9-3 王様、強引です
四日の道程を経て、ケイトたちは王都に戻った。
王都に辿り着くと、旅塵を落とす暇もなく王城へと向かった。休むよりも先に、今後のことを王様と話し合うべきだと思ったからだ。
王様は、キュリオと共に王城の広間にいた。少し前に、オウリュウによって鉄の柱が繋がれたところだ。天井を突き破って天高く伸びる柱はそのままになっていて、そこからは昼の日差しが容赦なく降り注いでいる。
王様は、鉄の柱を難しい顔をしながら見ていた。何かが気になるのか、柱にそっと触れたりもしている。
「何を、しているのですか?」
恐る恐る、ケイトは聞いてみた。
気づいた王様が、表情を改めてこちらを見る。
「おや、ケイト君。いや、この柱が、ここのところ妙に震えているような気がしてね」
「柱が、ですか?」
「そうだ。正しくは、共鳴している、とでも言うのだろうかね。何かに呼応しているような気がしてならないのだよ」
再び顔を険しくした王様だったが、それもすぐに引っ込む。
「それよりもケイト君、無事に戻って来れたようだね。……おや、一人足りないようだが」
朗らかに笑いながら言った王様の表情が、すぐに怪訝なものに満ちた。
「……実は」
言いにくいことだったが、ケイトはシルクの死を、何とか口にした。
それを聞いた二人の表情が、すぐさま変わる。キュリオは信じられないと言わんばかりに驚愕し、王様の顔はいつになく強張った。
王様が、深く目を瞑っては息を一つ吐いた。閉じられても零れてしまった涙が、頬をそっと伝っていく。
「……そうか。いずれ避けられぬこととは思っていたが、とうとうその日を迎えてしまったのか」
王様から深い悲哀を感じてしまい、ケイトは何も言えなかった。他の皆も、視線を逸らしたり俯いたりしているばかりで、口を噤んでしまっている。
しかし、それもいつまでもというわけではなかった。王様がカッと目を見開き、力強いものを瞳の奥に宿しながら、ケイトを見つめてきた。
「ならば、立ち止まっているわけにはいかぬな。シルクがいなくなった以上、我らが力を尽くさねばならぬ。二つの世界のために、すぐにでも行動を起こさねば」
「……悲しくないんですか?」
あまりにも早い立ち直りに、ケイトは恐る恐る聞いた。
「悲しくないわけがあるまい。だが、悲しみ続けることを、シルクは望まぬだろう。いや寧ろ、悲しんでいる暇があるならば、さっさと行動しろと拳骨を振り被るはずだ。ならば、この世界の王として、すぐさま行動に移すのみ。シルクに、叱られたくはないのでね」
気丈に笑う王様に、ケイトは度肝を抜かれた。王様の心の強さは、並外れたものがある。
しかし、言っていることはその通りだ。思えば、ケイト自身がシェンに似たようなことを言った。いつまでも、うじうじと振り返ってはいられない。
「ならば、今後のことを決めましょう。僕たちは、そのために戻ってきたんです」
ケイトは、これまでの経緯と現状を話した。世界を繋ぐ柱が四つまで現れ、過干渉が強まりつつあること。その過干渉は今はまだ不完全で、しかしオウリュウが完全復活すれば、今よりも強く干渉してしまうこと。そして、その影響でモノが暴れ出すかもしれないこと。特にそれらを、ケイトは重点的に話した。
難しい顔をした王様が、キュリオに目を向ける。
「四つが繋がってしまったというのならば、残る一つは何としても死守せねばなるまいな。朱雀が生きているとはいえ、あの者一人が重点的に狙われれば、抗し切れぬやもしれぬ。キュリオ、お前は精兵と共に、ウォーズ平野を抜けよ。朱雀と最後の撚糸を死守するのだ」
「はっ!」
「それと、騎士団の隊長格を、各地に派遣するのだ。過干渉の話が現実になった場合、まず間違いなく暴動が起きる。すぐさま鎮圧できるよう、最善を尽くさせるのだ」
「それは……。いえ、わかりました。人数は厳しいですが、しっかりと編成し、各地に回します」
一瞬難しい顔をしたキュリオが、一度首を横に振ってから力強く頷いた。
王様が満足そうに頷き、次にケイトたちを見る。
「君たちには、オウリュウを任せねばならぬ。苦労をかけて申し訳ないが、他に頼れる戦力はいない。どうか、引き受けてはくれぬか?」
「当然です。ここまで来て、黙って見ていることはしません」
「ありがとう。代わりと言ってはなんだが、私が君たちの力になろう」
「王様が……?」
言っていることの意味を捉えられず、ケイトは首を傾げた。
王様が、口元に笑みを浮かべる。
「私が、君たちに同行すると言っているのだ。なに、足手纏いにはならんよ。自分の身は、自分で守れる」
「陛下、それは危険です!」
キュリオが顔色を変えて叫ぶが、王様はキッと顔を引き締めて彼を睨みつけた。
「危険は、百も承知だ。この世界が滅ぶやもという事態に、座して待つ王に何の価値がある? 私は、自らの手でこの世界の民を守り、あちらの世界をも救いたい。それが、私の王としての務めだ」
「ですが!」
「くどいぞ、キュリオ。私はもう決めたのだ」
頑として聞かない王様に、それでもキュリオが諫める。
その様を見ながら、ケイトはツクノと小声で言葉を交わし合う。
「ねえ、確か王様って」
「人の話を聞かないところがありますねぇ。あと、我を押し通そうとする、悪い癖も」
「だよなぁ……」
小さく溜息を吐きながら、ケイトは苦笑した。
王様の力が強いのは知っているが、それでも同行させる気にはなれなかった。シルクが死んでしまうという事態が起きた以上、これから何が起きてもおかしくはない。その何かが起きる敵地に乗り込み、王様が間違って命を落としでもしたら、それこそ一大事だ。この世界を纏める人がいなくなったら、一体誰が収拾をつけるのか。
それをはっきりと言ってしまいたかったのだが、王様は勝手に話を進めている。
「とにかく、私は行くぞ。今日は一日支度に時間を使い、明日の朝には出立しよう。キュリオ、それでいいな?」
「陛下……!」
何を言っても無駄だとわかっていても、キュリオは諦めずに恨めしそうに王様を見ている。
その視線を軽く受け流し、王様が何かを思い出したような顔をしてから、ケイトたちに目を向けてきた。
「おお、そうだ。ケイト君、少し前にあの少女が目を覚ましたぞ。ひどく弱っていたが、食事や休息を取ることで、喋れるくらいには回復しているそうだ」
「えっ、そうなんですか!?」
王様の言葉に飛びつくように反応してしまい、ケイトは内心でしまった、と思った。王様の同行の話が、少女の話にすり替わってしまう。
もしかしたら、王様はそれを狙ったのかもしれない。わざとらしく神妙な顔をしながら、追撃の言葉を紡いでくる。
「君たちが戻ってからと思っていたから、私もまだ彼女に話を聞いていないのだ。今からそちらに向かおうと思うが、君たちもどうかね?」
促された言葉に、ケイトは内心で肩を落とした。王様の表情から、やはり若干の打算を感じる。
それでも、拒む理由はなかった。少女に話を聞くこと自体は、ケイトとしても賛成である。
「……はい、行きます」
そう答えたケイトに、王様が満足そうに笑みを浮かべた。それからすぐに表情を引き締め、キュリオに命じる。
「キュリオ、今すぐに部隊を編成し、出立の支度を整えよ。お前の方も、事は急を要する。身も心も引き締めるよう、騎士団にはしかと命じておけよ」
「……承知しました」
はっきりと肩を落としたキュリオが、一礼してから駆け去った。




