ向きになろうとは思わない。
ならば、また寝るしかないのだが、そうもいかなかった。一度はっきり目が覚めると、どうやっても眠れない。深く目を瞑り、何も考えないようにするも、頭は冴えていくばかりだ。
「しょうがない。散歩でもしようか」
自分に溜息を吐き、ケイトは部屋を出た。
「あっ……」
途端に聞こえる、誰かの声。
そちらの方に目をやると、壁に背を預けたウルが、不安そうな顔をしながらケイトを見つめてきていた。




