8-18 オウリュウの狙い
「シルク!」
すぐに我に返り、ケイトはシルクのもとへと駆け出した。敵を前にしてだというのに、不用心にもただまっすぐ駆け出した。
当然だが、オウリュウがそれを見逃すはずもない。
「愚かだね。頭に血が昇って、今の状況もわからないか」
嘲笑うように言ったオウリュウが、龍に何事かの指示を出す。一度高々と吼えた龍が、大口を開けながらケイトに迫ってきた。
その速さは尋常ではなく、すぐにケイトの傍にまで近づいてくる。禍々しいまでの邪気と鋭い殺気が、瞬く間に傍まで来た。
しかし、そんなものはなんてことはない。ただひたすらに、目障りでしかない。迫り来る龍など、特に鬱陶しい。
「邪魔を」
龍が間合いに入った瞬間に高く跳び上がり、声を上げながら右の刀を大きく振り下ろす。
「するなぁッ!」
吼えるように吐き出した声と共に、斬撃が龍の右目を捉える。異様に硬い装甲で覆われていたが、関係なかった。右の刀に目一杯の加護を乗せて、そのまま振り抜く。鋭い斬撃音が響き、赤黒い液体が勢いよくそこから噴き出した。
「グオオオオッ……」
苦しそうに呻いた龍が、天を仰ぎながら動きを止める。その隙を逃さず、ケイトは龍の喉元を両の刀で攻撃した。そこも異常な固さだったが、やはり関係ない。気持ちを乗せた一撃は、その喉を確かに切り裂いた。
龍は再び苦しそうにしたが、倒れることはなかった。ただ、殺気は薄れ、いささか虚ろな目をしてこちらを見るばかりだ。
ケイトはその勢いのまま、シルクを貫く棘を斬り倒した。支えを失ったシルクが、力なく倒れる。それを、ケイトは寸でのところで支えた。
手に、冷たい感触が伝わる。微かな鼓動こそ感じるが、その冷たさは生きている人の体温のようには思えない。
「ケイト、これは……!」
追い着いてきたホムラが、現状を理解して絶句する。そのホムラに、ケイトはシルクを預けた。
視線を、すぐにオウリュウへと向ける。
「手負いとはいえ、金剛龍鬼がここまで……。どうやらお前は、予想以上に強くなったみたいだね」
龍の頭上で少しだけ表情を歪めたオウリュウが、吐き捨てるように言った。
その顔も、すぐに戻る。冷え切った笑みを浮かべながら、オウリュウはケイトたちに視線を送ってきている。
「まあいい。僕の目的は果たした。お前たちは、一足遅かったんだよ。シルクの道具の加護は、最早僅かさえも残っていない。全て、僕の糧とさせてもらった。こいつは、じきに死ぬ」
「黙れッ!」
遮るように叫びながら、ケイトはオウリュウへと迫っていった。その場にいるだけの龍を足場に、一気にオウリュウの近くまで跳ぶ。
しかし、それをオウリュウは許さない。
「逸るなよ」
空中に黒い柱のようなものが現れ、それが勢いよく振られた。刀を投げて回避しようにも、その勢いは凄まじく、とてもではないが間に合わなかった。柱の一撃をまともに受け、ケイトは地面に叩きつけられた。
「ぐっ……」
「いったぁ……! け、ケイトさま、大丈夫ですか!?」
ツクノが痛みを堪えながら声をかけてくるが、ケイトは答えなかった。意識は全て、オウリュウの方に向いている。今は、何かを口に出すのさえ惜しい気分だ。
そのオウリュウは、嫌な笑みを浮かべてこちらを見ている。
「どうしてなの、オウリュウ! どうしてシルクさまを!?」
ツクノがケイトから飛び出し、泣きそうな顔をしながら言った。
その顔を、オウリュウが冷たく見据える。
「邪魔だったからだよ。いつまでも僕を縛り続けるあいつが、この上なく目障りだった。だから、この手で殺すことにしたんだ」
「そんな……! あなたの心は、そこまで落ちてしまったの……!?」
「どうとでも言えばいいさ。最早、何を言っても現実は変わらないのだから」
薄ら笑いを浮かべながら、オウリュウが続ける。
「シルクが死ねば、僕の封印はじきに解ける。そうなれば、お前たちはもう終わりさ。この世界は、僕の支配に委ねられることとなる」
「そんなことはさせない! ここで、お前を倒す!」
「できるのかい? お前たちも、所詮は駒の一つだというのに」
オウリュウが、一度高々と声を上げて笑った。嘲りが多分に含まれたもので、ケイトは非常に不愉快な気分になった。
一頻り笑ったオウリュウが、嫌な笑みを浮かべたまま言葉を継ぐ。
「本当に、よく踊ってくれたよ。僕のために、守護獣を殺してくれたんだもんな」
「どういう意味だ……!」
「簡単なことさ。守護獣は、何も魔法の撚糸を守るためだけの存在じゃない。文字通り、この世界を守護する獣なのさ」
オウリュウが、嘲笑いながら言った。ただ、頭に血が昇っているからか、ケイトの頭は咄嗟に理解が追いつかない。
それがわかっているのか、オウリュウが右の口角を吊り上げ、表情を歪めながら笑った。人を小馬鹿にしたような笑い声に、感情が逆撫でされる。
「お前たちも知っているだろう。あいつらが、この世界の重要な事象を司っていることぐらいは」
「それは……!」
言われて、ケイトはようやく理解した。白虎が雨、青龍が風といったように、確かに守護獣は重要な事象を司っている。
――その彼らが死ねば。
少しだけ頭が冷えたのか、ケイトはある答えに行き着き、ハッとした。世界にとって、肝心なものがなくなる。雨も風も、他の事象も消えてしまい、やがてこの世界から秩序が失われる。そしてそれは、ここと繋がっている人の世界も同じだ。
「……そういうことか」
少しだけ、引っ掛かりをずっと感じていた。何故オウリュウ自身が、魔法の撚糸を断ち切りに来ないのか。そのことは、ずっと疑問だった。封印されていたとはいえ、今の実力でも十分ケイトたちを圧倒できるだろう。もっと前ならば、尚更だ。なのにそうしなかったのは、ひとえに守護獣をケイトたちに斃させるためだったのではないのか。
「気づいたね。そうさ。お前たちに守護獣を殺させるのが、本当の目的なんだよ。いくら僕でも、あいつらを殺すのは難しくてね。元々、同じ守護獣だから、刻まれた力によってどうしても決着はつけられないのさ。だから、別の存在に消してもらう必要があった」
まあ、とオウリュウは薄ら笑いを浮かべて続ける。
「朱雀のことや玄武を解放したのは、正直誤算だったよ。特に、玄武を元に戻したのは、驚かされた。おかげで、腐り始めていたこの場所は蘇ってしまっている。まったく、他の奴みたいに殺してくれれば良かったのに、余計なことをしてくれたものだよ。玄武がいなくなっていれば、向こうの世界も同じように腐らせられたのに」
「腐らせられた、だと?」
「そうさ」
薄笑いを浮かべたオウリュウが、嘲りを多分に含んだ声で続ける。
「お前も知っているだろう。この場所が、既に柱が繋がれていることぐらい。世界はここを含めて、四つの柱で繋がっているんだ。最早、干渉の域は尋常ではなくなっている。互いの世界がそれぞれに及ぼす影響は、近々計り知れないものになるだろう」
「四つだって? 何を言っているんだ。一つは、僕が確かに」
言いかけて、ケイトはあることに気づき、言葉を止めた。
確かに、ケイトはブリズ平原の鉄の柱を断ち切った。このヘイズ湿原はともかく、他のところは繋げられるのを未然に防いだ。今は王都のを含めて二つだけのはずだが、それはあくまで、そのまま何も起きていなければの話だ。
そもそも、オウリュウは守護獣を殺させるために、敢えて動いていなかった。ならば、それらが死んだ後はどうか。オウリュウは、ここぞとばかりに自由に動いていたのではないのか。自分たちは終わった場所だと錯覚して、意識の外に置いていたが、実際は違ったのではないか。
寧ろ、守護獣が死んでからが、本当は重要だったのではないか。
「お前、まさか」
その続きを口にする前に、オウリュウが言葉を引き取った。
「ふふっ、お前の想像通りさ。守護獣がいなければ、撚糸をどうにかするなど容易いことだ。シルクの封があろうとね。既にジェネレイト山岳は、再び僕の手に落ちている。ブリズ平原だってそうさ。守るモノがいなくなった場所の撚糸を断ち切り、柱で世界を繋ぐことなんて、造作もないんだよ」
「そんな……」
予想していたことだったが、実際に口にされると驚きを隠せなかった。
柱が繋がってしまうと、過干渉が起きる。人とモノの世界が密接に繋がり、互いに影響を及ぼし合ってしまう。ケイトたちが防ごうとしていたことが、その実、何も防げていなかったのは、衝撃が大き過ぎた。
唖然としていると、オウリュウがまた声を上げて笑った。相変わらず、癪に障る嫌なものだ。
「お前たちの努力は、まったくの無駄なんだよ。このまま大人しく、世界が滅ぶ様を見ているがいいさ。いやそれとも、ここで何も見れなくしてやった方が幸せなのかな?」
「ふざけるな!」
怒号を上げて跳び上がり、オウリュウへと一気に距離を詰める。すぐに間合いへと入り、冷え切った笑みを浮かべた顔目掛けて、ケイトは刀を思い切り振り下ろした。
しかし、手応えはない。ばかりか、強い衝撃が体に走った。高々と跳び上がったオウリュウが黒の柱を操り、ケイトの腹を強かに打っていた。
「ぐあっ……」
地面へと思い切り叩きつけられ、二度三度と転がる。打たれた腹と叩きつけられてぶつけた全身が痛むも、ケイトはすぐに立ち上がった。
しかし、腹への衝撃が強かったのか、思わず膝をついて咳き込む。赤黒いものが、口から零れた。
意識がいくらか霞むも、ケイトは何とか堪えてオウリュウを睨みつけた。
オウリュウは、再び龍の頭上へと戻っている。
龍は回復したのか、その大きな翼を広げながら、天高く吼えている。さっき与えた傷も、どうやら塞がってしまったようだ。
「だから、逸るなよ。お前の相手をしてやりたいところではあるが、生憎僕も、まだ不完全でね。ここは、一度退いておいてやるよ」
「僕が逃がすと思っているのか!?」
「いいや、思っていないさ。だけど、お前が僕を追うことはできない」
オウリュウが、一度指を弾く。瞬間、突如頭上から黒い粉が降り注いできて、辺り一面を真っ黒に染め上げた。一体それが何だ、とケイトは動こうとしたが、うまく動けなかった。まるで、足が何かに引っ付いてしまったかのようだ。
自由が利かないのは、足だけではない。腕や顔も、不思議と地面に吸い寄せられる。力を入れないと、それを拒絶するのも難しいほどだ。他の皆も、動けないでいる。
何が、とは思わない。間違いなく、オウリュウの能力だ。地面には無数の道具の加護が散らばり落ちていて、それらが悪さをしているように感じる。
「この……!」
辛うじて動く腕を振り回し、ケイトは地面の道具の加護を断ち切った。一つが切れると、体を縛る力も微かに弱まる。そこを逃さず、ケイトは残る加護も全て切り捨てた。
やがて、全ての加護を切ったが、時間をかけ過ぎた。
「くそっ……!」
忌々しげに、ケイトは毒づく。
ケイトが不可思議な事象と格闘している間に、オウリュウを乗せた龍は、この場を遠く離れてしまっていた。




