表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モノとの正しい付き合い方  作者: 千変万化
九章 繋ぎ合う心
114/155

9-5 王としての覚悟

 キュリオの言葉に、その場の空気が一瞬で張り詰めた。誰もが、困惑したものを表情の端に浮かべる。

「確かなのか?」

 王様が、平静を保とうと努めながら言った。しかし、信じられないのか、厳粛な顔はいつも以上に強張っている。

「間違いはありません! 暴徒は、城へと続く小門へと殺到しています! 今、騎士団に防衛を命じておりますが、いかんせん王都の民でありますので、真っ向から打ち破るわけにもいかず」

「わかった。すぐに向かおう」

 キュリオの言葉を途中で遮り、王様は部屋からさっさと出て行ってしまった。キュリオが声を上げながら、慌てて追いかける。

 ケイトは唖然としていたが、すぐに我を取り戻した。過干渉の影響が、出始めている。皆の方に振り返り、すぐさま声をかける。

「僕たちも行こう!」

 皆が頷き、急いで部屋を後にする。ケイトも同様に部屋を飛び出そうとしたが、メディのことを寸でのところで思い出し、足を止めた。

 ベッドの上のメディは、どうすればいいのかわからないといったような表情をしていた。体は微かに震え、ひどく怯えているようだ。

 そのメディにそっと近づき、ケイトはできるだけ優しい声音で諭すように言う。

「危ないから、君はここで待っていて。大丈夫。ここに踏み入らせることはさせないから」

「は、はい……」

 頷くメディの顔は、それでも不安に満ちていた。さすがに、こういう事態に慣れていない少女を、そう簡単に落ち着かせることはできない。ケイトは内心で苦笑し、それでいて顔にはそっと笑みを浮かべてから、メディに背を向けた。

 皆を追いかけるべく、ケイトは全力で走った。程なくして追いつき、小門まで駆け抜ける。

 やがて、喧騒が近づいてきて、ケイトは足を止めた。

「これは……!」

 驚きのあまり、声が出なかった。

 門の外では、武器を手にした大勢の人々が、怒号を上げながら騎士団に襲い掛かってきていた。誰も彼もが殺気に満ちていて、応戦する騎士たちを殺さんばかりに得物を叩きつけてくる。中には、ユーザー能力を行使して騎士に攻撃する人もいた。騎士たちは鎧甲冑に身を固め、武装しているとはいえ、民が相手ということもあって、まともに反撃できずにいるようだ。そのため、攻撃をまともに食らい、膝をついている人は少なくない。

「偽りの王を倒せッ! 人に支配されることを受け入れた王なんて、殺してしまえッ!」

 どこからか、そんな声が聞こえてきた。一つではない。そこかしこから、それは聞こえる。

「偽りの王、か」

 傍で立ち止まっていた王様が、ぽつりと漏らすように言った。表情には、寂しげなものが浮かんでいる。

「確かに、私は人に使われることを受け入れた王だ。それこそが、モノの価値だと思っているからだ。ただ生まれただけでは何の意味も持たず、他者に使われてこそ、存在意義が生まれる。そう、思っていた。だが」

「陛下、お下がりください!」

 キュリオが大きな盾を構えながら、王様の前に立ち塞がる。瞬間、鋭い発砲音が鳴り、次いで鉄を弾いた音が乾いた響きを奏でる。暴徒が銃の力を使い、キュリオが咄嗟に防いだ形だ。その攻撃は一発では終わらず、何度も繰り返される。その度に、キュリオが防いだ。

 だが、狙撃されそうだった王様は、一切意に介した風もない。ただ寂しげな顔をしながら、言葉を続けている。

「私の価値観は、皆と同じわけではない。人に使われ、容易く捨てられることを、潔しとせぬモノも、大勢いる。その彼らからすれば、私は確かに偽りの王なのだろう」

「いいえ、そんなことはありません!」

 キュリオが必死に防御しながら、声を上げる。

「陛下のお気持ちは、多くのモノが支持しております! このキュリオとて、同じこと! 人の身勝手があってこそ、モノには価値が生まれ、あるいはさらなる発展があるのを、しかと理解しております! ほら、あれをご覧ください!」

 キュリオが視線を向け、指を差す方に、暴徒へと立ち向かう民の姿があった。皆、それぞれ武器を手に取り、暴徒を止めようと躍起になっている。

「おいお前ら、何をやっているんだ! 王様がわしらに、どれだけ力を尽くしてくださったか、忘れたのか!?」

「誰よりもこの世界のために苦心し、モノのことを考えておられるというに、事もあろうか殺せだと!? 冗談も大概にしろやッ!」

 そんな声が、民の口から上がった。それもまた、そこかしこから聞こえてくる。

 王様が、それらを呆然としながら見ている。いつもの厳粛さは薄れ、珍しく口が小さく開いていた。

 その王様に、キュリオがさらに声を上げる。

「陛下の思いは、皆にちゃんと伝わっているのです! ですから、陛下は堂々と胸を張り、前を向いてください!」

「キュリオ……」

「それでも、お嘆きになられるのでしたら、このキュリオが彼らの目を覚ましてご覧に入れます! 行くぞ、英霊剣!」

 キュリオが力を解放し、具現化した大薙刀を手にしては、大きく振り回して暴徒へと突っ込んでいった。

「来い、荒ぶる民たちよ! 我が王の剣が、ぬしらの目を覚まさせてやろう!」

 声を荒げたキュリオが、迫り来る暴徒を柄で思い切り叩き、次々と薙ぎ払っていく。

 それを契機に、騎士団もまた反撃に出た。防戦一方だった彼らもまた、武器を振るって暴徒の鎮圧に当たっていく。さすがに王都が誇る屈強の騎士団だけあって、暴徒は次々に倒されていく。

 ただ、暴徒もただやられてばかりではない。一人がやられても新手が二人現れ、敵の数がさらに増える。ばかりか、その後ろから鉄鬼さえも姿を現した。それなのに、暴徒が動揺した風はない。寧ろ、仲間が来たように喜び、鉄鬼に騎士団を攻撃するように声をかけたりしている。

 それを、黙って見ていようとは、ケイトは思わない。無意識のうちに両手には刀が握られ、声を上げることすらせずに、ケイトは斬り込んでいた。

「お、おい、ケイト!」

 ホムラの慌てた声を背中で聞くが、それもすぐに遠ざかる。

 ケイトは、駆けながら暴徒を注視した。彼らの体を走る繋がりの糸が、やや黒ずんで見える。道具の加護も、濁った光を放っていた。どう考えても、普通の状態じゃない。

「け、ケイトさま! あの人たちの後ろに、変な影が付き纏ってます!」

 追い着いてきたツクノが、息を切らしながら言った。

「変な影……?」

 もう一度目を凝らして見ても、その影は見えない。繋がりの糸が、黒ずんでいるのがわかるばかりだ。

「……ツクノ、憑依してくれないか?」

 少し気になることがあり、ケイトはそう提案した。頷いたツクノが、すぐさま憑依する。

 瞬間、視界の光景に変化が現れた。暴徒に付き纏うように、黒い影が寄り添うようにしている。あれは、シェンたちを襲おうとしていた鉄鬼の影と同じだ。

 ――やっぱり。

 口の中で呟く。

 ツクノには、普通では見えないものが見えている。それも、繋がりの糸を可視化できるケイトですら見えないものをだ。

 それが意味することは何かを考えようとしたが、ケイトは思考を打ち切った。今は考えるよりも、この場を収めるのが先決だ。

「……彼らの加護を切って、糸を紡ぎ直すよ。しっかり、集中しよう」

「は、はい!」

 ツクノが意識を束ね、感覚が研ぎ澄まされていくのを、全身で感じる。

 一気に駆け出し、ケイトは暴徒の中に斬り込んだ。

「どけ、小僧!」

 筋骨逞しい大男が、怒号を上げながら剣を大きく振り上げた。だが、遅い。それが振り下ろされる前に、ケイトは刀を右、左と振るった。加護の光が断ち切れて霧散し、糸状の新たな光が男の体に走っていく。

 男が呆けたような顔をし、それから力なく倒れていく。ちらと見た男は、ちゃんと息はしているようだ。繋がりの糸も、ちゃんと繋がっている。

 ――行ける。

 そう確信し、ケイトは次の標的目指して駆ける。一人、また一人と斬っては、糸を紡ぎ直していく。

 しかし、暴徒は減らない。ばかりか、増える一方だ。鉄鬼があちこちで支援するように暴れていることもあって、暴徒の勢いも増しつつある。

「ケイトさま、どうしましょう!?」

 変わらない現状に焦れたのか、ツクノが慌てたような声を上げた。

 それに対して、ケイトは言葉を返せなかった。自身にやれることは、目一杯やっている。これ以上となると、何をすればいいのかわからなかった。刀を振るい、糸を断ち切って紡ぎ直す以外に、果たしてできることがあるのか。

 ――どうすればいい……?

 内心で焦りながらも、ケイトは刀を振るい続ける。周りの騎士団も、キュリオも戦い続けている。それでも、事態は好転しない。

 このまま、いたずらに消耗していくだけなのか。

「皆の者、静まれ」

 ケイトの焦りを掻き消すかのように、王様の低い声音がこの場を震わせた。

 喧騒においても、その声が妙な響きを含んでいたからだろうか、全てのものが動きを止め、王様へと視線を向ける。

 いつ移動したのか、小門の上へと登った王様が、この場にいる人たちをそこから見下ろしていた。

 その姿に気づいた途端に、誰もが視線を引き寄せられ、言葉を失う。ケイトも、王様から何故か目が離せなくなった。

 燦然と輝く太陽を背にした王様からは、言葉では言い表せないほどの威厳と神々しさが感じられた。まるで後光のようなそれに、誰もが息を呑む。

「私の不明により、皆を惑わせてしまっていることは、詫びても詫び切れぬであろう。実際、皆が憤る通り、私は人の身勝手を受け入れている。数多の理不尽も、モノの宿運として受け止めてしまっている」

 だが、と王様は声をひと際大きくして続ける。

「私は決して、君たちモノを軽んじているわけではない。寧ろ、何よりも大事に思っている。君たち一人一人に価値があるのを、私は理解しているつもりだ。その価値を、誰にも理解されないままでいさせたくない。だからこそ、私は人に使わせることを肯じているのだ。誰かに、その価値を認知させるために」

 王様が一度言葉を切っても、誰も何も言わない。呆けたように、まっすぐ視線を向けるばかりだ。

 一度、皆を見渡してから、王様が続ける。

「それでも、私を許せぬというのならば、今ここで撃ち抜くがよい。私は、それを咎として受け入れよう。だが、もしも私の言葉に耳を傾けてくれたのならば、今一度私を信じてくれないだろうか」

 問いかけを受けても、やはり誰も何も言わない。囁きを交わす声さえ聞こえない。

「私は、最早語る言葉を持たぬ。後は、君たちの判断に身を任せよう」

 両手を大きく広げた王様が、そっと目を瞑る。その姿がやはり妙に神々しくて、ケイトはただ感じ入りながら、王様を見つめていた。

 多分、誰もがそうなのだろう。あれほど王様を殺せと喚いていた暴徒たちが、口を開けて呆然としているし、荒れ狂うだけの鉄鬼さえも、動きを止めて大人しくしている。

 ――これは、何なんだろうか。

 不思議な感覚に、内心で疑問を投げかける。

「あれが、王様のハイ・ユーザー能力、心の誘惑ですよ」

 問いに反応したのか、ツクノがそっと答えた。

「それって、前にサラにやったもの……?」

「そうです。きっと、すっごく神秘的なものを具現化してるんでしょうねぇ。心の動揺が、完全に静まるくらいに」

 ケイトは唖然としながら、もう一度王様を見た。確かに、彼の全身から神々しいまでの眩い加護の光が発しているのが見える。それを見ていると、自身が抱く思いの全てが、どうでも良くなっていくのを感じた。なんと言うのだろう、その神々しさの前には何もかもがちっぽけに思える、といった感じだろうか。とにかく、それ以外の感情が薄れつつある。

 ――これが、王様のハイ・ユーザー能力。

 サラの時は片鱗でしかなかっただけに、ケイトは残っている感情で目一杯驚いた。一定の範囲と言っていたが、これだけのモノの心に干渉するなど、尋常ではない。

「ケイト君」

 不意に響く声で名を呼ばれ、ケイトは弾かれたように体を震わせて驚いた。

「は、はい!」

「残念だが、私はここを動けなくなった。君に、いや、君たちに全てを託そう。屑鉄の墓場へと向かい、この争いに終止符を打ってくれ」

「わ、わかりました!」

 威厳のある声に、妙に声が上擦ってしまう。今度は打って変わって、緊張しっ放しだ。

 そんなケイトには構わず、王様が声を上げ続ける。

「キュリオ、騎士団は当初の目的通りに動くのだ。王都は、私が引き受ける」

「で、ですが、それでは陛下の御身に危険が!」

「構わぬ。これは王命だ。背くことは許さぬ」

「……ッ! ぎょ、御意にございます」

 有無を言わさない声音に、キュリオは顔をしかめながらも頭を下げた。

 頷いた王様が、声高々に命じる。

「皆、道を開けよ! この世界を、人の世界を救わんとする戦士たちの行く手を、阻んではならぬ!」

 よく通る声が、人々の心を突き動かしているのか、誰もが左右へときれいに別れ、道を開けた。ついさっきまで争っていたモノたちも、武器を捨てて左右に散っている。

 ケイトは困惑しながら、ちらと振り返った。いつの間にか傍まで来ていたホムラたちが、同様に困ったものを表情に浮かべている。

 このまま、本当に王都を去っていいのか。その疑問が付き纏う。いくら王様の能力が凄まじくても、いつまでも暴徒を押さえ切ることができるのだろうか。

 底知れぬ不安はあるが、いつまでもこうしてはいられない。今はもう、王様を信じるしかないのだ。

「……行こう」

 意を決して口にすると、皆が無言のまま頷いた。そのまま人でできた門を潜り抜け、ケイトたちは王都を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ