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モノとの正しい付き合い方  作者: 千変万化
九章 繋ぎ合う心
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9-6 メディの意志

 王都を出てしばらくは、徒歩で先を急いだ。

 別段、馬車を使って移動しても良かったのだが、何故か誰もそうしようとは言わなかった。平坦な道を、駆けるでもなく歩き続けている。

 道中、誰もが時々後ろをちらと見た。多分、王都のことが気にかかるのだろう。王都を出て気づいたのだが、城下の外にも暴徒はひしめき合うほどにいた。それら全てもまた、王様の能力に当てられたらしく武器を収めていたのだが、いつまでも大人しくしているとは思い辛かった。

 この不安を払拭するには、一刻も早くオウリュウを何とかするしかない。必然、のんびりはしていられなかった。

「みんな、そろそろ」

 馬車を使おうか。

 そう口にしようとした時、いきなり閃光のような眩い光が、どこからともなく辺りに広がった。

 視界は一瞬白に染められ、ケイトは思わず目を瞑った。光の明滅が消え、目を開けたが、眩し過ぎたのか視界はしばらく白いままだった。やがて、目の前の風景に再び色がついた時には、いつの間にか巨大な鳥のようなものがケイトたちの近くでホバリングしていた。

 鳥のようなもの、というのは、それが全身を炎で満たしているからだ。姿かたちは鳥なのに、羽も体も、何もかもが炎に包まれている。普通の鳥ではない。

「あー! ヒバリじゃないですかぁ!」

 ケイトの体からパッと表に出てきたツクノが、驚きを満面に満たしながら叫んだ。

 炎の鳥が地上に降りては体を一度光らせ、姿を消す。その代わりに、燃え盛る炎でできた翼を生やした長身の女性が、その場に現れた。

「お待たせ。やっと、動けるようになった」

 半分閉じかけの右目を眠そうに擦りながら、ヒバリと呼ばれた人物が抑揚のない声で言った。

「お、おい、もう大丈夫なのか!?」

 ホムラが驚きながら駆け寄ってきた。その口振りからして、ヒバリを知っているようだ。

「んーと、全然万全じゃないけど、とりあえず動ける。もう、眠ってる場合じゃないみたいだから」

「万全じゃないって、本当に大丈夫なのか?」

「うん。加護の流れがめちゃくちゃで、君たちくらいの力しか出せないけどね」

 相変わらず目を眠そうに半分閉じながら、彼女は何でもないことのように抑揚のない声で言った。

 ただ、聞き捨てならない言葉に、ケイトは驚きを隠せなかった。

「守護獣朱雀。それが彼女の正体だよ」

 いつの間にか傍まで来ていたサラが、驚いていたケイトにそっと教えてくれた。

 朱雀のヒバリのことは、話には聞いていた。見た目は茫洋としているが、確かにとんでもない加護を感じる。体を巡る繋がりの糸だって、どれほどの数があるかわからない。かつて見た時の王様も異常な数だったが、ヒバリはその比ではない。

 そのヒバリが、ケイトに目を向けてきた。

「この世界のあちこちを飛んで見てきたけど、過干渉が結構強くなってきてるみたい。どこも、モノが冷静じゃなくなってる。喧嘩してる人が、多くなってた」

「やっぱり、王都だけじゃないのか……。そうなると、あんまり悠長にはしてられないね」

「うん。……うん?」

 ヒバリが左右に首を傾げながら、ケイトをじっと見つめてくる。何か腑に落ちないのか、表情には微かながらも困惑したものが浮かんでいた。

「あれ、シルクじゃない。あなた、だあれ?」

 抑揚のない声で問われ、逆にケイトが困惑した。今の今まで気づいていなかったような口振りに、つい戸惑ってしまう。

 だからだろうか、返す言葉もぎこちないものになってしまった。

「えっ? ええと、僕はケイト。一応、シルクの孫だよ」

「あー、なるほどぉ」

 納得したようにヒバリが左の掌を右手で軽く叩き、眠そうな顔から困惑の色を消した。

「そっかそっか。どうりで、シルクに似てると思った。雰囲気がそっくりだから、よくわからなかった」

「そ、そうなの?」

「うん。私、シルクがそこにいると感じてたから」

 そう言ったヒバリが、半分だけ開いた眼でケイトをじろじろと見てくる。その双眸は好奇の色ではっきりと彩られていて、上から下まで眺め回されているケイトとしては、こそばゆいような気味悪いような、よくわからない感覚を抱いていた。

 少しの間、視線を向けてきていたヒバリが、満足したように一度瞳を伏せた。

「……すごいね、君。とっても強いんだ。シルクに匹敵、ううん、それ以上かもしれない」

「そ、そうなの? 自分では、よくわからないけど」

「そうだよ。……うん、残念。こんな時じゃなかったら、遊んでもらおうと思ったのに」

「あ、遊ぶ?」

「うん。私と、腕試しをして遊ぶの。多分、いい戦いになると思う」

 何でもないことのようにさらっと言うヒバリに、ケイトはぎょっとした。冗談かと一瞬思ったが、ほとんど表情のない顔からは、本心が全く読み取れなかった。

「おい、ケイト」

 ホムラがすかさず割って入ってきて、ケイトの耳元でそっと囁く。

「あいつと遊ぶのって、殺し合いに近い奴だぞ。絶対に、受けない方がいい」

「え、ええ……?」

「冗談じゃないんだ。あいつ、シルクと戦うために、鉄鬼になったように見せかけていたんだ。手加減はしていたみたいだが、結構際どい攻撃を仕掛けて来たぞ。俺も、危うく爆殺されるところだった」

 耳を疑うような言葉に、ぎこちなく首を動かしてはヒバリを見る。きょとんとしながらケイトを見る彼女からは、一切の悪意が感じられなかった。感じられなかったからこそ、余計に質が悪い。無邪気で無意識な悪意ほど、怖いものはない。

「そ、それはそうと、状況を教えてくれるために、追いかけて来てくれたの?」

 何とか話を逸らさねば、とケイトは必死に考え、別の話題をすぐさま口にした。

 何事かがあるらしく、ヒバリが「あっ」と思い出したような声を上げた。

「そうだったそうだった。用件があるんだった。けど、先に君たちへの、お届け物。私に、必死に頼んできたの」

 ほら、とヒバリが促すと、彼女の後ろから誰かが恐る恐るといった風に姿を現した。

 現れた人物に、ケイトたちは驚いた。そこにいたのは、王都の一室に置いてきたはずのメディだった。

「ど、どうしてここに?」

「あの、私」

 緊張してなのか、メディがすぐに言葉を切って俯いてしまう。だが、次の瞬間には勢いよく顔を上げ、意を決したように言葉を紡いだ。

「私も、一緒に連れて行ってくれませんか?」

「ちょっとあなた、何言ってるのよ」

 真っ先に反応したのは、ウルだ。誰よりも呆れたような顔をしながら、メディに近づいていく。

「あたしたちが何を相手にしてるか、わかってるでしょ? 戦えそうもない女の子が一緒にいても、ただ足手纏いなだけよ」

「おい、ウル!」

 ホムラが言い過ぎだ、と言わんばかりに怒鳴るが、ウルは一度睨んでそれを制す。いくらか怒気が混ざったそれに気圧されたのか、ホムラは一歩たじろいで言葉を噤んでしまった。

 ウルが、メディへとまた視線を向ける。その彼女は、ウルをじっと見つめたままだ。強い意志のようなものを宿しながら、一切視線を外そうとしない。

「……わかってます。クロウズさんが負けちゃうくらいに強いモノがいるのだって、わかってます」

「だったら」

「それでも、一緒に行きたいんです!」

 ウルを遮るように、メディがひと際大きな声を上げた。

 あまりにも大きいそれに、今度はウルが一歩たじろぐ。しかし、すぐに前へと一歩出て、呆れ顔を再度浮かべた。

「どうして? 危険だとわかっていながら、なんで一緒に行きたいのよ」

「……クロウズさんの意志を、私が継ぎたいから」

 メディの囁くように小さいながらも、強い意志を感じさせる言葉に、ウルが不思議そうな顔をした。

「クロウズの意志?」

「はい。クロウズさんは、モノの未来を思って戦ってた。解放軍の理想のためには戦わないって言ってたけど、多分、ずっとモノのために戦い続けてた。たった一人の、解放軍として。その意志は、消させちゃダメだと思うんです」

「だからって、何もあなたがやる必要はないじゃない。ほら、そんなに震えてるし」

 確かに、メディの体は小刻みに震えている。指摘され、メディがすぐに体を抱くようにしたが、震えは一向に止まらない。

 それでも、ウルを見つめるメディの表情からは、意志が挫けることはない。

「……確かに、怖いです。でも、じっとしてられないんです。クロウズさんが守ろうとしてた大切なものがなくなろうとしてるのに、どこか遠くで見てるなんて、私にはできない」

「だからって、一緒に行くなんて、やっぱり危険過ぎるわ。それに、クロウズが救ってくれた命でしょ? 大事にしなきゃダメじゃない」

「わかってます! でも、私は行きたいの!」

「もう、どうして強情なのよ?」

 怒鳴るような声を向けられても、ウルは困ったような呆れたような顔をしながら言葉を返している。多分、メディの気持ちが爆発しないように、うまく受け流しているのだろう。感情的になって言葉を返しても、いらない反発が来るだけだ。

 現に、一度声を荒げた時に膨らんだメディの感情は、すぐに萎んでいた。

「……だって、クロウズさんは命を懸けてくれたんだもの。私を、命懸けで助けてくれたんだもの。そのことに報いるのなんて、私が命懸けで何かをするしかないじゃない……。クロウズさんに胸を張っていられるために、私も頑張るしかないじゃない……」

 涙ながらに言葉を紡いだメディに、ウルはどう答えていいのかわからないようだった。危険だと突っぱねることはまだできるが、ここまで意固地になって食い下がる彼女を、無碍になんてできない。そう思っているように見えた。

 ちらと、ウルが困ったような顔をしながら見てくる。ケイトは少し考える素振りを見せたが、本当は思いを巡らす必要などなかった。危険を承知でヒバリに着いて来たメディに、帰れと言う気にはなれない。

 それでもやや間を置いてから、ケイトはゆっくりと頷いた。

「……わかった。一緒に行こう」

「えっ、ケイト? いいの、本当にそれで?」

 思った答えと違っていたようで、ウルが少しだけ不満そうに頬を膨らませた。

 それを諭すようにもう一度頷き、ケイトは皆を見回しながら言葉を続ける。

「確かに、危険かもしれない。けれど、彼女は言っても多分聞かないと思う。僕たちが拒絶しても、勝手に着いて来るんじゃないかな。その方が、よっぽど危険だよ」

「それは、そうだけど……」

 ケイトの懸念を頭では理解していても、ウルはまだ不安のようだ。ちらちらとメディを見ては、表情を曇らせている。

 その様を見て取ったのか、ヒバリが手を上げながら、間延びした声を出してきた。

「はーい。じゃあ、私がこの子についてあげる。だったら、大丈夫でしょ?」

「ええっ!?」

 ウルが驚きに満ちた声を上げ、頭を抱えて考え込む。余程、この子を危険な目に遭わせたくないと思っているのか、真剣に悩んでいるようだ。

 そのウルに、ツクノとサラが近づいて苦笑を向ける。

「諦めましょ、ウル。ケイトさまも言い出したら結構頑固ですし、ヒバリも自分の言葉は曲げませんし」

「それに、ケイトの懸念は尤もだよ。だったら、目の届く場所にいた方が安心できるよ」

 二人揃ってそんなことを言うものだから、ウルは心底困ったような顔をして唸り出した。

 しかしそれも、長くはない。

「うー……。もう、わかったわよ。あなた、メディって言ったっけ?」

 不満そうに口を尖らせたウルが、そのままの表情でメディを見ながら言った。

「う、うん」

「頑張りたい気持ちはわかるけど、無茶しちゃダメよ。あたしたちは、多分自分のことで手一杯になる。あなたのことを、守れないかもしれない。だから、着いて来る以上は、自分の身はちゃんと自分で守るのよ?」

「……うん!」

 嬉しそうな顔をしたメディが、大きく頷いた。

「ありがとう。私、みんなのお役に立てるよう、頑張るから。これから、よろしくお願いします!」

 にこりと柔らかな笑みを満面に浮かべたメディが、深々と勢いよく頭を下げる。背中まである白銀の髪がふわりと揺れ、陽光を浴びたそれが、一度眩く煌めいたように見えた。

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