9-4 メディは語る
その背を見送っていた王様が、すぐに歩き出す。
「さあ、我らも行こう」
さっさと歩いて行ってしまう王様に、ケイトたちは一度顔を見合わせて苦笑してから、その背をすぐに追いかけた。
少女に宛がわれた部屋に入ると、ベッドから身を起こし、窓の方をぼんやりと見つめている彼女の姿が目に映った。
その少女は、ケイトたちの到来に気づくと、慌ててベッドから立ち上がろうとした。それを、王様がすぐに制す。
「そのままでいい。まだ、無理をしてはいけないよ」
「は、はい……。ありがとう、ございます」
遠慮がちに頷いた少女が、ベッドに座り直す。その拍子に、白銀の長めの髪がふわりと揺れた。
「少し、話を聞きたいが、その前に名前を聞いても良いかな?」
「あっ、はい。私、メディって言います」
「そうか。メディ君、君は何故、あれほど傷だらけだったのだ? いやそもそも、どこから来たのかな?」
「私はええと……。ジェネレイト山岳の方から、来て」
言いかけたメディが言葉を切り、何かを思い出したように表情を強張らせる。余程のことでもあったのか、彼女は赤の瞳がはっきりと見えるくらいに、両方の目を大きく見開いていた。
「……そうだ、クロウズさんは!?」
勢いよく言ったメディが、ぱっと立ち上がる。ただ、足に痛みが残っていたのか、顔を苦痛に歪めた彼女は、バランスを崩してその場に倒れそうになる。
それを、咄嗟に動いた王様が受け止めた。
「落ち着きたまえ。そうでなければ、伝わるものも伝わらないぞ」
「は、はい……」
メディは力なく言ったが、どこかそわそわしていて、落ち着きがないように見えた。多分、一番気掛かりなことに、意識を持って行かれているのだろう。
ただそれは、こちらも同じだ。この少女は、クロウズとの接点が確かにある。
「ねえ、何があったのか、教えてくれないかな」
逸る気持ちを抑えきれず、ケイトは問いかけていた。
メディが不安に揺れる目を向けながらも、小さく頷いた。
「……私、オウリュウって人にいきなりさらわれたの。ジェネレイト山岳に無理やり連れてかれて。それで、クロウズさんが私を助けに来てくれたんだ。だけど」
言い淀んだメディが、途端に沈んだ顔をする。続きはなかなか出て来ず、その代わりと言わんばかりに、メディの目からは涙が零れつつあった。
ケイトも皆も、無理に続きを早く促すことはなかった。彼女が落ち着き、話してくれるのを、じっと待つ。
少しだけ間が空き、メディが意を決したように震える口を再び開いた。
「……だけど、クロウズさんは私を庇って、めちゃくちゃな攻撃を受けちゃったの。全身が焼けてしまって、血まみれの傷だらけになってた。それでも、私を逃がすために、オウリュウって人に戦いを挑み続けたんだ」
「クロウズが……。そ、それで、あいつはどうなったんだ?」
「わからない。でも、多分無事じゃないよ。あんなにひどい傷だったんだもん。もしも逃げ延びられたとしても、助かりっこないよ……」
俯きながら言ったメディが、はっきりと大粒の涙を流した。顔を両手で覆い、しばらく泣き続ける。
彼女が涙を流している間、ケイトは自身の予感が当たってしまったことに肩を落とした。やはりという思いと、クロウズに限ってそんなことはという願いが、自身の中でぶつかり合っている。
クロウズが死んだことが、ケイトは信じられなかった。あれほど強い思いを持った男が、そう簡単にいなくなるはずがない。そう、思いたかった。
しかし、メディの言葉からして、その希望はほとんどないと言っていい。相手は、まさかのオウリュウなのだ。無事でいる方がおかしい。
――お前まで、いなくなったのか。
心の中を、寒々しい風が吹き抜ける。妙な喪失感を抱いていることに気づき、ケイトは少しだけ戸惑った。
戸惑いを抱きながら、ケイトは待つ。
メディが泣きやんだのは、少し経ってからのことだった。
「……あの、君とクロウズって、どういう関係なの?」
メディが再び落ち着いたのを見計らって、ケイトは聞いてみた。あまり突っ込んでいいことなのかはわからなかったが、その疑問は聞かずにはいられなかった。
涙を指で拭いながら、メディが答える。
「少し前に、傷だらけのクロウズさんが村に迷い込んだんだ。その時に、私が手当てをしたの。そして、村を襲った鉄鬼を、クロウズさんが倒してくれた。たった、それだけだよ」
「そう、なんだ」
意外な事実だが、よくよく考えればありえることだと思った。クロウズは、この世界のモノのために戦っていた。鉄鬼によって理不尽に奪われる命を嫌い、人助けをしたのだとしても、何もおかしくはない。
「他に、何か知っていることはないかね?」
王様が、少し遠慮がちに聞いた。
メディが、ちょっとだけ考える素振りを見せ、すぐに何かに気づいたような顔をした。
「オウリュウって人、私を襲わせた鉄鬼を、暴食鬼フーズって呼んでた」
「フーズって」
「間違いなく、あいつだね」
サラが、すぐに反応した。
「ヘイズ湿原で襲ってきた鉄鬼の中に、見たことのある大剣を持った鉄鬼がいたよ。もしかしたら、そいつがフーズだったのかも」
「じゃあ、やっぱりフーズも、オウリュウにやられていたのか……」
思わずため息が出そうな状況だ。屑鉄の墓場に向かった際には、必ずフーズとの戦闘になる。
――いや、フーズだけじゃない。
もしかしたら、クロウズが敵として立ち塞がるかもしれない。シェルトが鉄鬼となって蘇っているのだ。クロウズがそうならない理由はないだろう。
それが現実になったら、相当厳しい戦闘が予想される。ただでさえ、クロウズは異常に強いのだ。鉄鬼になったら、その実力は計り知れない。
ともあれ、今は可能性に思考を割いている場合ではない。
ケイトは、メディにもう一度話しかけようとした。この際、知っていることは全部教えてもらいたい。
そう思っていたのだが、それは突然鳴り響いた轟音によって、押し止められた。
城の外から聞こえる。大砲を撃ったような音だ。立て続けに鳴るそれに紛れて、喊声のようなものも混ざっている。
「何だ、この音は!?」
ホムラが声を上げたのと同時に、部屋の扉が勢いよく開かれた。そこには、先程別れたはずのキュリオが、息を切らしながら立っていた。
「陛下!」
「何事だ、キュリオ。今の音は?」
王様の問いに、キュリオが顔を強張らせながら、早口で言葉を継ぐ。
「王都の民が、暴動を起こしました! 武器を手に取り、城下に攻め寄せております!」




