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モノとの正しい付き合い方  作者: 千変万化
八章 託された願い
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8-17 朽ちた将星

 声のした方へと、視線が一斉に集まる。

 銀色に輝く装甲に身を包んだ巨大な龍が、ゆっくりと迫ってきていた。その姿は、王都ミュゼムで見た覚えがある。

 ならば奴がいるのか、とケイトは視線を巡らした。龍の背の上に、白髪の少年がいる。あの顔も、しっかりと覚えている。

「オウリュウ……!」

 シルクが、真っ先に口を開いた。顔はいつになく強張り、手には力が入り過ぎているのか、大太刀鋏を持つ手は小刻みに揺れていた。

 その様を見てか、オウリュウが見下したような嘲笑を浮かべた。

「まったく、誤算もいいところだ。玄武を殺してくれた方が、都合が良かったのに」

 まあ、とオウリュウが今度は冷たい笑みを浮かべて、続ける。

「どっちに転んでも、関係ないか。シルク、お前をここで殺すことに、変わりはないのだから」

「私を殺すだって? 大きく出たじゃないか。一度、私に負けた分際で」

「ふふっ。じゃあ、試してみようか。お前と僕で、今度こそ決着をつける」

 オウリュウが右手を上げ、龍が一度咆哮を上げた。あまりにも大きく、それでいて強い衝撃に、ケイトは思わず怯んだ。多分、他の皆も同様だろう。

 その隙を衝いて龍が旋回し、後方へと下がっていく。

 最中、龍の上に乗るオウリュウが、挑発気味に笑った。まるで追って来いとでも言っているような笑みだ。

「……挑発か。乗ってやろうじゃないか」

 真っ先に体の自由を取り戻したシルクが、オウリュウの後を追う。ケイトたちのことなど眼中にないのか、視線はただオウリュウにのみ向いている。

 一瞬呆然としかけたが、そのままでいるわけにはいかない。いくらシルクが強くても、オウリュウと一人で戦うなど、危険が過ぎる。

「待って、シルク! 僕たちも」

 言いかけたところで、ケイトは口を噤んで刀を構えた。突如として、殺気を感じた。頭上。見ずに刀を出すと、次の瞬間にはいやに乾いた金属音が鳴り響いた。

「くっ……!」

 重い一撃に、思わず呻きが口から漏れる。

 目の前では、全身を鋼の装甲に包んだ騎士のような人物が、思い切り剣を叩きつけてきていた。

 いや、人ではないか。装甲から僅かに垣間見える肌の部分は、明らかに金属でできていた。おそらくこいつは、鉄鬼だ。

「こっちもか!」

 ホムラの焦ったような声が聞こえる。ちらとその方に目を向けると、似たようなのがもう一体現れていた。さらにはその後ろで、無数の鉄鬼が唸り声を上げながらゆっくりと近づいてきている。

「お前たち、そいつらを足止めしておけ。僕の邪魔は、させるなよ」

 オウリュウの声が聞こえ、それもすぐに遠ざかる。龍もシルクの姿も小さくなり、やがて奥へと消えた。

「ま、待て!」

 ケイトは叫ぶも、そっちに気を向けることができなかった。襲い掛かる鉄鬼の圧力が強く、一切気が抜けない。

 奥の方で凄まじい力が現出し、激しい戦闘の音が聞こえるようになったが、やはり気にかける余裕はなかった。目の前の鉄鬼の殺気が、寒気がするほどにケイトを貫いてくる。

「見ツケタゾ」

 目の前の敵が、さらに力を籠めてくる。やはり、圧力は強い。

 ――今は、こいつに集中するしかない。

 ばらけていた気持ちを束ね、ケイトは一気に剣を押し返し、左の刀を薙いだ。騎士の鉄鬼は軽い動きで後ろに跳躍し、その一撃を回避する。見た目に反して、相当身軽のようだ。

 向き合い、ケイトは緊張を高めた。この鉄鬼は、尋常ではなく強い。直感がそう告げ、早鐘を打つ鼓動が警鐘を鳴らしている。

「ケイトさま!」

 すぐさまツクノが憑依してくる。ただ、不安を強く抱いているのか、憑依してきた彼女の心がひどく揺れているのを感じた。

 ツクノが、少し慌てた風で口を開いてくる。

「け、ケイトさま、あいつはきっと、シェルトです……!」

「えっ……?」

 唐突に告げられた言葉に、ケイトは一瞬何を言われているのかがわからなかった。シェルトは、目の前で死んだはずだ。それは、ツクノも見ているだろう。

 しかし、ツクノは否定するように言葉を紡いだ。

「あいつ、前にわたしたちの前に現れて、空間移動の技を使ったんです! あの技、紛れもなくシェルトの技ですよぅ!」

「ということは、あれはシェルトが鉄鬼化した姿なのか……」

 鉄鬼は、モノの成れの果て。死んだシェルトが鉄鬼化していても、確かにおかしくはなかった。ただ、ここまで人の形を残していると、少し違和感を覚えざるを得ない。

 本当に、シェルトなのか。ケイトのその思いを否定するように、騎士の鉄鬼が左腕に装着された何かを向けてきた。それは銃口のようなものが三つ付いていて、次の瞬間にはけたたましい音を立てながら細いものが撃ち出された。何かがまっすぐ、ケイト目掛けて飛んでくる。

 刀を小さく動かし、ケイトはそれを弾き飛ばした。乾いた金属音が鳴り響く。飛んでいったものを目で追いかけると、ネジのようなものが吹っ飛んでいくのが見えた。シェルトが使っていた、ネイルガンと同じものだ。

 不意に刃の唸るような音が左から聞こえ、ケイトは咄嗟に屈んだ。瞬間、頭上を剣が通り過ぎていく。

 ネジの弾丸に気を取られている隙を衝き、鉄鬼がいつの間にか左の方へと移動していた。モノの気配は、突然左方に現れた。シェルトが空間移動する時と、全く同じ感じだ。

 この鉄鬼は、シェルトだ。もう、そう思うしかない。

「はあっ!」

 立ち上がるのと同時に、二刀を斬り上げる。しかし、既にシェルトの姿はそこにはなかった。刃が、虚しく空を切る。

 だが、こちらが焦ることはない。動くシェルトの気配は掴んでいる。背後。右足を軸に回転し、ケイトは右の刀を思い切り薙ぐように振るった。

 瞬間、乾いた金属音が鳴り響く。刀が背後のシェルトが振るう剣とぶつかり合い、激しい火花を散らした。

 ただ、そのまま押し合うことはしない。右の刀がぶつかって一拍もしないうちに、左で刺突を放つ。それを見越していたのか、シェルトが左腕の銃口をこちらに向け、ネジを何発も撃ってきた。放たれたネジは刀に当たり、刺突の軌道が少しずれる。シェルトの喉元を狙っていたはずの切っ先は右にずれ、何もない空を虚しく突いた。

 咄嗟の判断と反撃に、内心で舌打ちする。さすがに、シェルトが鉄鬼化しただけあって、動きが尋常ではない。ただでさえ生前は強かったのに、今はそれ以上の強さを感じる。

 だが、こちらも前と同じではない。度重なる激戦と育んだ思いによって、強くなったのだ。

「まだだ!」

 突き出した左の刀を、思い切り薙ぐように引く。シェルトは読んでいたのか、刀が振り抜かれる前に姿を消した。だが、位置は掴んでいる。右のやや離れたところ。引いた刀を、ケイトはそのまま右の方へと放り投げた。

 まっすぐ飛んでいく刀が、空にぶつかって火花を散らす。シェルトが姿を現し、剣を振り下ろして弾いていた。ケイトの刀が、シェルトの頭上へと飛ぶ。

 しかし、それこそが狙いだ。ケイトは、すぐさま飛んでいる刀へと体を引き寄せた。必然、シェルトの頭上を取ることになる。ただ、これで終わりではない。

 刀を手に取り、すぐさまシェルトの足元へと投げつける。地面に刀が突き立ったのと同時に、ケイトはまた自身を引き寄せた。シェルトが、至近距離にいる。さすがのシェルトも、その動きに反応し切れていないのか、対応が一拍遅れた。

「そこだッ!」

 逃さず、ケイトは右の刀を振り上げた。シェルトが咄嗟に剣を出そうとするも、こちらの一撃の方が僅かに速かった。剣とぶつかる前に、シェルトの体に刃が届く。確かな手応えが、刃越しに伝わった。

 刃は、シェルトの胴を右斜め下から左上にかけて切り裂いていた。呻き声こそ上げなかったが、それなりのダメージはあったようで、シェルトが一瞬よろめく。

 地面に突き立った刀をすぐさま引き抜き、ケイトは追撃の一撃を放った。左斜め下からの切り上げ。しかし、今度は届かない。シェルトが急速に反応し、その一撃を防いでいた。

 鍔迫り合いの形になり、互いに押し合う。押される力は物凄いものがあり、少しでも緩めればすぐにでも押し切られてしまいそうだ。

 刃に力を籠めている間、シェルトと視線がぶつかり合う。顔さえも覆う兜からは、一切の感情が読み取れない。ただ、痛いほどの殺気と視線を感じるばかりだ。

「……腕ヲ上ゲタヨウダナ、小僧」

 不意に無機質な声が聞こえ、ケイトは耳を疑った。今の声は、間違いなく目の前のシェルトから聞こえたものだ。

「ケイトさま、今のって……!?」

 ツクノにも聞こえたようで、頭の中で驚いたような声を上げている。ケイトも同様だが、何とか気持ちは乱さずにいた。気を逸らしたり、抜いたりでもしたら、きっと押し切られてしまう。

 そう思っていたのだが、意外にも気を逸らしたのは、声を発したシェルトその人だった。視線をふと、自身の後ろを見るようにそっと向ける。

 突然の行動に一瞬戸惑ったが、ケイトはあることに気づいてハッとした。

 奥で聞こえていたはずの戦闘の音が、いつの間にか静かになっている。感じる力も、さっきより大分小さい。

「終ワッタカ」

 シェルトの言葉に、胸がざわついた。

 ――まさか。

 嫌な予感が、途端に走る。ケイトは、すぐにでもこの場を放棄して駆けつけたい衝動に駆られた。何とか抑えようとするも、暴れ出そうとする気持ちを押し止められない。

 その隙をしっかり見抜かれたのか、シェルトが銃口をこちらに向けてきた。反応は、当然ながら遅れた。そちらに意識を戻した時には、銃口は額へと突きつけるように向けられていた。

「くっ……!」

 絶体絶命の状況に毒づくも、シェルトは一向にネイルガンを放たない。ただ鋭く、ケイトを睨みつけてくるばかりだ。

 ――何がどうなっている。

 訝るケイトに、シェルトが微かな声音で口にする。

「屑鉄ノ墓場ノ最奥。ソコデ、奴ハ完全ナル復活ノ時ヲ待ツ」

「えっ……?」

 その言葉を紡ぎ終えたシェルトが、いきなり後方に跳んだ。ばかりか、着地すると唐突に地面へと右手を押し当て、いきなりその姿を消した。シェルトだけではない。ホムラたちが相手にしていた鉄鬼の全てが、ほぼ同じタイミングで消えていった。

 いきなりのことに、ケイトは束の間呆然としていた。ホムラたちも同様のようで、武器を持ったまま狐につままれたようになっている。

「シェルト、あいつは一体……」

 不可解な行動を訝り、ケイトは思案を巡らしそうになるが、今一番大事なことを唐突に思い出し、すぐさま振り払った。

「……そうだ、シルクは。早く、早く向かわなきゃ!」

 その言葉に、皆がハッとした。止まっていた体が動き始め、すぐにシルクたちが向かった奥の方へと駆け出していく。

 奥への道は、この場所が開けていることで見通せていたはずなのに、いつの間にかまた霧が辺りを覆っていた。それを振り払いながら、ケイトは感じる気配を頼りに進んでいく。

 目一杯走っているはずなのに、目的の場所にはなかなか辿り着かない。いや、本当は大分近づいているはずなのだが、今は一秒一秒がいやに長く感じてしまう。感覚ばかりが急いていて、体が追いついていないといった感じだ。

 半ば苛立たしく思いながらも、ケイトはまっすぐ走った。走って走って、走り抜けた。

 やがて、霧が唐突に払われた。視界が開け、辺りの情景が鮮明に映る。

 そこで、ケイトは言葉を失った。

「ッ……!?」

 足が止まり、視界に映ったものを前にして、束の間立ち尽くす。

 少し先に進んだところでは、鉄の棘に背中から串刺しにされたシルクと、傷だらけながらも、その様を龍の上から満足そうに見下ろすオウリュウの姿があった。

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