9-2 微かな道標
皆の視線がそちらへと一斉に向く。
策敵に出ていたウルとツクノが、ゆっくりとこちらに向かっていた。
「鉄鬼が近くにいたけど、軽く蹴散らしてやったわ。しばらくの間は、気にしなくていいと思う」
髪をかき上げながら、ウルが余裕ぶって言った。
ただ、それは痩せ我慢だろう。シルクを失った衝撃を押さえているのか、表情は少しわざとらしい。何よりも、赤く腫れた目の下が、彼女がずっと泣き続けていた証になっていた。
勿論、誰もそのことを言及しようとはしない。健気に振舞おうとしてるウルを、ただ労うばかりだ。
「ありがとう。それはそうと、ツクノ、どういうこと?」
「あれあれ? ケイトさまったら、忘れちゃいました? さっき、シェルトが言ってたことを」
「シェルトが……」
言って、ケイトの脳裏につい先程の光景が浮かぶ。刃を交えたシェルトが、去り際に何かを口にした。あれは確か。
「屑鉄の墓場の最奥……!」
咄嗟にそれを思い出し、ケイトは思わず声を上げていた。
シェルトは確かに、そう口にしていた。その場所で復活の時を待つ、とも。
「思い出しました? それって、すっごく重要な手掛かりですよね?」
いつの間にか傍に寄ってきていたツクノが、下から上目遣いで見てくる。それが妙にいたずらっぽいものが浮かんでいて、ケイトはつい苦笑した。
「ツクノさん、それは信用してもいいのかい? 仮にも、敵の言葉だろう?」
シェンが怪訝そうな顔をしながら、口を尖らせて言った。
「それはそうですけど、わたしは信用してもいいと思いますよ。あの時のシェルト、何かおかしかったですし。何がかは、うまく言えないんですけど」
「でも、罠の可能性はあるじゃないか。少なくとも今は、オウリュウの下にいるわけだから」
「うーん、でもぉ……」
なかなか疑うことができないツクノが、助け船を求めるようにケイトを見てきた。困惑した表情のツクノに、ケイトは大きく頷く。
「……僕も、シェルトの言葉は信じてもいいと思う」
ケイトがツクノに同意すると、シェンが驚いたような顔を見せた。
「君もか!? まったく、何故そう言い切れるんだ」
「あの時、シェルトは僕を仕留めようと思えばできたはずなんだ。でも、そうしなかった。多分だけど、オウリュウの言う通りには動いていないんじゃないかな」
「だけど、そう見せかける罠かもしれないぞ」
「わかってる。けれど、手掛かりもないんだ。罠だろうが何だろうが、行ってみるしかないと思う」
ケイトがそう言っても、シェンはまだ渋っているようだった。だが、ホムラやサラも頷いているのを見て、やがて折れたのか、大きく頷いた。
「……君たちが決めたなら、俺が口を出すことじゃないか。わかったよ。もう止めはしない」
「ありがとう」
小さく笑みを浮かべて言うと、シェンが困ったように笑った。
「じゃあ、すぐにでも向かうか? ここからなら、墓場の近くの街に結構早く着けると思うが」
ホムラが、すかさず口を挟んできた。
「いや、一度王都に戻ろうと思う。もしも過干渉が強くなって、シェンの言葉が現実になっていたら、ファクトの街に向かうのは危険だよ。あそこは、自由を求めるモノが多い場所だ。過干渉の影響を受けて、襲い掛かってくるかもしれない」
「それに、一度ちゃんと準備をした方が良いと思いますよ。多分、最後の戦いになると思いますし」
「あー、そうだな。焦っても、しょうがないか」
「だね。ボクも、ちょっと気持ちを整理したいし、王都に戻るのは賛成だよ」
ホムラが納得したように頷き、サラも同様にした。
「そうか。じゃあ、みんなとはお別れか」
「あら、あなたたちは行かないの? 守護獣なら、この世界を守るために戦ってもいいんじゃない?」
ウルが首を傾げながら言うと、シェンが力なく首を横に振った。
「そりゃあ、君たちには恩があるから、役に立ちたい気持ちはあるさ。でも、俺たちはこの場所を離れられない」
「どうして?」
「この湿原が穢れてしまったからさ。元々、ここは死んだモノが安らかに眠る場所なんだ。だけど、今は違う。君たちも見たと思うけど、怨霊化したモノたちがたくさん徘徊しているし、鉄鬼までいる。ここを浄化し、鉄鬼を掃討して元の姿に戻すまでは、迂闊に動けないよ」
「それもそうね。あなたたちがこの場所を守っていたんだから、その責務を全うするのは当たり前か。けど、大丈夫なの? 見た感じ、加護は結構傷ついてるけど。ちゃんと戦えるの?」
ウルの言う通り、シェンもウリナも、相当加護が弱っているように見えた。ユーザー能力を具現化して戦うには、少し厳しいかもしれないと思うほどにだ。
しかし、こちらの懸念など無用とばかりに、シェンが力強い笑みを浮かべた。
「見くびってもらっては困るな。弱っていて神獣化はできないとはいえ、守護獣の力がそこらの鉄鬼に劣るわけがないさ。それに、ウリナがいる。問題ないよ」
「えっ、その子も戦うの?」
少し意外に思い、ケイトは思わず口を挟んだ。
シェンが、頭を掻きながら苦笑いする。
「恥ずかしい話だが、俺よりもこの子の方が戦闘は得意なんだ。もっと言えば、能力はウリナの方が圧倒的に強い。風船と思って侮っていると、破裂させられてすぐにお陀仏だぞ」
「ま、まさか」
「いや、本当に。鉄鬼を木っ端微塵にするのなんて、朝飯前のことだ。なあ、ウリナ?」
「うん」
顔をそっと出したウリナが、小さく頷きながらも自信ありげに言った。
何でもないことのように言われた言葉に、こちらの空気は凍りつく。冗談とも思えないその反応は、おそらく本当のことを言っているのだと思われた。
「とにかく、俺たちはここにいなきゃいけない。問題を押しつけるようで悪いが、この後のことは、君たちに任せるしかない」
「あっ、うん。わかった……」
半ば呆然としたまま、ケイトは頷いた。
気を取り直すように、一度深呼吸する。とはいえ、気持ちはまだ、ちゃんとは整っていない。シルクを失った悲しみを紛らわすには、時間が全然足りなかった。彼女がいたこの場所で、もう少し祈りを捧げていたい。そう思ってしまうほどに。
しかし、そんな時間はなかったし、無理にしようとは思わなかった。そんなことをしているならば、さっさと王都に戻りな。シルクだったら、そんな風に言っただろう。だから、後ろ髪を引かれても、この場に長々と居座る気はなかった。
「じゃあ、行くよ。二人とも、気をつけて」
「ああ、君たちもな。武運を祈っているよ」
「……バイバイ」
シェンが笑みを浮かべながら言い、ウリナが遠慮がちに手を小さく振りつつ口にした。
その二人に大きく頷いてから、ケイトは皆を連れて来た道を戻った。




