9-8 ウルの不安
目が合ったウルが、ぎこちなく笑う。丁度月の光がよく入ってきているから、ウルの顔ははっきりと見えた。
「起きたのね、ケイト。やっぱり、ちょっと疲れた?」
「う、うん。まあね。この短期間で、色々あったから」
「そうよね……。色々、あり過ぎたわ」
ウルが、一度深い溜め息を吐く。表情は憂いに満ちていて、少し元気がなさそうに見える。
「それはそうと、僕に用があったの? 待っていたように見えるけど」
「えっ、あっ、うん。ほら、夕食の時もケイトは寝てたでしょ? お腹空いたんじゃないかなって思って、軽いお夜食を作ってきたの。良かったら、どう?」
ぱっと表情を変えたウルが、後ろ手に隠していた皿を差し出してくる。その上には、小さめのおにぎりが二つ置いてあった。ただ、形が少し不格好だ。綺麗な丸ではなく、所々がデコボコの歪な形をしている。
ちらと、ウルの顔を窺う。頬を赤く染めたウルが、恥ずかしそうに視線を逸らしていた。
「これって、もしかしてウルが作ったの?」
「そ、そうよ。悪い? い、いらないんだったら、別に食べなくたっていいんだから」
恥ずかしそうにそっぽを向いたウルは、耳まで赤く染めている。
素直になり切れない彼女が少しおかしく、それでもケイトは笑わずに、首を横に振った。
「ううん、ありがたく頂くよ。正直、どうしようって思ってたから」
「そ、そう? じゃ、じゃあ、どうぞ」
差し出されたおにぎりを手に取り、ケイトは口に頬張る。形は歪だが、味は塩加減が絶妙でとても美味しかった。気づけば、二つとも平らげてしまい、ケイトは少し物足りない気分になってしまった。
「ど、どう? 大丈夫だった?」
不安そうな顔をしながら聞いてきたウルに、ケイトは笑みを返す。
「とっても美味しかったよ。またお願いしたいくらい」
「ほ、本当? 良かったぁ……」
心底ほっとしたように息を吐いたウルが、嬉しそうに笑みを浮かべる。
その笑顔の中に、微かに寂しげなものが混ざっているのを、ケイトは見逃さなかった。
「……ねえ、ウル」
「な、なあに、ケイト?」
「用事って、本当にこれだけ?」
「えっ」
言葉に詰まったウルの表情が、見る見るうちに曇っていく。俯いた顔には最初の憂いがはっきりと姿を見せ、ウルの表情に影が差していく。
ケイトには、その訳が何となくわかっていた。ウルが気持ちを沈ませるのは、大抵自身に何かがあった時だ。
「もしかして、不安なの?」
「……ッ!」
図星だったのか、ウルが悲しみと驚きがないまぜになった顔を、勢いよく上げてきた。見つめてくる双眸も、泣きそうなのか潤んで見える。
その瞳が、不意に伏せられる。ウルが諦めたように溜息を吐き、小さく笑った。
「……ケイトには敵わないな。やっぱり、わかっちゃうんだ」
「そりゃあ、向こうの世界では付き合いが長いからね。一応、色々と理解しているつもりだよ」
「そっか。じゃあ、隠しててもしょうがないか」
もう一度溜息を吐いたウルが、観念したような素振りを見せた。それから、廊下の窓辺へと歩いていき、外に目を向けながらゆっくりと口を開く。
「あたしね、少し怖いんだ」
「怖い?」
「そう。次の戦いは、きっと最後の戦いになると思うの。多分、今までとは比べ物にならないくらい厳しいものになるわ。その戦いで、みんながちゃんと無事でいられるか、すっごく不安なの」
「そんなこと」
「ないって言い切れる? シルクだって、死んじゃったのよ? あんなに強かったのに。誰よりも、凄かったのに。誰かが、シルクみたいにいなくなっちゃうのだって、考えられないことじゃないわ」
言葉を切ったウルが、力なく俯く。表情は、大分冴えない。
「……だから、怖いの。大事な仲間や、大切な人がいなくなっちゃうじゃないかって、体が震えるの。もちろん、負けるつもりはないんだけど、その想像が嫌でも過ぎっちゃうの。何回振り払おうとしても、また頭に浮かんじゃうのよ」
「だから、僕のところに来たんだね」
「……うん」
泣きそうな顔で小さく頷いたウルが、ケイトを見つめてくる。涙で潤んだ瞳が、こちらの顔を捉えて離さない。
「大丈夫よね? ケイトも、みんなも、いなくならないわよね? あたし、もう嫌よ。誰かがいなくなるのなんて、もうたくさん……」
「心配しないで、ウル」
震えるウルの体をそっと抱きしめ、ケイトは優しく頭を撫でる。さらさらの柔らかな髪の感触が、手に伝わっていく。
「あっ……」
突然されたことに驚いたのか、ウルは目を丸くしながらこちらを見て来たが、少し気持ちが落ち着いて来たのか、体を預けてされるがままになっていった。体の震えは少し収まり、不安に苛んでいた顔からは、安心したものが浮かんできている。
ケイトは、できるだけ優しい声音で、囁くように言葉を紡いでいく。
「僕たちは、みんなで協力して、この危機に立ち向かおうとしてるんだ。一人で、無茶をするわけじゃない。だから、きっと大丈夫だよ」
「ケイト……。うん、そうよね。大丈夫、だよね?」
大きく頷き返すと、ウルが安心したように笑い、それからケイトをそっと見上げてくる。
「ねえ、ケイト」
「うん?」
「もう一回、撫でて?」
「しょうがないな。やっぱり、甘えん坊だね、ウルは」
「い、いいじゃない、別に。ほら、早く?」
甘えるような声で言われて、ケイトは苦笑しながらも、その頭をもう一度撫でて上げた。柔らかな髪の感触は、何度触っても気持ちがいいものだ。
撫でられるウルは、どこかうっとりとしているように見えた。頬はこれ以上染まりようがないくらい赤く染まり、口元はだらしなく緩んでいる。
撫で終えると、ウルが自らそっと体を離してきた。ただ、まだ手を伸ばせば届くくらいには、近い距離にいる。
「ありがと、ケイト。おかげで、ちょっと落ち着いたかも」
「そう? なら、良かった」
「本当に、ありがと。ケイトがいてくれて、本当に良かった……」
ウルが近づいてきて、そっとケイトの頬に顔を寄せる。瞬間、柔らかな感触が、右頬に伝わった。それとほぼ同時に、ウルが素早く離れる。
「えっ……?」
唐突にされたことに戸惑い、右の頬を押さえながらウルを見る。いたずらっぽい笑みを浮かべたウルが、顔を赤くしながらこちらを見ていた。
「ちょ、ちょっと外に出てくるわね。少し、暑くなっちゃった」
一度右目でウインクしてから、そそくさとウルが早足で去っていく。
その背を、ケイトは唖然としながら見送っていた。思考が固まり、その体勢のまま、しばらく動けなかった。




